第12話 進むということは置いていくということ
〜透Side〜
満桜が彼の頬にキスした動画を見た時、ドス黒い感情が私を支配した。
ワタシノミオンナノニ。
「え?」
私は今何を考えた?水穏が私の物?違う。彼は誰のものでもない。少なくとも今は。
ダレカニトラレルマエニワタシノモノニ。
「………。」
心が言うことを聞かない。
どれだけ理性で抑えようとしても、私の欲求が上回ってしまう。
「許して…くれるかな…。」
後戻り出来ないことをしようとしている自覚はあった。
やってしまえばもう言い訳はできない。
それでも、誰かに取られるくらいなら。罪悪感でも責任でも何でもいい。
彼が私から離れられないようになる理由があれば。
「ん…。」
まだ日も出ていない時間に目が覚めた。
隣を見ると水穏が寝ている。
それだけで満たされた、幸せだった。
彼の頬を撫でると少し湿っていた、泣いているの?
涙を拭うと水穏の顔が私じゃない方を向く。
ああ、行かないで。私の大好きな寝顔。
こっちを向いて、私の大好きな人。
私は彼から離れられない、彼も私から離れられない。
これは呪いだ、お互いの人生を軽率に分け合い、お互いの境界を曖昧にした私たち二人への呪い。
私は感動で打ち震える。
ゾクゾクした背徳感が止まらない。
好き、好き、好き、好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好きスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ。
あなたがいれば私は、もう何もいらないわ。
〜水穏Side〜
透と激しく身体を重ねた日の夜、夢を見ていた。
母親と父親と俺の3人が笑顔で食卓を囲っている。
夢だと気づいたのは死んだはずの両親と一緒にいる自分が今の自分だったから。
「水穏は、今の生活楽しい?」
「楽しいよ、クラスの人とも仲良くなれたし!」
嘘をつけ、俺にそんな機微は無いだろう。
「水穏は将来何になりたいんだ?」
「そうだなぁ…自由に旅行に行きたいし、時間の融通が効く仕事がいいかな?」
そんなわけないだろ、俺の人生は透にあげたんだ。
「ねえ、水穏。将来結婚したい?」
「それは…そうだね。いい人がいれば結婚して、子供もいて…母さんたちみたいに仲のいい夫婦でいたいな。」
何を言ってるんだ、そんな資格なんてないくせに。
「お?何だ好きな子でもいるのか?」
「やめろよ父さん!恥ずかしいから聞かないでくれ!」
健常者を語るな、好きなんて気持ちお前にわかるわけが無い。
あったかもしれない可能性、両親が生きていれば俺もこんな風に成長してたかもしれない。
感情豊かで、家族に囲まれて……。
でもそこには透が居ない。
それが無性に寂しく感じられた。
鼻にツンとした感覚が来て、目に伝播する。
頬に何かが触れた気がした。
温かくて、知っている感触。いつも握っている手。
ここには居ないはずの温かさ。
前を向くと、そこに居たはずの自分が居なくなっていた。
代わりにあるのは空席になった椅子、母さんと父さんがこちらを見ている。
俺はその椅子に座った。どうせ夢だ、何が起ころうと何も変わらない。
だけど今だけは、夢でもいいから少しだけ両親と話がしたかった。
「……母さんごめん。俺、母さんの葬儀で泣けなかった、悲しくならなかった。」
母さんは静かにこちらを見ている。
「父さんごめん。俺は2人を置いて一人暮らしを始めた。」
父さんも静かに見守っている。
「………一つだけ、決めたことがあるんだ。俺は──。」
その言葉を聞いた2人は満足そうに頷いて、俺は意識が浮上している感覚とともに目を覚ました。
「あれ……。」
何か夢を見ていたような気がする。懐かしくて、悲しい。そんな夢。
「ん?」
懐かしい?悲しい?
目を擦ると少し湿っていた。俺は泣いていたのだろうか。
「水穏」
「え?あ…おはよう、透。」
目の前に透の顔があった。その顔は何故か不安そうで、寂しそうで……そっと手を伸ばす。
透の頬に触れるとビクッとされる。
「ごめん、驚かせたか。」
「違うの、あなたの方から触れてくれるなんて珍しいと思って…少し、その、意外で。」
確かに透からお願いされない限りは積極的に触れるようなことは無かった。
だからこそ虚を突かれて体が反応したのだろう。
「透、お願いがあるんだ。」
「何…かしら。」
「俺と一緒にお墓参りに行って欲しい。」
昼過ぎ、俺と透は家から30分ほど歩いた所にある墓地に来ていた。
目の前の墓石には椎名家之墓と彫られている。
俺の本当の両親が眠っているお墓だ。
お菓子と花を供え、線香をあげてから黙祷する。
「…………。」
隣の透も静かに黙祷を捧げてくれていた。
母さんの死から8年、ずっと来ていなかったお墓参り。
正確に言えば来られなかった、行こうとすると吐き気がして動けなくなった。医者が言うには精神的なものだそうで、いつ改善するかは分からなかった。
「こんなにあっさり来られるなんて思わなかったな…。」
今も気分が悪くない訳じゃない。
間違いなく顔色は悪いだろうし、手も震えている。それでもここまで来ているのは、隣に透が居てくれるからだろう。
「水穏……無理はしないで?辛いなら帰りましょう?」
透はずっと俺の顔色が悪いことを心配して手を握ってくれている。手の震えも伝わってしまっていた。
「ふぅ……ありがとう、でも大丈夫。」
この6日間、ひー姉と過ごして、満桜と過ごして、水穏と過ごして。
楽しかったり、嬉しかったり、気持ちをぶつけられたり。
感情を伝えることを避けて、受け入れることを避けてきた俺には余る6日間だったと思う。
「父さん、母さん。ずっと、お墓参り来れなくてごめん。怖かったんだ、2人が死んだ時に何も感じなかった自分が。」
あくまでも精神的なもの。俺の感情が薄いのは無意識に押さえつけてしまっているから。
「悲しみから目を背けたらさ、他の物まで見えなくなっちゃったんだろうな……我ながらバカだと思うよ。」
でも、喜んでも、怒っても、哀しんでも、楽しんでもいいと周りは言ってくれる。
「友達にも、新しい家族にも恵まれてさ、やっと前を向き始めたよ。」
だから、もう、いいよな。
「母さん、また母さんの作ったご飯が食べたいよ……散歩だって、ゲームだって、まだいっぱい、したかった……」
頬を熱いものが伝う。一つ零れたらもう止まらなかった。
「授業参観だって見に来て欲しかった!卒業式も、入学式も……将来、俺が誰かと一緒になった時だって、祝って欲しかった!」
ずっと……いや、8年前のあの日閉じ込めた感情。
「父さんが死んじゃった時、満桜は泣いてた!あいつは2回も父親を失ったんだ!それなのに、俺は……何も、言ってやれなかった!」
泣き崩れる満桜のそばにいてやることしか出来なかった。母さんの背を擦ることしか出来なかった。
「ごめん……!ダメな息子で……ごめんな……!」
泣きすぎて頭痛がしてきた。吐き気もあって少しふらつく。
だけど、ちゃんと言わなきゃ、父さんと母さんに。
「……っでも!2人が産んでくれたおかげで、今俺はいい人たちに囲まれてるんだ……それだけは感謝してもしきれない……本当に、ありがとう!」
お墓に向かって頭を下げる。
下を向くのはこれが最後と決めて。
これからは前を向いて、人と向き合うと心に誓って。
「2人のこと、大好きだった!かけがえのない家族だった!」
精一杯の感謝を。
「椎名水穏を産んでくれてありがとう。」
ずっと心につかえてた何かが取れたような気がした。
〜透Side〜
私は目の前の光景が信じられなかった。
水穏が、泣きながらご両親のお墓に言葉をかけている。
こんなに感情的な水穏を見るのは初めてだった。それはそうだ、私が彼に出会ったのは彼が感情を押さえつけるようになった後から。
彼は前に進むのだろう、そう思った瞬間怖くなった。
何故なら私は、あの日に縋ったままだから。
やめてよ、置いていかないで。私はどうすればいいの?
どこにも行かないで、私にくれるって言ったじゃない、あなたの残りの人生を。
私の居場所になってくれるって言ってくれたじゃない。
だから……勝手に行かないでよ……ねえ、水穏。
あなたが前に進んだら、私は何に縋ればいいの?
お願い、行かないで……ここにいて……。
あなたに感情が戻るということは、私のことを嫌う可能性が出来るということ。
他の人のことを好きになる可能性が出来るということ。
そんなの、耐えられるわけない。
〜水穏Side〜
お墓に向かって言いたいことを言い終え、深呼吸をして心を落ち着かせる。
「すぅ……はーー。」
最後にもう一度黙祷をして、透の方を向き直る。
「ありがとう透、一緒に来てくれて。帰ろうか。」
透はこちらを見たまま返事をしない。
「透?おーい、呆けてる?」
目の前で手を振ってみるとようやく反応が帰ってきた。
「え?……あ、ええ、帰りましょうか。」
「大丈夫か?体調が悪いとかならすぐ帰ろう、無理させて悪かった。」
「なんでもない。言いたいことが言えたなら良かったわ。」
ぎこちない動きで透は家に向かって歩き出す。
その帰り道、透との会話は無かった。
「ただいまー。」
「ただいま……。」
3時過ぎに家に着いて、ひとまず部屋着に着替えた。
透も部屋用のメイド服に着替え直して俺の部屋にやってきたが、依然として会話は無い。
墓参りの後から透の元気がないように見える。
「何かあったのか?」
「…………なんでもないわ。」
絶対何かある間だったな、今。
「話したくないなら無理に聞き出さないよ。透が話したくなったら話してくれ。」
その後も各々自由にすごしたが、透は一言も喋らなかった。
やがて夜になり、晩御飯の時間になった。
「ご飯どうする?何か食べたいものあるか?」
「いえ、今日は……帰るわ。」
「分かった。それじゃあまた明日な。ひー姉から多分明日のことについて連絡あると思うから、チャットは確認しておいてくれ。」
「ええ。」
最低限の返事をした後透は部屋に帰っていった。
その後1人で晩御飯を食べ、ひー姉から明日の予定がチャットで届いた。
待ち合わせ時間や場所を確認し、寝坊しては不味いのでいつもより早めにベッドに横になるとすぐに睡魔が襲ってきた。
それもそのはず、昨晩は透に激しく求められ、精魂つき果てて気絶したのだから。
体はまだ疲れていたらしく、意識を手放すのにさほど時間はかからなかった。
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