第3話 ライバルとメイド服

「「ごちそうさまでした」」

「今日も美味しかったわ。ありがとう。」

「お粗末様です。」

 透と二人で晩御飯を食べ終え、食器を洗う為へ流し台へ向かう。

「そういえば満桜さんの告白はどうだったの?」

 初日に皿を割るところだった。あぶないあぶない。

「お手本のような躓き方ね。段差も何もないのに。」

「いきなりその話を蒸し返すから驚いたんだよ。」

「そういえば聞いていなかったと思って。それで?どうだったのかしら。」

「どうもこうも、告白されて断った。それ以上でも以下でもないよ。」

「その割には彼女は諦めていなさそうだけれど?」

「俺が言うことじゃないかもしれないが、告白に回数制限なんて無いからな。好きにしたらいいと思ってる。」

 我ながら冷めた言い方をしてしまったなと反省した。

「…そう。また告白されたらどうするの?また断るのかしら。それともタイミングによっては付き合う可能性もあるの?」

「いや、満桜はそもそも義理とはいえ妹だ。常識的にも家族をそういった目で見たことは今のところないよ。」

 春先で暖かくなったとはいえまだ水は冷たいなー。

「法律だとか、常識とかそんなつまらない話は聞いていないわ。私はあなたの意志を問うているの。」

 どうやら誤魔化しは許されないらしい。

「…可愛いし、男から見れば魅力的なスタイルもしている。性格も明るくて人当たりもいい。でも、彼女にしたいとは思っていない。今のところは。」

 食器を洗い終え、蛇口を閉める。あー、冷たかった。

「客観的な部分しか言わないのね。今はそれでいいわ。…洗い物が終わったなら、こっちへ来て。」

 座椅子でくつろいでいるメイドの隣へ座り、メイドは座った俺の膝を枕にした。決めつけるようであまりよろしくはないが、こういう場合メイド側が膝枕するものなのではと思う。でもこれが透とくつろぐ基本姿勢になってしまっていた。

「やっぱりここはいいわね。落ち着くわ。」

「それは何より。」

「撫でて。」

「は?」

「頭を撫でてほしいわ。」

 いつもは膝枕のまま30分ほど好きに過ごすのだが、今日は要求があった。

「いいけどなんで?」

 透の黒く滑らかな髪を撫でる。

「ん…今日、満桜さんが帰るときに撫でていたわ…。」

 目を細めながら返事をしてくる。

「そんなに珍しいことじゃないだろう。兄弟のスキンシップだし、透も見るのは初めてじゃない。」

「そうね。ただ、なんとなくだけれど。羨ましかった。」

「このくらいならいつでも。」

「そうね、とても気持ちいいわ。」

 そこからしばらくは無言の時間。透はぼーっとしながら撫でられ続けた。

 …………。

「ん?…透、スマホ鳴ってる。」

 20分ほど経っただろうか。透のスマホが震えていた。

「誰かしら…ああ。…もしもし?」

 ディスプレイは見ないように机に放られていたスマホを渡す。発信者を確認した後ちらっとこちらを見てから透は通話に出た。

「ええ、今は膝の上よ。……そんなに騒がないで頂戴。耳が痛いわ…ええ、ええ。どういうつもりも何もそのままのことよ。」

 誰と話しているのかと思ったが、多分満桜だろう。なんか大きな声が聞こえた。

「ええ、代わるわね。…満桜さんがあなたに代わってほしいそうよ。」

 やっぱり満桜か。この流れで代わるの嫌だな。

「もしもし満桜?どうした?」

『どうしたもこうしたもないよ!お兄ちゃんどういうこと!?獄街さんが膝の上にいるとか隣に住んでるって聞いてないよ!』

「そりゃ言ってないし…膝の上にいるのはあれだ。今日引っ越し手伝てもらったからその対価だ。」

 適当な言い訳をする。

『ん~~~!1億歩譲って膝枕はお礼としておくけども!隣に住んでるのはお兄ちゃん知ってたんだよね?どういうことか説明してもらいましょうか!?』

 譲りすぎだし騙されやすいな。その歩数で地球を約2週できるぞ妹よ。

「えっとな、そもそも家を先に決めたのは俺なんだ。透が宝くじ当てちゃったのは知ってるだろ?俺が部屋を決めた後に透が両親を説得して、隣に部屋を借りたんだ。引っ越すのは透のほうが先だったから色々順序が逆になってるんだよ。」

 説明してて思ったがあまりにも突拍子のない偶然で透は一人暮らしを始めている。本人曰くこういうのは運命と片づける方がロマンチックらしいが。

『じゃあ私も宝くじ当てて隣に住むー!!ずるいよ獄街さんだけ!』

「ここ角部屋だぞ、もう隣はない。」

『そういうことじゃない!お兄ちゃんのバカ!』

 分かってはいるが、こう返すしかなかったんだ。許せ妹よ。

「みお、代わってもらえる?」

「ああ…満桜、透に代わるな。」

 そう言って透にスマホを返す。まだ『逃げるなー!話は終わってないぞー!』何か言ってる気がするけど聞かなかったことにしよう。

「もしもし満桜さん?私も後で話があるから、私が部屋に帰ったらもう一度かけるわね。……そうね、あと1時間くらいかしら。……文句は受け付けないけれど、後で聞いてあげるから我慢して頂戴。…ええ、それじゃあまた後で。」

 なんだかまだ向こうから何か言ってるのが聞こえてきていたが透は通話を切った。

「じゃあ、あと一時間、ゆっくりしましょうか。」

「そろそろ足が痺れてきたから、体勢変えませんか?」

「じゃあ、こっちね。」

 座椅子からソファーに場所を変え、二人並んで座ると透は手を握ってきた。

「満桜さんが告白してきたのには理由がある。そうね、なにか中学を卒業すると同時に許可みたいなものが下りたのかしら。」

 会話が唐突に始まったように感じるが、透は会話保存型なので会話のセーブポイントからいきなり始める時がある。膝枕する前にセーブしてたところから再開したのだろう。

「母さんと約束してたみたいだ。中学を卒業したら俺にアタックしてもいいって。母さん的にはそこまで続くなら本物だって思ってるんじゃないかな。」

「なるほどね…それじゃあ私は、誰から許可が下りるのかしら。」

「そもそも、許可なんて必要ないだろ。自分の行動に許可を求めるのは相手に迷惑が掛かるか、何かしらのルールを破る場合がほとんどだ。透の行動で困る人間がいるのか?」

「そうね…少なくとも満桜さんからすると迷惑でしょうね。大好きなお兄ちゃんを取ろうとする人が増えるのだもの。」

「相手の感情を決めつけないほうがいい。ライバルが増えるのをよしとしない人間も確かにいる。逆に気にしない人間や、それでやる気を出す人だっているんだ。自分の考えなんて何も参考にならない。それくらい人の感情は分からないんだ。」

「ええ、だから人は会話をして相手を測る。そうやって許せる範囲と許せない範囲を決めたり、気づいていく。」

 答えのない問答。正解のない問題。多くの人間から見たら間違っているかもしれない意見。でも、

「一対一なら、その二人の答えが正解だと、俺は思う。」

「ええ、私は賛成よ。」

 こうして二人の答えを見つけていく。この時間が楽しいのだ。

 それから手をつないだまま会話を楽しんでいると

「そろそろ帰るわね。」

「分かった。…おやすみ。」

「ええ、お休みなさい。ご主人様。」

 透はロングスカートの裾を両手の人差し指と親指で少しだけつまみ上げてお辞儀をした。そのまま反対を向き玄関を出て隣の家の扉が閉まる音がした。

「まったく…たまにメイドっぽいことするよな。」



 ~透side~

 玄関の鍵を閉め、手洗いうがいをしてから自分の部屋に入る。さっきまで隣にあった温もりがないのが寂しいが、気にしないようにした。

「何をするつもりなのかしらね、私は。」

 誰から返事が返ってくるわけもなく、心の準備をした私は満桜さんに連絡をした。

 透:部屋に帰ってきたわ。かけてもいいかしら。

 満桜:おっけー。

 チャットアプリで返事を確認し、通話をかける。

「もしもし、ごめんなさいね。待ってもらっちゃって。」

『全然良く…はないな、お兄ちゃんと二人きりだったんだし。それで?話ってなーに?』

 素直な娘である。こういう娘がとっつきやすいというのだろう。

「そうね…なんて言ったらいいのかしら。宣戦布告?協定?ライバル宣言?…いえ、なんでもいいのよね。こういうのは。」

『ん?ええ?あー、そういう事?そうだね、確かに二人でそういう話はしてなかったね。』

 この妹も兄も、大事な部分はぼかさないところが似ている。全く…羨ましいわね。

「お義母様との約束の話は聞いたわ。あなた、みおを落とすつもりなんでしょう?」

『うん。今までは家族だから、妹だからでセーブしていた部分はもう気にしない。これからはお兄ちゃんに女として見てもらうんだ。獄街さん相手に負けられないしね。というか今おかあさまの言い方に含みがあった気がするんだけど!?』

「気のせいよ。それより分かっているのよね?義理とはいえ兄妹のあなたたちが男女の仲になろうとするのを止めようとする人が出てくるかもしれない。非難する人が出てくるかもしれない。それでもあなたは進むの?」

 ああ、違う。こんなことが言いたかったんじゃない。もっと正面からあなたと向き合いたいのに。こんな言い方しかできない自分にイラっとする。

『…そうだね、でもそれは周りの意見で、私とお兄ちゃんの意見じゃない。そんな常識がどうとか、法律がどうとか、そういう話じゃないんだよ。私の感情は私が決める。周りの意見で捻じ曲がる感情なら、この4年間でとっくに無くなってるはずだよ。でも私の中の恋情は消えていないんだ。この感情を恋だって決めたのは私、それを育てようって決めたのも私。その相手は誰がいいかって考えたら、やっぱりお兄ちゃんだったんだ。だから私はお兄ちゃんと恋人になりたいの。』

 この娘は強い。自分の感情にとっくに名前を付けて育てている。私の中にあるこれとは違う。でも。

「そういうあなたにだけは、彼を渡せないわ。やっと見つけた私が私でいられる場所だもの。過ごした年月も、今は気持ちの大きさも、種類も、あなたとは違うかもしれない。だから、満桜。勝負しましょう。もしかしたら私たち以外の誰かが勝つかもしれない勝負だけれど。ここからの高校3年間、彼を落とせるのはどっちか。」

 まったく彼の感情とか都合を勘定に入れていない、賭けにすらなっていない、それでもいいんだ。この相手にだけは筋を通すべきだから。

『……初めて名前で呼ばれた気がする。』

「そこ?まあ、真面目な話だし、二人で話している時だけよ。普段はお兄さんのことを「みお」って呼んでいるしややこしくなるんだもの。」

『お兄ちゃんの呼び方を変えればいいだけでは?』

 そこは突っ込まないでほしい。少し恥ずかしいのだから。

「こほん。それで?あなたとしてはこの提案はどうなの?」

『まったく異論なし。勝負だね透ちゃん♪』

 初めて名前で呼ばれた。なんの意趣返しなんだか。

「それじゃあ、新学期からよろしくね。とはいっても私は隣に住んでいるからいつでもすぐに彼に会えるのだけれど。」

『ん~~~~!こっちだって徒歩数分だからすぐ会えるし!というかどのみちバイトで会うしね!』

 この娘はいい子だ。話してて明るい気持ちになれる。これは稀有な才能だろう。大事にしてほしい。

「そうね、それじゃあそろそろお風呂に入るから切るわね。おやすみなさい。」

『はーい。おやすみー!』

 そうしてお風呂に入るころには晴れやかな気持ちになっていた。



 ~満桜side~

「はーい。おやすみー!」

 獄街さん…透ちゃんとの通話が終わったあと、2階のリビングに降りアイスを食べようとしたところにお母さんが来た。

「こんな時間にアイス?太っても知らないわよ~。」

「ん~~!どうせ胸に行くからいいんです~!」

 完全な強がりだ。胸が大きくなっているのは嘘ではないけど、おなか回りも気にしている。お兄ちゃんに太ったって思われたくないしね。

「…なんだかスッキリした顔してるわね~」

「え?そう?…そうかも。透ちゃんとね、約束したんだ。」

「あらあら~、名前で呼べるようになったのね~。」

「やっと同じステージに立てたんだもん。ここからが乙女の勝負なんだから!私頑張るね!」

「…ねえ、満桜。あなたたち兄妹の関係を揶揄してくる人や馬鹿にしてくる人が出てくるかもしれないわ。でもね、その時はお兄ちゃんを…水穏を信じて頼りなさい。もしもその時水穏に彼女ができていたとしても。あの子だけは決してあなたのことを裏切ったりしないわ。お母さんが保証してあげる。」

「お母さん…。」

 うん。頑張るね。私は負けないよ。勝負にも。周りにも。自分にも。

「まあ、全く気にされないパターンもあるからわからないんだけどね~♪」

 温度差で力が抜け雛段芸人みたいに転びそうになり、思わずアイスを落とすかと思った。

「うおわぁっとと…!危ない危ない。も~お母さん締まらないんだから~。」

「うふふ~ごめんね~」



 ~水穏side~

 透が帰った後お風呂に入り、自分の部屋で動画サイトを漁りながらゆっくりしているとなんだかくしゃみが止まらないタイミングがあった。

「なんだろう…暖かくなってきたからって、風呂上がりに半袖半パンはまだ早かったかな…」

 女性陣の決心や約束など露知らず、当人は暢気なものだった。

「新学期ももうすぐだし風邪ひかないようにしないとな」

 こうしてまた新学期は近づいてくる。

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