第11話 ゴールデンウィーク5日目 透

 改めて分かった事がある。

 私には、彼が居ないと、ダメだ。



「ただいまー」

 アパートに戻り荷物を置く、時刻は23時18分。

「後1時間もないのか、早くお風呂入らないと。」

 透から連絡があるかもしれないと思い日付が変わる前に寝る準備は済ませておきたい。

 お風呂に入り、髪を乾かし、荷解きを済ませると23時48分。

「よし、後は寝るだけだし…適当に動画でも見て時間潰すか。」

 24時

 ポロン

 スマホが鳴った

「やっぱり連絡してきたか。」

 送信相手はやはり透だった。

 透:行くわ

 水穏:え?今から?

 ガチャ

「ほんとに来た…。」

 明日も休みだから特に問題は無いかと思いつつ、透を迎えるためにリビングへ。

「透、こんばんは。」

「……こんばんは。」

「こんな時間からやりたいことでもあるのか?」

「ええ……そうね。」

「……透?」

 透の様子がおかしい、目が虚ろで見るからに体調が悪そうだ。

「体調悪いなら無理せず部屋で休むか?」

「いいわ……それよりもなにか飲みたい。」

「わ、分かった。そこに座っててくれ。」

 ひとまず透を座椅子に座らせ、飲み物を準備する。

 時間も遅いしお茶でいいか。

「ほら、お茶で良かったか?」

「……大丈夫、ありがとう。ん…。」

 しかしなんでこんなに体調悪そうなんだ?

「風邪でも引いた?それとも貧血?」

「そうじゃない。ただ、足りなくて。」

「足りない?」

「ええ……。」

 透はゆっくりこっちを向いて、まだ虚ろな目で言う。

「大切なものを、手放したことってある?」

「……悪い、今の俺じゃ大切なものの区別が難しい。」

「そうよね……ごめんなさい、変な事聞いたわ。こっちに来て?」

「……分かった。」

 透の隣に腰を落とす。

 その間に透はまたお茶を口に入れた。

「なんで、呼び方をんっ!?……ぷはっ、んんっ!?」

 いきなり透にキスをされ、更には息継ぎに口を開けた瞬間口移しでお茶を飲まされた。

「げほっ、いきなり口移しは危ないだろ!?」

「ごめんね、水穏。ごめんなさい。」

 透は謝っているが、口が笑っていた。

「透…?どうした、本当にへ……ん…。あれ」

 なんだ、急に意識が朦朧としてきた…。

「水穏、大丈夫。私が居るわ。」

「な、に……どうい……と…る……。」

 そこで意識が途絶えた。



 パンッ…パンッ…。

「ん……んあっ……はぁ、はぁ……ん、ぁあっ……」

 なんの音だ?

「水穏……んんっ!んあっ水穏…!」

 呼ばれている気がする。

「くっ……ィッ……あぁっ…はぁ……」

 なんだか下腹部が熱い。

「水穏……大好きっ……水穏……。」

「ん……透…?……あれ?」

 寝起きで目を擦ろうとしたが、手が動かない。

「手が、あれ?手錠…?」

 手のある方を向くと手錠がはめられ、動けないようになっている。

「おはよう、水穏。」

 声のした方を向くと、裸の透が俺の上に乗っていた。

「なに、してるんだ。」

「本当は、こんなことするつもり無かったんだけど…んっ、はぁ…。」

 俺の上から降りた透が服を着始める。

「とりあえず、手錠解いてくれないか?」

「申し訳ないけれど、それは無理な相談なの。」

「なんで?」

「私が水穏と離れたくないから。」

 これは……まずいな。手は拘束されていて、見たところ俺の部屋では無い。

 間取りはうちと一緒だ、恐らく透の部屋だろう。

 俺は監禁されたのか?だとすると足を拘束されていないのが不思議だ。

「……ひとまず、下を履かせてくれないか。」

「そうね…足上げてもらえる?」

 手を拘束されているので透にパンツとズボンを履かせてもらい、お互い露出はなくなる。

「ひとまず、説明してくれるか?」

「どこからがいいかしら。」

「最初から今までを話してくれればいい。」

「最初……ゴールデンウィークの前の日、カフェの所からになるわね。」

 透は椅子を持ってきてベッドの脇に座った。

「それとも、本当に最初からがいい?」

「本当に最初……どこからの話になるんだ?」

「あなたが私の居場所になった日から。」

 中2の夏、2年近く前からか……根が深そうだ。

「分かった。聞くよ。」

 そして透はあの日からの事を話し始めた。



 〜透Side〜

 椎名君に恋をした私は、どうしたらいいか分からなかった。

 何せ今まで人を好きになったことなどなかったし、告白をしたことなんて1度もない。

 愛し合って私を産んだ両親は私を捨て蒸発した。

 初めてあった人が嫉妬に狂い私を刺した。

 恋に良い印象を持てという方が無理があるだろう、それに私は愛されても子供を作れない。

 卵管閉塞。刺された場所が運悪く卵巣及び卵管だった為に手術で傷口を塞いだ際に起こってしまった症状。

 絶対に子供ができない訳では無いが、普通の人よりも極端に妊娠しづらくなった。

「なんで、私が……。」

 両親に捨てられたのも、嫉妬されたのも、全部私は悪くない。なのに。

「なんで…っ!」

 恋をしても、その先にいいことなんてあるの?無責任に子供を産み、嫉妬で我を忘れるくらいならいっそ恋なんてしない方が良い。

『獄街さんが望む時だけでいい、俺の事を寄りかかる場所にしてくれ。』

「あ……。」

 彼の言葉がフラッシュバックする。

 あの時の彼の表情、声、手の温かさ。

 それを思い出すだけでさっきまでの不条理な感情が押し流されていく。

「ふふっ…。あれ?」

 それと同時に心臓が高鳴り、顔が熱くなる。

 ああ、そうか、簡単に止まるようなものじゃないんだ。

「早く、逢いたいな。」

 そこからの私は、毎日彼に会うことだけ考えるようになった。


 退院する頃には8月に入っていた。

 彼は毎日お見舞いに来てくれたし、面会時間ギリギリまで居てくれて、その時間はとても幸せでいられた。

 退院したことにより面会時間は無くなり、彼に会う時間も減るのだろう。そう考えるだけで胸が苦しくなる。

 祖父母が迎えに来てくれて、家に帰る。荷物を置き、スマホを開いた。

 椎名君に会いたい、触れたい、話したい。

 退院したばかりだというのにその事しか考えられない。

「私もおかしくなってるのね。」

 その時スマホが鳴り、心臓が跳ねる。

 送信相手は椎名君。

 水穏:退院おめでとう。お見舞いじゃなくても会いに行けるから、いつでも言ってくれ。出来るだけ協力する。

「あ……。」

 ダメだ、心臓がうるさい。体が熱くなる。

 下腹部が熱を持ち、太ももを擦り合わせる。

「ダメなのに…椎名君が悪いんだ…。」

 パンツを脱ぎ、熱を持った場所に手を導く。

「あ、ぁ…はぁ、ぁんっ……ィんっ!ふー…ふー…。」

 服を噛み声を抑えないと叫んでしまいそうだった。

 私はその日、初めて自分を慰めることに夢中で椎名君に返事ができなかった。


 次の日

 透:ごめんなさい、退院したばかりで疲れていてそのまま寝てしまったわ。

 水穏:気にしなくてもいいよ、獄街さんの気分で呼び出していいから。無理な時はちゃんと断るけど。

 透:ありがとう。

「良かった…。」

 もしかして無視したと思われて嫌われたんじゃないかと不安だった。

「あ、でも、そっか。椎名君は人を嫌うとかもないのかしら。」

 彼は感情が薄いと言っていた。だから私を嫌ったり敵になったり出来ないとも。

 だけどそれはつまり

「私の事を好きにもなれない。」

 誰かに椎名君を取られることもないが、私の恋人にもならない。

「難儀ね。」

 この恋において最大の難敵は彼になるだろう、なんせ好きになって貰えないというのは恋が成就しないということ。

「でも、彼も男の子だし。興味くらいは…あるわよね?」

 自分が昨日したことを思い出し、生物としての欲求くらいはあるのではと仮定する。

 色仕掛けすればチャンスはあるんじゃないか、異性と近づけば嫌でも本能が湧き上がるのではと思うことにする。

「よし、ひとまずその作戦でいきましょう。」

 透:明日、私の家に来れる?

 水穏:いいけど、場所教えてくれ。

 透:(MAPのURL)

 水穏:了解、昼ごはん食べてから行く。

 善は急げと連絡すると彼は二つ返事で来てくれるようだ。

「これだけで嬉しくなるなんて、私ってチョロいのかしら?」


 ピンポーン

 日付が変わり昼過ぎ、家のインターホンが鳴る。

 カメラを確認すると彼だった。

 急いで玄関に向かい、ドアを開ける。

「こんにちは、獄街さん。」

「こんにちは、椎名君。暑いでしょうし、入ってちょうだい。」

 椎名君をリビングに通し、2人がけのソファーに座ってもらう。

 私は飲み物を持って戻る。

「お茶でよかったかしら。」

「問題ないよ、ありがとう。」

「私も座らせてもらうわね。」

 飲み物をテーブルに置き、椎名君の隣に座る。

 2人がけだが広い訳では無いので、少し寄れば肩が触れるような距離。

 心臓が跳ね散らかしている。

「それで、今日はどうしたんだ?」

 私はドキドキしているというのに彼は落ち着いているようで、平然と質問を投げかけてくる。

 何だか不公平な気がして、少し彼に寄りかかった。

「どうしたってわけでもないの。ただ、こうしたかっただけ。」

「こんなのでいいなら、いくらでも。」

 そう言って彼は頭を撫でてくれる。

 あ、これ気持ちいい……。

「あ、ごめん。妹にする癖で頭触っちゃったけど大丈夫か?」

 だがその手はすぐに離れてしまう。

「あ……、平気よ。幼い頃祖父母によく撫でてもらってたもの。」

 我ながら無理のある言い訳だと思うが、椎名君は気にした様子もなくまた私の頭を優しく撫でる。

 しばらくされるがままになり撫で撫でを堪能した後、話を戻す。

「来てもらった理由なんだけど、他にもあるの。」

「他の理由?」

「私の事を知ってもらいたいの。」

「獄街さんのこと確かにまだ知らないな。」

「だから、知って欲しい。多分長い付き合いになると思うから。」

 長い付き合いにしたいから。

「…私はね、物心つく前に両親に捨てられたの。父方の祖父母が私を引き取ってくれて、育ててくれてる。」

「……。」

「小学校高学年くらいからかな、自分の容姿が良い事を自覚し始めて、それと同時に周りにいた女の子たちは私を避けるようになった。」

 今思えば離れていった子達も嫉妬のようなもので私と距離を取ったのだろう。

「両親に捨てられたって事は薄々感じていたし、私が唯一両親に貰ったものは身体だったから、見た目は気を使って生きてきたわ。そのせいで今回酷い目にあったのだけど。」

 椎名君が静かに手を握ってくれる。温かいな…。

「ありがとう…唯一貰ったものを大事にしてたら、貰ったものを傷つけることになってしまった。しかも後遺症…と言っていいのか分からないけど卵管閉塞によって子供が出来づらい体になってしまった。」

「獄街さん、辛いなら無理して話さなくても…」

 私は首を振り続ける。

「ここまでは大まかなあらすじのようなものよ。私個人の大事な部分はここから。好きな食べ物は…」

 そこから好きな物や嫌いなもの、趣味や日課など私個人の話を続けた。

 椎名君に私のことを知って欲しかったから、椎名君に私のことを理解して欲しかったから。

 恋って本当に面倒臭い。

 私の事が彼の中に少しでも入っていってると思うとそれだけで嬉しかった。

「好きな物とか嫌いなものを話してくれるっていいな。」

 彼の言葉で現実に引き戻される。

 やってしまった、椎名君は好き嫌いが分からないんだ。

 私はバカか、彼の傷を抉ってどうする。

「ごめんなさい、そういうつもりじゃ…」

「ああ、違うんだ!そうじゃなくて、なんて言うんだろ…獄街さんが好き嫌いを話せる人になれているんだなって思うと、ちゃんと居場所になれてるんだって思えてさ。」

「……なれてなきゃ、家に呼んだりしないわ。」

「それもそうか。」

 その後はしばらく他愛も無い話をして解散となり、椎名君を玄関まで見送ったあと、私はソファーに戻ってきていた。

「温かい…。」

 まだ彼の温もりがそこにあるような気がして、しばらくソファーを離れられなかった。


 椎名君とほぼ毎日のように会い、楽しく過ごしていた夏休みも終わり、二学期になった。

 登校日すると色んなところから視線を感じたが、夏休み前の悪意のある視線ではなかった。

「おはよう、獄街さん。」

 席に着くと椎名君が挨拶に来てくれた、それを皮切りにクラスメイトが近寄ってきて謝罪が始まった。

「ごめん獄街さん!先輩に逆らえなかったとはいえ無視したりして…許してなんて言わないから謝罪だけ受け取って欲しいの。」

「俺もごめん!女子に逆らったり注意したり出来なかった。」

 他にも他クラスの人まで謝りに来ることもあり、私は何が何だか分からなかった。

 何故急にみんなが謝罪する気になったのか、謝罪してしまえばあの先輩が悪いと言っているようなものだ。実際そうなので間違いでは無いがその先輩に目をつけられるとみんなも面倒なことになるのではないか。

 事実を知ることになるのは11月の学園祭の時になる。


 二学期以降椎名君は常に私の近くにいてくれて、厄介事に巻き込まれそうになると助けてくれるようになった。

 厄介事と言っても、告白されることがほとんどだったが、私としては呼び出されることがトラウマになっていたので呼び出される度に椎名君に着いてきてもらっていた。

 そんなことを繰り返していると私に告白しようとする人もいなくなり、代わりに私と椎名君が付き合っているのではという噂が一部で流れ始めた。

 私としては好都合な噂だったので放っておいたが、椎名君としてはどう思ってるのだろう。

 ある日、私がお手洗いから教室に戻ると、中から話し声が聞こえてきた。

「なあ椎名、お前獄街さんと付き合ってるって本当か?」

「ああ〜あの噂か、誰も聞いてこないから信じられてないと思ってたけど、信じてるやつもいたのか。」

 椎名君と、クラスメイトの男子の声。

 私は思わず足を止め、教室から死角になってる場所で耳を立てた。

「実際どうなのよ、お前ら基本一緒にいるだろ?獄街さんに告白したやつの話だと、告白現場にまでいたそうじゃないか。」

「理由があってな。しかし、俺と獄街さんが付き合ってるかどうかで言えば付き合ってない。」

 椎名君は事実を言っているだけ、なのに胸が苦しくなる。

「まじで?じゃあ、他の誰かが獄街さんに告白したらチャンスあるってことか!?」

「いや、それは無い。」

「ん?そうなのか?付き合ってないってことは他に好きな人が出来てもおかしくないってことだろ?なら色んなやつにチャンスはあるんじゃねーか?」

「俺が邪魔するからそれは無理な話だな。」

 え?

「お?椎名は椎名さんのこと好きってことかー!?」

 え?え?椎名君が私の事?

「すまん、それは分からない。」

 ……そうよね、彼はそういう人だもの。期待した私が馬鹿なのよ。

「なんじゃそりゃ……じゃあ、お前にとって獄街さんってどんな人なんだよ。」

「んー、隣にいて欲しい人かな。」

「えっ……?」

 頭が真っ白になった。今彼はなんて言った?隣にいて欲しい?誰が?私が?え?

「よく分からんけど、ま、頑張れや!俺は帰るとするよ。」

 あ、人が出てくる。急いで離れないと。

 私は急いでその場を離れ、少ししてから何食わぬ顔で教室に戻るのだった。


 10月になり、学園祭の出し物を決める時期になった。

 カフェとお化け屋敷で票が二分されていたが、他クラスとの兼ね合いで最終的にはカフェに落ち着いた。

 ただ、普通のカフェではつまらないとの事で女子がメイド服(クラシック)、男子がタキシードを着ることになった。

 実家がカフェの椎名君がメインで準備を進め、実行委員が指揮を執って準備は順調に進んで行った。

 問題が起きたのは衣装のサイズ合わせの時、女子の採寸の場に椎名君を同席させる訳にはいかず私は一人でクラスの女子の中にいた。

 しかし、あの時のトラウマで女子の中にいると血の気が引き、立っていられなくなった。

「椎名君!急いで来て!」

 誰かが椎名君を呼んでくれて、そのまま私は保健室に連れて行ってもらった。

「大丈夫か?苦しかったりしないか?」

「ええ…大丈夫よ。」

「……嘘つけ、手が震えてるし顔色が悪い。」

「見栄なんて張るものじゃないわね……。手、握ってくれる?」

「それくらいなら。」

 椎名君に手を握られると安心する。

 段々と震えも止まり、正常に血が巡りだす。

「……ひとまず大丈夫そうだな。しかし、採寸はどうする?俺は女子の中に行けないし……。」

「あなたが測って。」

「……は?」

「椎名君が、私のサイズ測ってくれれば問題ないわ。」

「いやいやダメだろ、男子が女子の採寸って…服の上からならまだしも、下着姿になるんだぞ?」

「私は…覚悟ができてるわ。」

「変なところで肝座ってるな…。」

 椎名君をじっと見つめる。

 椎名君になら下着姿を、なんなら全裸を見られてもいい。どの道椎名君以外に見せることなど今後の人生において無いのだから。

「……わかった、分かったからそんな目で見続けないでくれ。俺の負けだ。」

 椎名君は1度教室に戻りメジャーと測る場所をメモして戻ってきた。

「なんかめちゃくちゃ食い気味にメモ渡されたわ。あれは絶対ネタにされてる。」

「私は気にしないわ。それじゃあ脱ぐから測って頂戴。」

 私はその場で下着姿になり、椎名君は採寸を始める。

 正直心臓が爆発しそうだったが何とか理性を総動員して耐えきった。

「……よし、それじゃあメモ渡してくる。」

「ええ、行ってらっしゃい。」

 椎名君が去った後、測る時に彼の手が触れた場所を意識してしまう。

 腰回りを測る時に触れた箇所が異様に熱く感じる。

 ダメだ、これは我慢できない。

「んっ……ふ……んぁ……はぁ……んっ、くっ……あぁぁああっ……ィ……っ!」

 椎名君が戻ってくる前に何とか自分を慰め、平常心を取り戻す。

「はぁ……はぁ。ふー…。」

「ただいまー、あれ?獄街さん顔赤いけど大丈夫か?熱でもでた?」

「な、なんでもないわ。もう秋なのに少し暑かったからかしらね。」

「あー、まあ最近11月中旬ぐらいまで夏みたいな気温だしな。」

 その後クラスに戻ると何だか生暖かい視線が多かった気がする。


 11月、いよいよ学園祭も明日に迫り、皆教室で最後の準備をしていた。

「それじゃあ最終確認で委員会に行ってくる。」

 実行委員の2人と椎名君が委員会に顔を出しに行き、教室の皆もほとんど準備が終わっている為かなりゆったり作業をしていた。

 それぞれ衣装の最終確認だったり、小物の整理や机の移動など様々。そんな中、私に近づいてくる人がいた。

「獄街さん、今時間いい?」

「ええ…どうしたの?」

 話しかけてきたのはクラスの女子で、夏休み明け最初に私に謝ってきた子だった。

「あの、ね。椎名君の事なんだけど…。」

「椎名君のこと?何かしら。」

「獄街さん、あの話知ってるのかなって…。夏休み前に獄街さんを無視したりぶつかったりしてた人たちがいたじゃない?私もその中の一人だったから、その事は謝ることしか出来ないんだけど…。」

「新学期に謝ってくれたからいいわ。先輩が圧をかけてたんでしょ?ある程度は仕方ない部分もあるわ。」

 仕方ないなんて欠片も思わないが、この子を責めてもしょうがないので流しておく。

「ありがとう…それでね、皆が謝ることになったのって椎名君のおかげなの。」

「え……?それ、どういうこと?」

「あ、やっぱり知らなかったんだ。椎名君もわざわざ言うタイプじゃないと思ってたけど、獄街さんは知っておいた方がいいんじゃないかと思って。」

「聞かせて欲しいわ。」

「うん、夏休みが始まる前、朝のHRで獄街さんが入院したって聞いてクラスや学校で獄街さんに嫌がらせをした人たちが途端に大人しくなったの。それを見た椎名君がこう言ったの。」

『こうなると思ってなかった。ここまでするつもりは無かった。私は言われただけ。そんな言い訳が通用すると思うなよ?取れる手段全部使ってできる限り見つけ出すからな。』

「椎名君が……?」

 そんなの、そんなのまるで私のために怒ってるみたいで。

「正直怖かった。あの時の椎名君、目が一切笑ってなかったし、先生ですら軽く怯えてたもの。実際その後クラスで関わった人は全員椎名君に詰められて、主犯の先輩を捕まえた椎名君は芋づる式に先輩後輩問わず話をつけにいったらしいの。」

 病室に来る彼は落ち着いていて、私に優しく話しかけてくれて。

 でもその裏で私のために、学校中が敵になるかもしれないのに私のために動いてくれていて。

「主犯の先輩に至っては夏休みの宿題が3倍になって、保護者も呼び出されて校長室送りになったらしいの。」

「でもあの人って親が偉くて危険なんじゃなかったの…?」

 椎名君の身に何かあったとしたら私は……

「椎名君が実際会って話したらしいから私はどうなったかは知らないんだけど、椎名君にはなんのお咎めも無くて、先輩はめちゃくちゃ叱られたらしいよ。」

「良かった…。」

「そうだよね、椎名君に何かあったら満桜ちゃんも黙ってないだろうし…とにかく!獄街さんは知っておいた方がいいと思ってね、それだけ。私は準備の続きをしてくるよ。」

 満桜ちゃんって誰なのだろうという疑問もあったが、それよりも私の感情は爆発寸前だった。

 今すぐ彼に会いたい。会って感謝の言葉を、愛を伝えたい。私のありったけの感情を彼に知って欲しい。

 椎名君が戻ってきたのは皆が帰り始める頃だった。もう数名しか教室に残っておらず、それぞれ帰り支度を始めている。

「遅くなっちゃったな。とはいえもう準備は終わってるし、俺たちも帰るか。」

「少し、待って欲しいの。」

「ん?いいよ。なにか確認したいことでもあるのか?」

「そうね、衣装をまだ着てなかったから確認しておきたいわ。」

「了解。俺らが鍵閉めとくから、他の人は帰っちゃっていいよ。」

 他のクラスメイトが帰宅して、私たち二人になった。

「それじゃあ待ってるから、メイド服着て来な。」

 教室の隅に作られた着替えスペースでメイド服に着替えながら、椎名君に話をする。

「聞いたわ。夏休み前のこと。」

「え?あー……なんかあったっけ。」

「椎名君が、皆を詰めた話。」

「あったなぁ、そんなこと。大したことした訳でもないし、気にしなくてもいいよ。」

 ボタンを留め終わりカーテンを開ける。

「おっ、可愛いじゃん。獄街さんは落ち着いた雰囲気だからクラシックなメイド服が似合う…んっ!?」

 私は衝動的に椎名君の唇を塞いでいた。

「んっ……ぷはっ……もっと…んっ…はっ……んっ……。」

「ぷはっ…獄街さん?」

「ねえ、椎名君…水穏。私はあなたの事が好きよ。大好き。愛してると言ってもいい。」

 言い出したら止まらなかった。どんどん彼への愛が口からこぼれていく。

「何よ、私に会いに来る時はいつも通りな顔して、学校では私のために色んな人と言い合ったって。先輩も、偉い人も敵にしたって。」

 涙も溢れて止まらなくなってる…変な顔してるだろうな、私。

「私が、どれだけ、っ!あなたに救われたか!もう、あなたがいないと、私…無理なの!水穏の事を、愛してしまっているの!だから…だから!」

 こんな言い方したい訳じゃないのに。

 1度決壊したダムは出し切るまで止まらない。

「ちゃんと!責任っ、取って!私を、あなたのそばに居させて……好きになってなんて言わないから…私とずっと、一緒にいて欲しいの…。」

 最後の方はもう懇願だった。こんな言いたい放題の告白、愛の伝え方はもっと綺麗なものが良かったのに。

 怖くて、水穏の顔を見れなかった。

 拒絶されたくなかったから、無理って言われたくなかったから、耳を塞いでしまいたかった。

「獄街さん……透。顔を上げてくれないか。」

「無理…いま、酷い顔してるから…。」

「大丈夫、嫌いになったり、離れたりしないから。ゆっくりでいい、俺を見てほしい。」

 深呼吸をして、ゆっくり、ゆっくり顔を上げる。

「…大丈夫、透は綺麗な顔してる。んっ…。」

「んっ…!?」

 え?え?水穏からキス…された…?

「…透、俺は好きとか嫌いとかまだ分からないけどさ。少なくとも今透と居ることが心地いいんだ。安心して欲しい、どこにも行かないよ。だから、泣き止んでくれ。」

 優しく頭を撫でられる。

 でも、ごめん水穏。私我慢できないよ。

「水穏…ごめんね。」

 そのまま水穏を押し倒す。

「うおっ!?てて…透、大丈夫……え?」

 私はそのまま下着を下ろし、水穏のベルトに手をかける。

 ベルトを外し、パンツの隙間に手を突っ込み水穏のモノを取り出して、私の中に収めた。

「いった…!くっうぅ…!」

「透!何やって、くっ…!」

「ねえ、水穏。気持ちいい?」

「何を言って…早くどかないと!」

「水穏、聞いて。私初めてなの。」

 水穏の顔が驚愕に染る

「ふふっ…あなたのそんな顔みたの初めて。…痛っ!」

 こんな時なのに、水穏の初めての顔を見れたことに喜びを感じてしまう。

「透、なんでこんなことを…。こんな事しなくても、俺は…」

「欲しかったの、つけたかったの。あなたから与えられた傷が……ごめんなさい、面倒な女で。嫌になった?」

「…そんなことで嫌いになったりしない。」

「そう……良かった。初めてがメイド服でなんて予想もしなかったわ。」

「当たり前だ……。」

「予想より10倍は痛かったわね…ごめんなさい、腰が抜けて動けそうにないわ。」

「何やってるんだか、全く。」

 私は水穏に抱き抱えられ、初めてを終えた。

 後片付けをして、帰路に着く。

「まだあなたがいる感じがするわ。」

「やめなさい。はしたない。」

「ふふっ…そうね、でも、想い出になったわ。」

「そうかい……はぁ。透……約束するよ。責任を取って俺の残りの人生を差し出す。」

「いいの…?」

「いいも何も、責任取れって言ったの透だろ。」

「でも私、あなたの事を襲って、それなのに…。」

「今は透と居るのが心地いいんだ。それ以上でも以下でもないよ。それ以外は期待されても出せない。」

「十分すぎるわ。有難く貰うわね。」

 私は、水穏の人生を貰った。だから大丈夫。

 …………そう、思っていたの。



 3年になった。

 3年になると一人、私のテリトリーに人が増えた。

 椎名満桜、水穏の妹。

 水穏と過ごす以上、避けては通れなかっただろう。

 この子は私と反対で、明るくて、友達が多くて、コミュニケーション能力が高い。

 ただ、水穏の妹だから危険は無い。私の障害にはならない。

 そう思ってたのに、彼女から衝撃の事実を告げられた。

「私、お兄ちゃんと血は繋がってないよ?」

「……それじゃあ、水穏の事はどう思っているの?家族?友達?」

「ううん、私はお兄ちゃんの事が好き。1人の男の人として。」

 彼の1番身近に彼を男として見ている女性がいた。

「でも、家族なんでしょう?それだと結婚とかは出来ないんじゃ……。」

「義妹だったら大丈夫じゃなかったっけ?うーん。でももしそうなったらお母さんも協力してくれるって言ってたし、何かあるんじゃないかな?方法。」

 家に帰ったあと、すぐに調べた。義兄妹は結婚できるのか。

 …出来る。目の前が暗くなるような感覚に襲われる。嫌だ。水穏を取られたくない。

 ……あの子は危険だ。

 折を見て満桜を呼び出した。もちろん水穏のことについて話すためだ。

「どうしたの?獄街さん、話って何?」

「……水穏の事よ。」

「お兄ちゃんの事?」

「そう、私はあなたのお兄さん、水穏の事が好きなの。」

「うん、知ってる。しかもかなり仲良いよね。」

「知ってて、あなたは水穏に手を出すの?」

「そうだね〜…どれだけ取り繕っても、獄街さんからしたらそうなる。」

「諦められないの?手を引くことは出来ない?」

「無理!私にとって、お兄ちゃんは1人だけだから。あの人以外有り得ないんだよ。」

 それは私にとってもそうだ。私を救ってくれるのは、水穏しかいない。私が好きになれるのは彼しかいないのだから。

「でも、獄街さんにとってもそうなんだよね?」

「え?…そうよ。私にとっても、水穏以外は有り得ない。」

「うん、だったら、私は正々堂々戦うことにするよ。今はお母さんとの約束でお兄ちゃんにアプローチはできないんだ。その間に獄街さんがお兄ちゃんを射止めたら素直に諦める。」

「そんなに簡単に諦められるなら最初から…」

「簡単なんかじゃないよ。」

 目の前の女の子は、強い目をしていた。

「簡単なんかじゃない。でも、お兄ちゃんが決めたのなら私はお兄ちゃんの決めた幸せを応援するんだ、私は1人で悔しがればいい。お兄ちゃんの幸せを奪ってまで私が幸せになろうとは思わない。そんな子に、なりたくない。」

 なんて、真っ直ぐな目をするんだろう。

 なんて、真っ直ぐな言葉なんだろう。

 この子は水穏の幸せを心から願っているんだ。

「……ごめんなさい。私はあなたを見くびっていたわ。」

 手を差し出す。あの病室で水穏がそうしてくれたように。

「椎名満桜さん、私はあなたの敵になるわ。でも、あなたのことは好ましく思う。」

「なにそれー、諦めてはくれないかー。ちえっ。」

「悪いけど、水穏の事は諦められない。あなたのお兄さんの事は大事にするわね。」

「なんか勝ったつもりでいない!?私も中学卒業したら本気だすもんねー!」

 その後私は満桜さんとできる限り対等に戦おうと水穏の事を「みお」と呼ぶようにした。

 こうすることで水穏を呼ぶ度彼女が脳裏を過り、少し落ち着いて水穏と話すことが出来たからだ。


 そして、中学の卒業式の日、彼女は水穏に告白した。

 お母さんとの約束を果たして水穏にアプローチを仕掛けることが許され、水穏の寝込みを襲い頬にキスまでしていた。



 〜水穏Side〜

「水穏、知ってる?私、あの夏休みからあなたと話さない日は一日たりともなかったの。会えない日は電話を必ずしたし。」

 言われてみれば必ず透と何かしらの会話はあった。しかしそれとこの状況の関係はあるのか?

「この4日間、水穏と話さなかったことで気づいたことがあるの。」

「何に気づいたんだ?」

「私、水穏がいないとダメみたい。初日は平気だった。2日目からよ、変になってきたのは。動悸がして目が覚めたの、すぐに水穏に連絡しようと思った、でも出来なかった。約束があったから。

 3日目に入る頃にはストレスでイライラしていたわ。4日目に入った時、あなたの妹がこんなものを送ってきた。」

 透が見せてきたスマホの画面には俺の頬にキスする満桜が映っていた。何してるんだこいつ。

「そこでね、何かが切れたの。あ、もういいやって。もう、水穏に会ったらめちゃくちゃにしようって。だから……ね?」

 透は俺の上に乗っかり、キスをしてくる。

「んっ。………………ぷはっ、まだ、もっと…ん……。」

 透はメイド服に手をかける。

「ねえ、私が何故メイド服を着るようになったか分かる?」

「多分、中2の学園祭がきっかけ…?」

「覚えていてくれて嬉しいわ。正確にはその前の日ね。あなたに初めてをあげた日、あの日を覚えているために、思い出すためにメイド服を着ているの。」

 そう言いながら透はまた下着を下ろす。

「ごめんね水穏。私、今日は我慢できないわ。」

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