第6話 家での生活

 目を覚ますと、ベッドからするものとは違う良い匂いがした。ベッドが安心する匂いなら、これは美味しそうな匂いだ。


「ん……んん……」


 ベッドから身体を起こして、周囲を見回す。寝る前に見た光景と何も変わらない。


(やっぱり、さっきまでの事は全部夢じゃない。そして、今も夢じゃない。良い匂い)


 改めて、これが現実なのだと実感する。窓を見てみると、外が暗いので夜になっているという事が分かった。表でも裏でも、ここの法則は一緒みたい。長さが同じかは分からないけど。

 軽く身体を伸ばしながら、寝室を出る。すると、キッチンで料理を作っている師匠の姿があった。


「起きたわね。よく休めた?」

「うん。不思議と身体の痛みが引いてる気がする」


 さっき身体を伸ばしてみて分かったけど、打ち身による痛みがなくなっていた。それと、妙に身体も軽い気がする。疲れを引き摺っていないという感じだ。


「そう。良かったわ。まだ機能しているようね」

「どういう事?」

「あのベッドは、疲労回復と自然治癒力向上って効果を付けた魔法道具なのよ。だから、あそこで寝れば身体の疲れや傷が癒えていくわ。まぁ、傷の方は軽い傷とかに限定されるけどね」

「えっ、そんなものまであるの?」

「ええ、このキッチンもそうよ。特定の材料を持ってきたら、それを使った料理を自動で作ってくれるわ。使い魔や料理が出来る弟子がいたら、あまり使わないものだけどね」

「これの作り方も覚えないといけないの?」


 私が師匠から習う内容が、いまいち分かっていないので、こんな作るのが大変そうなものの理論とかをちゃんと理解出来るか心配になった。


「魔法道具に関しては覚える必要はないわ。表世界に帰るのには、あまり関係していないから。まぁ、余裕があったら教えてあげる。ほら、もう料理も出来たから、座りなさい」

「うん」


 椅子に座ると、目の前に料理が置かれる。その料理は、野菜のスープだった。ただ、野菜の色が見た事のない色をしている。青い人参っぽいものと赤いキャベツみたいなもので、怪しさが満点なスープだった。


「…………」

「全部食用よ。本当は、肉か魚を入れたいところなのだけど、手頃なものがなくてね。ブルーキャロットとフレイツって野菜よ。多分、そこまで美味しくはないわ」

「えっ、そうなの?」

「味付けが塩くらいしかなくてね。塩味のするスープと気休めの野菜って感じね。煮込んでいるから、ある程度出汁が出ているとは思うけれど。取り敢えず、明日からは、外の畑をどうにかしましょう。食事は、生き残る上で重要な事だからね。それに、棚の中に種だけは残っていたから」

「畑があるんだ?」

「そっちは放置されているから、色々とやらないといけないわね。まぁ、今の魔力でもどうにか出来る範囲だから心配しなくて良いわ。種蒔きだけは手伝ってちょうだい」


 裏世界から表世界に帰る事が大きな目標だけど、その前に裏世界で生き延びないといけない。そのためにも必要な事はしておかないと。


「うん。分かった。じゃあ、いただきます」

「召し上がれ」


 師匠が作ってくれたスープは、師匠が言っていたよりも美味しい。本当に野菜から出汁が出ているのかな。深い味わいとかよく分からないけど、美味しいという事はちゃんと分かる。


「思ったよりも美味しいわね。一応、今も端材とかを煮込んでいるから、明日は、もう少し美味しいものが出来るかしら」

「食材そのものは保存されてなかったの?」

「食材は保存していないわね。基本的に、最後に食べるか持ち出しているから。長ければ、何年何十年も来ないわけだしね」

「そうなんだ」


 家の中がここまで綺麗なら、食料も新鮮なまま保存されていてもおかしくないと思ったけど、師匠はしっかりと消費するか持ち帰っていたみたい。家を長く空けるのなら、間違った事ではないけど、この状況からしたら、少しくらい残っていた方が嬉しかったかな。

 そこまで多い量じゃなかったから、満足感は薄いけど、特には気にならなかった。普段から少食だからっていうのもありそうだけど。


「食器は、私が洗うよ」


 夕食を作って貰ったので、洗い物は私がやる。何でもかんでも師匠に甘えてばかりはいられない。さすがに、申し訳ないし。


「そうね。ちょうど良いから、ここの水道に慣れてもらおうかしら」


 師匠と自分の皿をシンクに持っていく。シンクには、蛇口はあるけど、普通は付いているはずのハンドルがどこにもない。ただ、側面に飾りのような青い宝石が付いている。


「そこの宝石に触れば、水が出て来るわ。後は、魔力で直接干渉するって方法があるけど、それは出来るようになってからね」

「うん」


 言われた通りに、蛇口に付いている青い宝石に触れる。すると、綺麗な水が出て来た。私が飲んだ水と同じ水のはず。その水に皿を晒す。洗剤が見当たらないので、このまま水洗いだけになるのかな。


「【洗浄ウォッシュ】」


 師匠が魔法を使うと、皿が泡に覆われた。洗剤代わりの魔法ってところかな。だから、シンクに洗剤が置かれていなかったみたい。汚れを手で落として、水で洗い流す。そうして洗ったものを水切り台に載せる。


「【乾燥ドライ】」


 その魔法で、皿に残っていた水分が飛んでいく。


(魔法って便利なんだなぁ)


 ゲームの影響か魔法のイメージの中には、攻撃的なものが多い。でも、こうして実際に見てみると、生活の中に使われるものも多かったのかなと思った。それと同時に、一つ疑問に思った事もあった。


「ねぇ、師匠。この家って、結構現代的な感じがするんだけど、作ったのはいつなの?」

「数百年前じゃないかしら。私自身が暮らしやすいように作っていたはずだから、それが結果的に現代的になったのだと思うわよ。当時は、何も意識していなかったけど、最先端ではあったわね。私が作るものに関しては、弟子達も驚いていたし」

「師匠って、もしかして天才だった?」

「当たり前じゃない。じゃなきゃ、無限転生なんて作り出せないわよ。そのせいで、色々と理不尽に恨まれる事だって多かったんだから。その結果が短命の呪いよ」

「へぇ~……」


 何というか、これまでの話の中でも天才っぽい雰囲気があったけど、実際にこういう場所を作ったと言われたら、納得せざるを得ない。そんな師匠でも呪いを掛けられたというのは、猿も木から落ちる的な感じなのかな。


「それじゃあ、身体も洗うわよ。付いてきなさい」


 そう言われて連れて行かれたのは、シャワールームだった。この家には、リビング、寝室、トイレ、シャワールーム、それともう一つ部屋っぽい場所がある。もう一つの部屋には、まだ入ってないので、どういう場所なのかは分からない。


「ほら、服を脱いで、私を抱えなさい」

「あ、うん」


 言われた通り裸になってから、師匠を抱き上げる。そのままシャワールームに入って、さっきの水道と同じように宝石を触って水を出した。冷たい水を覚悟していたけど、普通に適温の水が出て来ていた。温度調節も出来るものみたい。当時からしたら、本当に画期的なものだったと思う。

 ある程度水で身体を洗ったら、シャワーが止まった。私は触っていないので、師匠が止めたのだと思う。


「【洗浄ウォッシュ】」


 さっき皿洗いの時と同じ魔法を私達に使った。私と師匠の身体をもこもこの泡が包み込む。顔まで覆ってくるので、完全に覆われる前に息を吸って止めた。


(これって、擦らないでも良いのかな)


 ちょっと疑問に思ったけど、少ししたら水が出て来て泡が洗い流された。ちらっと自分の身体を確認してみると、肌がつるつるになっているのが分かる。ちゃんと汚れとかも洗い流されているみたい。


「【乾燥ドライ】」


 皿にも使った魔法で、私の身体に付いた余分な水分だけが飛んでいく。全身にドライヤーを掛けられている感じだ。温風はないけど。


(タオルいらずなのは嬉しいけど、肌の乾燥が心配になるなぁ)


 さっきの皿を見ても、この乾燥の魔法が優秀なのはよく分かった。でも、その分、肌の保湿的な部分が気になってしまった。見た感じでは大丈夫そうだけど。髪の毛もサラサラになっているし。


「その棚にオイルがあるから、気になるなら肌に塗っておきなさい」

「……うん」


 心の中を読まれたようで、ちょっと恥ずかしく思いながらオイルを借りる。テカテカにならないかと思ったけど、肌に馴染むようなもので、ちゃんと保湿されていそうな感じだ。


「そういうものも調合した方が良さそうね」

「そんな事も出来るの?」

「魔法、魔術、錬金術、魔法薬調合。何でも出来るわよ。だから、昔は万能の魔女と呼ばれていたわ」

「へぇ~」


 天才と言われていた経緯が分かった気がする。こういう家を作り出す発想力だけではなく、全ての事に通じるような人だったからこその天才だったみたい。そんな人に魔法を教わるというのは、その分野の人達からしたら、羨ましがられるような事だと思う。サッカー素人が、急にプロサッカー選手にマンツーマンで指導されるようなものだし。

 まぁ、今は人じゃなくて猫だけど。


「問題は服ね。その制服を、ずっと着る訳にもいかないし……私の予備の服はサイズが合わないものね」

「師匠って、そんなに背が高かったの?」


 私は結構身長が小さくて、一五〇センチしかない。だから、大人の服を着るとなると、ぶかぶかになる事は目に見えている。ワンチャン師匠の背が小さい事に賭けたい気持ちがあったけど、師匠の口振り的に期待は出来ない。


「まぁ、普通に高かったわね。一八〇くらいあったんじゃないかしら。まぁ、サイズの話は、身長だけじゃないけれどね」


 そう言う師匠の目が、私の慎ましい胸に向いていた。何だか恥ずかしいので、両手で隠しておく。


「こっちは、まだ成長途中なの」

「今合わないのなら、意味がないのよ。取り敢えず、サイズを合わせた服は作り直しで拵えるとして、今はこれを着てなさい」


 そう言われて渡された服は、ただの一枚の布だった。現代では服とは呼ばないだろうけど、昔は一枚布で服にしていたみたいな話を聞いた事がある。


「これって、古代の服ってやつ? 私、着方分からないよ?」

「適当に巻いていれば良いわ。後は寝るだけだから」


 言われた通りに、適当に身体に巻いてみる。何とか可愛くアレンジしてみようとしたけど、中々上手くいかないので、温泉でタオルを巻くような感じで我慢する事にした。実際にしている人は見たことないけど。


「それじゃあ、寝室に移動するわよ」

「うん」


 師匠について行って、再び寝室に入る。


「さっ、寝るわよ。明日から修行が始まるのだから、しっかり休まないとね」

「さっき寝たから、あまり眠くないんだけど……」

「大丈夫よ。横になっていれば、すぐに寝入るわ。身体の疲れは取れていても精神的には疲れているものよ。水琴的には、それくらいの事が起こっている訳だからね」


 師匠は、ベッドに飛び乗って、軽く前脚で叩く。


(あ、可愛い)


 睡眠を催促している猫という風にしか見えないので、可愛いという感想しか抱けない。

 ここで抗っても仕方ないので、ベッドの中に入る。師匠は、私の横で丸くなった。いつもは下着とかもちゃんと着て寝るのだけど、布を巻いているだけで、下は全裸という状態で寝るのが落ち着かない。


(……いや、よく考えたら、普段から服の下は全裸だよね。うん。そう考えたら、この格好でも平気な気がしてきた。人間、服の下は絶対に全裸なんだから)


 謎の答えが出たところで、段々と意識が遠のいて眠りについた。さっきの眠りですっきりしたと思っていたけど、師匠の言う通り、疲れが残っていたみたいだ。

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