第17話 海と三択の部屋

 夏休みに入り店の手伝いや宿題を片付けたりしていたらあっという間に海に行く日になった。

 今回は夏休みだしせっかくだからということで1泊2日で海の近く近くにある旅館で泊まりになった。

 今は満桜と透と電車に乗って旅館の最寄り駅に向かっている……んだけど。

「あの、2人とも?この暑い時期になんでピッタリくっついて座ってくるんだ?」

 満桜の柔らかい脚が当たっていたたまれない気持ちになる。透はいつも通りメイド服で肌が隠れているためその辺りの心配は無い、が……。

「あの、透。そのー……起きてるよな?」

 電車に揺られながらずっと俺の肩に寄りかかって目を閉じているが、透は知らない人のいる場所で寝ないので間違いなく狸寝入りだ。

「満桜、なんでニコニコしたまま手を繋いでるんだ?それにもう少し離れられない?」

 周りの視線が痛いんだよなぁ……。

「お兄ちゃん、諦めてね。透ちゃんには負けられないの」

「……水穏、楽しみね」

 終始周りの視線を気にしながらしばらく電車に揺られる羽目になった。


 最寄り駅に到着すると既に白井さんと寿が待っていた。

「ごめん、待たせたか」

「そんな事ないわ、あたしたちも1本前の電車で着いたばかりだもの」

 寿と話していると白井さんが不思議そうに首を傾げていた。

「獄街さんは今日もメイド服なのね?暑くないの?」

「薄手の生地だから」

「そういう問題なの……?」

 その後瀬戸も合流し、旅館に向かうことに。

「獄街さん、メイド服暑くねえのか……?」

「瀬戸くん、そのくだりはもう終わったわよ」

「あ、そうなの」

 みんな思うことは同じらしい。


 旅館までの道すがら白井さんがこんなことを言い出した。

「今回3部屋取ってるんだけど、1部屋は雄三と瀬戸くん。別の部屋に私と誰かって感じなんだけど……」

「まって、それはつまり俺と満桜もしくは透が同じ部屋ってことか……?」

 てっきり2部屋男女で分けると思っていたが、予約は白井さんに任せていたのでその辺を聞かなかった自分を恨んだ。

「別に私と水穏くんでも良いけど?」

 倫理的に良くないのでは?

 そこでふと電車内での2人の様子を思い出す。

「満桜、透。もしかして知ってた?」

「「…………」」

 2人は俺から全力で目を逸らした。

「知ってたのか……」

「大変だなぁ、モテ男」

「ごめんなさいね水穏くん、あたしたちは権力には勝てないの」

 瀬戸と寿の2人も知ってたらしい。こうなったら安牌は……。

「それじゃあ、俺は白井さんと同じ部屋にしようかな」

 満桜と透の思い通りにさせない為にはこれが1番無難だろうと思う。

 しかし1番動揺したのは白井さんだった。

「え!み、水穏くんもしかして私の事そ、そそ、そういう……感じ!?」

 あ、ダメだこれ地雷踏んだかも。

「いや違うんだ、満桜と透の思いどおりにさせない為には白井さんと同じ部屋にするのが落とし所かなって……夜は瀬戸たちの部屋に布団持って行って寝ればいいかなと」

 できる限り角を立てないように弁明するが、白井さんは納得いかないようで。

「そこまでするくらいなら手を出してきなさいよ!私だって乙女なのよ!?同じ部屋で手を出されないのは負けた感じするじゃない!」

「ごめんなさい……白井さんと同じ部屋は冗談です……」

 見たことない剣幕で詰め寄られたので無かったことにした。

「まったく……それで?どっちにするの?」

 白井さんの方もすぐ熱が冷めたようで満桜と透に目配せをする。

「お兄ちゃん」「水穏」

「……はい」

「「どっちにする?」」

 正直どっちと同じ部屋になっても気まづい事は無い……が、わざわざ白井さんに2人で手を回してどちらかしか選べない状況を作ったのはどういう理由があるんだろうか。

 俺が悩んでいると瀬戸が一石を投じた。

「それじゃあこういうのはどうだ?旅館にはとりあえず荷物を置いて、その後海行くだろ?そこで水穏のお眼鏡にかなった方が一晩過ごせるって言うのは」

 その一石は高波を呼ぶのに十分だった。


 旅館に荷物を置き、旅館が所有しているらしい海水浴場にやってきた。

 宿泊客しか使用しないので混雑していることも無く過ごしやすそうだ。

「なあ水穏、寿」

 急に真剣になった瀬戸がこちらを見る

「俺、白井の水着でテンション上げられるかな……」

「失礼すぎるだろ」

「麗は普通にスタイルいいわよ?」

「いや、違うんだそうじゃなくて……新学期最初の方から割と雑に扱ってきたからなんというかこう、負けた気がするというか」

「いいか、瀬戸」

「おう、なんだ?」

 今日ばかりは、こう言う他ない。

 できるだけにこやかに笑顔を作って言う。

「俺を見捨てておいて自分は回避できると思うなよ?」

「許して貰えるなら土下座と靴くらいなら舐めるが?」

 真顔で何言ってるんだこのイケメン、手のひら回転式か?

「あたしは特にそういうのは無いけど、瀬戸くんは水穏くんに比べたらマシだと思いなさい、いちばん大変なことになるのは水穏くんなんだから」

「水穏、武運を祈る」

 誰も味方はいないらしい。おい、十字を切って天を仰ぐな。

 パラソルやレジャーシートの準備をしながら待っているといきなり視界が暗くなった。

「だーれだ♡」

「声は満桜だけど……これ手は白井さんだろ」

 視界がパッと明るくなり、後ろを向くと案の定白井さんが立っていた。

「いや、なんで分かったの……?絶対騙せると思ったのに」

「ほらー、麗ちゃん言ったじゃん。お兄ちゃんは私と透ちゃんの事なら間違えないって」

「いや、それにしたって即答過ぎない……?も、もう1回やらせて!」

 白井さんの要望に応えて背を向ける。

 後ろで人の動く音がしてまた視界が暗くなった。

「だーれだ」

 今度は声が透だったが、違和感がある。なんだか左右で違う人が抑えてるような……?

「ん?左は満桜だけど……右は誰だ?」

 視界が明るくなったので後ろを向くと左側に満桜、右側には瀬戸が立っていた。

「ほんとに凄いな……満桜ちゃんだけ正確に当ててる。なんかコツでもあるのか?」

「あー、あるにはある」

「なんだか言いづらそうね?」

「満桜と透の場合、距離が近くてその……満桜は胸が当たるから……」

「え!?それで分かったの!?お兄ちゃんのえっちー!」

「そう言うならもうちょっと恥じらいとか持ってくれ?」

 瀬戸と寿と白井さんは納得したように苦笑していた。

「さて、と。男性諸君?何か言うことは無いかなー?」

 一段落したと思ったら白井さんが見せつけるようにポーズを取る。

 すると瀬戸が初めに口を開いた。

「驚いた、白井も満桜ちゃんもめちゃくちゃスタイルいいじゃん!」

 さっきまでテンションあげられるか不安がってた割にはちゃんと褒める。

「麗は毎年見てるから特に感想は無いけど……強いて言うならスタイルの維持頑張ってるのね。満桜ちゃんの水着は初めて見たけど、一般の海水浴場ならナンパが凄そうって感じかしら」

 白井さんと満桜が満足そうにうんうん頷いている。

「それじゃあ次はお兄ちゃんの番だね、どう?1年ぶりの妹水着は!」

 目のやり場に困るから胸を張らないで欲しい。

 瀬戸と寿もニヤニヤしながらこちらを見てくる。やりづらいなぁ。

「満桜、その水着にしたんだな。似合ってるし可愛い。」

 満桜はゴールデンウィークに一緒に買いに行った時に買った赤と白を基調としたチャイナ風の水着を着ていた。

「白井さんは名前のイメージもそうなんだけど、肌が白くて綺麗だから白のビキニすごく似合ってる。肌焼きすぎないよう気をつけてね」

「ありがとう……ちゃ、ちゃんと日焼け止め塗ってるから大丈夫、よ?」

 なぜ疑問形?

「それから最後に透」

「「え?」」

 そのまま透を褒めようとすると瀬戸と寿が困惑していた。

「水穏?獄街さん着替えてないんじゃないのか?」

「あたしもそう思ったから一応スルーしたんだけど……」

「透ならちゃんと防水のメイド服に着替えてるぞ?」

「分かるかぁ!?」

「あはははは!水穏くん流石ね。瀬戸くん、雄三、獄街さんはちゃんと着替えてたわよ」

 白井さんが笑いながら説明をする。

「私も驚いたんだけどね?獄街さんのカバンの中から水着とメイド服が別で出てきたのよ、ちゃんと水着に着替えた後に今着ているメイド服に着替えてたわ」

「そ、そんなのもあるのね……あたしには理解が及ばないこだわりだわ」

 ちなみに特注なのでそれなりに高いんだが……今はいいか。

「私は泳がないからいいのよ……ここで眺めてるわ」

「よーし!それじゃあお兄ちゃんは貰っちゃうよ〜?後悔しても知らないよーだ!行こ、お兄ちゃん!」

 満桜が透を挑発しながら俺の腕を引っ張って行く。

 そこから数時間俺たちは海で遊び倒した。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「良かったの?満桜ちゃんに水穏くん持っていかれちゃって。一緒の部屋がいいんじゃないの?」

 私は少し泳いだあとパラソルに戻り獄街さんに話しかけた。

 今は皆それぞれ泳いだり浮いたり潜ったり好きなことをしている。

「……大丈夫よ」

「そうなの?満桜ちゃん、水穏くんにベッタリ張り付いてるけど。あ、転けた……なんかいい雰囲気になってない?」

 満桜ちゃんが水穏くんを押し倒したような体制になってるけど大丈夫かな?

「あれくらいで人のものになるなら水穏はとっくに他の人に取られてるわ」

「おー、すごい自信」

 この自信はどこから来るものなのだろう。

 私は水穏くんに対する透ちゃんの信頼が羨ましく思えた。

「自信……と言うよりは、安心感かしらね」

「そこの違いは?」

「詳しくは省略するけど、水穏は私に残りの人生を捧げるって約束してるわ」

「……へ?」

 待って、思っていたより二人の関係値が深いんだけどー!?

 え?残りの人生捧げるってそれもうプロポーズじゃないの?水穏くん覚悟決まりすぎじゃない……?

「じゃ、じゃあ満桜ちゃんには勝ち目がないの?」

 水穏くんが透ちゃんのものなのだとしたら満桜ちゃんが水穏くんと結ばれる未来はないのではないか。

「……そんなこと、ない」

 だがそれを否定したのは他でもない獄街さんだった。

「どう、して?」

「水穏の抱える問題が解決した時、隣に居られるのは私のような人間じゃないと思うのよ」

 水穏くんの、問題。それは何なのだろう。

「問題って……っ。ううん、何でもない」

 その時の獄街さんの表情はとても踏み込んで行けるような穏やかなものではなく、悲痛に歪んでいて聞くことなんて出来なかった。


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「あー、泳いだ泳いだー!楽しかったねお兄ちゃん!」

 夕方まで泳いだり遊んだり焼きそば食べたりして海を満喫した俺たちは旅館に戻って来た。

「それじゃあ俺たちは一旦温泉行ってくるわ」

 瀬戸と寿が温泉のため一時離脱、もちろん俺も着いていこうとしたが白井さんに止められた。

「水穏くーん?まだ決まってないこと、あるよねー?」

「うっ……はい……」

 そう、部屋割りがまだ決まってないのである。

 白井さん、透、満桜の中から部屋のパートナーを選ばなくてはならない。

「白井さんっていうのは無しですか……?」

 絶対に手を出さない自信があるし、白井さんもそこを心配してはいないだろう。

「そうねぇ、水穏くんなら身の安全は保証されてるでしょうし特に私としては問題ないんだけど……」

「けど……?」

 白井さんがバスガイドさんのような口調でこう返す。

「後ろをご覧下さい、私はあの二人を敵に回したくはございません」

 後ろを見ると透と満桜が静かに笑顔で圧をかけてきていた。

「……慈悲とか」

「お願い水穏くん、私も命は惜しいの」

 俺が白井さんと相部屋になると何をされるんだ白井さん……!

「分かった……透と同じ部屋にするよ」

 流石に諦めた俺は透を選んだ。

「むー!透ちゃんに負けたー!」

 めちゃくちゃ不服そうな顔をする満桜。

「その代わり、今度家族旅行に行こうな満桜」

「……!うん!」

 不機嫌な顔に一瞬で花が咲いた、満桜には笑顔が良く似合う。

「ありがとう……」

 透が近づいてきて小声で感謝を伝えてきた。

「気にすることじゃない。事情は知ってるから」

 透と同じ部屋にしたのは他の事情もある。それはみんなに言うことじゃないので黙っておいた。

「よし、それじゃあ部屋に荷物置き直して温泉行きましょ!夜はご飯食べた後瀬戸くんたちの部屋で集まって遊ぶわよ!」

 白井さんも部屋が決まって満足したのか一旦解散となった。

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