第20話 失踪

 みんなとの小旅行を終え夏休みも中盤、俺はいつものように店を手伝っていた。

 夏休みということもあり小学生くらいの子供を連れた家族や、学生のお客さんが多め。

「注文いいですかー?」

「はーい、お伺いします」

 いつものように注文を受け、母さんに伝えたり自分で出来るものなら自分で作りお客さんに提供する。

 基本的にこの繰り返し。ずっとやっている事なのでもう慣れたが、今は少し物足りない。

 同じように働いていた満桜が俺を見てこちらにやってくる。

「お兄ちゃん、透ちゃんから連絡は?」

「来るには来るんだけど……写真だけ」

「そっか〜」

 物足りなさの原因は分かっている。

 ただ、それをどうすることも出来ないのもまた事実。

「私、今回は透ちゃんのこと許せないかも」

「そう言うな、何か理由があるんだろう」

「そういう事じゃないんだよ……」

「そういう事って?」

「お兄ちゃんには内緒、というか今は言えない」

 何故か不機嫌な満桜を横目に店の手伝いを続けていった。


 夜になり、部屋に帰ってテレビを見ているとスマホが鳴った。

 通知を見てみると透から写真が送られてきていた。

「これは……琵琶湖?」

 小旅行から帰ってきた次の日、透は「出かけてくる」とだけ言い残し出ていった。

 買い物でも行くのかと思っていたらその日も、次の日も音沙汰がなかったので、電話をかけるも繋がらず。

 代わりにその日から夜になると毎日写真が送られてきていた。

「昨日は鳥取砂丘だっけ」

 何故透が急に出ていって帰ってこなくなったのか。

 理由を聞こうとしたが、こちらから何を送っても返ってくるのは毎日写真が1枚だけ。

 何がしたいのかさっぱり分からない。

 母さんにはしばらく店を手伝えないと話を通していたみたいだが、俺と満桜、ひー姉には何も伝えていない。

 母さんに聞いても、理由までは聞かなかったようで何も分からなかった。

「もう2週間か」

 透と会わなくなってから2週間、ここ数年はほぼ毎日顔を合わせていたので何かが足りないような感覚がずっと続いていた。


 次の日も、その次の日も、透は帰ってこなかった。

 白井さんや寿、瀬戸にも聞いてみたがやっぱり何も情報は得られなかった。

「ってな訳なんだけど、ひー姉」

 今日は店の手伝いもなく、久しぶりにひー姉と出かけていた。

 今は、外が熱いのでカフェで休憩中。

「うーーーーーーん」

「随分唸るなぁ」

「いやね、これがさっぱりわからんのですよ」

「まあ、そりゃそうだよな」

「というか、みーくんが考えて分からないのに私がわかるとも思えないかな」

「俺はエスパーでもなければ、女子のことを詳しい訳でもないけど?」

「それはそうなんだけどさ、今回のことは女子だからとかそういうのではないと思うんだよ」

「根拠は?」

「女の勘!」

 それは女子だからわかるという事では……

「でもね、みーくん。理由とかそんなの分からなくてもいいんじゃないかな」

「どうして?」

「理由っていくらでも後付けできちゃうし、本人からしたら本当に大した理由じゃない時だってあるからねー。例えば、今日みーくんを誘って出かけたのはなんでだと思う?」

「荷物持ちとか、最近遊んでなかったからとか?」

「あながち間違いじゃないけど、みーくんとデートしたかったって言うのが本音かな。あとは相談に乗りたかった」

「相談があるとは言わなかったと思うけど?」

「前半はスルー!?……まあいいや、本気で言った訳でもないしね……ふんっ」

 だったら拗ねないで欲しい。

「相談に関しては、みーくんの表情を見て決めた後付けの理由」

「……そんな顔してた?」

 いつも通りにしてたつもりが、ひー姉にはバレていたらしい。

「付き合いが浅い訳じゃないからね、さすがに気づくさ。ほらね、こんな感じで理由なんて後ででっちあげることができるし変えることだって出来ちゃう」

「だとしても、ずっと家を開けて放浪するのに理由がないなんてことある?」

「仏教徒や道徳心がよっぽど高くなければ、そこまで行動に理由はないもんなんだよ」

「無宗教だろ、俺たちの周りの人間」

「道徳心が高い訳でもないと思うけど?」

「まあ、確かに」

「だから、大事なのは理由を探すことじゃないよ。理由なんて透ちゃんが帰ってきたらいくらでも聞けるもん」

「ごもっとも。なら、今は何を考えるべきなんだろうな……」

 理由を追い求めたって答えにたどり着かないのなら、そこよりも目の前の事実を見た方がいい。

 だけど、今俺の目に映っているのはなんなんだろう。

「満桜ちゃんの様子はどう?たまに怒りのチャットが飛んでくるんだけど」

「うちの妹がごめん……」

「あ、それ自体はいいんだけどね?」

「どっちかって言うと、みーくんの隠し撮りみたいな写真の方が困るというか、嬉しいような見ちゃいけないものを見てしまったような罪悪感があってね……」

「隠し撮るなよ、兄を」

 そしてそれを人に送り付けるなよ、妹。

「ごほん、あー……で!様子はどう?」

「事故った後にハンドルを切るなよ……。満桜は透が来ない分部屋に入り浸るようになってきてるな。母さんにそれとなく助けを求めたけど無意味だったし」

 逆に、毎日泊まってるんじゃなければ良しと太鼓判を押されてしまった。

「だから最近隠し撮りが増えてるんだねー」

 増えてるんかい。出るとこ出たら法的に対処できるだろそれ。

「……だけど、透に対して怒ってるのは間違いないな」

「やっぱり?満桜ちゃん的には美味しい展開のはずなんだけどなー」

「何が気に入らないのかは教えてくれないんだよな」

 頑なに許せないとか怒ってるとか言うのに、その理由は分からないまま。

「あ、まただ」

「ん?なにが?」

「満桜が怒ってる理由はなんだろうって考えちゃってた」

「みーくんは面白いね」

「そう?」

「あー、面白いっていうのは失礼かもしれないけど、理由を勝手に決めちゃって勝手に納得する人って多いからさ」

「ツイッターとかでよく見るな」

「そうそう、芸能人のスキャンダルとか有名人の炎上記事とかのリプライで好き勝手言ってるの。あれほど馬鹿らしいことは無いよ。事実を知ってるのは本人たち以外いるはずは無いのに」

「実際人の気持ちの代弁者は多いな」

「まあそれは自体はどうでも良くて、あたしは事実を知ってるのは本人だけってところが大事だと思ってるんだよ」

「本人以外分からないことを考えてもしょうがないってこと?」

「そういう事。だからみーくんはみーくんの気持ちに向き合うべきだよ。今まで人のことばかり考えてきたんだから」

「自分のことねぇ……」

 それが分かれば苦労しない。

 分からないから家族とひー姉、透以外に対してはその人の事を見て合わせて過ごしてきた。

「自分の内側って、思ったより簡単だったりするから。それをみーくんには見落として欲しくないなー」

「ありがとうな、ひー姉」

「どういたしまして、それじゃあ涼んだしそろそろ行こうか」

 その後は1日ひー姉の買い物に付き合ったり遊んだりして解散となった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 なにをやっているのだろう。

 宛もなくただ歩いて、休んで、また歩いて、休んで。

 振り返らないように、出てきた場所を見ないように。

「はぁ」

 何度目かも分からないため息が漏れた。

「会いたい」

 だけどそれは約束が違う、満桜との約束を破るわけにはいかない。

 どうしてこんなことをしているの?どうして私は彼に会えないの?

「そんなの決まってるじゃない」

 私が、弱いから。

 彼を信じられないから。

 会えないんじゃない、会いたくないだけ。今は会えない。

 怖い、次に会った時私の知っている彼なのだろうか。

 とっくに気持ちに素直になって私の事を嫌いになってるかもしれない。

「あ」

 また彼から連絡が来た。

 適当に画像を送る。

 言葉で返事はしない、会話はしたくないから。

 なんでこんなに不安定になってしまったんだろう。

 助けてよ。

 誰に助けを求めてるの?

 何度考えても浮かぶ顔は一つだけ。だけどその藁には縋れない。

 私の居場所は、私から捨てたのだから。



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