第8話ゴールデンウィーク2日目 陽女
ゴールデンウィークともなれば最近の日本だと少し暑いくらいの気温になる日もある。
しかし夜中はまだ肌寒い日もあり、今日はそういう日だった。
なんだか少し肌寒い気がして俺は目を覚ました。
まだ外は暗く、日も出ていない時間。
「なんだ…ああ、布団がめくれてるのか。」
めくれた掛け布団を直す為体を起こそうとしたが、何かに腕をロックされていて起きられなかった。
「…?右手が重…え。」
頭だけ右に向けると、ひー姉が俺の右腕をガッチリ捕まえた状態で寝ていた。
(なんでひー姉が俺の布団で寝てるんだ…?昨日はちゃんとベッドで寝る体勢になってたよな…。)
まだ起きていない頭でぼーっと考えるが、まだ夜中で眠く、思考は働いてくれなかった。
暗闇に目が慣れてきて、ひー姉も布団をしっかり掛けてないことに気づく。
(ひー姉も寒くてくっついてきてるのか?)
ならしょうがないと普段なら思わないが、眠気には勝てず布団も直せないので、ひー姉を暖房器具にしようと抱き寄せてそのまま眠り直した。
当然の事ながら起きた後にとてつもなく後悔したのは言うまでもない。
〜陽女Side〜
みーくんが布団に入った後すぐに寝息が聞こえて来た。
今日は歩き回って疲れたのだろう、私は帰り道で少し寝ていたのですぐ寝落ちするほどではなかった。
みーくんの方を見ると気持ちよさそうに寝ており、自然と笑顔になってしまう。
(みーくんの寝顔は可愛いなぁ、2人には悪いけどもう少し堪能させてもらおうかな。)
みーくんの寝顔を見たり、スマホで隠し撮りしながら30分ほど経っただろうか、春とはいえ夜はまだ肌寒い。
「さて、そろそろお邪魔しようかな…。」
できるだけ音を立てないようにベッドから降りてみーくんの布団に潜り込む。
投げ出されていた右腕をできるだけ動かさないように抱き寄せる。
(うん、落ち着く〜。それじゃあおやすみ、みーくん。)
なんだかとても暖かくて、好きな匂いがして、凄く安心する。
まるで体を包まれて眠っているような、その頃の記憶はなくとも、母のお腹にいた時のような安心感を感じながら意識が浮上していき、私は目を覚ました。
「んぅ…ん……ん?」
部屋が少し明るいので日が出て少ししたくらいだろうか、でも目の前に広がる景色は部屋の壁ではなく、人の体、胸あたりだろうか。
(人の体…?私、みーくんの布団で寝て…え?これ、もしかしてみーくんに抱きしめられてる!?!?)
一気に頭が覚醒して目が覚めた。
(落ち着け私…なぜ、こうなった。私はみーくんの右腕に抱きついて寝て……。なぜ、こうなった!?)
「ん…ひー姉?」
みーくんの腕の中であわあわしていると、みーくんが起きてしまった。
〜水穏Side〜
「ん…ひー姉?」
腕の中で何かが動くのを感じ取り意識が浮上する。
目を開けると、俺の腕の中でひー姉があわあわしていた。
「み、みーくん…おは、よう。」
「ああ、ひー姉、おはよう…。」
まだいつも起きる時間より早いのだろう、眠い。
数時間前にも一回起きて眠かった気がする。
そう、一回起きて、ひー姉が何故か腕を抱いて寝てて…あれ?その後どうやって寝た?
「あ」
ひー姉を抱いて寝たことを思い出し一気に目が覚めた。
「ごごごごめんひー姉、抱いて寝ちゃうなんて…ほんとごめん!」
ひー姉から飛び退き、すぐに謝る。
ひー姉を見ると、少し顔を赤らめながらこちらをちらちら見ていた。
「えっと、私も…夜、みーくんが寝た後に潜り込んで寝たわけだし!ここは、ほら、お互い様ってこ、ことで…ね?そう、お互い様なんだよ!」
「いや、男女では罪の重さが違うと思うのですが…。」
この場合男は役得なのだろうが、女性側からするとセクハラになるのだろうか。
「い、いや!そんなことはないよ!少なくとも私とみーくんの間では平等の罪です!なので治外法権で無罪です!」
俺もひー姉も混乱しお互いに色々言い続けたが、結局はお互い忘れる事にしようとなった。
「とにかく…今回のことは忘れよう、お互い寝ぼけてたってことで…。」
「そ、そうだね。うん、そうしよう。」
いつも起きる時間より少し早かったが、お互い眠気も吹き飛んだので、とりあえず朝ごはんを食べることにした。
「ひー姉、今日はどうするんだ?どこかに出かける?」
昨日はひー姉が朝食を作ってくれたので今日は俺が作る。
その間に今日の予定を聞こうとひー姉に質問を投げかけた。
「今日はね〜!買い物に行きたいんだ!夏用の服を買っておきたくてね!」
「服を買いに行くのはいいんだけど、それって俺と一緒でいいのか?満桜か透と一緒の方がいいんじゃない?」
「透ちゃんはメイド服がデフォだし、満桜ちゃんとは普段着る服の方向がちょっち違うからね〜。一緒に行ってもいいんだけど、それぞれで買うことになりそうだから。」
「分かった。それじゃあ朝ごはんを食べたらショッピングモールに行こうか。」
「はーい!」
ひー姉と朝ごはんを食べ、駅へ向かい電車へ乗り、昨日水族館へ行った時と同じ駅で降り、水族館とは逆方向に進むこと20分。目的のショッピングモールへ着く。
「さて、みーくん?服を買いに行く時に男の子を連れてきた意味がわかるかい?」
「女の子の買い物は平均的に長かったり、服をいっぱい買うから荷物持ち?」
「半分正解だけど夢がないね!」
「もう半分は?」
「もちろん、みーくんに服を選んでもらうためだよ!」
「えっ?いや、それはいいけど俺服のことは詳しくないし、ひー姉の好みの服を選べるかは分からないよ?」
「いいのいいの、私の好きな服は私が選ぶしから!みーくんが、私のために選んだって言うのが大事なんだよ!」
「へー、そういうもんなのか…。」
雑談をしながら服屋へ向かい、そこからはひー姉のファッションショーが始まる。
胸元にフリルの付いた薄ピンクのペプラム(フレアやフリルなどで裾広がりになったデザインのトップス)に黒のロングスカートを合わせた可愛めのコーディネート。
水色のオフショルダーシャツにグレーのボトムスを合わせたカジュアルなコーディネート。
胸にデフォルメされた猫が描かれてるシャツにショートパンツの可愛げがあり活発な印象のコーディネート。
メイド服。
「まって、なんでメイド服があるの?」
「さあ?服だからじゃない?」
服屋だからってメイド服があることは無いだろ。
「さてみーくん、どんな私が好みかな?」
「ふむ、ひー姉は見た目なら可愛い印象が強いからシャツにショートパンツとかのシンプルな服も似合うんだけど、フリルの着いた服も、肩を出した服も意外と内面が大人だからひー姉を知ってる人からすると魅力的に見える。」
「お、おぅ…褒めるね…。」
「その上で俺の好みを言わせてもらうと、昨日着ていたような色の薄い、もしくは白のワンピースが1番似合っていて好きかな。」
「みーくん。」
「何?」
「みーくんはさ、こう、なんだ。そういう悪いことをどこで学ぶんだい?」
「悪いこと?」
「好きな子の前以外でそういう言い方はずるい!」
「正直に褒めたのに…。」
ひー姉は顔を赤らめながら試着した服をまとめ、レジへ向かう。
何だかレジの店員さんがニコニコしていた気がするが気のせいということにしておこう。
精算を終えたひー姉が戻ってきたので荷物を持とうと手を差し出す。
「みーくん?えっと、その、あの、こうでしょうか…。」
ひー姉は何を勘違いしたのか俺の手を握ってきた。
「いや、ひー姉?荷物を持とうかと思って…。」
「あ!そ、そうだよね!はい!荷物ありがとう!」
「落ち着いて、俺はひー姉をとって食うつもりは無いから。いつも通りで大丈夫。」
俺がそう言うとひー姉は深呼吸をし、頭を軽く振った。
「ふぅ…。そうだね、私はみーくんのお姉ちゃんだから。もう大丈夫!」
うん、ひー姉がいつもの調子に戻った。
「それじゃあみーくん?服は買ったから次、行こっか?」
「次?」
ひー姉は俺の腕を取りご機嫌な足取りで次の店に向かった。
そうして着いた先は…。
「ひー姉、ここだけはダメじゃない?うん、ここはダメだ。やめよう。」
「えー?そんな事ないよー!さ、行こうか。店の前にいる方が不信だよ?」
「いや、でも、ひー姉がら一緒とはいえ不味いでしょ?男が女性物の下着を販売してる場所にいるのは!?」
ひー姉がご機嫌に向かった場所は下着売場だった。
男が下着売り場に居るのは彼女持ちか夫婦かの2択じゃないのか…?
「でもみーくん、今私に腕を拘束されてるよね?」
「はい。」
「お姉ちゃん、ひと月も同じ学校に居ることを隠されてて傷ついたなー。」
「はい。」
「今朝、誰かに抱きしめられて起きたなー。」
「はい…。」
「で、みーくん下着選んでくれる?」
「喜んで…。」
「よーし!それじゃあ行こう!」
こうなったら出来るだけ早く選んで店を出よう。
頭をフル回転させてひー姉に似合う下着を選ぶ。幸い?ひー姉は大きい訳じゃないので選択肢は広い。
「ひー姉、色の好みは?」
「みーくんが言ったように薄い色のワンピースとか着るから、あまり透ける色は嫌かなぁ、肌着を着るって言っても透ける時は透けちゃうし。」
よし、ならば白かグレー、薄い黄色あたりなら大丈夫か。
「これとか可愛くていいんじゃないか?正確なサイズは分からないからそれだけはひー姉が見てくれ。」
フリルの着いた白い下着を指さす。
「みーくんはこれが好きなのー?」
「いや、好きとかじゃなくって、白なら透けても分かりづらくていいかなって。」
「えー、ならやだ。みーくんの好きな下着がいい!」
ひー姉が悪い顔してる。ニヤニヤしながら俺と下着を交互に見て楽しんでいる。
「ちなみにみーくん、白って意外と透けるんだよ?透けると言うより形が浮き出るって言った方がいいかもしれないけど。あ、みーくんもしかしてそれが目当てで!」
「違うんです。許してください。本当に白い服なら白は透けないんじゃないかって安易な考えだったんです…。」
「ま、インナーの選び方でどうにでもなる場合もあるから、色は意外と好みで決めてもいいんだけどね!」
ここに来てからずっとひー姉のターン、が続いている。ただでさえアウェーな空間なのにオレのターンは無いのか…?
ならば、と透けづらいという前提条件は無視し下着を選ぶ。
次に選んだのは左右でツートンカラーになって居て、フリルの着いた可愛い下着。
「ひー姉、俺はこれが可愛いと思う。」
その下着は上は金具で止めるためしっかりしていそうだが、下は紐を結ぶタイプだったので大事なところしか隠せない。かなり攻めた下着だった。
「うぇ!?みーくんこれを私が着たら嬉しいの!?そ、そっか…なら、着てみよっかな…。」
あれ、恥ずかしがって突き返してくるかと思ったのにチャレンジするのか…まあひー姉が気に入るならそれはそれでいいか…
「それじゃあ試着してくるね?」
ひー姉が試着室に入り、俺は1人取り残される。
あれ?これ気まづいな…ひー姉早く試着を終えて出てきてくれ…!
待つことだ数分。
「あ、あのねみーくん!これ、思ったより恥ずかしいんだけど…。」
「ひー姉が恥ずかしかったり気に入らなかったら買わなくても大丈夫だよ、付ける本人が嫌だったら買ったってしょうがないしね。」
「これ、可愛いし、気に入ってはいるんだけど…みーくん、見たい…?」
「何言ってるの…今下着姿なんでしょ?そういうのはちゃんと心に決めた相手にしときなって
。」
「そ、そうだよね…!じゃ、じゃあみーくん、こっち来て?」
「見ないぞ?」
「違うの、恥ずかしいから近くにいて欲しいだけで…!」
「そういうことなら、分かった。」
試着室の目の前に向かう。
衣擦れの音が少しして、ひー姉が出てきた。
「なんだか、みーくんにしてやられた気がするよ。」
「なんの事だか分かりません。」
その後ひー姉は俺が選んだ下着以外に数着買い、俺たちは下着売り場を後にした。
「そろそろ夕方だし、帰ろうか。ひー姉は今日実家に帰るんだよね?夕飯はどうする?」
「そうだね…みーくんと一緒に食べたいな。」
「分かった。」
その後はゴールデンウィークでショッピングモールや電車が混んでいるのもあり、はぐれない為に手を繋いで2人で家に帰って来た。
「「いただきます。」」
2人で晩御飯を食べながら話をする。
「みーくん、この2日間はどうだった?」
「…楽しかったと、思う。」
「そっか、イルカショーの時にそう言えてたし1歩目は踏み出せたかな?」
「どうだろう。でも、意識の変化はちゃんと起きてる。」
「意識の変化?」
「なんて言ったらいいんだろう。今までは発露しそうな感情を無意識で押しとどめていたような、蓋をしていたような感覚があったんだ。昨日はその感覚が無かった。素直に芽生えた感情を育てられたんだと思う。だからイルカショーの時に楽しいって思えたのかもしれない。」
「それは、どうしてだか分かる?」
「いや、正直分からない。ひー姉とだからリラックスしていたのか、単純に歩き出そうと思えたから無意識に蓋をしないようにしていたのか。」
「そっか〜…。これは仮説なんだけどね、昔お父さんに聞いたことがあるの。『子供の頃に刷り込んだり思い込んだものは、そうそう治らないし、覆せない。だから陽女、お前は自由に物事を見てほしい。』って。みーくんは子供の頃に爆発しそうになった感情を押さえ込んだ。その時は自衛のために意識を失ったけど、多分それが刷り込みの原因になったんじゃないかな?大きくなる感情は怖くて恐ろしいものだって。」
お茶を1口飲み、でもね、とひー姉は続ける。
「もう大丈夫だよ。みーくんは大きくなった、もう感情に押しつぶされるほど弱いみーくんじゃない。もし感情を持て余したら私に頼って?私はお姉ちゃんだから、いくらでもみーくんの感情に付き合ってあげる。」
「ひー姉…。ありがとう。」
「私だけじゃないよ?満桜ちゃんも、透ちゃんもきっとそう。みーくんの事を、どうにかしてあげたいって思ってる。きっとそれぞれ寄り添い方は違って、目的も違うけどみーくんに感情を理解して欲しいと思ってる。」
「どうして、そう思うの?」
ひー姉は笑ってこう言った。
「みーくんは知らないんだもの。こんなに誰かを想う気持ちは素敵なものだって。尊いものだって。今何してるかな、会いたいな、話したいな。もどかしくって、時には辛いけど…とっても楽しい。それを大切な人にも感じて欲しい。そんな大切なものをあの二人は持ってるんだから。方向性は全然違うけどね?」
それを人は恋と呼ぶのだとひー姉は語る。
「俺は、まだそれを受け取れない。」
「知ってる。でも、受け取るつもりが無いわけじゃない。そうじゃないと、私を頼ったりしないもの。」
「うん、そうだね。ありがとう、ひー姉。」
「ちゃんとあの二人が抱えてるものを知っているみーくんなら大丈夫。いずれ誰かの思いを受け取れるよ。」
「ひー姉は俺の事を信じすぎだよ。」
「そりゃ信じるさ!だって私は、お姉ちゃんなんだから!」
そう言うひー姉は今までで1番素敵な笑顔をしていた。
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