隣人はメイド服

@Handakuon

第1話 義妹とメイド服の友

「私と付き合って下さい!」

 中学の卒業式が終わり、今朝下駄箱に入っていたラブレター?に書かれていた通り校舎裏に向かうと告白された。

「⋯⋯。」

 状況だけ見ると青春の1ページになりそうな場面。綺麗な亜麻色の髪を肩まで伸ばし、誰が見ても可愛いと言うであろう少し幼さが残る顔立ち。身長は150cm程でスタイルもいい。

 更に相手は顔見知り、同じ高校に行くことも知っている。ここで告白を受け入れれば高校生活が華やかになるだろう。

 なので俺は。

「お断りします。」

 最大級の作り笑顔で断った。

「なんで!?」

「なんでって⋯。」

「私のどこがダメだった!?顔も可愛い方だと思うし、スタイルもいい、胸も大きい方だ⋯よ?」

 自信家である。最後の一言は聞かなかったことにしておこう。

「いや、そこじゃなくて。」

「え?じゃあ、ダメな理由が見つからないよ?」

「あるだろ、顔とかスタイルとか以前に。もっと大事な前提が。」

 目の前の女の子と付き合えない理由は明確だった。

「私、お兄ちゃんのお嫁さんになりたいのに⋯。」

「⋯⋯⋯。」

 頭を抱えた。慣用句的な意味ではなく物理的に。

「いい?私、椎名満桜はお兄ちゃんを大好きなんです。愛していると言ってもいいの!」

 何も良くないが。

「そして、お兄ちゃんも私のことが好き!」

「家族としてな。」

「家族愛も立派な愛だよ?それに私たちは血が繋がってないんだし、些細なこと気にしなくていいんだよ。」

 椎名満桜(しいな みお)。義妹であり、家族。

「何一つ些細なことでは無いんだけど⋯とりあえず義母さんが待ってる。早く帰ろう。」

 話は終わりだとばかりに満桜に背を向け帰ろうとする。

「ねえ、お兄ちゃん。」

 いつになく真剣な声に振り返る。

「私は、諦めないよ。」

「⋯⋯そうか。無理しない程度に頑張れ。」

 最大限の譲歩。これが中学最後の思い出だった。



 時は遡り1時間ほど前。教室にて。

「行くの?満桜さんの所。」

 卒業式が終わり、最後のHRも終わり、俺ともう1人だけが教室に残っていた。

 彼女はラブレター?の存在を知っているので、暗に義妹に告白されに行くのか問いただされている。

「行くよ。家族に呼ばれて無視するのは気分が良くない。」

 あくまで家族として行くだけだ。その先は無い。

「じゃあ断りのセリフを考えてあげるわ。そうね⋯妹よりも濃厚な時間を過ごした女がいる。その人が忘れられないから君とは付き合えない。なんて言うのはどうかしら。」

 眉一つ動かさず何を言ってるんだこいつは。

「冗談でも満桜の前で言うなよ?実家に帰りづらくなるし、バイト先にも行きづらくなる。」

「あら、内容は否定しないのね。」

「否定も何もほぼ事実だからな。そこに優劣は存在しないが。」

「あなたのそういう所は好ましく思うわ。」

「⋯ありがとうと言うことが適切なタイミングなのか迷う。」

「言葉にすることは大事よ。私はあなたに対して正直に生きてるつもり。あなたにもそうあれとは言わないけれど⋯そうね、あなたからの褒め言葉や感謝の言葉は素直に嬉しいわ。」

「そうですか⋯。そろそろ満桜の所へ行ってくる。」

 この流れは良くないと長年の勘を頼りに逃げ⋯いや、約束の場所に遅れるのは悪いから早めに行くだけだ。断じて逃げでは無い。

「そう。行ってらっしゃい。また後でね。」

 そうして俺は中学最後のイベント?に繰り出したのだった。


 時は戻り、無事に(?)満桜の告白を断った後、満桜と並んで帰りながらバイト先へ向かう。バイトとは言っても義母が営んでいるカフェの手伝いである。中学の間は手伝いのお礼としてお小遣いを貰う。高校に入ったら正式にアルバイトとして給料を払うという約束になっている。

「獄街さんには何か言われた?」

「いや、特には。本当に告白されに行くのか聞かれたくらいだ。」

 獄街透(ごくまち とおる)。最後まで一緒に教室にいた女子の名前である。

「ふーん。そっか。」

「なにか気になることでも?」

「ほら、獄街さんの事だから邪魔とかしに来るかと思ったんだけど何も無かったから。」

 満桜の中で透の扱いはどうなっているんだ。

「透は人の恋路を邪魔するような女子では無いよ。」

「そうだね、お兄ちゃん以外の恋路は邪魔しないかもね。」

 意外と人をよく見てるじゃないか。実際透は俺が他の女子と会話したりしていると睨んでくる。相手の女子を。そのせいで透を介して俺に連絡が来たり、透の許可を貰った後に会話をしに来る人が増えた。

「それは知らん。本人にしか分からんだろうな。」

「そういうことにしておいてあげる⋯ねっ♪」

 満桜が腕に抱きついてくる。

「外でははしたないぞ。」

「家だったらいいの?」

 満桜は言外の部分を汲み取らない。いや、都合の悪いところだけ気付かないふりしてるなこれ。

「良くない。そもそも母さんに見られたら勘違いされる。」

「お母さんは私の味方だよ?」

「母上⋯⋯。」

 味方はどちらで買えますか。

「お母さんと約束してたの。中学を卒業してもお兄ちゃんのことが好きなら、私のこと応援してあげるって。それまでは家の外ではお兄ちゃんに対して恋人っぽいことするのはダメよって言われてたの。」

 満桜の母親と俺の父親が再婚したのは俺たちが小学5年生の時。どちらも交通事故で配偶者を亡くしていて、再婚する1年前に父さんが偶然立ち寄ったカフェが満桜の母親が営むカフェだった。2人はそこで意気投合し再婚する事になったという。細かい話は父さんから聞いていないのでよく知らない。親の惚れた腫れたを聞く事が恥ずかしい年頃だったのもある。

 その父さんは1年前に信号無視をした車に満桜が跳ねられそうになったところを身を呈して庇ったため亡くなった。今は母さんと満桜と俺の3人暮らしである。

「ちなみにその約束っていつ頃の話?」

「うーんとね⋯6年生の夏休みくらいだった気がする。」

「それ母さん覚えてるのか⋯?」

「さあ?覚えていてもいなくても、私としてはもう歯止めが無くなったからどっちでもいいもんっ♪。」

 もんっ♪て⋯来年度から高校生ですよ満桜さん?

「とりあえずもう家に着いたから腕を解放してくれ、さっきから肘が柔らかい物に挟まれて気が散る。」

「おやおやお兄ちゃん、会話をしながら妹の胸を楽しむなんて⋯えっち。」

「妹よ、母さんに顔向けできる発言をしような?」

「面と向かって言えます!」

 メンタルどうなっとんねん。

「はあ、とりあえず部屋に荷物置いて働くぞ。」

「はーい。お母さんただいまー」

 店の裏手にある家の玄関から入る。家は1階が母さんのカフェになっており、2階と3階が居住スペースになっている。

「あら、2人ともおかえりなさい。」

 店の方から母さんが顔を出す。

「ただいま、母さん。すぐ部屋に荷物置いてくるから待ってて。」

「はーい。透ちゃんはもう来てるから、急がなくても大丈夫よ〜私もさっき帰ってきたばかりだから。」

 今日は卒業式があったので母さんもカフェの開店時間をずらしてくれていた。

「むー。獄街さんも今日シフトだったのか...」

「いつになったら君たちは仲良く話すようになれるんだ?」

「お兄ちゃん次第かな。」

「なんだそれ。それじゃ、また後で。」

「はーい。私、シャワー浴びてから出るね〜緊張で変な汗かいちゃったから。」

 告白や外でくっつくなど慣れてないことをするから緊張したんだろうな。と考えながら3階にある自室へ着替えに入る。

「おかえりなさい、みお。」

 自室にはクラシカルなメイド服を着た透が座っていた。カフェで働いてるんじゃないんかい。

「傘雫さんに言って少しだけコーヒー飲んでただけよ。」

 傘雫(さんな)さんとは母さんの名前である。椎名傘雫(しいな さんな)がフルネーム。

「中学も卒業したし、そろそろその呼び方変えないか?今更だけど満桜と勘違いされるだろ。特に高校なんて新しい環境なら尚更。」

「嫌よ。私にとっての「みお」はあなただけだもの。それに満桜さんには敬称を付けているからあなたたちは勘違いしないでしょう?」

 椎名水穏(しいな みおん)が俺の名前。透は中学1年の頃に知り合ってからずっと俺の事をみおと呼んでいる。

「そんな食い気味に否定しなくても⋯。まあいいや、また誤解をとくところから始めればいいか。」

「人生諦めも肝心よ。」

 原因が言うことでは無い。

「⋯ところで、あの話は満桜さんにしたの?」

「今日する予定だ。」

「そう。何事もないといいわね。」

「怖いこと言わないでくれ。ちなみにそっちの親御さんはなんて?」

「肯定も否定もなしよ。いつも通りね。」

 透と親御さんは仲が悪いわけでもないが、いい訳でもない。お互いが家族に干渉し過ぎるのを好まない性格なだけで、普通に話すし、普通に喧嘩もする。

「そうか。とりあえず着替えて行くから先に行っててくれ。」

「分かった。待ってるわね。」

「待たなくていいから働いててくれ。」

 透が部屋から出たところで私服に着替え、カフェのエプロンを付けて1階に降りる。

「お待たせ、母さん」

「今日も透ちゃんのメイド服は可愛いわね、水穏。」

「それはそうなんだけど、仕事に集中しようね⋯?」

 透がメイド服なのは本人の趣味で、母さんも特に気にしていない。私服がメイド服という変わった趣味である。家事全般が得意で、肩甲骨の下あたりまで伸ばしている黒髪が更に魅力を後押ししていると思う。胸は控えめだが身長は少し高めで160cm。ちなみに料理は出来るがやらない。片付けが面倒らしい。

「お待たせ!お母さん!」

 満桜も私服に着替えてやってきた。今が15時頃でうちのカフェはこの時間あたりから閉店の20時までがお客さんがよく来店される。満桜と透が学校終わりに働いているので、2人を見に来るお客さんが一定数居るのが一つ。18時以降はお酒も出しているので仕事帰りに寄る社会人の常連さんも多い。

「それじゃ、みんな今日もよろしくね〜」

「「「はい」」」



 あっという間に閉店時間になり、店を閉めるのは夜のため透を家まで送っていく。これがいつもの流れだった。

 全ての片付けが終わり家に戻り晩御飯の時間。今日はいつもは働いたあとすぐ帰る透が残っていた。

「どうせなら、私がいた方が話が早いでしょう?」

 確かにこれから家族とする話は透がいた方がいいと思う。

「いや、大丈夫。ちゃんと俺から満桜に話すよ。心配ありがとうな。」

「そんな高尚な感情じゃないわ。ただの嫉妬と気まぐれよ。」

「透が言うと本気か分かりづらいな」

 透は表情が豊かなタイプでは無いので冗談と本気の区別がつきづらいとよく言われる。

「みおが理解してくれてるならいいのよ」

 俺は付き合いが長いのである程度は分かってしまう。いいことなのか悪いことなのかはよく分からない。今のは純粋な心配だろう。

「まあそういう訳で今日は家族会議があるから送っていけない。ごめんな。」

「気にしないでいいわ。4月になれば解決することだもの。それじゃあ、おやすみ」

「おやすみ。また。」

 玄関で透を見送ったあと2階にあるリビングで晩御飯を家族で食べる。さて、

「ここからどう満桜に説明するかな⋯。」

 晩御飯の前に胃がもたれそうになっていた。

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