第16話 海計画
「寿、水穏。俺は海に行きたい」
「なによ藪から棒に」
「夏休みにはまだ早いぞ、その前に期末テストだ」
期末テストが目前に迫った7月も半ば、放課後の教室でテスト勉強をしていたら瀬戸がペンを置いて喋りだした。
飽きたんだな……
「それはそうだけどさ!夏といえばやっぱりプールか海でしょ!泳ぎたいんだよ俺は!」
「水泳の授業じゃ足りないの?」
「足りないね!少なくとも野郎ばっかりの場所で泳いだところでなんにも楽しくねぇ」
「じゃなんで俺たちに話したんだよ、どっちも立派な野郎だぞ?」
「甘いな水穏……カラオケで飲むコーヒーフロートくらい甘い」
「割合コーヒーの方が多いからそんなに甘くないだろあれ」
「とにかく、寿も水穏も女友達いるだろ?」
「麗の事かしら」
「そう!白井さんは顔も広いからな、ほかの女友達を呼べるかもしれんだろ」
「人の事を都合よく使おうとしないでくれる……?」
「あれ、白井さんも残ってたのか」
「部室で勉強してたのよ、もう帰るけど……それで?なんの話しをしてたわけ?」
「瀬戸くんが麗の女子友達誘って海行きたって言ってたのよ」
「なるほどねー……って私一人じゃ満足できないのかしら!?」
「白井はなぁ……こう、なんか友達枠というか……」
4月頭に瀬戸を狙ってた白井さんも、もうイツメンと言っていいほどつるんで居るので、瀬戸の中では別枠扱いになっているようだ。
「麗……不憫ね」
「雄三、慰めてるのか貶してるのかどっちかにしてくんない?」
「貶してるのよ」
「余計悪いわね!!」
「まあまあ、落ち着いて。とりあえず行くにしたって夏休み入ってからだろ?まずは目の前の期末テストを無事乗り越えてから話そう」
「それもそうか」「そうね」「はいはい……」
それぞれ納得したのかしてないのか、その日はそこで解散となった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「終わったーー!!」
期末テスト最終日の最後のテストが終わり、あと一週間で夏休みとなった。
「瀬戸くん、まだHRがありますからねー?」
「あ、すんません」
「まあとは言っても明日は土曜日だし、テストも終わったしで特に連絡事項もないんだけどね。それじゃあ日直さん号令をよろしく」
「きりーつ……れーい」
「「「さようなら」」」
クラスメイトが三々五々に散って帰って行く中、瀬戸が椅子に座り直してこちらを向いた。
「なあこの前話してた海に行くって話、今日この後暇なら計画立てないか?」
「今日は店の手伝いあるから俺は難しい」
「あたしは空いてるわ」
「あー、水穏の店って喫茶店だっけ?ならそこで話すのはどうよ」
「他のお客さんの迷惑にならない程度ならいいよ」
「よっしゃ決まりだな。寿行こうぜ」
「水穏くんの実家なんですっけ?興味はあったから是非お邪魔させてもらうわ」
決まりだなと3人で席を立ち教室を出ようとした時に後ろから襟を掴まれた。
……瀬戸が。
「ぐえっ、げほっ……なんだ!?」
「なんだじゃないわよ、女子も誘うんじゃなかったの?」
白井さんだった。ジト目の。
「あら麗、忘れられて寂しいの?」
「ち・が・い・ま・すー!この前の放課後に私も呼ぶ的な話してたからどうなったのかなって思ってね」
「水穏の店に行くからあんまり大人数で言っても迷惑かと思ってな……水穏、白井が増えても大丈夫か?」
「4人がけの席もあるし大丈夫だと思う。今からならそんなに混む時間でもないしな」
「おっけ、なら白井も一緒に行こう。決して忘れてた訳じゃない。それはもう脳裏にこびりついてたさ」
おっイケメンスマイル。これは白井さんも許し……
「私はそれに騙されるほど馬鹿な女じゃないわ」
てなかった。これは瀬戸が悪い。うん。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「ただいまー。母さん、友達来たから案内だけ頼んでもいい?準備してくるよ」
「おかえり〜。あらあら〜水穏と満桜のお友達〜?いらっしゃ〜い」
「「「おじゃましまーす」」」
「って喫茶店に来てお邪魔しますも変か?」
「友達の家でもあるし変ってほどでもないかしら」
「それより入口でたってる方が邪魔よ、早く席につきましょう」
「それじゃあ、ここ使っちゃって〜」
店の奥にある4人がけの席に案内され、各々席に着く。
何故か傘雫も一緒に。
「「「…………」」」
「さて……水穏と満桜って学校でどんな感じ〜?」
これ誰が突っ込むんだと言う空気をものともせず傘雫は瀬戸たちに話しかける。
「えっと……寿、どう思う」
「麗、パス」
「うえ!?私誰に回せばいいのよ!?えっと、えーっと……ごほん。満桜ちゃんはクラスのムードメーカーのような存在ですね、あの子が明るく話すだけでクラスの雰囲気も明るくなります。水穏くんは……緩衝材、でしょうか」
「白井すげえな……俺咄嗟に切り替えられねぇよ」
「流石麗ね、猫かぶらせたら右に出る者はいないわ」
「ちょっとそれ褒めてるの!?」
「そっか……良かった〜」
わちゃわちゃしている3人とは対象に、傘雫は心底安心したように笑っていた。
「ん?それは、どういう反応なんすか……?」
「えっとね〜……うちの子たち、透ちゃんも含めて3人はちょっと複雑だから、私の知らないところで辛い思いしてないかなってちょっと心配だったの〜」
「確かに、あの3人が揃って話すと誰も入れない独特の空気感出てるわね」
「なんつーか、本人たちはその気がないんでしょうけど……他の人間の入る余地は無い関係性ってのが分かります」
「ごめんなさいね、ゴールデンウィーク明けには色々あったでしょう?皆に迷惑かけてないといいんだけど〜」
「迷惑なんかじゃありませんよ、少なくともあの3人の関係性を理解するいい機会だったと思います」
「あれ以降満桜ちゃんと獄街さんに言い寄ろうとする男子消滅したもんな」
「いやそりゃそうよ……あんなの見せられて乗り込もうなんて無謀にも程がある。水穏くんの事いいなって思ってた子を何人か知ってるけど、みーんな徒党を組んで白旗掲げたわよ」
「だけどそのおかげであたしたち含め、皆生暖かく見守ってるわ」
絆、友情、信頼……どれかと言われれば難しいが、クラスメイトは各々あの3人の関係性は特別だとあの日認識した。
「そう〜……邪魔しちゃってごめんなさい。これからもあの子たちをよろしくお願いします」
傘雫はそう言って瀬戸たちに頭を下げ、仕事に戻って行った。
その後ろ姿を見ながら麗が呟く。
「いいお母さんね」
「麗、あなたもあれくらいいい女になったらモテるんじゃない?」
「うるさいわね!私は適切に猫をかぶるからいいのよ!」
「俺らの前で猫かぶったの相当前じゃないか?さっきのは別として」
「もうあんたたちについては諦めたわ……」
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「何かあった?」
着替えてから店に戻ると白井さんが少しぐったりしていた。
「いいえー。水穏くんのお母さんは素敵だなって話してたところよ」
「そ、そうか。ありがとう」
それだけでは無さそうだが親を褒められて悪い気はしないのでお礼をしておく。
「……それで、夏休みに海に行きたいって話だが」
「本題はそれだったわね、瀬戸くんの言い方からしてあたしと水穏くんは参加することになるんでしょうけど、他のメンツはどうするの?」
「そうだなぁ、白井も流石に女子一人だと気まづいだろうし、最低でもあと2人女子を呼んでおきたいな」
「麗、あてはあるの?」
「そりゃ女友達は呼べるけど……いいの?瀬戸くん狙いの子なんていくらでもいるから大変よ?瀬戸くんが」
「あー……それはめんどくせぇなー 」
「すいませーん」
注文が決まったお客さんに呼ばれたのでそっちへ向かう
「あ、はーい。すまんちょっと行ってくる」
「仕事中なんだし私たちのことはほっといていいわよー」
白井さんの気遣いを背中で受けつつお客さんの元へ。
注文を聞いてカウンターへ向かいさっさと用意して持っていく。
「お待たせいたしました。ごゆっくりお過ごしください」
「ありがとう、いただくよ」
お辞儀をして瀬戸たちの所へ向かおうとすると入口の扉が開いた。
「こんにちはー!」
保育園児くらいの女の子とお母さんがやってきたようだ。
「こんにちは。こちらへどうぞ」
しゃがんで女の子に目線を合わせてから挨拶、その後その子のお母さんと一緒に席に案内する。
「ご注文お決まりになりましたらお申し付けください」
「はーい!」
元気な返事をした女の子に優しく笑顔を向けてから1度カウンターに戻り水を出しに親子のものに戻るとお母さんが少し困っている様子だった。
「ここにはハンバーグはないの、だから他のを食べましょう?ね?」
「やーだー!ハンバーグたべたいー!」
「こちらお水になります……何かお困りでしょうか?」
ほっぺたを膨らませて不満そうな顔をしてお母さんを見ている女の子とお母さんに話しかける。
「ハンバーグたべたいの!お母さんのいじわる!」
「ごめんなさいね……迷惑だったら無理やりでも出ていきますので……ほら、他のにしないとお兄さんが困るでしょ?」
「いー!やー!だ!ハンバーグがいいのー!」
これは意地でも折れそうにないと察し、女の子に優しく声をかけてみる
「どんなハンバーグが好きかな?」
「ピーマン入ってないやつ!あとね、あとね、白いのがのっててー!」
「白いの?」
「この子、和風ハンバーグが好きなんです……白いのは大根おろしの事で……ほら、お兄さん困ってるじゃない。我儘言わないで、ね?」
なるほど、和風ハンバーグかそれなら何とかなりそうだ。
「大丈夫ですよお母さん……お時間差ありますか?」
「えっ?ええ、元々ここでゆっくりしようと思ってたので大丈夫ですけど……」
驚くお母さんをよそに女の子に向き直り、目線を合わせて話しかける。
「じゃあお兄ちゃん今からハンバーグ作ってくるから、いい子でお母さんと待てるかな?」
すると女の子の顔が花が咲いたように明るくなった。
「うん!まつよ!いい子にしてればいいんだよね?」
「今からちゃーんとお母さんの言うこと聞いて、静かに待ってたら美味しいハンバーグを持ってきてあげる」
「わかった!」
「すみませんこの子の我儘に付き合っていただいて、無理言ってるようでしたら……」
首を横に振りお母さんの言葉を制す。
「子どもは我儘を言うのが仕事ですから。差し出がましいようですが、厳しくするのは家に帰ってからにしてあげてください。ここにいる間は笑顔でいて欲しいという私の我儘です」
それではと親子に背を向け、店は母さんに任せて一旦家のキッチンまで戻る。
「あれ?お兄ちゃんどうしたの?」
丁度学校帰りの満桜と鉢合わせた。
「店に来てる女の子がハンバーグ食べたいって言ってるから作ってあげるんだ。一緒に作るか?」
最近満桜と二人の時間もなかったなと思いつつ誘ってみるとすごく嬉しそうな顔をして頷いた。
「うん!ちょっと待ってね!着替えてくる!」
着替えてきた満桜と並んでハンバーグの種をこねる。
「久しぶりだね、お兄ちゃんと料理するの」
「基本俺か母さんが1人で作っちゃうからな。満桜は気が向いた時くらいしかしないし」
「えー、そんな事ないよー。邪魔しちゃ悪いかなって思ってただけ。それに、好きな人の手作りって嬉しいじゃん」
我ながら単純だが、満桜の言葉でほんのり胸が温かくなった。
「うん、こんなもんかな」
「あー無視したー」
「してないよ。お客さん待たせてるから、早く焼かないと」
ごめんな満桜、まだ答えは出せないから。
胸の内で謝りながらハンバーグを焼いていくのだった。
「お待たせしました。和風ハンバーグ定食です」
「わあー!ハンバーグだぁ!いただきまーす!」
母さん曰く女の子は本当に大人しく待っていたようで、普段から我儘ばかりの子では無いのだろうとの事。
「熱いからふーふーしてから食べてね」
「はーい!あ、白いのは?」
「白いのはここだよ、ほら」
小鉢に大根おろしを入れて蓋をしていたので、蓋を取り外すと女の子の目がキラキラしていた。
にしても大根おろしが好きってなかなか渋いな。
「どうしてハンバーグにのってないの?」
「それはね、こっちも食べて欲しいからだよ」
そう言ってもうひとつの小鉢の蓋を開けるとハンバーグソースが出てきた。
子供の気分は山の天気くらい変わりやすいかもしれないので一応用意してみた。
「ありがとうお兄さん!」
そこからは黙々とハンバーグを食べだして女の子のお母さんも一安心したようだったが同時にすごく申し訳なさそうだった。
「本当にすみません無理言ってしまって……」
「いえいえ、個人店なので自由は効くんですよ。なので気になさらないでください。それに、妹が小学生の頃を思い出してちょっと懐かしかったもので」
満桜は俺から何かを貰うことが好きだったので、たまにご飯を作ってとせがまれた。
その頃はまだ料理は上手くなかったが、喜んでくれる満桜の顔を見てると何だが温かい気持ちになれたんだ。
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「なあ、水穏ってもしかしてモテる?」
「なんであたしに聞くのよ……どうなの麗?」
「周りをよく見てて気を使えるし、優しさを押し付けない。成績も運動も上の方で家事もできる。顔も手放しでイケメンって程じゃないけどすごく穏やかな顔をしてて親しみやすい。そりゃモテるでしょ」
「今の親子への対応はお見事と言わざるを得ないわね…ん?」
「あれは俺には出来ねえや、優しさが服着て歩いてるじゃん…お?」
「今の親子に向ける笑顔とか直で浴びせられたらドキドキするでしょうね……」
「うんうん。わかるよー。お兄ちゃん、かっこいいし優しいし笑顔が素敵だし……昔からモテるんだよねぇ」
「昔からああいう感じなのね……ってえ!?満桜ちゃん!?」
いつの間にか私の隣に満桜ちゃんが座っていて、何やら得意げに頷いていた。
「お兄ちゃんから聞いたよー?海、行くんだって?」
「そうなんだよ……白井も来るから他に女子がいないかって話もしててさ、満桜ちゃん来るか?」
「いいの?行く行く!お兄ちゃんと買いに行った水着も着たかったし!」
「そうなんだ、水穏くんと水着を……え!?水着を一緒に!?」
「麗、今日はよく声が出るわね」
「私も出したくて出してるんじゃないのよ……!」
「とりあえず満桜ちゃん参加ってことで。だとしても最低でも後1人は欲しいなー。満桜ちゃん誰か宛はないか?」
「そうだなぁ……あるにはあるんだけど、来るかなぁ」
満桜ちゃんがおもむろにスマホを取り出し電話をかけ始めた
「もしもし今へーき?……あー、大したようじゃないんだけど夏休みに海に行く計画があって一緒に……うん、うん?あー……ちなみにお兄ちゃんも来るよー?……じゃあ今から店に来れる?……おっけ、はーい。って事で来るってさ」
「いや誰が!?」
私今日ツッコミすぎじゃないかしら。瀬戸くんも雄三もスルースキル高いのよ。
「聞いてた感じ今から来るんだろ?そんでもって水穏が居たら釣れるって……」
「正直あたしには1人しか思いつかないわね」
そのまま談笑しながら待っていると店の奥からメイド服を着た女性が現れた。
所謂アキバ系のミニスカメイド服ではなく、ロング丈のクラシックなメイド服に身を包みながら登場したのは獄街さんだった。
「「「………………え?」」」
瀬戸くんもと雄三と私の声がハモった。今なら合唱コンクール3人で優勝できる気がする。
ってそうじゃなくて!
「獄街……さん?」
「何かしら?」
「あの、そのお召し物は……」
「普段着よ」
「そんなわけあるかい!え?お客さんも誰もツッコまないのこれ!?」
「いや、だって、なあ寿?」
「え、ええ……流石に言葉が出てこないわよ」
「んー?……あ、そっか。皆は透ちゃんの制服姿しか見た事ないのか」
「そう言われればそうね」
満桜ちゃんはいつもの調子で獄街さんと会話をしているが私たちは絶賛混乱中だった。
「ごめん待って、言いたいこととか聞きたいことは沢山あるけどこの際それはもう置いておくことにするわ。さっき満桜ちゃんが呼んだ人は獄街さんの事なのね?」
「何?満桜は話してなかったの?」
「どうせなら来てから話そうと思って。という訳で透ちゃんも参加しますいえーい!」
「確かにこれなら俺は面倒なことにならなさそうだし助かるな」
「確かにそうね、瀬戸くんは面倒なことにならないと思うわ。水穏くんは大変でしょうけど」
瀬戸、雄三、私の3人は言いたいことを全て飲み込んだ。偉いと思う。
その後は詳しい日程を決め、手伝いが終わった水穏君に晩御飯を作ってもらいみんなでワイワイ過ごしたのだった。
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