第4話 新学期とメイド服
新しい制服を着る。これだけを楽しめる機会は人生で2回の人が多いだろう。
かくいう俺もその2回目を少し楽しみしていた人間の一人だ。
「…よし、変なところはないかな。」
「ええ、かっこいいと思うわ。」
『家が隣なのだし、どうせならご飯は一緒に食べましょう。その方が食費も浮くわ。』そんな提案をされたのが数日前。俺と透はお互いが家にいる日であれば基本一緒に食卓を囲むようになっていた。一人で食べると味気ないな、なんて思っていたし今までは家族と食べることが当たり前だったのでこの提案はありがたいと思っている。
「ありがとう。ところで透は着替えないのか?」
家を出るまではまだ30分ほどあるが、透はいつものクラシカルなメイド服を着たままだった。
「できるだけこの服で居たいのよ。大丈夫、流石に制服を着て登校するわ。」
そんな心配はさすがにしていないが、学校と寝るとき以外は基本メイド服を着ているのでやろうと思えばそのまま登校することもできるのだろう。やらないよね?
「新学期一日目で入学式とHRだけだし、今日は早めに出たいんだけど…そんなに微妙そうな顔しないでくれよ。遅刻するよりはいいだろ。」
眉が若干八の字になっている。これは意にそぐわない時の反応だ。
「わかった。着替えてくるわね。…思ったのだけれど、どうせここから一緒に行くのだし、私の制服をここに置いていっちゃダメかしら。」
「いいけど…もうちょっと警戒とかしたらどうだ?男の家に自分の制服を置いていくって何されても知らないぞ。」
「ないわね。みおはそんなことできない。」
「…そうだな。とにかく早くきがえてこい。満桜もそろそろ来るってさ。」
やらないではなく、できない。正解だ。俺は透との関係を壊せないのだから。
「新学期~♪新学期~♪楽しい楽しみ新学期!」
俺と透が並んで歩いている目の前でご機嫌に歌を歌っている満桜。
「少し歩く速度を遅くしない?あの娘と知り合いだと思われるのは恥ずかしいわ。」
「妹がすみません…。」
確かに周りの視線が少し痛い。
「お兄ちゃん!透ちゃん!新学期なのに暗い顔してどうするの!?楽しもうよ~。」
「もう無関係を貫くのは無理じゃないかこれ。」
「…諦めるしかなさそうね。」
若干落ち込みながらも、家から徒歩30分ほどで高校に着いた。家から近いから選んだ高校だが、少しだけ偏差値が高め。進学校というわけでもないが、学力には力を入れているそうだ。
「さて、クラス分けを確認するか。まあ俺と満桜は別クラスだろうけど。」
兄妹は大体別クラスになるイメージがある。漫画では双子や兄弟が同じクラスにいる場合があるが現実はそう上手くいかないのだろう。今まで俺と満桜はずっと別のクラスだったし。
「んーーー。あった!3組に私の名前!…え!?あれ!?」
クラス分けを先に確認していた満桜のところまで行き、クラス分けを確認するとそこには俺と満桜の名前が並んでいた。みおとみおん、加えて苗字も同じなので番号は前後である。
「マジか…。こんな事ってあるんだな…。」
「お兄ちゃんやったね!同じクラスだよ!これで毎日お兄ちゃんに会える!」
兄妹で驚いていると左側から制服を引っ張られる。
「二人で驚いているところ悪いけれど、私も同じクラスよ。」
「え?…あ、ほんとだ。今年もよろしくな、透。」
透の苗字は獄街(ごくまち)なので俺たちより先に目に入るはずだが、満桜の反応のせいで意識から抜け落ちていた。
「…透ちゃん。今年からよろしくね。」
「ええ、よろしく。」
なんか一瞬だけ二人の雰囲気が変わった気がしたが見なかったことにしておこう。触らぬ神に祟りはない。
『新入生の皆さんはクラスを確認したら体育館に移動をお願いしまーす!体育館に入ったらそれぞれの担任の先生がクラスの番号をもって立ってくれていますので、そちらを目印にクラスごとに整列してくださーい!』
拡声器を持った生徒(おそらく先輩だろう)が体育館の入り口付近で新入生に呼びかけをしていた。
「だ、そうよ。行きましょう。」
余り人混みが好きではない透の号令で俺たちは体育館に入った。体育館ではそれぞれ先生が立て看板を持って立っている。一番左が1組だったのでその2つ右が3組の集団だ。
「じゃあ、透は少し前だな。また後で。」
出席番号順に男女別で並ぶようなので透とは式の間離れる。
「…ええ、また後で。」
満桜は俺の左前に並んでいる。ちらちらこっちを見るな。行儀よく並んでなさい。
俺の後ろに人が並んだ気配がしたので少しだけ振り向くと、俺の後ろに来た男子生徒が話しかけてきた。
「よう、初めまして。俺は
身長が高く、170後半くらいはあるだろうか。染めてはなさそうな茶髪に端正な顔立ち。100人に聞けば97人はイケメン、かっこいいというだろう。
「ああ、
「水穏か、よし覚えた。せっかく前後になった仲だ。仲良くしようぜ。」
「それはありがたいが、同じ中学から来た友達とかは大丈夫なのか?」
いきなり聞くようなことではなかったかなと思っていると、瀬戸は少し悲しそうな顔になった。
「それがさ、聞いてくれよ水穏。同じ中学だった友達が俺意外全員5組で固まっててな、俺だけ仲間外れなんだよ…。いやー早速話ができるやつがいてくれて助かったぜ。」
「俺としても同じ中学の男友達はこの学校に来ていないから話せるやつがいてくれて助かったよ。」
「そうかそうか、同じような境遇…ん?男友達「は」ってことは女友達は一緒なのか?」
「ああ、妹と、もう一人同じ中学の女子が同じクラスだよ。」
そういうと瀬戸は驚いた顔をして今朝の俺と同じことを言った。
「マジかよ。妹と同じクラスになることなんてるのか!?そんな漫画みたいなことって現実でも起こるんだな~。」
と、そこで周りも静かになりだして入学式が始まった。
入学式といえば新入生代表挨拶だとか、校長先生の話だとかで眠くなることこの上ないのだが、俺はこの辺は平気な方だった。後ろにいる瀬戸は若干舟を漕いでいたようでたまに頭突きをされ謝られた。
入学式が終わりクラスに移動。各々の席に着くとようやく他のクラスメイトの顔を認識した。そのまま担任の話が進み、自己紹介の流れになった。
「獄街透です。よろしくお願いします。」
透が挨拶をすると、というか、席を立った段階で一部の男子が「おお」と感嘆の声を上げていた。透は美人だし、新しいクラスで最初の時期は大体目立つ。この辺りは本人も自覚しているようで自己紹介は端的に済ませるようにしていた。
「椎名満桜です!好きなものは夜寝る前に食べるアイスです!よろしくお願いします!」
満桜の挨拶の時も一部の男子から感嘆の声が上がっていた。気持ちは分かるが素直すぎないか男子諸君。
「おいおい…うちのクラスの女子レベル高いな…。」
後ろで瀬戸が何やらつぶやいていたが、聞かなかったことにしておこう。次は俺の番だしそれどころではない。
満桜が座ったのを確認すると、俺は立ち上がり挨拶を始める。
「初めまして、椎名水穏です。先程自己紹介した満桜は妹です。兄妹共々よろしくお願いします。苗字が一緒なのでそれぞれ名前などで呼び分けてくれると助かります。」
そういって座ろうとすると周りから「えー!」「苗字一緒だと思ったらそういう事なのねー」「同い年ってことは双子なのかな」「俺…椎名兄なら新しい扉開けそう」など色々聞こえてきた。最後の奴はなんだ。
俺の次は先程仲良くなった瀬戸の番。瀬戸が立ち上がると女子から興味津々な声や視線が瀬戸に降りかかる。
「瀬戸翔です!えー先程挨拶した水穏とは兄弟…ではありませんが、体育館で仲良くなりました!」
ちょっとしたジョークで回りの雰囲気が明るくなる。なるほど、こういう事がうまいタイプか。
「中学の友達みんなとクラスが離れちゃったんでぜひ仲良くしてくれると嬉しい。そういうわけで、よろしくお願いします!以上!」
瀬戸のおかげかそのあとの自己紹介は明るい雰囲気で進み、無事終わった。先生が「さて」と一呼吸置く。
「あ、私自己紹介してない…?」
クラス全員が(あーやっと気づいたか)という空気になる。
「ご、ごめんね~。改めて自己紹介。私はこのクラスの担任になりました、
若い先生だと思っていたが担任は初めてなのか。自己紹介を忘れていたのもその緊張があってのことなのだろう。身長は低く150ないくらいだろうか。長い髪を後ろでまとめ上げ、ポニーテールを揺らしながら挨拶をするその姿は小動物のようだ。クラスメイトも可愛いだの持って帰りたいだの好きなように反応している。
「さて!皆さん。このクラスで一番最初にすることはですね…席替えです!」
「「「おおー」」」
クラスメイトから歓声が上がる。
「名前が近い人と仲良くなるのもいいでしょう。でも私はそういう決まりきった順番よりも、ランダム性が強いくじの方が方が運命だと思います!」
と言いながら四角い箱を教卓の下から取り出す先生。教室に入ってくるときはもっていなかった箱だ。え?わざわざ教卓の下に仕込んでいたのか?
「というわけで!くじを引く順番は出席番号順でいいかな?一番の人から引いて行ってね~」
そんなわけでわいわいがやがやとクラスメイトが順番にくじを引いていく。引いただけではどんな人が回りに来るのかわからないので皆そわそわしているようだ。俺は教室の一番後ろの窓側という隅の席を引いた。いわゆる当たり席だ。
「みんな引き終わったね?それでは移動してくださーい!」
各々席を立ち、それぞれ引いた席へと向かう。俺は自分の席に着くと周りを見渡す。教室を俯瞰で見たときに一番左下が俺。右に透、右前に瀬戸。目の前が男子生徒だった。ちなみに満桜は真ん中一番前、先生の目の前という大外れだった。周りは女子が多いので上手くやるだろうとは思うが。…こっちを睨まないでほしい。この席は当たりだから譲らないぞ。
そんなことを思っていると瀬戸が話しかけてくる。
「お、結局水穏の近くとはついてるな俺。改めて一年間よろしくな、水穏!」
「ああ、こちらこそ改めてよろしく。」
「そんでもって、獄街さん。俺は瀬戸翔、よろしくな!」
物静かな透には少し落ち着いて話しかける。瀬戸の気遣いを垣間見た俺は素直に感心した。相手の空気感に合わせて会話できる人間は多い方じゃない。空気を読むことが多いだろう大人ならまだしも、高校生でそれができる瀬戸は素直にすごいと思う。
「…ええ、よろしく。」
まあそれでも透は素っ気ないのだが。返事をしただけましだろう。透も相手の空気が読めるタイプなので、瀬戸が自分に気を使ったのを察して返事をした。なんでこんな高度なコミュニケーションをとっているんだこいつらは。
「あたしもいいかしら。
濃いな。濃い目の眉に凛々しい顔立ち。時代劇とかに出てきそうな渋い顔をしているが、喋り方が完全におねえだ。昨今の性別問題は根が深いと聞くし、深くは触れないでおこう。
「よろしく、寿くん。」「よろしく寿!」
俺と瀬戸がそれぞれ返事をする。透は…まだ警戒中かな、これは。
透は基本的に内弁慶なので慣れないとコミュニケーションは取りたがらない。うちのカフェを手伝ってるときは仕事モードに切り替えるのと、ほぼ常連さんで顔見知りが多いので何とかなっている。
ぱんっ。クラスメイトが近くの席の人たちとそれぞれ改めて自己紹介をしていると先生が拍手をした。
「ごめんね~話したいのは山々だと思うんだけど、そろそろ連絡事項と配るもの配っちゃうね~そうすれば後は放課後になるし、それぞれ話を弾ませても大丈夫だから!」
なんだかふわっとした先生だと思っていたが、締めるところはちゃんと締めるタイプらしい。みんなも静かに先生の話を聞き、数分でHRは終わり放課後になった。
さて、ここからどうするかなんだが…。と思っていると一人の女子が瀬戸のところにやってきた。
「瀬戸君、放課後時間あったら親睦会を兼ねてご飯食べに行かない?」
間違いなくイケメンな瀬戸に女子からの誘い。これは早くも瀬戸を取るための争いが始まっていそうだな。瀬戸はどうするのだろう。
「おっまじ?そうだなぁ…寿と水穏も一緒ならいいぜ!」
おいおいさり気なく巻き込まれたぞ。瀬戸からすれば善意なのだろうし、特に今日は用事もないのでかまわないが。寿はどうするんだろう?
「はぁ、あなたはほんとに手が早いわね…今回は瀬戸君なの?」
少し呆れた言い方で、話しかけてきた女子に声をかける寿くん。
「なによ~雄三、普通に仲良くしようとしてるだけでしょ。ほっといてよ~。」
どうやら彼女と寿くんは知り合いらしい。
「あたしと彼女…
「お、雄三にして物分かりいいじゃない。それで、椎名く…あ、妹さんもいるからややこしいのよね、水穏くんはどうする?」
こちらに話の矛先が向いた。さて、時間はあるが…。ちらっと透の様子を確認する。
好きにしなさい。と目が言っていたのでありがたく瀬戸たちに同行しようと思う。
「そうだな、俺も一緒に行くよ。白井さん、妹も誘っていいかな?」
「ん?もちろんいいよ~多い方が楽しいしね。」
主催である白井さんの許可も得たので満桜を呼ぶ。
「満桜ー。今から親睦会に行かないか?」
帰る準備をしていた満桜はこちらに振り向き小走りで寄ってきた。
「お兄ちゃんとおでかけ!?いくいく!」
「いや、俺とだけじゃなく瀬戸、白井さん、寿くんも一緒だから。」
満桜、落ち着いてくれ、周りがこの妹はブラコンなんだという視線でお前のことを見ているぞ。
「はいはーい。それじゃあ適当にファミレスでも行くよ~」
満桜のことを瀬戸争奪戦の敵じゃないと思ったのだろう、緩めの白井さんの号令で近場のファミレスに向かった俺たちは夕方まで話をし、各々家に帰った。
「ただいま~」
鍵がかかっていなかった自分の家に帰ると、ソファーにメイドが座っていた。
「遅かったわね。」
透には合鍵を渡してある。もともと侵入されても困るようなことはないし、透のことは信用しているので、一応母さんに確認を取ったところ二つ返事で許可が出た。とはいえなんだか透の機嫌があまりよろしくないのは困る。
「ごめん。思ったより盛り上がってな。」
「楽しかった?」
淡々とした質問。ただ不機嫌なだけの質問ではなく、この質問には意図がある。
「いや、楽しめてはいなかったと思う。」
「そう…。またダメだったのね。」
「いつものことだよ。途中からはほぼ観察になってた。
瀬戸たちのノリが合わなかったわけではない。そもそも今は合うノリなどないのだから。
「どうして…いえ、聞くべきではないわね。」
どうして、そのあとに続く言葉はこうだ。
「どうしてそうやって感情を探すのか。」
俺は自分の感情がわからない。その瞬間感じている感情が本物なのか、自分の中の記憶から用意されたインスタントの感情なのか分がからない。
「分かっているならそんな顔をしないで。私はあなたのそんな顔見たくないわ。」
透はそういいながら身を寄せて手をつないでくる。
「こうして隣で、心配して寄り添ってくれる人がいるだけで充分なんだと思うよ。」
「私は待っているのよ。こうして、あなたが自分の感情に気づくまで。」
待ってる。透はずっと待ってる。もう2年以上も。
「待たせてごめんな。でも、まだ駄目みたいだ。」
「いいわよ、いつまでも待つから。」
新学期初日の夜。俺はこうなってしまった原因を思い返すのだった。
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