第19話 女子会
水穏が寝静まった後私は布団から抜け出し隣の部屋に向かった。
そろそろ日付も変わろうかという時間にわざわざ隣の部屋に行ったのは女子会をするため。
「お邪魔するわね」
「おっ、来たねー」
「いらっしゃーい」
満桜と白井さんがそれぞれ返事をする。
「2人は海で泳いでいたのに眠くないのね」
満桜は不思議そうに言う。
「旅行でテンション上がってるからか眠くないんだよねー」
「私は眠いけど、寝落ちるほどではないわ」
白井さんは少し気だるそう。
まあいいわ、それじゃあ本題に入ろうかしら。
「それで、女子会って具体的に何するの?」
「透ちゃんはやったことない?女子会」
「女子と話すことはあっても、こうして夜に集まったり、昼間に出かけたりはした事がないわ」
元々周りを信用せずに生きてきたのもあってこういった集まりとは無縁の生活をしてきた。
つまりは何を話す物なのかよくは知らない。
恋バナをしたり、愚痴を言い合ったりというざっくりとした知識を創作物で呼んだことがあるが、果たしてこの場はどちらか。
「獄街さんと満桜ちゃん、2人に腹を割って話せる場を……っていうと大仰ね。水穏くんについてどう思っているかっていう話かな、簡単に言うと。それじゃあまずは満桜ちゃんから」
満桜は数秒腕を組んで考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「…………今は家族として、願わくば恋人として、そしてもっと先は夫婦として生きて、お兄ちゃんの隣で笑っていたいと思わせてくれる人。大好きで、代わりなんて居なくて……多分、きっと……ううん、絶対に世界で1番私を幸せにしてくれる人、かな」
まったく……義妹の覚悟じゃないでしょうに……。
同じことを思ったのか白井さんも苦笑いしていたが、すぐに切り替えて私に話を振ってきた。
「なるほど、ね……それじゃあ次は獄街さんの番ね」
私にとって水穏がどういう人、か……。そんなの決まっている。
「私の唯一の居場所」
一言で終わらせたことに驚いたのか白井さんが質問してきた。
「他には?水穏くんと付き合いたいとか、将来どうなりたいとか……」
「麗ちゃん」
満桜に呼ばれた事で白井さんが止まる。
「満桜ちゃん?どうしたの?」
「大丈夫、そこまでしなくても。これは私と透ちゃんの勝負だから……ごめんね、変に気を使わせちゃって」
「……そう、分かったわ。なら私は立会人としてここで聞いておくわね」
白井さんは口を閉ざし私たちを見守る姿勢に入ったようだ。
満桜が改めて問うてくる。
「透ちゃんと2人きりで話せる機会なんてあんまりないから、話せることだけでいい。透ちゃんの思いを知りたいの」
そういうことね、女子会と言うよりは選手宣誓の方が近いのかしら。なんてどうでもいい思考を回して私は答える。
「水穏とどうなりたいか……ね」
「透ちゃんが話せる範囲で、聞かせて」
別に隠し事をするつもりなんてないけれど、どう言えば伝わるのか、それが難しい。
言葉とはなんて便利でなんて不便なんだろうか。
「まず、私は水穏と付き合ったり結婚したりという事を望んでいるわけじゃない」
「え……あっ!」
予想外の返事だったのだろう、白井さんが声を出してしまったことに気づき慌てて口を塞ぐ。
別に喋ってくれても構わないのだけれど。
「ん?透ちゃんはお兄ちゃんのこと好きなんだよね?」
今までの言動をほぼ全否定しているように聞こえるのだろう、満桜は首を傾げていた。
「ええ、大好きよ。愛してる。この世で唯一私の全てを捧げられる人よ、水穏は」
「なのに、付き合ったり結婚をしたいとは思わないの?」
「思うに決まってるじゃない」
「んんー???」
満桜と白井さんが理解出来ずに困惑している。それはそうだろう、今の流れで私は私を否定したのだから。
「思いと望みは違うものよ。思いは私の本心、望みは私の希望。私だけで完結できることと、そうでないことの違いだと私は思ってるわ」
「つまり、どういうこと??」
「私は水穏が好き、これは私の想いで誰にも介入の余地は無い私だけで決められるもの。だけど水穏と付き合いたい、結婚したいという願望は水穏なしじゃ叶えられない私だけではどうにもならない事」
「なんとなくわかった気がする」
傾いていた満桜の頭が元の位置に戻った。そしてそのまま続けてくる。
「どうして望まないの?」
まあ、そうなるわよね……普通思いと望みは一致するし、繋がっているもの。私は梯子を外して無理やり繋がりを絶っているのだから。
そして何故、梯子を外す必要があったのか。
「今のままでは……私が水穏に嫌われてしまうから」
「「え?」」
2人の声が重なり信じられないという顔をしている。
「ちょ、ちょっと待って獄街さん!え、え?どういうこと?」
「透ちゃん、お兄ちゃんが透ちゃんを嫌うって……?」
それぞれ私の行ったことを上手く呑み込めず、理解ができないのだろう。
私だって認めたくない、あって欲しくない。そんな可能性はゼロだと信じたい。
「水穏の感情が、戻りつつある……いいえ、豊かになってきていると言った方が正しいかしら」
ここ数ヶ月で水穏は昔よりも人らしくなっている。
誰よりも隣で見ていた私だからこそ、その変化に気づく。気づいてしまった。
「水穏には酷いことをしてきたわ、今までずっと。だけど、それが許されているのは彼に嫌いというカテゴリーが存在しないからよ」
「ま、待って!ちょっとストップ」
白井さんが慌てて割り込んできた。
「あの、ちょっと、えーっと……水穏くんの感情が豊かになるとか、好き嫌いが無いってどういう……」
満桜と顔を見合せお互いにああそうかという顔をする。
「説明するわね、水穏は昔────」
私の知っていることを一通り白井さんに話した。
水穏の許可はとっていないけれど、白井さんにならいいと言うと思う。
「なるほど、ね。誰に対してもフラットで、周りをよく見ている理由はそれだったわけか」
納得したように何度か頷いている。
「ただ、水穏くんが今好き嫌いを明確に棲み分けできないとしても、出来るようになったところで獄街さんを嫌う要素は何?むしろ好きになる可能性の方が高いんじゃ……」
「クラスの男子が困っていたから助けたら、執着された挙句襲われたらどう思う?こちらはその男子に好意の欠片も無く善意で助けただけなのに」
「それはキツイわね、警察案件じゃない?というかショックで人を信用できなくなるかも」
「お兄ちゃん以外の男子に襲われるなんておぞましい話だよ。人の善意を勘違いした挙句襲うなんて犯罪───」
満桜は気づいたみたいね、私が嫌われる理由に。
「透ちゃん、嘘だよね」
「嘘、まさか、そういうこと……?」
白井さんも満桜の反応で気づいたみたい。
「私は水穏を襲った」
一時の昂りで、その時の悦びのままに。
到底許されることでは無い、相手に好かれる嫌われるの問題ですらない。
私のやった事は犯罪だ。
「ふざけないでよ」
冷えきった声。
「満桜ちゃん落ち着いて」
白井さんは諭そうとするが、私は受けるべきだ。家族を襲われた満桜からの罰を。
「何を甘えたことを言ってるの……お兄ちゃんがその程度のことで透ちゃんを嫌う?馬鹿な事言わないでよ」
「馬鹿なことでは無いでしょう?私のしたことは犯罪よ。嫌われて然るべきよ」
「逃げないでよ」
逃げる?何から?
「逃げてなんて」
「逃げてるよ、お兄ちゃんから」
そんなことあるはずない、私はいつも水穏の事を考えて過ごしてきた。
私以上に水穏のことを考えて生きている人なんて居ないと自負出来るくらいに。
「私が水穏から逃げているわけが無い」
「じゃあなんで、なんで私はお兄ちゃんの隣に居ないの、居られないの?」
「それは私が拘束してるから」
「違う!」
そう否定する満桜の顔は苦しそうに歪んでいた。
「お兄ちゃんは透ちゃんに束縛も拘束もされてない。自分の意思で透ちゃんのそばに居るんだよ……」
どうして。
「どうして、そう思えるの」
「お兄ちゃんが透ちゃんの居場所になろうとしてるからだよ。嬉しい時、悲しい時、寂しい時、いつでも透ちゃんが帰ってこられるように」
「……」
何も言えなかった。思い出してしまった。
『獄街さんが望む時だけでいい、俺の事を寄りかかる場所にしてくれ』
病室で彼が言ってくれた言葉、私の支えとなった言葉を。
彼はずっと、私のそばで背を支えてくれていて、私がどうしようもなくなった時いつでも会いに来てくれて。
「お兄ちゃんの優しさを否定するような事を、透ちゃんが言わないでよ……!それだけは言っちゃダメなんだよ。透ちゃんはお兄ちゃんの大切な人なんだから」
「大切な、人……」
「そうだよ、合鍵渡して、残りの人生をかけて、毎日押しかけても相手して、ご飯も一緒に食べて……そんなの大切な人としかしないんだよ」
「獄街さん、1度思い返してみたらどうかな?水穏くんが獄街さんにしてくれたことを」
静観していた白井さんが諭すように話し始める。
「私はこの問題、どこまで行っても部外者になっちゃう。だけど、だからこそ外から見ていて水穏くんの行動は羨ましかったよ」
「羨ましい……の?」
「それはもう。学校での2人を見てるとね、水穏くんは常に獄街さんの事意識して行動してるし、獄街さんもそれを信頼して動いてる。ああ、この2人はお互いを大切にしているんだって。」
そうなのかしら。意識していた訳では無いので自覚は無い。
「信頼していた人が変わろうとしているのが怖いんじゃないかな、それで本質を見失っているのかも」
「お願い透ちゃん。お兄ちゃんを信じてあげて」
部屋に戻り水穏を起こさないように布団を被る。
おやすみなさい、水穏。
あなたを信用しているつもりなのだけど、私はどうすればいいの……?
拭いきれない不安を抱えて私は眠りに落ちた。
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