幕間1 獄街さんと椎名君
私が水穏と出会ったのは中学1年の時。
1年の間は同じクラスなだけで、授業で同じ班になったら話す程度の関係だった。
最初の印象なんてもう覚えてはいないけれど、それは印象深い人間ではなかったからだろう。
水穏は当たり障りのない発言で上手く立ち回っていたので敵はいなかったが、特定の友人というのも居ない様に見えた。
水穏と一緒にいるようになったのは、2年の夏休み前に私の身に起こった事件の時だった。
〜透Side〜
私、獄街透は放課後の空き教室に呼び出しを受けていた。
今は7月中旬、あと1週間で夏休みに入る時期でその日も暑かったのを覚えている。
暑さにこたえてさっさと帰り涼みたかった私は、少しばかりイラついていた。
ガラッ
教室に入ってきたのは私を呼び出した人、この中学で1番モテていると噂の3年生だった。
「悪い、待たせちゃったか。」
「そんなことはいいわ、私を呼び出した要件を教えてください。」
正直、上級生と関わりもない、部活にも所属していない私はなぜ呼び出されたのか分からなかった。
「なら、単刀直入に…獄街さん、俺と付き合わないか。」
「お断りします。」
「取り付く島もなしか…理由を教えてもらってもいいか?」
「私はあなたの事を知らないですし、好みのタイプでもありません。それが理由です。」
そもそも、誰かと付き合いたいという願望も無いのでこの話は相手が誰だろうと関係ないのだけど。
「そうか、時間を取らせて悪かったな。」
「いえ、それでは失礼します。」
案外すんなり諦めて帰してくれたので少し拍子抜けだったが、下手に粘られても面倒なので助かった。
そんな私の考えを嘲笑うかのように、次の日から周りの行動がおかしくなる。
まず、次の日登校すると上履きがなかった。
人とすれ違う時にやたらと視線を感じるし、肩をぶつけてくる人もいた。
クラスの人間は先生がいる場ではいつも通りだったが、それ以外の時間はよそよそしくなる人もいたり、嫌味な視線を向けてくるようになった人もいる。
(これは…面倒なことになったわね。)
原因なんて1つしかない。
昨日、あの先輩の告白を断ったからだろう。
だけど、上履きが無くなったのはスリッパを借りればいいし、ぶつかってくる人は避ければいい。
とりあえず様子を見ることにした。
2日後、また先輩に呼び出された。
今度は校舎裏、行かなければそれはそれで面倒なことになる気しかしなかったのでしょうがないけれど向かうことにした。
待っていると足音がしたので振り返ると、やってきたのは先日の先輩ではなかった。
「あなた方は?」
やってきたのは女子生徒が3人、リボンの色を見るに2年が1人、3年が2人。
「あんたが、総司をフッた女?」
「総司…?ここに呼び出した張本人のことでしょうか。」
名前なんて知らなかったので質問で返すと露骨に不満そうな顔をする3人。
「ちっ…。なんなのよあんた、調子乗ってんの?」
「はぁ、なぜそう思われるんでしょうか。呼び出した本人が来ないのであれば帰らせて頂きますね。」
大方、この人たちが総司という人を騙って、私を呼び出したのだろうが知らない体で帰ろうとしてみる。
「はあ?何言っちゃってんの。うっざ。総司に告られたからって生意気なんだよ!」
3年の1人がキレだす。
「あいつ、教室でもお高く止まってて人のこと見下してるらしいですよ!」
2年の子が煽る。
「ふん、痛い目見せないと分からないみたいじゃん?」
3年のもう1人が口元を歪ませる。
ああ、やってしまった。
呼び出しに応じずさっさと帰った方が良かったと後悔した時には遅かった。
相手は既に臨戦態勢で、逃げる暇もなく1人目が近づいてくる。
「あんたちょっと顔がいいからって、総司をフッて楽しかった?ほんと、ムカつくなっ!」
八つ当たりなのを隠そうともせず、いきなり鳩尾を殴られる。
「うっ…。」
喧嘩なんてしたことない私は相手の拳に反応出来ず、膝を着く。
「おい、誰か来ないか見張っとけ!」
もう1人の3年が2年に指示を出す、これで助けは期待できないだろう。
そもそも、助けてくれる友達がいるわけでも無いので教師か善意を持った誰かが通りかかる程度しか望みはなかったが。
「あんたがフッた相手はね、この学校で1番モテて、イケメンで、女子の間ではファンが多い人間なの。まあ、告白を受け入れてても嫌がらせはあったでしょうけど…ねっ!」
脇腹を蹴られる。
「ゔっ…!げほっ…」
告白を受けても断ってもこうなることは変わらなかった?そんなふざけた話があっていいのか。
「それにね、総司は私がもらう予定だったのよ。自慢じゃないけれど、私は3年のカーストで1番の女子よ?そんな私が学校で1番モテる男子と付き合うのは当たり前じゃない?」
髪を捕まれ無理やり目を合わせられる。
「ちっ…顔がいいのは確かね。だから余計にムカつくわ。このっ!」
ビンタを食らう。
「…っ。」
「ねえ、どんな気持ち?総司をフッたあと気持ちよかった?顔がいい私ってモテるんだーって調子乗っちゃった?」
こうも言われたい放題だと頭にくるが、下手に刺激すると余計に酷いことをされそうな気がしたので黙る。
「…。」
「は?無視?なんなの!?」
どうやら何を言っても黙っても無駄なようでさらに激昂する。
「あれ貸して!」
「え、いやでも流石にそこまでするとまずいんじゃ…」
「は?あんたもこいつの味方すんの?殺すよ?」
「そんなわけないじゃーん!まあいいや、はい。」
手渡されたのはアウトドアツール。
ドライバーやナイフなどのツールがひとつになったもので、流石に抵抗しなければ刃物はまずいと思い地面の砂をつかみ相手の目に投げつける。
「はあ!?何すんのよ!!」
しかし体に上手く力が入らず狙いがそれで口元にしか届かない。
「ぺっ!ぺっ!あー最悪、口の中にちょっと入った…。」
これではただ悪戯に相手を挑発するだけになる。
私は何とか立ち上がり、相手を睨みつけた。
「は?何?今更やろうっての?」
しかし相手はナイフを握っていて、暴力に遠慮がない。
「げほっ…。こんなことをしても…総司って人の気は引けないでしょう。なぜ私を痛めつけるんですか。」
とりあえず時間を稼ぐ、お願い…誰か通りかかって…。
「決まってんじゃんそんなの。私がスッキリするからよ。あ、ちなみに切られたりしても私がやったって言わないでね?言ったらどうなるか分かるよね?」
1歩ずつ後退しても、1歩ずつ詰められる。
私が壁にぶつかると相手は楽しそうに笑った。
「あははっ!無様だね、どうしようかな、顔はとりあえず傷つけるとして…足とか、胸とかも切っとく?」
「そんなこと…聞かないでもらっても、いいですか?それに、こんなことバレたら…あなた方が困るんじゃないですか?」
誰か、誰か助けて…。
「ううん?私のパパ、詳しくは知らないけど偉い人なんだってさ。だから私がなにかやっても、誰も逆らわないし、パパが揉み消してくれるんだよね。…そろそろいい?あんたの顔もう見たくないからさ、学校にももう来ないでよね?」
そう言ってナイフを顔に向けて振ってくる。
「いった…!」
ナイフが頬をかすめ痛みを感じる。
「可哀想にね、私の総司に手を出しさえしなければこんなことにならなかったのに、ねっ!」
下腹部を思いっきり蹴られ、私は痛みでうずくまる。
「うっぐっ…」
「うるさいなぁ。黙れないの?ほらっ!」
また脇腹を蹴られ転がる。
「よいしょっ。あーあ、抵抗できないね?かわいそー。それっ」
サクッ
右腕を切られる。
「あ、心配しなくても殺さないから安心して?ちゃんと太い血管あるところ避けるように切るから。ま、詳しく場所わかんないけど、ウケる!」
「ふざけないで、なんで私がこんなことされないといけないのよ!」
我慢できずに言い返すと、相手は面白くなさそうに
「は?私が憂さ晴らしするためなんだからあんたのことなんて知らないわよ。うるさいなぁっ!」
ナイフを振られ、次は太ももを切られる。
(最悪…絶対跡に残るし、痛めつけられる。)
何とか抵抗しようと腕を振り回すも向こうがナイフを持っているので、私の腕が切りつけられる。
「ちょっと!抵抗しないで!めんどくさい!」
制服も所々切られて素肌が見えているところがあり、そこを目ざとく切られる。
脇腹、ふくらはぎ、手の甲。
痛みでおかしくなりそうだった。
「あ゙っい゙…。」
痛い、痛い痛い痛い…誰か助けてよ…!
「やっぱ、女痛めつける時はここよね。」
胸元を狙って振り下ろされるナイフを最後のあがきで抵抗しようと、相手の腕を掴む。
「はあ!?だからー!抵抗すんなって言ってんの!?わかる!?馬鹿なの!?うっざいなぁ…くそっ!ああもうっ!」
相手が力いっぱい腕を振り、私の手が離された。
そしてそのまま適当に振り下ろされたナイフが私の下腹部に刺さった。
「あ゙あ゙っぐっ!」
「え、ちょっと、は?私、刺すつもりなんてなかったわよ!?は!?何してんの!?私悪くないからね!」
そう言って相手が逃げ出そうとした時、誰かが相手の事を蹴っているのが見えた気がしたが、そこで私の意識は途絶えた。
〜水穏Side〜
(なんか、最近学校の雰囲気がおかしい気がする。)
先生がいる時はそうでも無いが、先生が居なくなると途端に何かを敵視しているような空気になる。
「なあ、最近なんでピリピリしてるんだ?特に女子。」
俺は前に座っている男子のクラスメイトに話しかけた。
「ん?あー、それは…。ちょっと、外でいいか?」
断る理由もないので廊下に出て話を聞くことにした。
廊下に出ると周りを確認し、クラスメイトが話し始める。
「3年の、総司先輩って知ってるか?」
「ああ、聞いたことある。なんでも一番モテるらしいな?」
「その先輩が獄街さんに告白したらしいんだ。」
「ほう、それで?」
「それで獄街さんは断ったらしいんだけどな?断ったせいで先輩のこと好きだった女子が嫉妬とかやっかみで獄街さんを敵として認識してるんだよ。」
「なるほどな、でも個人の嫉妬でここまで学校中がピリピリするか?」
「総司先輩のことを好きだった女子の中に3年のカーストトップもいたらしくて、しかもその人の親が偉いとかで誰も逆らわないんだ。」
「その先輩が獄街さんに嫌がらせしろとか言ってる感じか…。」
「そういうこと、だから女子はピリピリしてるし、男子は下手に関わらないようにしてるから変な空気になってるんだよ。特にうちのクラスには本人である獄街さんがいるからな。」
「無茶苦茶理不尽な話だが理解はした。なるほど…これはなかなか面倒だな。」
「椎名もとりあえず静かにかかわらないようにしておけ。」
「ああ、教えてくれてありがとう。」
教室に戻ると、獄街さんは姿を消していて授業が始まるギリギリで教室に帰ってきた。
次の日、満桜にも確認を取ってみたがやはり満桜のクラスでも獄街さんに対する風当たりは変わらないらしい。
(しかし、来年になればその先輩は卒業するからこの空気は長くてもあと半年とちょっと…いや、もっと早く無くなるか。)
この手の問題はどちらが折れるかになる。
先輩が折れて、と言うよりは飽きて獄街さんに対する当たりが柔らかくなるか、獄街さんが折れて学校に来なくなるか。
(それに来週が終われば夏休みだ、夏休み明けには事も収まるだろう。)
ただ、1つ問題があるとすれば獄街さんに実害が及ぶ可能性があることだろう。
あと1週間何事もなければいいけど…。
そんな考えも虚しく事件は次の日に起こる。
教室に体操服を忘れたのを思い出して、1度家に帰ったあとスマホと学生証だけ持って学校に戻って来た際、校舎裏に向かう3人組を見た。
(なんだあれ…密会?)
とりあえず体操服を取りに向かおうと校舎に入り教室を目指す。
廊下を歩いていると、3年の教室から話し声が聞こえてきた。
「獄街さんには悪い事をしたな…しかし
「だよなぁ、俺たち男子からしたら空気が悪いだけでたまったもんじゃないしな。そういや今日獄街さんにもう一度告白するって本当か?」
「いやなんでだよ、1度振られたんだから大人しく引き下がるさ。」
「ん?でも月夜のやつが校舎裏で総司の告白がどうって言ってたぞ?」
「なんだそれ?聞き間違いじゃないか?」
教室に辿り着き体操服を取る、その後直ぐに保健室へ向かった。
「失礼します…あれ?先生いないのか。」
とりあえず消毒液とガーゼ、包帯を拝借していく。
保健室を出たら直ぐに満桜に電話をかける。
『もしもーし、お兄ちゃんどうしたの?』
「満桜、月夜先輩ってどんな見た目だ?」
『え?どうしたの急に?お兄ちゃんダメだよ、私という可愛い妹がいるのに浮気なんてしたら!』
「いいから答えてくれ。」
『ん?んー、髪を金色に染めてて、いつも複数人で行動してるかな。あ、今日は髪の毛下ろしてるの見たよー。』
「分かった。ありがとうそれじゃ。」
『え?おに…』
そのまま満桜のと電話をぶった切り、急ぎ足で校舎裏に向かう。
頼むから勘違いであってくれと思いながら校舎裏に近づくと、女子が1人立っていた。
リボンの色を見るに同級生だな。
「あー、今ここは通行止めなんだーごめんね。他を当たってくれないかな?」
どうやら通してくれるつもりは無いらしい。
「ここで何かやってるのか?」
「そうなんだよー!裏で先輩が着替えてて!流石に見られたら恥ずかしいから私が見張りをしてるの。」
(着替えね…。)
十中八九嘘をついているし、嘘だとしても踏み込みづらいように着替えと言う言い訳を使ってきたが、逆に怪しすぎるだろう校舎裏で着替えって。
「すまないが校舎裏でしかできない用事があってな、待つからどれくらいで終わるか聞いてきてもらってもいいか?着替えならそんなに時間はかからないだろ?」
「うーん、ちょっとまっててね。」
するとその女子は校舎裏に引っ込んだ。
バレないように校舎の角ギリギリまで進み、耳を澄ます。
「はあ…らー!抵抗……言ってんの!?わか………馬鹿なの!?うっざいなぁ…く……ああもうっ!」
するとなんだか大きな声が聞こえて来る、確実に着替えでは無いことを確認し校舎裏に飛び出すと
「あ゙あ゙っぐっ!」
「え、ちょっと、は?私、刺すつもりなんてなかったわよ!?は!?何してんの!?私悪くないからね!」
獄街さんが、月夜という先輩に刺されていた。
その瞬間、持っていた荷物を捨て月夜先輩に向かって走り出す。
「あっちょっと!待ちなさい!」
「うえ!?誰!?」
何か言われた気がするがそんなことはどうでもよくて、俺は月夜先輩の頭を思いっきり蹴飛ばした。
「痛!は!?なんで私が蹴られんの!?」
「何してるんですか。」
「あんたには関係ないでしょ?その女が全部悪いんだからね?私が悪いとでも言いたいの?」
「用が済んだならさっさと消えてくれませんか。」
「はあ!?なんなのあんた、この女の彼氏?はっ!いい気味ね、その女が私の男を取ろうとしたのが悪いのよ!」
「どっか行けって聞こえねえのか!もう1回蹴られたいのか?」
自分でも驚くくらい口が悪くなる。
「な、何よ…だいたい、あんたに何が」
まだ喋りそうだったので1歩踏み込む。
「ひっ…!わ、わかったわよ!どっか行けばいいんでしょ!」
他のふたりも連れて月夜は走り去った。
スマホを取りだし救急車を呼ぶ。
救急隊の人と電話をしながら傷口を消毒し、刺された箇所を止血するが、なかなか血は止まらない。
他の箇所も消毒したりガーゼを包帯で巻いたりして、刺されていた箇所を抑えながら救急車を待った。
すぐに救急車が到着し、救急隊から連絡が来ていたんであろう担任がやって来て救急車に乗り込んだ。
救急車で担任と救急隊に事の顛末を知る限りで説明しすると担任は申し訳なさそうにしていたが、それどころではなかったので無視した。
病院に着くとすぐに手術ということになり担任が獄街さんの保護者に連絡を取り説明をした。
獄街さんの保護者は遠くにいるとの事ですぐには来られないが、急いで来てくれるらしい。
俺は手術室の外で待つしか出来なくなったので、一旦母さんに電話をかけた。
『もしもーし?水穏どうしたの〜?』
こっちの事情を知らない母さんはのんびりしていたが、一通りの流れを説明するとさすがの母さんも真面目な雰囲気になる。
『わかったわ。とりあえず、獄街さんの保護者さんが来れないのなら水穏はそこにいてあげなさい。起きた時に親しくはなくても、知ってる人がいるだけで楽なこともあるでしょうから。』
その時だった。手術室から人がでてきたかと思うと慌ててこちらに向かってきた。
「患者さんの出血がかなり多く、輸血をしているのですが、血液が足りなくなりそうです。先生と生徒さんの血液型を教えていただいてもよろしいでしょうか。」
結果、獄街さんの血液型と一致していたのは俺だった。
『水穏、助けてあげて。私たちはあなたのお母さんを助けてあげられなかった。あの気持ちをあなたに知って欲しくないわ。』
「分かってる。ありがとう母さん、また連絡する。」
〜透Side〜
目を覚ますと知らない天井だった。
私は…あの先輩に刺されて、その後どうなったんだっけ…。
体に力が入らないので目線だけで周りを見渡すと、病院だということがわかった。
(なるほど、助かったのね…。)
ということは体に力が入らないのは麻酔か、などと考えて居たら部屋の扉が開き、看護師さんが入ってきた。
「獄街さん、目を覚まされたんですね。ちょっと待っててください、先生を呼んできますね。」
少しすると医者が看護師と一緒に入ってきた。
「おはようございます、喋ることは出来ますか?」
「は、い」
「まだ麻酔が効いているようですね、あなたが運ばれてきた後の話をさせて頂きます。」
私が刺された後意識を失い、椎名君が救急車を呼んでくれたこと、さらに輸血までしてくれたことを聞いた。
(大きな借りが出来ちゃったな…)
コンコン
部屋の扉がノックされ看護師さんが様子を見に行った。
「椎名くんが来てます、入れても大丈夫ですか?」
恩人を無下に帰すわけにもいかないのでできる範囲で頷く。
すると、椎名君が恐る恐る入ってきた。
「おはよう、でいいのかな。とりあえず助かってよかったよ。そして済まなかった。」
どうして彼が謝るんだろう、私を助けたのは椎名君なのに。
「俺がもっと早く現場に行ければ獄街さんがこうして入院することもなかった。本当にごめん。」
起きたことは仕方が無いし、それは結果論だ。
椎名くんは悪くないと伝えたいがまだ麻酔が残っているので上手く話せない。
「あ、そうだ。獄街さん、保護者の方が先程着いたみたいだ。俺は軽いお見舞いとそれを伝えに来ただけだから、保護者の方と代わるね。」
私がお礼を伝える間もなく、椎名君は帰ってしまった。
入れ替わるようにして保護者の祖父母がやってくる、私の親は私を捨てて蒸発したので母方の祖父母が私を育ててくれている。
祖父母は心配そうに私を見て泣いていたが、私は椎名君にお礼を言う事で頭がいっぱいだった。
次の日になると麻酔も切れていて話せるようになった、傷はもちろん痛むけどそれよりも椎名君と話がしたかった。
担任に連絡を取り、椎名君に病室に来れないか確認してもらうと来られるとのことで今は椎名君を待っていた。
昼過ぎに椎名君はやってきた。
「獄街さんこんにちは。体調はどうかな。」
「傷が痛むけれど、今のところ問題ないわ。それより椎名君、私を助けてくれたそうね。お礼を言わなきゃと思っていたの、本当にありがとう。」
お礼を言われた椎名君はなんとも言えない顔をしていた。
「お礼は受け取るよ。だけど、昨日言った通り俺がもっと早く向かっていれば獄街さんは大きな怪我をせずに済んだかもしれないんだ。」
やはり彼は気に病んでいた、自分のせいだなんて言うけれど、彼に責任なんてない。
「それは結果論でしょう?あなたは最悪を防いでくれた。それで十分よ、これ以上責任とか罪悪感を背負うなら私を貰ってもらうしか無くなるわね。」
「何を言ってるんだ?」
「そうでしょう?私は傷物にされたんだもの、その責任を感じるならあなたが私を貰ってくれなきゃ釣り合わないわね。」
「…ふざけているのか?」
「どうでしょうね、ただ…今の私は誰にも好かれないから。」
親に捨てられ、勝手に嫉妬され、周りが敵だらけになった。
誰も助けてくれない、女子は嫉妬で敵になり、男子は女子を敵にすることを恐れ何もしない。
「もう、私には何も残ってないわ。」
自分だけは自分を好きでいようと見た目には気を使ってきた、その結果がこれ。
「俺さ、両親が死んでるんだ。」
椎名君のカミングアウト、何故今その話を…?
「父さんは今年の春に、母親は俺が小2の時だった。」
「…あなたも、親がいないのね。」
「ああ、そして母親が死んだ時に俺は感情が無くなった。だから、父さんが死んだ時も、母親が死んだ時も悲しめなかった。」
「え?感情が…無い?」
「正確には無いと言うより限りなく薄い、かな。喜怒哀楽をあまり感じ取れないんだ。」
両親と感情、この人は私より多くの大切なものを失っている。
私の両親は蒸発しただけでどこかで生きているかもしれない、だけど彼は何があっても、もう会えない。
「なぜ、あなたは前を向けているの?」
「父さんが再婚した時、新しい家族が増えたんだ。新しい母さんと義妹、最初妹には「お兄ちゃんなんて要らない」って言われてさ…でも、今は仲がいいし、母さんも俺の事を本当の息子として育ててくれてる。」
彼には、救いがあったんだ。だけど私には…無い。
「獄街さん、君は敵だらけの中1人で戦ってた。誰も信用出来ないだろう。だからこそ、そんな君が俺をここに呼んだということに感謝するよ。」
椎名君、あなたはどこまでお人好しなの?
先輩から私を助けて、輸血までしてくれて。
「俺も、家族以外を心から信じられないけど、絶対に獄街さんの敵にはなれない。俺は君に敵意だったり、嫌悪感を抱けないからさ。」
自嘲気味に笑って、私に手を差し伸べてくる。
「獄街さんが望む時だけでいい、俺の事を寄りかかる場所にしてくれ。」
自分が提案することで私の責任を無くして、居場所を作ってくれた。
「……っ!」
「えっと、獄街さん…?もちろん、俺じゃ嫌なら断ってくれ、断られても俺は敵になれないから。」
そんな人を、好きにならないなんて出来るのだろうか。
「椎名君、私を…よろしくお願いします…。」
私は、一生に一度の恋に落ちた。
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