第4話 表世界に戻るために
カワードボアをやり過ごした私達は、再び森の中を歩いていった。しばらく無言で歩いていると、森の中で開けた場所に出た。無言だった理由は、カワードボアと遭遇して私が精神的に消耗していたからだと思う。
その開けた場所には、新築のように綺麗な一軒家が建っていた。
「ここよ。ここなら、さっきのカワードボアみたいな動物は近づかないわ。そういう結界を張っているから」
「そうなんだ。何か……綺麗な家だね」
黒猫の話から考えるに、長年放置されているはず。なのに、目の前にあるのは、普通に綺麗な家だった。さっき新築という印象からも分かる通り、壊れている箇所がなく、長年放置されている感じはしない。
「保存の魔術を掛けてあるからよ。中に入りましょう。話の続きをするわ。大事な話のね」
「あ、うん」
黒猫が家に近づいていき、その扉の前で止まって扉の上部を見る。
(動かないけど、どうかしたのかな?)
そんな事を思っていると、黒猫がこちらを振り向く。
「ちょっと持ち上げてくれるかしら?」
「うん。はい」
黒猫を持ち上げてあげると、前脚で扉を触った。すると、目の前に魔法陣が浮かび上がって、カチャッという音がした。多分、鍵が開いた音だと思う。
黒猫を抱えたままドアノブを捻ってみると、扉が開くので、そのまま中に入る。
「おぉ……」
家の中も蜘蛛の巣など一切なく、埃も積もっていない。本当に掃除が行き届いた家屋って感じがする。
家具は可愛らしい装飾がされた椅子やテーブル、棚などが置かれている。キッチンとかもあるし、ここがリビングなのかな。このリビング以外にも部屋があるようだから、寝室とかは別って感じかな。
ただ綺麗ではあるけど、生活感はない。まぁ、生活していないから当たり前だけど。
「そこの椅子に座っていなさい。靴は脱いで、靴箱に入れておくと良いわ」
「あ、うん」
言われた通り、靴を脱いで靴箱に入れてから近くにある椅子に座る。どうやら、土足厳禁みたい。日本に住んでいる身としては、こっちの方が慣れているので有り難い。
黒猫は、キッチンに近づくと、棚から一つのコップを取り出し、水を入れてテーブルに運んできた。全ての行程で一切手を使わずに。
「それも魔法?」
「そうよ。物体を移動させたりする魔法よ。詠唱しない場合は、簡単な動きしか出来ないけれどね」
「へぇ~……ところで、この水は飲んでも大丈夫なの?」
今まで使っていなかった水道から出て来た水なので、本当に大丈夫なのか疑ってしまう。
「大丈夫よ。ここの地下水だし、汚染もされていないって事は確認したから。それに、水道自体に浄化の魔術を施しているしね」
いつ調べたのか分からないけど、黒猫に私を嵌める理由はないので、これは本当だと思う。嵌めるなら、さっきのカワードボアの時に自分だけ姿を隠しているだろうし、そもそも回復させようとする事はない。
なので、有り難く水を貰う。思っていたよりも飲みやすい水だったので、一気に全部飲み干した。思えば、ずっと走り続けていたわけだし、喉も渇いていたのだと思う。それすら気付かないくらいに追い込まれていたって事なのかな。
「ふぅ……ありがとう」
「どういたしまして。それと私からもお礼を言わせてちょうだい。私を助けてくれてありがとう」
「あ、どういたしまして。でも、こんな魔法が使えるなら、鴉に襲われる事なんてなかったんじゃないの?」
物動かしたり、姿を隠したり、結構自由そうなので、魔法を使っていれば鴉から隠れたりする事も簡単に出来たのではと思った。
「そうでもないのよね。あの鴉達は、私に掛けられた短命の呪いに引き付けられていたの。寿命だけじゃなくて、こういう外的要因も引き付けてくるから厄介なのよね。先に見つかってしまったら、【
「そうなんだ」
思ったよりも、短命の呪いというものは凶悪らしい。短命というくらいだから、当たり前なのかもしれないけど。
「まだ使える魔力の量が少ないっていうのもあるわね。全盛期の万分の一にも達してないもの」
「へぇ~」
魔力の量の話を聞いても、正直よく分からないので、空返事のようになってしまう。
「まぁ、そこは良いわ。落ち着ける場所に来た事だし、ちゃんと話さないといけない事を話すわね。まず、今すぐに裏世界から表世界へと戻る方法はないわ」
「えっ……」
言われた事を脳内で処理するのに、十秒掛かった。言われた事は簡単だけれども、その内容は、私にとって信じたくない事だった。だって、それは元の世界に帰る事が出来ないという事だから。
「う、嘘だよね?」
「嘘じゃないわ。私も確認したもの。今すぐに帰る方法は、今のところないわ」
「……ん? 今のところ?」
そこが引っ掛かった。それは、帰る方法を作れるという風に聞こえたからだ。
「そうよ。表世界への門を開くには、それ相応の力が必要なのよ」
「あなたは?」
「今の魔力量じゃ無理ね。ここから成長すれば、出来ない事もないけれど」
「じゃあ、成長待ちって事?」
「そうね。でも、私の成長じゃないわ。あなたの成長よ」
「え?」
言われた事がよく理解出来なくて、首を傾げてしまう。
「あなたには、ここで魔法と魔術の修行をしてもらうわ。早い話、私の弟子になってもらうって事ね」
「はぁ!?」
本当に予想だにしない言葉に、思わずテーブルを突いて立ち上がってしまう。それを見た黒猫が、前脚で座るように手振りをしたので、そのまま座る。
「それが、一番早い方法なのよ。私の成長を待つよりも遙かにね」
「で、でも……私に出来るかどうかなんて分からないでしょ?」
「分かるわ。あなたには素質がある」
「何を根拠に……」
「根拠は、あの崖での出来事よ。あなたの言霊が、私の呪いを解くきっかけになったの」
「言霊……?」
そういえば、目を覚ました場所で話していた時にも、同じ言葉を聞いた気がする。私の知識が正しければ、言葉を現実にしてしまう力みたいな感じだったはずだ。
「そんな……も……の……」
そんなものに心当たりはない。そう言うつもりだったけど、ついさっき山で逃げていた時に、それらしき現象が起こっていた事を思い出した。追い掛けてきていた鴉達の動きをピタリと止めた時だ。私の『来ないで』という言葉が、そのまま相手の動きを止める作用へと変わった。そう考えれば、言霊の存在も信じられる。
「仮に言霊が本当だとして、解くきっかけって何……?」
「あなたが『この子を解放して』って言ったでしょう? あれが、私の無限転生に絡みついていた短命の呪いの束縛を解いたのよ。そこまでくれば、今の魔力でも解呪は出来るわ。何度も転生して、呪い自体がボロボロの状態だったから」
「ボロボロ?」
「ええ。物を沢山使うと段々と使えなくなっていくでしょう? それと同じような感じね。本来、一回の転生に対しての呪いだから、無限転生の転生数に耐えられなかったのよ。それでも、後数回は保ったでしょうけどね」
理解出来るような出来ないようなという内容だった。呪いの束縛って部分とかが上手く理解出来ないけど、擦り切れそうになっている状態だったから解けたというのは分かった。
「そうなんだ……でも、あの時は必死だったから……」
「やり方が分からないって事でしょう? 大丈夫よ。元より言霊を使って貰うつもりはないわ。言霊はあくまで、あなたの才能の証明ってだけよ。さっきも言った通り、普通に魔法と魔術を覚えて貰うわ」
私が魔法と魔術を覚える。それが、裏世界から抜け出す方法になるらしい。しかも、一番早い方法だというのなら、やらないという選択肢はない。
「わ、分かった。それで、どのくらい掛かる? 一週間とか?」
「そんな早く習得出来るわけがないじゃない。最低でも、三ヶ月は掛かると考えておいた方が良いわね」
「へ? さ、三ヶ月?」
今月は三月。そこから三ヶ月となれば、表世界へと帰ったら六月になっている。そして、私は、今月中学校を卒業予定。つまり、来月からは高校生になる。一応、受験には合格しているから、中卒で終わる事はない。でも、今の状況を考えると、すぐに行方不明扱いになるだろうから、その場合、ちゃんと入学出来るのか不安になってきた。
「まぁ、最低って言った通り、それ以上になる可能性も十分にあるわ。一から鍛える訳だから、その可能性の方が高いわね」
「…………」
言葉が出てこない。ついさっきまで普通の人生を送っていたのに、たった一匹の猫を助けるために頑張ったら、こんな事になってしまった。でも、これは私が選択した事の結果だ。黒猫に文句を言うのは筋違いになる。
私がした選択が、幸なのか不幸なのかは分からない。それは、これから判断する事だ。
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