第18話 キスマークと不安
瀬戸たちの部屋に置いておいた荷物を持ち透と俺の部屋へ。
「へー、部屋にも一応お風呂はついてるのか。俺は温泉に行くけど透はどう……す、る」
後ろにいる透の方を振り向くと、透は部屋の入口に立っていた。
あ、まずい。そう思った時には遅かった。
ガチャ、という音がして部屋の鍵が閉められる。
「本当に、水穏は詰めが甘いわね。いえ、優しすぎると言うべきかしら」
透がまっすぐこちらに歩いてくる。その顔は口角が上がって行くのを抑える気もなく獲物を前にした肉食獣のようだった。
「ねえ、水穏?さっきは2人の水着どうだった?可愛かった?興奮した?それとも……私のを見たかった?」
「それ、は……ええと」
俺が答えられないことを分かっていたかのように、透は妖艶な笑みを携える。
「そうよね、答えられないわよね……水穏は2人に興奮なんて出来ないもの。恋の前に肉欲を知ったその体じゃ……ね?」
透の挑発を受け、体が熱を帯びる。心臓は高鳴り、頭に血が上ってくる。
しかし理解した瞬間、急激に熱が霧散し落ち着きを取り戻す。
「こんな所で冗談言うな。透が行かないなら俺も残って部屋のお風呂で済ますけど……どうする?」
そんな俺を見て透はまた楽しそうに笑う。
「やっぱりあなたはそうよね。だから私はあなたに依存できる。安心して、次に襲うとしたらあなたが本当の意味で私のものになってからよ」
「……答えになってないぞ」
「あら、ごめんなさい。私は温泉に行かないわ……行けるわけないでしょう」
さっきまでの楽しそうな表情はどこへやら、心底つまらなさそうな顔で透は窓際の椅子に座った。
「ごめん、ただの仕返しのつもりだった。じゃあ俺はここのお風呂に入ってくる」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
水穏がお風呂に向かって数分。
さて……私も入ろうかしら。
脱衣所に入りメイド服を脱ぐ。そのままお風呂へ続く扉を開けると水穏が頭を洗っているところだった。
太ってもなく痩せてもなく、筋肉が目立つ訳でもない特徴の無い身体。
私はどうしようもなくそれに興奮する。
1歩ずつ近づき背後を取った。そのまま水穏が頭を流し終えるのを待つ。
「……ふぅ。あれ、透?」
水穏の目の前には鏡があるのでもちろん私に気づく。むしろ気づいてくれないと意味が無い。
「ええ、水着のお披露目をしようと思って」
黒一色のゴシックスタイルの水着、フリルやレースが特徴的でかなりセクシーだと思う。
布面積は多い方だが、へその少し下は肌が出ている。
水穏が振り向きそこを見た瞬間、顔をしかめる。
そしてそのまま手を伸ばし、私の下腹部を撫でた。
それが嬉しくて、背徳的で、私は声を漏らしてしまう。
「んっ……ぁ」
「変な声を出すな、それにこの水着はわざとか?」
気づかれるわよね、布面積が多いくせしてピンポイントで私の傷痕を見せつけるように下腹部が露出しているんだもの。
中学であの女に付けられた傷。水穏と私を繋いでくれた出来事、その結果の代償。
「私が水着を見せるのはあなたにだけよ。それに、この傷も……あなたにだけ。見て、触れて、いっぱい罪悪を植え付けて」
本当は水穏が罪悪感を抱く必要なんて露ほども存在しない。
悪いのは私とあの女共。だけど水穏は優しいから。
「うん……二度と透の身体に傷をつけたりするもんか」
そう、優しすぎるから。だから私はあなたに救われる。
だから私はあなたというぬるま湯に浸かったまま、一生を過ごすの。
「ありがとう、水穏」
そう言って私は彼の首筋に顔を埋めた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「………………」
透が首元にキス……いや、吸い付いてるなこれ。
「と、透?何してるんだ?」
「……っはぁ、マーキング」
「勘弁してくれ、この後皆と合流するんだ」
愉悦、透はそう表す他ない表情で笑っていた。
しばらくして夕食後、瀬戸たちの部屋に集合し、お菓子を広げながら遊んだり雑談に興じていた。
「久々に海で遊んだけどやっぱ疲れるなぁ、気分はいいけど」
一人布団を敷き寝転がりながら声だけこちらに飛ばしている瀬戸。
「そうねぇ、いい運動になったわ……麗、それはダウトよ」
「くっ……やるじゃない雄三」
白井さんと寿と俺はトランプで遊んでいるところだ。
そして、部屋の隅の方で透と満桜が話をしている。
「ねえ、透ちゃん……あれは、なーに?」
「あれって何かしら。正確に言ってくれないと分からないわ」
なんだか視線が痛いけど、部屋の隅で話しているので会話がいまいち聞き取れない。
「お兄ちゃんの、首筋に、何かの、跡が、ありますよね」
「あるわね、それで?」
満桜がこちらを指さしている。なんだ……?
寿と白井さんも気になっているようで
「水穏くん、妹さんが何か言いたそうだけどいいのかしら?」
「気になるけど……俺に直接言ってこないから大したことじゃないんだと思う」
「いや、絶対気にした方が良いと……いえ、やぶ蛇ね」
白井さんの方はなんだか察して深堀するのを辞めていた。
「あ、白井さんその4はダウト」
「また私!?というかなんで分かるのよ!」
俺4を全て持ってるからな……。
「いつ、キスマークつけたの?」
「お風呂でしたのよ」
「したって言い方やめないかな!?」
急に満桜の声が大きくなった。
「満桜ー?迷惑になるからあまり大きな声出すなよー」
「お兄ちゃんが悪いの!」
やんわり注意したら逆ギレされた。何故。
「怒られちゃったわね」
「透ちゃんのせいなんだけど……」
「安心しなさい、私が水穏を襲うとしたら私が水穏の物になってからよ」
「キスマークは襲っている範疇には入らないの?」
「ええ、私の襲うはもっと激しいもの」
「……まって、何するつもり?」
「言えるわけないじゃないこんな所で」
「言えないことするつもりなんだね……」
「キスマークはつけたくなったからつけただけよ、我慢した方なんだから感謝して欲しいわね」
「私だって……つけたいのに」
「つければいいじゃない。水穏が許してくれるなら、だけど」
「むっ……見てろよー?」
ん?満桜がおもむろに立ち上がってこっちに……なんだか機嫌悪そう?
「み、満桜どうした?」
「お兄ちゃん、今から私はお兄ちゃんを襲います」
「待ってくれ、どうしてそうなった」
「どうもこうもないよ!その首筋!」
「え、あ……」
やっぱり見つかったか……絆創膏を貼るのも不自然かと思い放置してみたがダメだった。
「透ちゃんにキスされたんだ!私もする!」
「何言ってるんだよ、そんなの出来るわけないだろ……白井さんからも何か言ってやってくれ」
「ごめん水穏くん、私は2人に逆らえないの」
白井さんは2人に人質でも取られてるのか?
「寿、瀬戸────」
「「無理」よ」
食い気味に拒否しないで欲しい。
満桜が肩を掴んでくる。
「お兄ちゃん、覚悟はいい?」
「良くないです」
「良かった、覚悟は出来てるみたいだね」
おかしいな、会話が成り立たない……。
こうなったら最後の頼みの綱に頼る他ない。
「透」
「ええ」
透がこちらに寄ってきて満桜に何か耳打ちした。
「………………ほんと?」
「ええ、本当よ」
「何を言ったんだ?」
「内緒」
「お兄ちゃん、私はいい子なので場を弁えます」
「いい子はお兄ちゃんにキスをしようとしません」
「お兄ちゃん、私はいい子なので場を弁えます」
「はい……」
今の満桜はなんだか圧が強くて下手に刺激しない方がいいと思う。決して俺がビビった訳では無い。
「さて……そろそろいい時間だし、皆泳いで疲れているでしょうから各々部屋に戻りましょうか」
時計を見ると既に23時を回っていた。白井さんの号令で俺たちは各部屋に戻るのだった。
「さっき満桜になんて言って落ち着かせたんだ?」
寝る準備をしながら透に問う。
「内緒って言ったじゃない」
「……俺に関係あることか?」
「情報には相応の対価が必要よ」
「おやすみ」
危ない、薮にいるのは毒蛇だったか。
「ええ、おやすみなさい」
布団に入り、リモコンで電気を消す。
泳いだ疲れもあったのですぐ寝ようと目を閉じた。
「ねえ、水穏」
寝ようとしたんだけどな……。
こちらの布団に入って来て背中から腕を回される。
「どうした?」
「今日、楽しかった?」
楽しかったか……
「楽しかった、と思う」
確証は無い、根拠もない、ただの願望。そうあって欲しいという自身への期待、その全てを含んだ答え。
「……そう」
その声は少し残念そうで、透の方に向き直ってしまう。
「どう、したの?」
暗闇の中に見える真っ黒な瞳は不安そうに揺れていた。
「不安なこと、あるのか?」
少しだけ透が震えた、何かあるんだな。
「……ない。と言っても信じて貰えないんでしょ?」
「今の反応を見ればな」
「……大丈夫」
その大丈夫は何に対しての大丈夫だろう。透自身に言い聞かせたのか、俺に心配させまいとしたのか。
透はそのまま俺の胸に顔を埋めた。
「今日は……このまま」
俺も安心させるように背中に腕を回す。
「分かった。おやすみ」
「ええ、おやすみ」
やはり疲れが溜まっていたのか、目を閉じた俺はすぐに意識を手放した。
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