第14話 誰が手を差し伸べる

 ゴールデンウィークが明け、1週間ぶりに登校日となった。

「あら、水穏くんは来てないのね」

「ん?寝坊でもしたんじゃないのか?」

「彼だけならそうでしょうけど、獄街さんが来てないのよね…何かおかしい気がするわ」

「そうかぁ?2人で寝坊する日だってあるだろ、昨日までゴールデンウィークだしな。夜更かしでもしてたんじゃね?」

 寿雄三と瀬戸翔はゴールデンウィーク明け早々遅刻をしている友人について話をしていた。

「瀬戸くん、雄三、ストップ」

 そこに止めに入ったのは白井麗。彼女は普段明るく話すタイプだが、こと今に限っては真面目な顔をしていた。

「麗…?どうして止めたのかしら?」

「ひょっとして水穏がいない理由を知ってるのか?」

「……おかしいのよ」

「「おかしい?」」

「獄街さんはいつも水穏くんと登校してたから一緒にいないのは分かる。だけどそれだけで満桜ちゃんがあんな事になる?」

「あんなことって────何あの空気」

「おいおい、満桜ちゃんとんでもなくドス黒い空気を纏ってないか…」

「さっきから話しかけても「うん」とか「あ…」とかで会話にならないのよ。これじゃ何があったか聞けもしないわよ」

「うんともすんとも言わないよりマシ…か?」

「冗談言ってる余裕はなさそうな雰囲気よ、あれ」

「すまん」

 そこでチャイムが鳴り、それと同時に担任の幸乃七が入ってくる。

「みんな席に着いてねー!ってもう着いてるか。えー…ゴールデンウィーク明けにこんな話をするのは忍びないんだけど、大事なことなのでよく聞いてね」

「なあ寿、嫌な予感がする」

「奇遇ね、あたしもよ」

「椎名水穏くんが信号無視をした車に撥ねられて大怪我を負いました。今は入院していて2週間ほどで退院できるそうです」

 教室中がざわめき出す。いきなりクラスメイトが事故にあったと言われればそれも仕方の無いことだろう。

「なるほどな…」

「そりゃ来られないわけだわ。むしろ2週間で退院できるなら良かった方じゃないかしら」

「それと、獄街さんも今日と明日は水穏くんのお見舞いでお休みするそうです。自分が交通ルールを守っていても相手が守るとは限りません。皆、くれぐれも気をつけてね」

 その後は簡単な連絡事項で朝のHRは終わり、先生が退室した。

 クラスメイトはそれぞれに話し始めるが、やはり話題は水穏の事のようだ。

「瀬戸くん」

「なんだ寿?」

「少なくとも、今ここで水穏くんの話をするのはよした方がいいと思うわ」

「同感だ。…白井!」

「瀬戸くんに呼ばれるなんて光栄ね、何?」

「冗談は後にしてくれ、今は話題を沈静化させるか満桜ちゃんを連れ出す方が先だ」

「……そういうこと」

 納得したように頷いた白井はクラス中に聞こえるように手を叩いた。

 パンッ!

 教室の注目は当然彼女へ向かう。

「はーい、みんな聞いてー!瀬戸くんが何か言いたそうよ?」

「俺かい……まあいいや、サンキュ。皆水穏の事故のことは気になると思うが、そんなもん家族がいちばん気にしてんだ。不安を煽るようなことや蒸し返すように話題を広げるのはよそうぜ?」

「私も瀬戸くんに賛成よ、この場でいちばん辛いのは誰か考えてあげて。それ以上言えることは無いわ!」

 最後に寿が静かに頷くと、皆納得したようで各々話題を摩り替えっていった。昨日までゴールデンウィークだったのも大きかったのだろう。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 昼休み。寿、瀬戸、白井は満桜と昼食をとっていた。

「………………」

「あー…満桜ちゃん、その、なんだ……無理なら話さなくても良いが、水穏の事聞いてもいいか?」

「……うん」

「だめね、心ここに在らずってとこかしら」

「昼食の誘いには乗って来たし、ぼけてる訳ではなさそうだけどこれは重症ね」

「…………」

「やめよう。俺たちが蒸し返してどうする?クラスの連中に示しがつかねえや」

「それもそうね……そっとしておきましょうか」

「ほら、満桜ちゃんお米がほっぺに着いてるよ……完全に意識があやふやね」

 結局、その日一日中満桜の調子は戻らないままだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 雄三:やっぱり本人に直接聞くのがいいんじゃない?

 翔:病院って夜スマホ触れんのか?俺入院した事ないから分かんねえんだけど

 麗:とりあえず電話してみて、出なかったらまた明日かけ直しましょ

 翔:それもそうだな。それじゃ言い出しっぺの法則で白井、頼んだ

 麗:私かい。雄三は?

 雄三:今姉さんのご飯作ってるから忙しいわ

 麗:あんたのお姉さんは3年前に結婚して家出てるでしょ!

 雄三:ピサの斜塔の掃除の間違いだったわ

 麗:あんたの首を斜塔にしてやってもいいのよ?

 雄三:あら怖いわ

 翔:何でもいいけど、早くしないと水穏が寝ちまうぞ?

「ちっ雄三め……はぁ、仕方ないかけるか」

 新学期頭にやった親睦会のとき連絡先を交換しておいて良かった。

 数コールの後通話が繋がる

「もしもし?水穏くん大変だったわね、今話せるかしら?」

『水穏は今御手洗に行ってるわ』

 通話に出たのは獄街さんだった。なんで?

「あれ?獄街さん……いや、まあいいわ深入りするとダメな気がするし」

 察しのいい女、白井麗

『……水穏の容態なら左腕骨折に肋骨ヒビ、全身打撲って所ね』

「言っちゃなんだけど、それで今御手洗に行ってるの?動いて大丈夫なやつそれ?」

『痛むらしいけど耐えられないほどじゃないって向かっていったわ』

「強がりすぎでしょ……帰ってきたら代わってもらえる?」

『ええ、いいわ。ちょうど戻ってきた所だし、面会時間も終わるから私は帰るわね』

『透?誰と話してるんだ……白井さん?もしもし、水穏だけどどうしたの?あ、透お休み』

「思ったより元気そうね、瀬戸くんと雄三が心配してたわよ」

『ああ、ごめん。連絡するのを完全に忘れてた……2人には連絡しておくよ』

「まあ、実はそれは大した問題じゃなくてね……」

『……?何か他に問題があったの?』

「今日一日中、満桜ちゃんの様子がおかしかったのよ。何を言っても上の空だし、なんかドス黒い空気出てるし、あれただ事じゃないわよね?」

『あー……それ、は…』

「絶対何かある間じゃないその間は。言えることがあれば教えて欲しいわ。もちろん言えないことなら言わなくてもいい。」

『流石に察しがいいな……ただ、全部は話せない。これは満桜のプライバシーに関わる問題だから』

「言える範囲で言うと?」

『……満桜の父親は交通事故で亡くなったそうだ。それも、満桜を庇って』

「言える範囲だけでそんなに重い話なのね」

『言えって言ったのはそっちだよ?』

「分かってるわよ……ちょっと、軽く捉えすぎてたと思ったところ。この話、雄三と瀬戸くんにしてもいい?」

『ああ、満桜を頼む』

「りょーかい。そっちこそ早く元気になって学校来なさいよ?」

『2週間後には復活するさ、2人によろしくな』

 通話を終え、部屋の天井を仰ぎ見る。

「いや、いやいやいや重いって!そりゃ満桜ちゃんもあんな雰囲気になるわよ!軽い気持ち……ではないけど手を出していい問題じゃなかった気がするー!」

 雄三と瀬戸くんにチャットをして布団に潜り、目を瞑る。

 願わくば、明日には満桜ちゃんの調子が戻ってますように。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「で、どうするよ?」

「水穏くん以外に何とかできる人をあたしは思いつかないわね」

「いやほんと、どうしてこうなったのよ……」

 結局、満桜の様子は次の日も戻らず私たち3人は困り果てていた。

 何を言っても満桜からの反応は薄く、暖簾に腕押しとはこの事かと思ったほど。

 今はさらに次の日の朝、満桜が登校してきた所である。

「みーおちゃんっ、おはよ」

「……おはようございます」

 麗の挨拶に返事はしたが通常運転でないことは火を見るより明らかだった。

「なんか、お淑やかになってきてないか?」

「自我が崩壊しかかってるのかもしれないわね」

「それかなりやばくない……?」

「ヤバいに決まってるじゃない。とはいえ打つ手がないのよね……」

「いやいやいやいや、どーすればいいのよー!満桜ちゃんが暗いとクラスの雰囲気も暗くなっちゃうし何とかしたいんだけど……!」

 無事?満桜に受け流された麗はなんな気になりながら2人の元へ。

 昨日から3人は根気よく話しかけたりできるだけ1人にしないよう気を使って動いていたが、当の本人である満桜が魂の抜けた人形のようになっているのでどうすればいいか分からなくなっていた。

「……何あれ」

「へ?」「ん?」「あ」

 そこに投下されたのは鶴の一声と呼ぶには程遠い冷えきった言葉。

 3人揃って声の方を見ると、そこには透が立っていた。

 一番最初に声を発したのは麗

「ご、獄街さん……!あの、満桜ちゃんが────」

「心ここに在らずね、見ればわかるわ」

「……獄街さんすまん。俺たちじゃどうしようも出来なかった。助けてくれないか」

「何を試したの?」

「とにかく話しかけてみたわ、あと独りにさせないように気をつけてたわね」

「……そう」

 それだけ言うと透は満桜の所へ歩いて行った。

 そして2人が向かい合う。

 すると満桜はこれまで誰が話しかけても目を合わせたりしなかったのに、透の方に目線を動かした。

 教室が緊張に包まれ、2人の会話が始まった。

「…………とおる、ちゃん」

「まるで人形ね」

「…………おにい、ちゃんは」

「無事……とは言い難いけど元気よ」

「わ、わた、私のせい、で」

「……あなたのせい?」

「わたし、が……車に轢かれそうになった…せいで……」

「そのせいで水穏が怪我をしたと?」

「そう……だね……」

「驕るのも体外にしなさい」

「え……?」

「あなたが轢かれそうになったから水穏が怪我をした?違うでしょ」

「ちが、わない……悪いのは、私、で……」

「悪いのは信号無視をした車の方よ」

「でも、私が進まなければ……だれ、も……」

「少なくとも皆が半歩は進もうとしてた。現に私も陽女先輩も水穏に押し返されたわ」

「先頭は……私で……」

「だから何?信号が青で進んだあなたの過失は無いに等しいでしょ」

「でも、わたしが……はしゃがなければ────」

 バチンッ

 それは、獄街透が椎名満桜の頬を叩いた音

「いい加減にしなさい」

 教室に居た誰もが、目の前で起きた事を一瞬理解出来無かった。

 傷心の人間を叩くなんて誰も思わなかったのだから当然である。

「……え」

 叩かれた当事者でさえ何が起こったか分からない顔をしているのだから。

 それでも透は止まらない

「え、じゃないわよ。何を勘違いしているの?自分のせいで水穏が怪我をした?自分が悪い?そんな訳ないでしょ。いいえ、もっと根本の話……あなた、水穏の中に自分の場所があると思ってるのかしら」

「お、おい獄街さん!流石にそれは言い過ぎ────」

「そんな訳ないじゃん!!」

 仲裁しようとした瀬戸の声を遮ったのは久しぶりに聞いた満桜の大声。

「お兄ちゃんの中に私の居場所なんて無いよ!いつも、いつもっ!透ちゃんばっかりお兄ちゃんと一緒にいて……!透ちゃんのこと気にかけて、心配して!そこに私も居たかったっ!!一緒に住んでることが唯一の拠り所だったのにそれすら透ちゃんに盗られたんだよ!?もう、お兄ちゃんの中に私の場所なんてないんだ……お兄ちゃんに突き飛ばされた時、一瞬嬉しくなっちゃった。私の事守ろうとしてくれた。私の事見ててくれたって。でも、そのせいでお兄ちゃんは怪我をして……一瞬でも喜んだ自分が嫌で……もう、どうしたらいいの……」

 教室が静寂に包まれる。

 誰もが、何を言っていいかわからず口を噤んだ。

 とっくにHRの時間にも関わらず担任が入ってこないことも相まって誰も止める人はいない。

 なら、この静寂を誰が破るのか────

「……バカだなぁ、満桜は」

「……やっと来たのね、遅かったじゃない」

「無茶言わないでくれ、まだ全身痛いんだ」

 本当ならここにいないはずの、中心人物

「お兄、ちゃん……?」

「ああ、久しぶり満桜。会いに来たよ」

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