第6話襲来、姉とゴールデンウィーク
新学期もひと月ほどが経ち、ゴールデンウィークを明日に控えた今日のクラスはなんだか浮き足立っていた。
「なんだかみんな落ち着きがなかったな。」
放課後荷物をまとめながら呟くと、瀬戸が振り返って不思議そうな顔をする。
「そりゃあそうだろ?なんてったって明日からは待ちに待ったゴールデンウィークだ!この休みの間に何して遊ぶかで頭の中はいっぱいに決まってるさ!」
と、男子代表。
「そうそう、新しく出来た友達や恋人と過ごせる最初のゴールデンウィークなんだから。という訳で、瀬戸くん私と出かけない?」
と、いつの間にか近くに来ていた白井さん。白井さんは瀬戸にずっとアピールしているが、瀬戸は特に気にしていない様子である。
「悪いな、ゴールデンウィークは寿と水穏と遊ぶ予定なんだ!」
「さらっとあたしを巻き込んだわね⋯特に用事もないからいいけどね。」
瀬戸は俺たちを理由に白井さんの誘いを断る。
「ならみんなで遊びましょ!遊ぶなら人数が多い方が楽しいわ!」
白井さんは前向きな発言と、切り替えの良さ、そしてリーダーシップでクラスでの立ち位置を確立していた。
「ん?まあそれならいいかな。寿と水穏はどうだ?」
「あたしはさっき言った通り問題ないわよ。麗をほっとくと瀬戸くんに迷惑かけそうだし。」
白井さんが心外だという顔をし、俺の意見を聞くためかこちらを向く。
「俺は⋯⋯」
店の手伝いがない日なら、と言おうとした時。
「(バンッ)みーくんは居るかね!!」
教室の扉が凄い勢いで開かれ、小柄な女の子が入口で仁王立ちしていた。
「みーくん?」「ちっちゃーい!可愛いー!」「誰だ?」などクラスメイトが困惑している。
そんな中、能天気な声が1つ。
「あー!
満桜が入口の女子生徒に絡みに行った。
「お!満桜ちゃーん!久しぶり〜。みーくんを探しに来たんだけど、どこにいる?」
「お兄ちゃんなら後ろの方にいますよ、ほらあそこ!」
みんなの視線が俺に集まった。
「あー⋯ひー姉、久しぶり⋯。」
「久しぶり〜。じゃ、なーい!なんで教えてくれなかったのさ!?この間傘雫さんに聞いて初めて知ったよ!みーくんってば意地悪なんだから!!!」
言わなかったのはこうなるのが目に見えてたから、なんて言ったら怒るんだろうなぁ。
「分かったから⋯ごめん。俺が悪かった。言うタイミングを逃してただけなんだ。」
「ふーん?ふーん?ふーーーーーん?」
全く納得していない。
「お姉ちゃんは、!みーくんに!対価を!要求します!」
「た、対価?」
マズイ、何を要求されるか分からん。
「ひとまず、みーくんのゴールデンウィークを貰いましょう!」
対価デカくない?約1週間俺の時間無くなっちゃうの?
「ま、待ってくれ。店の手伝いもあるし、友達とも遊ぶ約束をしてた所なんだ。な?」
瀬戸たちに助けを求める。
「「「⋯⋯⋯。」」」
なぜ誰も返事をしない。
「みーくん。お友達は黙秘だそうだよ?」
どうやら皆は弁護士には向いてないようだ。
「いや、丁度誘われてた所だったんだって。瀬戸、なんとか言ってくれ⋯!」
「あー、えーと。先輩で⋯いいんですかね?俺たちのことは気にせず、水穏の事を頼みます!」
寿と白井さんは⋯⋯ダメだ、黙祷を捧げている。彼らの中で俺は既に犠牲になったあとか。
「みーくん。往生際が悪いよ?お姉ちゃんは諦めの悪い男の子は好きじゃないなー?」
「⋯⋯。分かった。ただ、店の手伝いの時だけは解放してくれ。」
「分かった!」
話の区切りが着いたとばかりに頷いている先輩。そこへ、瀬戸から至極真っ当な質問が放り投げられた。
「水穏、この人は⋯?」
「紹介が遅れた。この人は
「満桜ちゃんが先輩って言ってたからそうだとは思ってたんだか、本当に先輩だったのか⋯。その、なんだ。いや、なんでもない。」
瀬戸の言いたいこともわかる。ひー姉は身長がかなり低く、130前半だ。全体的に小さくまとまってるので、小学生とよく間違われる。実際小学校から上履きなどのサイズが変わっていない。
「背は小さいけど、陽女ちゃん先輩は空手やってたから強いよー!」
満桜が何故かドヤ顔で近づいてきた。
「とは言っても、体格がこんなんだから素人に不意打ちできるくらいだけどね!」
ひー姉も一緒にドヤり出した。
「瀬戸、寿、すまん。そういうわけだからゴールデンウィークは遊べないかもしれない。」
「いや、しゃーない。これは流石に優先事項の問題だ。俺の方は寿が居るから大丈夫だろう。」
「まかせてちょうだい。瀬戸くんのことは麗からちゃんと守るわ。」
「あたしをなんだと思ってるのよ⋯。」
白井さんの扱いは寿がよく分かっている。流石に付き合いの長さが出るな。
「よーし!それじゃ、みーくん、満桜ちゃん、あと透ちゃんも。帰ろっか!」
俺の隣で静かにしていた透も連行されて帰ることに。そこでゴールデンウィーク前最後の学校は解散となった。
今日は俺だけ店の手伝いの日だったので帰りに店に寄ることに。女子3人は席につき、俺は部屋に置いてあるエプロンを取ってきて働いていた。
「⋯⋯で⋯⋯⋯だから⋯⋯みーくんの⋯⋯」
他のお客様の接客をしながらなので何を話しているか分からないが、断片的に会話が聞こえてくる。
「みーくんの部屋⋯い⋯⋯なの?」
「ええ⋯⋯で⋯⋯私の⋯⋯⋯気持ちよく⋯⋯」
「お兄ちゃん⋯⋯そんなこと⋯⋯⋯⋯私も⋯⋯よく⋯⋯」
本当に何を話しているんだ⋯⋯⋯?
「水穏?どうかしたの〜?」
コーヒーを作りながら首を傾げていると母さんがニコニコしながら寄ってくる。
「大したことじゃないんだけど、なんだか満桜たちが俺の話をしてるみたいで気になっちゃってさ。」
「年頃の女の子だもの、そりゃあ男の子の話もするわよ〜?1番近くにいる異性って水穏だろうからね〜。」
そんなものなのだろうか。
「あ、そういえば母さん。ひー姉に俺が同じ学校にいることとクラス伝えたでしょ。」
「そうそう!ひーちゃんがね?みーくんが最近相手してくれないー!って嘆いてたから、教えちゃった〜。」
適度にチャットアプリで会話はしていたし、春休みには遊んだはずなんだけど⋯⋯。
「そんなに相手しなかった訳じゃないんだけどな⋯。」
「女の子はね〜気に入った男の子の事、気になって気になってしょうがないのよ〜?」
「ひー姉のあれは弟に対する構い方だと思うけどなぁ。」
「⋯⋯そうねぇ。人の数だけ、関係性ってあるものよ?それは水穏だけで決めていいものじゃないわ〜。」
正論パンチは痛いなぁ。
「…それはいいとして、母さんがひー姉に教えちゃったから、俺のゴールデンウィークが店の手伝い以外ひー姉に奪われそうなんだけど⋯。」
ひー姉と遊ぶのはもちろん問題ない。だが、満桜や透との時間が無くなるのは困る気がする。
「大丈夫、ひーちゃんはちゃーんと平等な女の子だから。」
「え?⋯⋯それはどういう意味?」
平等?何が平等なのだろうか。
「近いうちにわかると思うわ〜。」
注文が入ったので母さんはお客様の所へ。残された俺は手伝いが終わるまでずっと3人の会話が気になっていた。
閉店時間になり、他のお客様が帰られたあと、母さんの計らいでみんなで晩御飯を食べることになった。
「という訳で、ですねみーくん。」
「働いてる時に会話聞いてた訳じゃないんだから、どういう訳か説明して欲しいんだけど?」
「む?それもそうか。まず、みーくんのゴールデンウィークは私の手中にあります。」
「う、うん。まあそうだね?」
納得は出来ないのだが、話が進まないので飲み込む。
「今年のゴールデンウィークは7連休なので、私たち3人で2日間ずつみーくんを分けることにしました!そして最終日は全員で遊ぶよ!」
さっきまではその話をしていたのか。だがひー姉、大事なことを忘れているな?
「ひー姉、それは難しいよ。ここの手伝いがあるから、毎日は時間が作れないって学校でも言っただろ?」
「むむ。そういえばそうだった⋯⋯あれ?でも満桜ちゃんも透ちゃんもそれを知ってたよね?なんでさっき言わなかったの??」
確かに。満桜も透も店の手伝いがあるから最初からひー姉の提案は破綻していたはず……。
「それはね〜!お母さんがおっけーしたからよ〜?実は少し前に満桜と透ちゃんから相談されててね、今年のゴールデンウィークは他のバイトの子たちも入ってくれそうだったから水穏たちのシフトは外しておいたの〜。」
「…えっ?」
カウンターでご飯を食べていた母さんからのカミングアウト。
さっき言ってた近いうちにわかるってこのことか!
「あ、ちゃんとお小遣いはあげるから安心してね〜?」
「いや、そういう問題じゃ…。」
「お兄ちゃん、諦めた方がいいよ?」
「みお、諦めなさい。」
「みーくん。私の勝ちだね!」
こうして、俺のゴールデンウィークが無くなることが確定したのだった。
満桜はそのまま部屋に帰り、透とひー姉はアパートに。透は自室に帰っている。
「ひー姉、もう21時だけど帰らなくても大丈夫なの?」
そんな中、ひー姉は俺の部屋でのんびりしていた。
「うん。だいじょーぶ!お母さんにはみーくんの部屋に泊まるって言ってあるから!」
「それ、本当に大丈夫?年頃の娘を男の部屋に置いていくってことなんだけど…。」
ひー姉のお母さんはしっかりしているから帰ってくるように言われると思ったんだけど、あてが外れたようだ。
「みーくんなら大丈夫でしょってお母さんは言ってるよ?」
「えらく信頼されてるな…有難いことなんだけど。」
ひー姉と2人きりは春休み以来なので久々で、少し何を話したらいいか迷う。
「…ごめんね、みーくん。ゴールデンウィーク勝手に埋めちゃって。」
ひー姉の真面目なトーンにこちらも居住まいを正す。
「気にしてない。ひー姉は分かってるだろ?俺は悲しくなったり出来ないんだから。」
ひー姉は知っている。俺が感情を希薄にしか感じられないことを。
「だからこそ、だよ。私はそれを利用した形になってる。みーくんは悲しまないって分かってるから出来るんだ。そんなの、ずるいじゃない?」
「それでもやったって事は何かやりたいことがあるんだろ?だったら、俺はそれを尊重するよ。」
「みーくん……。うん、ありがとう。やっぱり優しい子だよみーくんは。感情が薄くたって、みーくんは昔からそう。ちゃんと人の事を考えて行動できる子。今はそれが見えづらくなってるだけだから。」
「ひー姉こそ、背は大きくないのに昔からずっと姉さんじゃないか。」
「小さいは余計だよ!……ねえ、みーくん。そろそろ、歩き出すつもりは無い?」
ひー姉は昔から俺の問題を解決しようと協力してくれている。きっと今回もそのために動いているのだろう。
思い浮かぶのは満桜、透、母さん、そして目の前に居るひー姉の顔。俺の事情を知っていて、今周りにいてくれる人のために。
8年前、俺を守ってくれた母の死をちゃんと受け入れるために。
「いいタイミング、なんだろうな。」
高校生になって、子供から大人へと向かっていく今だから。
「ひー姉、俺、歩いてみたい。みんなと同じように。」
「みーくん…!うん。あたしはお姉ちゃんだから。弟が転んでたら手を引いて起こしてあげる。」
ひー姉が差し出してくれた手は、とても暖かかった。
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