第9話ゴールデンウィーク3日目 満桜
3日目、今日と明日は満桜との時間となっている。
ひー姉は晩御飯の後家に帰り、その後俺は疲れを取るため爆睡していた。
ガチャ
部屋の扉が開いたような気がするが、合鍵を持っている透は明後日まで会っては行けないと言われているので来るわけが無い。
つまり幻聴、一瞬浮上しかけた意識を深い所にしまおうとする。
ギシ
ベッドの縁に何かが乗ったような…いや、今少し体制を変えたからベッドから音がしただけだろう。
改めて意識を手放そうとする。
「お兄ちゃんの寝顔…♡可愛いなぁ…(ジュルリ)」
居るなこれ、居ちゃいけない…ことは無いが、今この状況だけ見れば間違いなく俺に害をなす存在が部屋の中に居る。
「起きてないよね?よし、今のうちに写真を…へへ、へへへ〜♡」
「待て。」
「うおぁあ!?お、お兄ちゃん起きたの!?お、おはよう!いい天気だね!」
「今日は曇りだぞ。」
さすがに身の危険を感じたので起きる。
「え、あー、そうだったね〜!でも、いい天気は人それぞれじゃないかな?私は曇りが好きだし!」
「ふぁあ〜。変な屁理屈こねるんじゃありません。それで?満桜はなんで俺の部屋にいるんだ?」
満桜には合鍵を渡していない、透と母さんには渡してある…あ、まさか。
すぐに母さんに電話をかける。
「……もしもし?母さんおはよう。満桜に合鍵渡した?」
『ふぁあ〜。おはよう水穏、合鍵は渡してないわよ?だってここに仕舞って……あれ?』
母さんが電話の向こうで不思議そうにしている、これは母さんも白か。とはいえ透が合鍵を渡すとも思えない。
ということはつまり…。
「満桜、母さんから合鍵パクってきたな…?」
『え?あー!なるほど、確かに満桜が合鍵の場所をしつこく聞いてきたことがあったわね〜。』
「ぎくっ!いや、違うんだよお兄ちゃん、お母さん!元はと言えばお兄ちゃんが悪いの!」
「……母さん、朝からごめんな泥棒の事はこっちで解決するよ。」
『分かったわ〜。ごめんね水穏、よろしく〜。それじゃあね。』
母さんとの電話を終え、満桜の方を見るとベッドの脇で既に正座をしていた。
「早いよ、まだ何も言ってないだろ…?」
「だってー、お兄ちゃん絶対お説教するもん。」
「そう思うならなんで母さんから合鍵を盗んできたんだよ…。」
今は朝の7時過ぎ、休みの日にしては早めの起床で、満桜はもっと早く起きてここに来ているということ。
「俺が起きてから連絡して、家に来るのじゃダメだったのか?」
「だって、お兄ちゃんに連絡したのに返事無いし、既読もつかないし…。」
「そりゃ寝てたから…何時くらいに連絡してたんだよ…。」
と言いつつチャットアプリを開くと0時丁度に満桜から連絡が来ていた。
満桜:お兄ちゃん!明日の朝家に行くから起きててね!絶対だよ!
満桜:お兄ちゃん?寝てる?
満桜:お兄ちゃーん?
満桜:侵入してやる。
「怖いよ。最後のはシンプルな犯行声明じゃねえか。」
「お兄ちゃんに早く会いたかった。お兄ちゃん、この1ヶ月なんだかんだ言って2人きりで会ってくれなかったし。」
「……それは、ごめん。」
満桜が家に来ることはもちろんあったが、透が基本家に居るため2人きりということは無かった。
店の手伝いもお客さんや母さんが居るし、確かに満桜と2人きりという状況はひと月ぶりかもしれない。
「お兄ちゃん、私がどれだけ寂しかったか知らないでしょ。」
「…。」
「私、毎日お兄ちゃんの部屋に行って、お兄ちゃんのシャツを借りて寝てたんだよ?」
「……。」
「2日に一回くらいお兄ちゃんのベッドで寝たし。」
「………。」
「お兄ちゃんのシャツを使い切ってからはもう、下着に手を出すしか…」
「待て待て待て待て、え?何?俺のシャツを借りるのはいいよ?置いていってるわけだし。ベッド寝るのもまあ、いいとしよう。だけどな?下着はダメだろ!?」
このひと月で義妹に何があったんだ…。
「ベッドまでは許すから、それ以上は勘弁し…?」
満桜の顔を見ると半泣きだった。
「え、ちょ、満桜?どうした?ごめん、強く言いすぎたか?」
「違うもん。ねえ、お兄ちゃん。私が、卒業式の日に言った事覚えてる…?」
忘れるわけが無いだろ。
義妹の一世一代の告白だぞ。
「覚えてる。」
「当たり前のように毎日一緒にいて、当たり前のように毎日一緒にご飯を食べてた大好きな人が、急に居なくなるのって、結構辛いんだよ…?心にぽっかり穴が空くんだよ…。」
「ごめん、この2日で俺に出来ることでなら埋め合わせはするつもりだ。」
「言ったね?」
満桜は既に涙の痕もなく、してやったリ顔でこちらを見ていた。
「嘘泣きかい!」
「お兄ちゃん、女は簡単に本当の涙を見せないのさ!騙されたね!」
小さい頃転んでよく泣いてただろ。
「はあ、まあいいや俺に出来ることならって部分を忘れるなよ?なんでもとは言ってないからな。」
「うんうん!今はそれで大丈夫!それじゃあ、荷物まとめて?」
「え?荷物?」
「うん、とりあえず明日の夜までは実家にいてもらうよ!」
なんだかんだでひと月、店の手伝い以外ではあまり帰っていなかったし、いい機会か。
「分かった、着替えとか他の用意もするからリビングで待っててくれ。」
俺が身支度を済ませる間、満桜は大人しくリビングで動画サイトを見ていた。
「お待たせ、それじゃあ帰ろうか。」
「はーい!うぇへへ……!」
「どうした?」
なんか変な声出てたぞ妹。
「お兄ちゃん、うちの事をまだ帰る場所だと思ってくれてるんだな〜って。」
「当たり前だ。母さんと満桜がいる家が、今は帰る場所だ。」
これから先、俺の帰る場所が変わるかもしれない。
それがどういう理由なのか、何処なのかは分からないけど、今は帰るという感覚が強かった。
ひと月ぶりに実家に泊まることになる。
「「ただいまー」」
「おかえりなさい、満桜、水穏。」
「ただいま、母さん。次は満桜に鍵の場所バレないようにしてくれよ?」
「そうねぇ〜、いっそ金庫にでも入れて場所がわかってても取り出せないようにしようかしら?
」
「それがいいな、下手に隠して見つかるよりはわかってて取り出せない方が効果ありそうだし。」
「お母さん!?お母さんは私の味方だよね?ね?」
「うーん。でも水穏が嫌がることなら鍵を簡単に渡したくもないわ〜。」
「そもそも、俺の家の鍵だから。母さんには緊急用で渡してあるの。」
「ぐぬぬー…正論を言いおってー!」
「でも、透ちゃんにも渡してあるのよね〜?」
うっ…母さんめ、痛い所を着いてくるな。
「おやー?お兄ちゃんさーん?透ちゃんに渡してるのは何故なのかなぁ〜?」
「まだ言えない。」
「え!?なんで!ズルいよ透ちゃんだけ!」
「こら、満桜?水穏が困ってるでしょ〜?まだってことはいずれ話してくれるつもりみたいだし、待ってなさい?」
母さん、敵なのか味方なのかハッキリしてくれ…いや両方の味方だからこうなるんだろうけど。
「むー!分かった…。」
やっと引き下がったか、気が変わる前に話題を変えた方が良さそうだ。
「それで満桜、今日はどうするんだ?荷物だけ置いて出かけるか?」
「ううん、とりあえず荷物を置いたらお兄ちゃんの部屋に行きます。」
「なぜ敬語なのか分からないけど、とりあえず荷物を置いて部屋に入ればいいんだな。」
俺は自室に荷物を起き、そういえば俺の服を満桜が使ってると言っていたことを思い出しタンスを開ける。
「おおう…本当に使われてるんだな。」
衣替え毎に実家に取りに行って、アパートの服と取り替えるつもりだったのでタンスには服が詰まっていたが、それが半分以上消えていた。
元に戻すとかではなくそのまま使ってたりするんだろうか。
これは今度服を買いに行かなきゃなと思っていると扉が外からノックされた。
「お兄ちゃん、入っていーい?」
「ああ、いいぞー。」
「お邪魔しまーす。とは言っても定期的に来てるんだけどね〜!」
ガチャ
ん?今後ろ手に扉の鍵を閉めたな?
「なんで鍵を閉めた?」
「ん?えーとね、お兄ちゃん。私言ったよね?」
「えっと…どれの事でしょうか…?」
「大切な人が居なくなると寂しいって。」
確かに要約するとそういう事を言っていた。
「でも、あれって嘘泣き…いや、そうか。嘘泣きはともかく言ってたことは本心か…。」
「そうだよ、だから、埋め合わせ。」
満桜はゆっくりと、真っ直ぐに俺の所へ向かって来ると、正面から抱きついて胸の辺りに顔を埋めた。
「すぅーーーーーーーーーーーーーー。」
めちゃめちゃ吸われてる…。猫吸いされてる猫ってこんな気分なのか?
「すぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
めちゃくちゃ吸うじゃん、吸引力落ちないってダイ〇ンかよ。
「この匂い好きぃ…♡」
「そ、そうか…とりあえず満足したなら離れない?」
「何言ってるの。まだ満足なんてしてないよ。私がどれだけお兄ちゃんの残り香で繋いでたと思ってるの!」
繋ぐなよ。
「いや、でも流石に今日ずっとこのままってわけにもいかないだろ…?」
「え?全然いいけど?」
「俺が耐えられないから許して。」
「埋め合わせするって言ったよね?」
「俺に出来ることならとも言ったぞ?」
「お兄ちゃん、座ってるだけだから何もしてないよ?」
「…確かに。」
妹に口論で負けてしまった。
「じゃあ、次はベッドに寝転んで。」
言われた通りに横向きでベッドに寝転ぶ。
「それじゃあ、お邪魔します!」
俺の腕に包まれる形になるように満桜がベッドに入ってくる。
「ねえ、お兄ちゃん。撫でて?」
上目遣いで可愛くおねだりをしてくる。
ここまで来たらできる限りの事はしてあげよう。
そう思い、満桜の頭を優しく撫でる。
「んふふ〜。きもち〜…。」
「満桜、朝ちゃんと起きられてるか?お風呂上がりにちゃんと髪を乾かしてるか?」
「やってるよ。お兄ちゃんにやって貰ってたこと、元々できない訳じゃないもん。」
「そうだったな…髪を梳かすのも、朝起こすのも、最初は俺から言い出したんだっけ。」
「そうだよ?小さい頃、寂しがり屋で泣き虫だった私の為に、お兄ちゃんが一緒にいる理由を作ってくれたんだよ?」
「朝は起きられなかっただけじゃなかったか?」
「むー!目覚ましをかけたらちゃんと起きられたもん!ただ、起きなければお兄ちゃんが構ってくれたから…。」
「そっか…今は自分でできて偉いな。寂しい思いさせてごめんな?」
「ほんとだよ…お兄ちゃんが居ないとなんだか物足りなくて、寂しいよ…。」
「俺が心に決めた相手ができるまでは、こうして甘えてもいいから。」
それが、少しでも満桜の寂しさを紛らわせることが出来るならおれの時間なんて安いもんだろう。
「む?お兄ちゃん、その言い方だと私がお兄ちゃんの心に決めた相手にならないように聞こえるよ?」
「……だって満桜、妹だし。」
こう言っておけば、俺も満桜もひとつ壁を作れる。
「関係ないよ。嫌な言い方するけど、私とお兄ちゃんは血が繋がってない。実の兄妹じゃないんだよ。」
それはそうだ、満桜は父さんの再婚である母さんの連れ子で、血は繋がってなんか居ない。
「でも、義理でも兄妹だ。」
「その前に男と女だよ。」
まずいな、満桜の様子が変だ。
いつもならここまで言ったら引き下がるんだけどな。
「透ちゃん、陽女ちゃん先輩はお兄ちゃんと仲が良くて、透ちゃんはなんだか訳ありっぽくて。お兄ちゃん知ってる?他にもお兄ちゃんの事が好きな人何人かいたんだよ?」
それは初耳だけど、過去形なのは恐らくは…
「でもね、皆透ちゃんにビビって諦めちゃった。」
やっぱりか、透は俺に女の気配があるとすぐに機嫌悪くなるからな…普段よく喋るタイプでもないし周りから見たら怖いだろう。
「でも、私は居なくならないよ。透ちゃんや陽女ちゃん先輩がお兄ちゃんの事を実際どう思っているかはまだ分かんないけど、私はちゃんと、この気持ちに名前をつけた。これは恋だって。」
羨ましいな、自分の感情に名前をつけられて。
「だから、これからは何度だってお兄ちゃんに好きって言えるし、言うんだ。」
羨ましいな、感情を人にぶつけられて。
「だから、お兄ちゃん。大好き、私と恋人になろ?」
羨ましいな、人を好きになれて。
「真剣な満桜にだからこそ、言わないといけない事がある。俺は自分の心が分からない。産みの母親が事故で死んだ日から、俺は自分の感情に自信が持てなくなった。」
この事を話したのは3人だけ、母さんと透とひー姉だけだ。
満桜は知らないからこそ、期待して俺に好きだと伝えてくれる。
「だからごめんな、俺は…」
「知ってるよ、そんな事。」
「え…?」
そんなはずは無い、満桜がいる場でこの話をしたことがないんだから。
では何故?3人の誰かが伝えた?いやそれは無い。
あの3人は人の隠し事を吹聴するタイプじゃないから。
「お兄ちゃんさ、気づいてる?私がお兄ちゃんに感情をぶつけると羨ましそうにするの。」
「そう…なのか?」
「なんだか諦めてるようで、でもそうなれたらいいなって顔、時々するんだよね。」
そんな顔してたのか…透たちは何も言わなかったから知らなかった。
「本当の意味ではお兄ちゃんの抱えてるものは知らなかったし、分からなかったよ?でも、お母さんと透ちゃんは知ってるみたいだったのが悔しくて、羨ましくて、嫉妬しちゃったから。お兄ちゃんの事とにかく見続けてたらなんとなーく気づいただけ。」
「隠しててごめん。でもだからこそ、満桜に告白されても今は応えられないんだ。」
俺が自分の心に自信を持てるまでは。
「やだ!」
「え?」
「やだよ!私は!今すぐにでも!お兄ちゃんと!恋人になりたい!」
「いや、満桜?話聞い…うっ。」
喋ってる途中で満桜が鳩尾に頭突きしてきたから変な声が出た。
「お兄ちゃん、私言ったよね?お兄ちゃんがいないと寂しいし、私の知らないお兄ちゃんを他の人が知ってると嫉妬もするって!」
「うん…。」
「私は!!お兄ちゃんが!!!大好きだって!!!!」
これ絶対家中に聞こえてるな…。
「わ、分かったから。満桜、落ち着け?母さんにも聞こえるだろ?」
「いいよ別に聞こえても!私は恥ずかしくないから!」
「俺が恥ずかしいんだよ!」
満桜は少し意外な顔をして
「お兄ちゃん、恥ずかしいの?」
「え?う、うん。急に落ち着いたな?」
「恥ずかしいって、立派な感情じゃない?」
「感情…なのか?」
「そうだよ!あのね、お兄ちゃん。本当に感情が分からない人は今私の頭を撫でながら抱きしめてくれないし、恥ずかしがらないし、人に気を使えないんだよ?」
顔がおなじ位置になるように満桜が位置を調節した。
久しぶりに真正面から見た満桜の顔はとても美しく感じて、目を逸らしてしまった。
「ほら、今照れたでしょ?照れたりするのも立派な感情だよ!まあ実際、この前までのお兄ちゃんなら照れたりもしなさそうだったけど…。陽女ちゃん先輩のお陰かな?」
「ひー姉?なんでひー姉が出てきたんだ?」
ひー姉が俺のことを心配して前に進めるよう背中を押してくれたのは事実だけど…。
「ひー姉がね、今回の予定を立てる時言ってたんだ。」
『みーくんは今、ううん。何年も苦しんでるの。私は、少しでもみーくんを助けてあげたいだから。だから2人にお願い、私と一緒にみーくんを助けてくれないかな?』
そう言ってひー姉は今回の計画を2人に伝えたらしい。
それを聞いた瞬間、母の死を目の前にした時と同じように何かが溢れそうになり思わず口を抑える。
ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…。
心臓が煩くて、吐き気がして、頭が痛くなる。
「う…あ…。」
急に柔らかくて、暖かくて、優しいものに包まれる。
「お兄ちゃん!大丈夫…大丈夫だよ。」
気づくと頭を満桜に撫でられながら抱きしめられている。
「お兄ちゃん、落ち着いて…今感じてるものは、本当に苦しい?」
何とか深呼吸をして体を落ち着かせようとする。
「大丈夫、ゆっくりで良いから。今、感じてるものを素直に受け止めてみて。」
深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻してくると、残っているのは温かさだった。
そして思い出すのは、ひー姉の言葉。
『みーくんは過去感じたものを失った訳じゃない。つまりは感じ方を忘れたわけじゃないんだよ。』
この温かさはなんだろう…初めて誕生日プレゼントを貰った時のような、テストでいい点をとって母親に褒められた時のような…ああ、俺は今嬉しいのか。
「俺は…さ。」
「うん、なーに?」
「ひー姉がそこまで俺の事を気にかけてくれたのが、嬉しかったんだ。」
「そうだね、自分のことをとっても考えて、大事にしてくれる人がいるって、素敵な事だよね。」
「溢れ出るものは全部押しとどめて、蓋をしないと辛くて苦しいって思ってた。」
「嫌なこととか、辛いことは蓋をしたり見ないようにするのは大事だと思うよ?」
「でも、嬉しいことや楽しいことまで蓋をしなくてもいいんだな…。」
「やっと気づいたか、お兄ちゃんの鈍感!」
母親の死を目の前で見た時の、冷たくてドス黒い、苦しい何かとは天と地ほどの差。
「ありがとう、満桜。」
「どういたしましてだよ、お兄ちゃん!」
「久しぶり、だな…こんなに温かい気持ちになったのは。」
満桜がハッとした顔をして俺の顔を自分の顔に向ける
「お兄ちゃん、好き。」
「お断りします。」
「なんで!?今なら私から告白されれば嬉しくなると思ったのに!!」
「さっきまでのいい雰囲気を誰かが壊してくれて冷静になった。」
さっきまで慈愛に満ちた優しい顔してたのに。
「ちぇー…タイミング間違えたか。」
「今回は縁がなかったということで。」
「就活でしかあまり聞かない言葉で告白を断らないでー!」
就活でも聞かない方がいいだろ、こんな言葉。
「ところでお兄ちゃん、私の胸どうだった?」
「………は?」
会話が90度直角に曲がりすぎてついていけない。
「今、私、下着つけてないんだよ?」
まって、さっきまで満桜に抱きしめられてたし今も満桜がその気になれば俺を抱きしめることが出来る。
身の危険を感じたので脱出を図ろうとする。
「逃がさないよ?」
抜け出そうとした俺を体で拘束する満桜。
嫌でもその柔らかくて大きな胸が俺の胸に押し付けられる。
「ほれほれ〜どうだお兄ちゃん、私を恋人にしたくなったか!」
「今ここではいって言ったら身体目当てみたいになるだろ!そうじゃなくても頷かないけど!」
「むー!お兄ちゃんめ、なかなかしぶといな…こうなったらお母さんが晩御飯作り終えるまで私を堪能してもらうからなー!」
結局、3時間ほど満桜に拘束され続け母さんが呼びに来るまで俺はひたすら耐え続けたのだった。
何を耐えたのかは聞かないで欲しい。
夕飯を終え満桜はお風呂へ、俺は母さんと雑談をしていた。
「うふふ〜満桜も女の子ね〜。」
ちなみに母さんは普通にスペアの部屋の鍵を使い普通に扉を開けてきた為、俺が拘束されたところを見ている。
「母さん、年頃の女の子としてあれは良くないから注意してよ…。」
「あら〜誰彼かわまずやってたら問題だけど、水穏にだけなら一途でいいと思うわよ〜?」
「良くないよ…俺が悪い男で、満桜に手を出したらどうするんだ。」
「ふふ、水穏そんな事しないから大丈夫よ。」
「…どうしてそう思うんだ?」
「自分の心が不安定なのに、新しく出来た義妹の為に今まで頑張って来たお兄ちゃんを信じないで何を信じるのかしら〜?」
「その言い方は、ズルいだろ。」
「ねえ、水穏。私はね?関係性の始まりがどうであれ、ちゃんと相手のことを大事にできるってすごいことだと思うの。」
そうなのだろうか、満桜が妹になったばかりの頃はよく俺のせいで泣いてた記憶しかない。
「今あの子が笑っていられるのは、間違いなく水穏のお陰よ〜。だから、ありがとうね水穏。」
「感謝をするならこっちこそだよ。ずっと俺たちのことを見守ってくれて、歪な俺の事を否定しないで受け入れてくれてありがとう。」
「当たり前じゃない。水穏は私の息子だもの。」
そう言って母さんが頭を撫でてくる。
温かい、嬉しい、懐かしいな…。
「水穏……泣いてるの?」
「え?」
目元を拭うと、手が少し濡れた。
「泣い…てる。」
自覚すると、涙は止まらなかった。
涙なんて何年ぶりだろう、母親が亡くなる前だから8年ぶりだろうか。
その間母さんは俺の事を撫でてくれて、途中でリビングに来た満桜が慌ててたけれどなんだか嬉しそうに笑ってたな。
数年ぶりの涙は、なんだか温かかった。
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