第3話 受け入れる事の大切さ

 私は、黒猫の先導で近くにある森の中に入っていった。空はまだ明るく、木漏れ日が差している。空気的にも暖かさを感じることから、体感で春に近い季節とは考えている。そのため、ブレザーを着た状態でも、私が暑いと感じる事はなかった。

 歩き始めて少しすると、黒猫が話し始める。


「まず初めに、私は人から猫に生まれ変わった存在よ。転生って言葉は知っているかしら?」

「うん。知ってはいるけど……じゃあ、いつの時代の人なの?」


 転生が生まれ変わりを指す言葉という認識は私にもある。そこから気になるのは、いつの時代から転生してきたのかという事だった。


「何度も転生しているから、明確にいつの時代とは言いにくいけれど、最初は何百年以上も前だったかしらね。具体的な年数は覚えていないわ。最後に人間だったのは、三十年くらい前よ」

「そうなんだ。でも、何で今は猫なの?」

「猫に九生有りって知っているかしら。海外のことわざで迷信と言われているものなのだけど、実際に猫には九つの命があるの。そして、生まれ変わる度に前世で蓄えた魔力を丸ごと引き継ぐという性質を持っているわ。それを利用して、私に掛けられた呪いを解こうとしていたのよ」

「呪い?」


 どんどんとよく分からない話になっていき、首を傾げてしまう。言葉の意味は理解出来るけど、話自体が分からなくなってくる。私としては呪いというものは存在しないという認識だからだ。


「ええ、私が転生しているのは、最初の人生で無限転生という魔術を使ったからなの。何回か転生していた時に、私を恨んでいたゲスが短命の呪いを掛けたのよ。転生の魔術に対しての対抗魔術として使われるのだけど、私の使ったものが、ただの転生の魔術じゃなくて、無限転生だったせいで、呪いが変な形で無限転生に絡みついちゃったのよ。解呪しようにも、生まれたばかりじゃ使える魔力に限りがあるし、解呪に必要な魔力を使えるようになる前に短命の呪いで死に至る。何度か試行錯誤して試していたけど、どれも上手くいかなくてね。そこで、何とか転生先を指定出来るまで生きて、前世の魔力を産まれた時から引き継げる猫に転生したのよ」

「はぁ……?」


 何となく話の内容は分かってきたけど、しっかりと理解出来ていない気がする。そのくらい突拍子もない内容だった。


「魔術とかって、何なの?」

「ああ、そうね。そこも説明しないといけないわね。魔法と魔術についての知識は、ゼロで良いのよね?」

「多分。ゲームとかとは違うでしょ?」

「似ている部分もあるけど、違うわね。魔法と魔術は、現実にあるものよ」

「でも、普通はそんなものは存在しないって言われてるけど」


 魔法という非科学的なものは存在しない。それが現代での常識だ。ただ、前を歩いている黒猫が、普通に喋っている事が魔法という存在があるかもしれないと思わせていた。


「そうね。昔、魔法と魔術を使えた人達が、どんどんと断罪されていった時代があったわ。その結果、それらの技術は引き継がれる事なく衰退の一途を辿った。表世界ではね」

「……断罪から逃れて、裏世界に逃げた人達がいた?」


 わざわざ表世界という事を強調するという事から、裏世界が関係していると考えられる。


「そういう事よ。後は、転生の魔術で記憶と知識を引き継いだ人達ね。私は、後者になるわね」

「じゃあ、あなたみたいに、転生し続けている人達がいるって事?」

「そうね。無限転生は、かなり特殊な触媒が必要だから、私と直弟子が使ったくらいだから、無限転生の使用者は少ないわね。普通の転生でも触媒は特殊だから、毎回転生出来る人は少ないかもしれないわ」


(転生も一筋縄ではいかないって事かな)


 私の感想はそれだけだった。特に自分も転生したいとは思わないので、そこまで興味を惹かれない。


「まぁ、転生については、後で話すとして、魔法と魔術の違いを説明するわね。まず、魔法は自身の魔力を消費して現象を生じさせる事を言うわ。ゲームの魔法と似たようなものよ」

「じゃあ、魔力はMPって事?」

「ええ。合っているわ。そして、魔術の方は、儀式などを用いて現象を生じさせる事を言うの」

「それって、何か違うの? どっちも現象を起こすものって事だから、あまり変わらないような気がするけど」


 どちらも現象を起こすのであれば、魔術の方は儀式魔法とか別の呼ばれ方になる気がする。少なくとも魔術として区別するような事とは思えなかった。


「まぁ、これだけ聞いたらね。儀式などって言った通り、魔術の発動は儀式以外にも使うものがあるの。触媒だったり、星だったり、地脈だったりね。こうした何かしらを用いて発動するものを魔術と言って区別しているのよ」

「じゃあ、魔法では物を使わないの?」

「いいえ、一つだけ使う物があるわ。ただ、これに関しては魔術でも使うから魔法特有ではないわね。魔法でも魔術でも使う唯一の物。それが、杖よ」


 杖と聞いても、大して驚かなかった。小説とかアニメとかゲームとかで杖を使って戦う姿を何度も見ていたからかな。


「杖は、魔法と魔術の補助道具になるわ。そこに関しては、また今度にしましょう。話を戻すわね。魔法と魔術は、それぞれ重要なものが異なるわ。魔法はイメージ力。魔術は理論っていう感じでね」

「そうなんだ」


 魔術の方が大変そうという感想しか抱けなかったけど、何となくは分かった。


「それぞれ詳しく説明するのも、今度に回すわね。次は、裏世界に関して説……止まりなさい」

「?」


 話の途中で途切れたから、一体何事かと思い黒猫を見たら、猫でも分かるくらい真剣な顔をしていた。


『静かに。ゆっくりこっちに来て。この木の裏で丸くなりなさい』


 私を起こしている時に使っていた念話で指示をされた。声が険しいので大人しく従う。指示された木の裏で体育座りをして隠れる。何から隠れるのか分からないけど、取り敢えず身体全体が木の裏にすっぽり隠れるようにした。何も注意されないから、このままでも大丈夫なはず。


「【隠れ蓑ヒドゥン】」


 黒猫の声が二重に聞こえた。そのせいか、上手く聞き取れなかったけど、その言葉を言った瞬間、私達の周囲の空間が僅かに揺らいだ。何事かと困惑していると、また念話が響いてくる。


『私達を周囲の風景に馴染ませたわ。これで、私達の姿は見えないし、匂いも遮断される。でも、音は聞こえるし、大きく動いたら揺らぎが出ちゃうから、絶対に動かず喋らないで』


 真剣な声でそう言われたので頷いておく。一体何が起こっているのか理解出来ずにいると、重い足音が聞こえてきた。その足音の方を視線だけで見てみると、そこには真っ黒な身体をした猪みたいなのがいた。いや、猪にしては、身体が私の背丈以上……百八十センチくらいあるし、牙がものすごく立派だ。こんなのが現実にいたら、沢山の死人が出ている。


『カワードボアよ。分かりやすく言うと、臆病者の猪。こっちから何もしなければ、自分から襲い掛かってくる事はないわ。ただ、ほんの少しでも怖がらせたら、問答無用で突っ込んでくるから音は立てないように。良いわね?』


 そう言われて頷いて答える。あんなのに突っ込まれたら、確実に死んでしまう。

 カワードボアと呼ばれる猪は、一度私達の真横で止まって、こっちをジッと見てきた。完全に目が合っている。黒猫の話が本当なら、私達の姿は見えていないはず。でも、今、私とカワードボアは完全に目が合っていた。私達がいる事に気付いたのか、ただ単に私達がいる場所をなんとなく見ているだけなのか。前者なら、私達に向かって突っ込んでくる可能性がある。 あまりの恐怖に呼吸が止まってしまっていた。そして、自分の心臓の音が耳元で聞こえる。

 カワードボアから動物特有の臭いと体温が伝わってきた。それが、相手を本物だと証明していた。。


(お願い……止まって……)


 うるさく脈動し続ける心臓がうるさく、思わず心臓に止まって欲しいと願ってしまう。こんなことを願ったのは、生まれて初めての事だった。


(は、早く……)


 そんな祈りが通じたのかは分からないけど、カワードボアは、私達を素通りして、どこかに消えていった。それから一分くらいしてから、黒猫が私を見る。


「もう良いわよ」

「はぁ~……」


 止まっていた呼吸を再開する。一気に汗が出て来るのが分かる。臆病者の猪とか言っていたけど、あの目がこちらを見ていた時、本当に生きた心地がしなかった。あの巨体が突っ込んでくる事を考えれば、誰でも同じようになると思う。実際に目にするからこそ感じる恐ろしさもあるのだと実感させられた。


(今の動物の匂い……体温……本物の動物っぽかった。はぁ……これは、夢じゃない。現実か……仮に夢だとしたら、悪夢確定だけど)


 今まで半信半疑だったけど、カワードボアと遭遇した事で、今のこの状況が夢などではなく、現実なのだと受け入れる事が出来た。本当は、もっと前から受け入れられるだけの情報はあったけど、私自身が認めたくなかったのだと思う。

 これは一歩の前進と一つの不安の始まりだった。

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