第2話 引っ越しとメイド服
「母さん。約束について話したい。」
家族と晩御飯を食べ終え、母さんと洗い物を済ませた後俺はそう切り出した。ちなみに妹様はソファーでのんびりアイスを食べている。
「約束って…ああ、あのことね。もちろんいいわよ~」
母さんの反応は軽かった。まあここまでは想定の範囲なので問題なし。
「お母さん?約束って…はっまさかお兄ちゃんも中学を卒業したら私に本気になるってこと!?」
「違う。」
「即答はないんじゃないでしょうかおにいちゃん。私の乙女ゲージが削れました。」
どうかそのまま削れきってくれまいか。
「水穏との約束はね~…あれ?満桜には言ってなかったの?}
「満桜に言うと準備が終わる前にあの手この手で邪魔されそうだったから言わなかった。」
「確かに満桜なら全力で邪魔しそうよね~。」
「え?何?本当に何の話をしてるの???」
困惑している妹はいったん置いて、母さんとの話を続ける。
「とにかく約束通り放課後には店は手伝うし、家賃も自分で払う。ただそれ以外のお金については本当に申し訳ないけどお願いします。」
母さんに頭を下げる。
「頭を上げなさい水穏。家族なんだから、そのくらいはさせて頂戴。私は本当のお母さんじゃないけれどあなたのことは大切な息子なんだから。息子に頭を下げられちゃお母さん困ってちゅーしちゃうかも♪」
途中まではいい話風だったのに最後で台無しだ。母さんなりに気を使ってくれたことは分かるので余計なことは言わないでおこう。
「ありがとう。それじゃあ今月末には荷物をまとめて4月になったら向こうに移すようにする。」
「分かったわ。近くとはいえ寂しくなるわね~。」
「あの~…そろそろよろしいでしょうか…?」
「どうしたの満桜?あっ、あなたとの約束もちゃんと覚えてるから大丈夫!水穏を落とすんでしょう?頑張って!」
「うん!頑張るねお母さん!じゃなくって!」
頑張るな頑張るな。白旗を上げてくれ頼むから。
「荷物をまとめるとか向こうに移すとか、家賃ってどういうこと?お兄ちゃんこの家から出て行っちゃうの…?」
「…うん。来月から近くのアパートで部屋を借りて一人暮らしをする。とはいってもここや学校までは徒歩圏内だから遠くに行くわけじゃない。今まで通りカフェも手伝う。ただ寝起きする場所が変わるだけだ。」
話が進むごとに満桜の顔が不機嫌になっていく。やっぱりこうなるか。
「なんで?どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」
「言ったらどうしてた?」
「全力で邪魔したし、この家から出ていかせないようにした。なんなら監禁も辞さない。」
恐いよ。監禁なんて言葉スラスラ出てここないで…。
「だから言わなかったんだよ。」
「お母さんもどうして教えてくれなかったの?私のこと応援してくれてるんじゃなかったの?」
「応援してるわよ~。でも水穏だって私の息子だもの。二人のこと応援してるし、二人このと大好きだからそれぞれの願いはできるだけ叶えてあげたいの。」
「む~~~~~~~~~。じゃあお兄ちゃん。合鍵を頂戴。」
「ええ…ちなみに渡したらどうなる?」
「毎日入りびたるし私が生活できるようにする。」
それは部屋を借りた意味がないのでは…?
「だめ。すぐ近くなんだから遊びに来たらちゃんと迎えるし、泊まりに来てもいいから。合鍵は渡さないよ。」
「けち、いじわる。お兄ちゃんのことだいき…好き…。」
嘘がつけないいい子に育って…お兄ちゃんは嬉しいです。
「噓がつけないいい子にそだって…お母さん嬉しいわ~。」
母さんとは血がつながっている気がしてくるな。
「う~…うるさいやい!なんだよ~お兄ちゃんもお母さんも二人してにこにこしちゃって…。」
「にこにこなんてしてません。とにかくそういうわけだから。来年からは一人暮らしするからよろしくな。ちゃんと年末とか長期休みにはこっちで暮らす期間も設けるから。それで許してくれ。」
「遊びに行ってもいいんだよね?」
「もちろん。」
「泊まってもいいんだよね?」
「毎日とかじゃなければいいよ。」
「満桜~、プラスに考えてみなさい?水穏の部屋で誰にも邪魔されず二人きりに慣れる機会が増えたんだから。むしろチャンスだとお母さんはそう思います!」
「確かに!お母さんいいこと言うね!」
「母さん…何を言ってるのさ…。」
「あら、さっき言ったじゃない?私は二人の味方で、二人の願いは叶えてあげたいの。水穏だけの味方になるわけにはいかないわ♪」
「もし俺が満桜と会いたくないって言ったらどうするのさ。」
ちょっとした意地悪で母さんに問う。
「ん-。大丈夫よ。」
「大丈夫とは?」
何も答えになってない。
「水穏は満桜に会いたくないなんて絶対に言わないし、嫌いにもならない。それはお母さんが一番よく知っているわ。」
まったくもってそのとおりである。
「母さんには敵わないな。」
「ええ、母は強いのよ。」
この日の夜は満桜がベッドに潜り込んできて大変な思いをしたが、それはまた別のお話。
「さて、これで最後かな…っと」
4月1日。俺は実家から新居に荷物を運んでいた。
とはいっても徒歩5分も離れていないので店の業務用台車を使い小さめの荷物を運んだだけなので楽なものだった。ベッドや机などの大きいものだけは引っ越し業者の人に頼んで前日に済ませてある。
「さて、何から片づけるか…。」
住む部屋はアパートの3階にあり、玄関を上がってすぐ右手にトイレ、お風呂、リビングと続いている。お風呂の向かいに洗濯機置き場があり、リビングにはキッチンがある。奥に洋室が一部屋。家賃は5万円程。大家さんが亡き父の知り合いで少しだけ安くしてくれてありがたかった。
「とりあえず、床に置くものとクローゼットにしまえるものから片づければいいんじゃないかしら。」
「……せめてインターホンを押すとかしないか?透」
いつの間にか隣にメイド服をきた透が立っていた。
「引っ越し作業中とはいえ、玄関を開けっぱなしにしておくのがいけないんじゃないかしら。」
空き巣の常習犯かお前は。
「あとで満桜も来るんだよ。手伝いに来てくれるって言ってた。そのときにいちいち鍵を開けるのも面倒だと思ってさ。もちろん普段は閉めるけど。」
「そう。とりあえず手伝うわ。何から片づける?」
「重いものは俺がやるから、とりあえずキッチン用日や食器類をしまってくれないか。」
そこから1時間ほど二人で片づけを行い、一人暮らしで物もたくさんないのでかなりすっきりした。
「後は俺の部屋の服とか机とか整理すればとりあえず形にはなるかな。」
ピンポーン
「あら、お客さんね。私が出てくるわ。」
「え?いや、来るとしたら満桜くらいで…おいまて透が出て行ったらややこしいk」
「え!?なんで獄街さんが出てくるの!?部屋間違えた??え?いやあってるはず…どういうこと!?」
「遅かったか…。」
引っ越しの片づけよりも面倒なことになった気がする。
「で、なんで獄街さんがお兄ちゃんの部屋にいるの?」
とりあえず俺の部屋の片づけは後にして、リビングでコーヒーを飲みながら話すことに。透と俺はブラック。満桜は砂糖とミルクたっぷりだ。
「なんでも何も、引っ越しの片づけを手伝っていたのよ。」
「それをどうしてって聞いてるの!!」
「満桜、落ち着け。俺が頼んだんだ」
ということにした。
「むう、そういうことなら…私にも言ってくれればもっと早く来たのに。」
「あら、私はその時間の1時間前には来るからイタチごっこになるわよ?」
「なんでそうなるの!?」
「みおと二人きりの時間が欲しいからよ。」
すました顔でそう言いコーヒーを飲む透。なぜ油に火をつけようとするのか。
「む~~~~~~。お兄ちゃん!この人どうにかして!」
無茶を言うな、妹よ。
「3人でやれば片付けも早く終わりそうね。大きなところは残りみおの部屋だけだけれど。」
「お兄ちゃんの部屋!?それは頑張らなきゃね!」
なぜ当人を差し置いてそんなにやる気なんだ…。
「いや、俺の部屋は俺がやるからいいよ、二人はここでコーヒー飲んでて。」
なんだか険悪な雰囲気だがその場にいると巻き込まれそうなため逃げるように部屋の片付けを進めるのだった。
数時間後、片付けもほとんど終わり…
「結局大したお手伝いできなかった…。」
落ち込む満桜。
「細かいところ手伝ってくれたじゃないか。それで十分だよ。ありがとうな。」
そう言って満桜の頭をなでる。
「えへへ…また手伝えることあったら何でも言ってね!」
「ああ、それじゃ今日から別々の家になっちゃうけど、母さんのことよろしくな。すぐ近くだし何かあれば帰るから。」
「うん!寂しいけど…お休み、お兄ちゃん。」
「ああ、おやすみ。」
満桜の頭から手を離すと物足りなさそうな顔をしたが、くるっと反対を向き家に帰っていった。
「妹との感動のお別れは済んだ?」
リビングにはメイドが居座っていた。
「今生の別れのような言い方をするな。高校も来週から始まるしすぐ会うことになるだろ。」
「ごめんなさい。意地悪言ったわ。」
「それで、透はいつ帰るつもりだ?」
「今夜は帰りたくない…って言ったらどうする?」
「メイドが言うってあんまり想像できないな。そういうのってわざと終電逃したり恋人がやるやつだろ。」
「それもそうね。そもそも私の場合すぐ隣だし。」
隣:一番近い両横の位置をさす言葉。
透は今、俺の部屋の隣に住んでいる。
宝くじで3億円当てたとかいうふざけた人生を送っている透だが、お金に執着があるわけではないため道楽で買った宝くじが偶然当たったのをいいことに、両親をお金で説得しわざわざ俺の隣の部屋で一人暮らしを始めた。
「隣人メイドは帰すに限る。」
「むしろメイドなら同じ場所に暮らす場合もあるんじゃないかしら。」
「何のために部屋を借りたんだよ透は…。」
「あなたの近くにいるためよ。」
ふざけた雰囲気は一切なかった。透はそういう嘘はつかない。ストレートにぶつけてくる。ただそれは、好きとか嫌いとかそういう不純物を混ぜた意味ではなく。言葉通りの意味。
「そうかい…。晩御飯は何食べる?」
「ええ、そうよ。久しぶりにあなたの作った炒飯が食べたいわ。」
「いいけど、ここIHだからガスコンロよりもうまく作れないと思うぞ。」
「いいわよ。あなたの作ったという部分が大事なのだから。炒飯は私が好きなだけ。」
「了解。調味料と卵と米はあるから…ちょっとウインナーとネギ買ってくる。」
「分かったわ。炊飯器のスイッチ入れておくわね。」
「ふふふ~ん♪ふんふふふ~ん♪」
お兄ちゃんに頭をなでてもらった私は上機嫌でおうちに帰ってきていた。
「ただいま~お母さん!聞いて聞いて!お兄ちゃんに頭なでてもらったの~」
「あら、ご機嫌ね~。」
そりゃあもうご機嫌である。今ならサンバでもリンボーでもフォークでもステテコでもなんでもダンスを踊れそうなほど有頂天なのだ。踊ったことないけど。
「お兄ちゃんのお部屋はどうだった?ちゃんと片付いてた?」
「うん。獄街さんも手伝いに来てて、私が帰るころには段ボールもすぐ使わないようなものが入ってるやつだけになってたよ。あとはそれをクローゼットとか、戸棚にしまうだけかな?」
「そう、透ちゃんも手伝ってくれてたのね~。でも、よかったの?」
「え?何が?」
お兄ちゃんに頭をなでてもらえたのだ。とてもよかったに決まっている。
「だって、満桜が帰ってきたってことは今はあの部屋で二人っきりってことでしょう?」
「……………あ」
やってしまった。
「どう゛じよ゛う゛!」
というかなんで獄街さんは帰る素振りを見せなかったのだろう。
「まさか、お兄ちゃんの部屋に泊まるつもりなの!?」
「あらあら、満桜は先を越されちゃうのかしらね~」
我が母ながら暢気なものである。
「こうしちゃいられない!お母さん。もう一回お兄ちゃんの部屋に行ってくる!」
「だ~め。もうすぐ晩御飯できるから。それに透ちゃんなら大丈夫よ。」
お兄ちゃんの無事が保証されていない気がする。
「どうしてそんなことが言えるの!?お兄ちゃんのことだから暗いところ一人で帰すのは心配で泊めるとかしそうなのに!」
「いつもお店のお手伝い終わったら家に送って行っているんだから、そんなことにはならないと思うけどな~。そもそも、透ちゃんは今水穏の隣の部屋に住んでるんだし、暗くなってもすぐ帰れるわよ。」
「…………へ?」
私はお母さんの言ったことで頭が真っ白になった。
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