第7話ゴールデンウィーク1日目 陽女

「ひー姉、明日からの2日間俺はどうすればいいんだ?」

「ん?あ、言ってなかったね。明日と明後日はあたしが、みーくんと遊ぶ番だよ!その次は満桜ちゃん、最後に透ちゃんだね。そんでもって最終日はみんなで遊ぶぞー!」

「だから泊まるって言い出したのか…。」

 夜まで遊ぶことはあっても、泊まるのはかなり珍しかったので不思議だったがなるほどそういうことなら分かりやすい。

 だからと言って年頃の女の子が一人暮らしの男の家に泊まるのは良くないとは思います。はい。

「問題は着替えなんだよね〜。下着はまあ、コンビニで何とかなるか。制服のまま寝るわけにもいかないし、みーくん服貸して!」

「お風呂入る前にタンスから取っていってくれ。」

「はーい。ちょっとコンビニ行ってからお風呂入るから、先に入っちゃって〜」

 下着を買うんだろうし、ついて行くわけにもいかないか。大人しくおふろにはいることにしよう。

「それじゃあ先にいただくよ。」

 今日のお風呂はなんだかとても心地よかった。疲れてたのかな。


 ひー姉もお風呂から上がり、あとは寝るだけとなった。

「俺は床に布団敷くから、ベッド使ってくれ。」

「いやいや、みーくんのお部屋なんだからみーくんが使いなって。お姉ちゃんに遠慮はしなくていいんだよ?」

「遠慮とかじゃなくて、俺が気にするんだよ。ひー姉が使ってくれると嬉しい。」

「嬉しいってどの口が言うのさ…まったく。じゃあこうしよう。みーくん、そこに座って?」

 ひー姉はベッドを指さす。

「座る?こうでいいのか?」

 ベッドに腰掛けて座ると、ひー姉の目が光った。

「うんうん。それでいいんだよおりゃあ!」

「うおっ!?」

 ひー姉が俺に突撃してきてそのままベッドに2人で倒れ込む。

「びっくりした…何してるのさ。」

「へへ、こうでもしないとみーくんがベッドで寝そうになかったから。」

 ベッドに2人並んで横になっている。いや、まずいでしょ。

「いやいやいや、ダメだって。いくらひー姉が昔から知ってる仲でも、一緒に寝るのは…」

「満桜ちゃんや透ちゃんとは一緒に寝るくせに?」

「寝てません。」

 少なくとも同じベッドでは。

「そうなんだ…ふーん?なるほどねぇ。あ、この黒髪は…透ちゃんね!」

「俺の髪だよ。透は布団で寝るから…あ。」

 間抜けは見つかったようだ。ひー姉の目が爛々としている。

「ほほう!透ちゃんと!同じ部屋で!寝ていると!ほほう!」

「昼寝程度だよ…隣の部屋に住んでるんだから、夜は帰ってる。」

「ふーん?ほーん?へーん?やや、この赤髪は…」

「自分の髪の毛だろ!?」

「はっ!私!いつの間にみーくんと同衾を!?」

「頭が痛くなってきた…。」

 バイトもあったから体が疲れてる気がする。早く寝たい。

「ふふっ。あー楽しい。みーくんとこんなに話すの久しぶりだもんね〜。」

「あ…。それは、ごめん。ちゃんと伝えるべきだった。」

 少なくとも、俺を心配してくれているひー姉には同じ学校にいることを伝えておくべきだった。

 反省していると、ひー姉に頭を撫でられる。

「意地悪しちゃってごめんね?みーくんにはみーくんの考えがあるんだもの、お姉ちゃんはそれを信じて待つつもりだったのに…我慢できなくなっちゃったの。」

 急にお姉ちゃんらしい所を見せないで欲しい。どうすればいいか分からなくなる。

「明日、さ…明後日も。楽しくなるといいな。」

 見え見えな方向転換でお茶を濁す。

「うん。楽しいゴールデンウィークにしようね、おやすみなさい、みーくん。」

「おやすみ、ひー姉。」

 そのまま静かに目を閉じる。

(あれ?これって結局ひー姉の思惑通り一緒に寝てないか?)

 一瞬そんな考えが頭をよぎったが、疲れた体は意識を手放すのだった。


 何だかいい匂いがする。これは…卵の焼ける匂い?

「ん…うん?」

 目が覚めると隣にひー姉はおらず、キッチンの方から空腹を刺激する匂いが漂って来ていた。

「おはよう、ひー姉。朝ごはん作ってくれたんだ。」

「おはよう、みーくん!冷蔵庫の中身勝手に使っちゃってごめんね〜。」

「卵は丁度賞味期限ギリギリで使おうと思ってたし、全然気にしないよ。それよりひー姉のご飯久しぶりに食べられる方が嬉しい。」

「んふふ〜!嬉しいこと言ってくれるじゃないか!さて、たーんとお食べ!」

 顔を洗い、ひー姉と一緒に朝ごはんを食べる。

「「いただきます」」

「ん、やっぱりひー姉の料理は美味しいね。」

「そんなに褒められても、お嫁さんにしかなれないよ?」

「君の味噌汁が毎日飲みたい的な話じゃないよ…。」

 今どきそんなプロポーズを理解できる人は果たしてどれほどいるのやら。

「あ、そうだみーくん。今日と明日は満桜ちゃんと透ちゃんに連絡しちゃダメだよ!」

「どうして?」

「3人で話してね、自分の番が終わるまでみーくんとは連絡しないことにしたの。お互い先入観のないデートをしましょうってね!なので満桜ちゃんは3日目の0時まで、透ちゃんには5日目の0時まで連絡禁止です!」

 まあ、急用でもできない限りは問題ない…かな?

「もし、約束を破ったら順番が来てもみーくんは渡せない決まりになってるから、よっぽど急用じゃない限り連絡しないよーに。」

「分かった。それでひー姉、今日はどこに行くんだ?」

 結局何をするか、どこに行くかは決めていないし、聞いていない。変な場所じゃないといいけど。

「とりあえずあたしの家に行って、服を着替えて…今日泊まるための荷物を持ってここに戻ります。」

 今日も泊まるつもりなのか…ひー姉の親御さんがいいならいいんだけど…。

「その後は、水族館デートをします!」

「水族館か…しばらく行ってないし、俺も久しぶりに行ってみたいな。うん、そうしよう。」

「よっし、決まり!じゃあとりあえずあたしの家に行こうか。」


 そんなこんなでひー姉とのデート?が始まった。

 まずはひー姉の家に行き、着替えと荷物を持ってくるところから。

「ただいまー!お母さん起きてるー?」

「お邪魔します。」

 リビングに顔を出すと、ひー姉のお母さんが洗濯物を畳んでいるところだった。

「おかえり、陽女。あら!あらあら!水穏くんじゃない。久しぶりね〜。ごめんなさいね陽女が押しかけたみたいで。」

「いえ、解散したのが夜だったので流石に帰すのは心配だったのもあります。ひー姉は今日もうちへ泊まるつもりのようなんですが、大丈夫なんですか?」

 あわよくば同衾回避のためにひー姉のお母さんへ確認してみる。

「水穏くんの迷惑にならなければ私としては大丈夫なのだけれど…お父さんが拗ねちゃってね、昨日はお酒飲みながら陽女がお嫁に行ってしまうって…。まあ大丈夫よ、そんなこと気にしないでいいわ。」

 それは大丈夫では無いのでは?ひー姉のお父さん、娘たちのこと溺愛してるからなあ。

「いや、おじさんが気にしてるのでしたらひー姉を説得しましょうか?」

「そうねえ、今はお父さんよりも他の子を説得した方が良さそうよ?」

「え?それはどうぐえっ」

 背中に衝撃を受け変な声が出る。

「みー兄ちゃん!みー兄ちゃん!久しぶり!!」

 後ろを振り向くと、ひー姉をもう少し小さくしたような女の子が俺に抱きつき無邪気な笑顔を浮かべていた。

陽花ひばなちゃん?久しぶり、大きくなったね。」

 ひー姉の妹、照空陽花ちゃん。小学4年生。小さい頃から遊んでいたので俺に懐いてくれていてとても可愛い。

「うん!今日はどうしたの?遊んでくれるの!?」

 目を爛々と輝かせて俺の胸に頬擦りしてくる。何だこの可愛い生き物。

「ごめんね、陽花ちゃん。今日はひー姉と遊ぶ約束だからまた今度遊ぼうね?」

 陽花ちゃんには申し訳ないけどら今日はひー姉との約束を優先しなくてはいけないので断る。

「えー!お姉ちゃんよりも私の方が若いよ?ピチピチだよ?」

 どこでそんな言葉を覚えるんだ…というかピチピチって死語なのでは?

「こーら、陽花?お兄ちゃんの言う事聞かないと嫌われちゃうぞ?」

 そこへ着替えを済ませ、外泊用の荷物を持ってきたひー姉がやってきた。

 白いワンピースを身にまとい、髪を下ろしたひー姉は背は低いのに儚げで少し大人っぽく見えた。

「ひー姉、そのワンピース似合ってるな…正直驚いた。」

「え!?そう!?そうだよね!いや〜やっぱりあたしってばシンプルな色の服も着こなせるんだよねー!」

 前言撤回。儚さは自分の部屋に置いてきたらしい。

「あら、陽女、そのワンピースはここぞと言うごめんなさいなんでもないわ。」

 おばさんが喋ってるところをひー姉が睨みつけるとおばさんは何事も無かったかのように鼻歌を歌い出した。

「お姉ちゃん、今からみー兄ちゃんと出かけるの?私も一緒に行っちゃダメ?」

 陽花ちゃんは俺の説得を諦めひー姉にシフトチェンジ。上目遣いでひー姉を攻める。

「うっ…ごめんね、陽花。今日と明日はみーくんと2人で過ごす約束をしてるの。明後日から遊べるからそれまでいい子で待っててね?」

 ひー姉は妹に甘い。いつもなら二つ返事で俺と陽花ちゃんと遊ぶが、今回は意志が固いようだ。

 陽花ちゃんもひー姉の反応から今回はダメだと悟ったらしく、おばさんの所へ甘えに行った。

「ひー姉、準備できたなら行こうか、またね陽女ちゃん。今度あったら遊ぼうね。」

「うん!約束!またね、みー兄ちゃん!」

「水穏くん、また来てね。陽花だけじゃなくて私も水穏くんとまた話したいわ。」

「はい、もちろん。それではお邪魔しました。」

「お母さん、陽花、それじゃあ行ってきまーす!」

 ひー姉の家を出て一旦我が家へ荷物を置きに戻り、駅へ向う。そこから2駅でショッピングモールや色んな施設がある街へ出られる。

 駅に着くと丁度来た電車に乗り一息。

「ところで、なんで水族館に行こうと思ったんだ?」

「ん?えーとね、水族館に行けば、みーくんの手助けになるかなって。」

「水族館が、俺の手助けに?どういうこと?」

「みーくん、前に進むって決めてくれたでしょ?あれね、嬉しかったんだ。やっと、みーくんの時間は進むんだって。私たちと同じ所を歩いてくれるんだって。」

 ひー姉の目は真剣だった。

「今はまだ、どこに向かえばいいのか皆目見当もつかないけど、進めればいいなとは思ってるよ。」

「だから、水族館なんだよ!!」

「いや、説明になってない…。」

 ごめんひー姉、それで読み取れるなら俺は読心術で稼いでいけそうだ。

 生憎そんな能力は無いのでひー姉の言ってることは分からないが、理解する前に目的の駅に着く。

「とうちゃーく。それじゃあ、水族館へ行くよー!」

 ひー姉の号令で水族館へ。駅から20分ほど歩くと青色の大きな建物が見えてくる。目的の水族館だ。

「大人2人です。」

 入口で入場料を払い、中へ入る。ひー姉が子供料金をじっと見ていたが、犯罪なのでひー姉の目線は気付かないふりをした。

「まずは順番に見て回るのか?それとも見たい魚とかいる?」

「うーん。とりあえず、クラゲかな。」

「クラゲは…こっちか。」

 2人でクラゲが展示されているエリアへ。そこでは小さめの水槽でクラゲが漂っていた。

「ねえみーくん。クラゲってさ、生きてると思う?」

「そりゃ、生きてるだろ。動いてるんだから。」

「動いてることが生きてる事なのかな。」

「哲学?」

「似たようなもんだね〜、人間だって、事故で動けなくなっちゃう人が居て、でもその人は動けないからって死んでるわけじゃない。」

「逆に、動いていても死んでいる人はいると?」

「あたしは、今のみーくんは死んでいるのと近いんじゃないかなって思ってる。」

 思ったことが無いわけじゃない。感情が希薄なのは生きていると言っていいのかと。俺は、ちゃんと他の人のように生きているのかな、と。

「でも、それはあたしの視点。みーくんの事情を知ってるから言える言葉。みーくんの事情を知らない人からすると、みーくんは生きてるし、感情もあるように見える。」

「そう見えるように意識して振舞ってはいるよ。」

「そう。みーくんは出来るんだよ。生きているよう振る舞える。感情を知らない訳じゃない。今はそれがちょっと見えなくなってるだけ。」

 後は目を凝らして見るだけだよ、とひー姉は次のエリアへ進んでいく。

「ちなみに、クラゲって死にそうになると赤ちゃんからやり直す種類がいるらしいよ、実質不死なんだって!」

「そんな無敵な奴いるの!?」

 クラゲの豆知識を教わりながら着いたエリアはカワウソが泳いでいた。

「動物番組でたまに見るけどさ、カワウソの食べるシーンって食事って言うより捕食って感じがするよね〜。」

「あー、分かる。こんなに可愛い顔してるのに食べる時だけ急に野生に戻るっていうか。」

 ガラス越しに2匹のカワウソが寄ってくる。

「可愛いー!赤いリボンと青いリボンしてるー!カップルかな?」

「どうなんだろう?でも2人仲良くこっちに来たし、夫婦とかだったりして。」

「あ、キスしてる!可愛いなー!癒されるなー!」

 さっきのクラゲの時の真面目な表情とは違って今は普通にはしゃいでいるひー姉、良かった。俺に気を使って楽しめないってことは無さそうだ。

「あ、あっちでカワウソと握手出来るみたいだ。行くか?ひー姉。」

「マジで!?行く行く!」

「あれ?さっきのカワウソたち、付いてきてないか?」

 カワウソのプールから握手出来るガラスケースは中で繋がっているらしく、先程見た赤と青のリボンをしたカワウソが俺たちの後からやってきた。

「この子たち可愛いなぁ〜握手しよ!握手!」

 ひー姉が手を出すと青いリボンをしたカワウソが手を伸ばしてくる。だがひー姉の手に届く直前、赤いリボンのカワウソが邪魔してきた。

「あれ?赤い子怒っちゃった?」

「心做しか青い子しょんぼりしてないか…?」

「うーん、もう1回!」

 ひー姉がもう一度手を伸ばすと、赤い子がタッチしに来てくれた。

「おおー、可愛い可愛い!良いねぇ、来てよかったよー!」

 ひー姉は大変満足そうに頷いていた。

 カワウソたちがプールに戻っていく時、青いリボンの子は何だか落ち込んでいるように見えた。カワウソも男女関係は大変らしい。

 次に向かったのは色々は種類の魚が大きな水槽で泳いでいるエリア。

「コブダイか、なんとも言えない顔してるな…。」

「えーそう?唇おっきくて可愛いと思うけどなー。」

 唇よりもコブダイに触れてあげてくれ、多分アイデンティティだから。

「見て、みーくん。色んな種類の魚がいっぱい!」

「そうだな、これはなかなか見応えがある…ん?あの隅っこにいるのはなんだ?」

「んーこれは、ヒラメだね。」

「カレイって書いてないか?」

「50パーセント外したかー!」

「魚相手に賭けをするんじゃない…この子、なんでこんなに隅っこに居るんだ?」

「カレイってそんなに泳ぎ回るイメージ無いし、隅っこが好きなんじゃない?」

「なんだか親近感湧いてきたな、カレイに。」

「せめてマグロとかの方が今のみーくんには縁起いいと思うんだけど?」

 失礼な、カレイにだっていい所はあるんだぞ。詳しくないからわかんないけど、きっとある。

『10分後にイルカショーが始まります。元気に泳ぐ彼らをぜひ見にいらしてください。』

 館内放送でイルカショーの宣伝が入った。

「イルカショーだってさ、どうする?」

「もちろん!行くに決まってるよ!」

 ひー姉に引っ張られながらイルカショーのあるエリアへ。

「みーくん、どうせなら前の方で見ようよ!」

「いや、でもイルカショーって結構濡れるイメージあるんだけど…着替えとかないし不味くないか?」

「む、それは確かに…でも、目の前で見たいしなぁ。」

「それでしたら、あちらでポンチョの貸し出しを行っておりますので是非ご利用ください。」

「そうなんですね、ありがとうございます。」

「おー!みーくん、ポンチョ借りよう。ポンチョ!」

 スタッフのお姉さんに案内されポンチョを借りる。無事最前列にも座れたのでイルカショーの開始を待つ。

「それでは、イルカたちのステージをご覧下さい!」

 飼育員さんの掛け声でイルカショーが始まった。

 ボールを空中でキャッチしたり投げたり、大きな輪っかをくぐったりとイルカたちはプールを縦横無尽に泳ぎ回っていた。

「イルカショー初めて見たけど、凄いなこれは…。」

「うん!凄い凄い!イルカってこんなに賢いんだね!」

「前の方に座っている方はご注意ください!イルカちゃんたちが跳ねた波が飛んでいきますよー!」

 イルカが目の前をジャンプし、着水すると結構大きな波が飛んでくる。

「うおー!これは凄いね!ポンチョが無ければずぶ濡れだー!」

「ああ!これは見応えあって楽しいな、ひー姉!」

 その後何度も水を被ったが、ポンチョのお陰で全然濡れずに済んだ。

 イルカショーも無事終わり、何だかひー姉はご機嫌だった。

「何だか嬉しそうだな、いいことでもあったのか?」

「うん!みーくん気づいてない?」

「え?俺、どこか変なところあるのか?」

 そうじゃない、ひー姉は首を振る。

「さっき、みーくん楽しいなって言ったんだよ?気づいてなかったんだろうけど。」

「俺が?楽しいって?」

 楽しいなんて数年間言った記憶も、思った記憶もない。

「初めてイルカショーを見た経験だったり、他のお客さんも楽しそうにしてたしそういう周りの環境も含めて初めての事だったから、脳が興奮状態を勘違いしたんじゃないか?」

 自分が楽しんだということをいまいち信じられない。

「みーくんは普段、感情が分からなくなる前に経験した気持ちを引っ張り出してその場に合わせて使い分けてる。その時生まれた感情では無いから自分の感情に自信が持てない。そうだよね?」

「うん、概ね合ってる。」

「みーくんは過去感じたものを失った訳じゃない。つまりは感じ方を忘れたわけじゃないんだよ。だから、きっかけがあれば元に戻れると思うんだ。そのきっかけが何になるかは分からないけどね?」

「感じ方を忘れたわけじゃない…。」

「うん、あたしは医者でも専門家でもないから、本当は全然違うかもしれない。それでもみーくんが元に戻るきっかけがあたしだと嬉しいなって、お姉ちゃんは思います!」

 確かになんの根拠も無ければ裏付けもない、ひー姉の願望とも言える話だ。だけど、一理あるなとは思えた。これもまた俺が医者でも専門家でもないからこそ飲み込める話なのかもしれない。

「ありがとうな、ひー姉。1歩目は踏み出せた気がする。」

「へへっ、よせやい!お姉ちゃん照れちゃうじゃないか!」

 その後も2人で水族館を順番に見て周り、あっという間に帰る時間に。

 行きと一緒で2駅で最寄り駅に着くので電車内の時間はそう長くは無いのだか…。

「すぅ…すぅ…。」

 ひー姉は席に座るなり船を漕ぎ始め、すぐに寝てしまった。

「おいおい、2駅だからすぐ着くのに…。」

 少しだけ寝かせてあげるか、と肩を貸して2駅。

「おーい、ひー姉降りるぞ。」

「んあ…ふぁい…。」

 ふらふらしてるひー姉を引っ張り何とか改札を出た。

「ひー姉、危ないから自分で立って歩こうな?」

「んー、眠い…抱っこ。」

「抱っこじゃありません。ほら、しっかりして。」

「みーくんの意地悪…。じゃあおんぶ。」

「えぇ…、今寝たら夜寝られなくなるぞ、いいのかー?」

「夜はみーくんと遊ぶからいいんだよ〜」

 俺も巻き添えかい。しかし本当に動かないな。

「しょうがない。ほら、背中に乗って。」

 今日1日俺に気を使ってくれてたみたいだし、そのお礼ならいいか。

「はーい。よいしょ…あー楽ちん。」

「立つぞー、いや軽っ。」

 人は眠いと力が抜けて重くなると言うが、ひー姉はかなり軽かった。もっと食べて寝て成長するといいな、ひー姉。いや、食べて寝てこれなのか。


 ひー姉をおんぶしながら家まで帰ってきた。家の前に着く頃にはひー姉は段々目を覚ましていたようで、玄関に着くと背中から飛んでおりた。

「まったく、起きてたなら途中からでも歩いてくれて良かったんだぞ?」

「いや、まあ、なんというか…居心地が良くて!」

「さいですか…。とりあえず晩御飯にしよう。何食べたい?」

「焼きそば!」

「了解。材料あったかな…。」

「朝見た時材料あったのは確認済み!」

 なるほど、だからすぐ焼きそばと言えたのか。

「作っとくから先お風呂入っちゃってくれ、米炊くのにも時間かかるしな。」

「はーい!覗いちゃダメだよ?」

「覗きません!」

 思春期の男子をあまり煽らないで欲しい。ドキドキするから。

 覗きイベントもなく、その後焼きそばを食べ、食後のコーヒを飲みながらのんびり動画サイトを見て、あとは寝るだけとなった。

 今日こそはひー姉と別々の場所で寝るぞと意気込み、部屋の扉を開ける。

「ひー姉、今日は俺が布団で寝るから、ひー姉はベッドで寝てくれないか。」

 まずはジャブ、普通に提案してみよう。

「うん、それじゃあ有難くベッド使わせてもらうねー。」

「え?お、おう。うん、おやすみひー姉。」

「おやすみ〜。ふぁ〜。」

 ひー姉は素直にベッドへ入り寝る体勢。良かった、抵抗されると思ってたので一安心だ。

 俺も布団で横になり目を閉じる。今日はいっぱい歩いて体が疲れていたのだろう、すぐに眠気が来て意識を手放した。

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