輝けるステラ
けるべろん
本文
──何かを創ろうと思うのは、いつだってなにかに魅せられた時だ。
「またダメだったぁ~!」
高校3年生になった私──
小説投稿サイト「デルタプラス」で行われた作品コンテスト。その二次選考の発表日。選考突破者の名前が連ねられるページを血眼になって探すも、そこに私のペンネームはなかった。今回は今までで最高傑作……正直いいとこ行くと思ってたんだけど──。
「はぁ~……」
「まあまあ元気出せよ。あたしは面白かったと思うぜ」
「なっちゃ~ん……」
親友──
彼女とは小学校からの付き合いだ。私はこれまで2桁以上作品を書いてきたけど、最初に読んでもらうのはいつもこの子だった。昔から国語が得意だった菜月は物語を読み解くのも得意で、いつの頃からか編集さんっぽいことをやってもらっている。
「ヒロインの本性が明らかになるシーンの伏線回収気持ちよかったし、描写もいい意味で不穏で怖かった。ラストシーンも愛莉の得意な空気をうまく作れてたと思うし」
「そうかな、嬉しい」
「あーただこれは作品とは関係ないんだけど……」
菜月が一呼吸を飲む。
「最近書いてる作品は愛莉らしくないよな。前はずっと部活とか青春モノ書いてたのに」
「ラブコメは全世代にウケるからね!時代は求めているんだよ、甘ったるい恋愛を!」
「言い方~」
確かに普段と趣向は変えたが、これには理由がある。
小説コンテストにはカテゴリーエラーという概念が存在する。編集部が求めている方向性は初めから存在してて、受賞作はそれに沿う作品から選ばれる……という話。今回の賞は現代恋愛といいつつ、求められているのは主に勘違いラブコメ。受賞のためには内容もそれに寄せるのがセオリーなのだ。
「求められてるっていうならこれはそろそろ書いた方がいいんじゃねぇの?」
「痛いとこついてくるね……」
机に置かれた白紙を見て、幼馴染は呆れている。
季節は6月、梅雨の終わり。進学か就職か、既に進路を決めている時期になる。未だに進路希望を差し戻されているのはクラスで私一人だろう。
進学はするつもりだ。
成績は普通レベルには取ってるし、推薦は貰える。場所を選ばなければどこかには入れる算段はつけているつもりだけど──。
「進路書いたらさ~、なんか言い訳にしちゃいそうでさ~」
「言い訳ねぇ。そういうもん?」
「そういうもの~」
ジンクスというものがある。あるいはフラグ。
小さなころから物語が好きだった私は、今でも作り手になることを目指している。適当にでも進路を決めてしまうと、世界がそちらに向けて収束してしまう、そんな予感がした。だから進路を決めるのもギリギリまで待ちたい。
「それに今回はダメだったけど、本命はこっち──雷神大賞だからね!」
「あの愛莉が毎年出してたやつか。そういえばもうそんな時期」
「そうそう!今回こそは必ず結果出すよ!」
これまでいろいろなコンテストを受けてきたけど、目標はずっと変わらない。
雷神大賞。私が一番好きな作品、『輝けるステラ』がデビューしたコンテスト。
小学生の頃、初めてあの作品を読んだ時の感動は今でも忘れられない。応募を初めて六年目、去年は二次まで行ってるし、そこを超えれば最終選考……受賞にだって手が届く。
「愛莉は昔からそうだよなぁ。あたしも書いてはみたけど、人に見せんの恥ずくて結局投稿できずじまいだわ」
「え!?なっちゃん書いてるの!?」
「ちょっと前からだけどな。そりゃこんだけ愛莉を見てれば興味ぐらい湧くって」
十年来の親友がそんなことを考えていたなんて、正直全然気付かなかった。
でも考えてみれば……菜月は昔から小説を読むのが好きだった。だからこそ私のも読んでくれてるわけだし。なにより、私の中にこの子の書く物語を読んでみたいって気持ちがある。
ふむ……。
「……ねえなっちゃん。今年の雷神大賞、一緒に応募してみない?」
「無理無理恥ずかしいって……。それに初心者が出しても結果出ないだろ」
「最初の作品がデビュー作なんてよくあることだよ!ネットに上げなくても原稿直接送る方法もあるし」
菜月は迷っているようだった。その気持ちは私にもわかる。
今はもう慣れてしまったけど、初めてネット上に投稿した時は私もすごく緊張してたいた。けれどそういう時こそ背中を押してもらいたいのが人の心。私は身を乗り出す。
「ね、今年は一緒にやろうよ」
「うーんまあ愛莉がそこまで言うなら……」
「やった!」
「けど一つ条件がある」
「え?」
「今回私は事前に愛莉の作品は読まない。愛莉も私のは読まない。お互い選考が終わるまでは読まないって条件でやろう」
意外な条件。査読なしでの投稿は久しぶりだけど、それ自体はいい。それよりも気になるのは──。
「もしかして私の作品読むの嫌になっちゃった……?」
「違う違う!そういうんじゃないっ!」
「そっか……よかった」
てっきり毎回読むのが面倒に思われたのかと……。
「誰だって赤点のテストは見られたくないだろ?自信無いもんは隠したくなる」
「うーんそんなの気にしたことないけどなぁ」
「それは愛莉が──」
「?」
何か言おうとした菜月は、けれど笑ってそれを流す。
「いや、なんでもない」
「えぇ~気になるんだけど~」
「まあとにかく、投稿はしてみるよ。あんま自信はないけどさ」
「いやいや!なっちゃんはきっと才能あるよ!お互いがんばろっ!」
私達はお互いに激励しあって帰路に就いた。
◆◆◆
──二か月後。
「~~っ!二次突破!」
夏休みはとっくに始まっていた。サイトからの選考突破の知らせを聞き、私は喜びを解き放つようにベッドに飛び込んだ。
一次は絶対評価だから安心してみてられたけど、審査員に見られるようになる二次からはそうもいかない。突破できたのはしっかり審査員の求めるものを理解できてたからだろう。なにより、去年より成長していることが数字で実感できたのは純粋にうれしかった。
「ついに……ついにここまで来た」
次の最終選考。そこをクリアしてようやくこれまでの苦労が報われる。求めていたものに手が届く。
菜月には言ってなかったけど……。
ここで結果が出なければ、小説を書くのは辞めるつもりだった。なにせ努力は地獄だ。全然楽しくない。この苦しみから逃れたいと思ったのも一度や二度じゃなかった。
けれど反面、ここで魅せられなくちゃ自分のこれまでが無駄になってしまう。自分のこれからが無くなって、針の進みが止まってしまう予感がしていた。これまで頑張ってきたけどいい加減それも潮時だと思っていたから、結果が出るのは純粋にうれしい。
「っと、他の人はどんなの書いてるのかな」
投稿期間が終わった以上、作品を見ることに大きな意味はない。今回を最後と決めたのだからなおさら。
私は毎年、雷神大賞の2次選考突破作品はすべて読んでいる。その傾向が編集部が求めているものだろうし、来年以降のスタンダードになるかもしれない。もう応募するつもりが無いとしても、これまでやってきたことをやめる気にはなれなかった。
「さてさてランキングは~っと……あれ?」
選考突破作品を上から順に流し見していた時、その中のひとつが目に留まった。
「これって……」
──それから更に2週間が過ぎた頃。
最終選考に私の作品は残っていなかった。
◆◆◆
「あ、愛莉」
「どうかした?」
「あのさ……」
久しぶりに会った菜月は、どういうわけかばつが悪そうに視線を下に向けている。
まだまだ日差しの強い夏真っ盛り。近場の公園のベンチで私たちは待ち合わせていた。お互い結果が出たからということで久しぶりに会うことにしたのだ。
夏休み前から見て数週間振りの再会。にもかかわらず目を合わせない菜月。
彼女のそんな仕草を見て、2週間前に感じた予感が確信に変わる。
「受賞おめでとう、ナツキ先生」
「気づいてた……?」
「……わかるよそりゃ」
私は公園のベンチで足を揺らす。
悔しいはずなのに、なぜだかそんな気持ちが湧いてこない。単に「そっか」という感情が心の浅い部分を覆っている。その感情に「納得」という名前を与えた私は、久しぶりに会った親友に笑いかけていた
「あっ!読んだのはわざとじゃ無いよ!?不幸な偶然というかなんというか……」
「わかってるよそれぐらい」
菜月の顔がふっと綻ぶ。
お互いに読まないという約束を破るつもりはなかった。菜月には申し訳ないけど、まさか本当にあそこまで残っているとは思わなかったから……。本人もその辺りを追求するつもりはなさそうでひとまず安心する。
「ペンネームがそのままなんだもん。最初は偶然かと思ったけど、中身読んだらなっちゃんだってすぐ分かった」
だって──
「主人公の名前が『アイリ』なんだもん。いくら何でも私のこと好きすぎだよ~」
「うん……」
偶然にしては出来すぎた事象。それならば必然と考えるべきだろう。
とはいっても同じなのは名前だけ。彼女の物語の中の"アイリ"は現実と違って元気いっぱい、天真爛漫で他の人を照らす道標のようなキャラクターだった。突如飛ばされた異世界でもブレずに自分を貫くさまはまさしくヒーローと呼ぶにふさわしくて、そういう応援できるキャラクター作った菜月のことを本当に尊敬した。
「いや~でも親友として鼻が高いよ!まさか初応募で賞とっちゃうなんてね。しかも主人公のモデルが私なんて恐れ多いやらなんとやら。友人枠としてインタビューの内容考えとかなきゃだね!」
「そのことなんだけど、愛莉に言わなきゃいけないことがある」
「ん?」
これまで地面を見ていた菜月の目が私に向けられる。
「私は賞を辞退する」
「────は?」
まるで時が止まったみたいだった。
菜月の言っていることの意味が分からなくて、私の口から呆けた声が出る。言葉の意味は分かる。わからないのはその行動をとる意味だ。
「どうして?」
だから私は、その理由を尋ねることしかできなった。
「雷神大賞の応募作は10000以上。中にはほとんどプロみたいな人だっている。そういう人達と競って選ばれるのがどれだけ難しいことなのか……なっちゃんわかってるの!?」
「わかってるよ」
「じゃあ──」
「でもそういうのは関係ないんだ。もともと取れると思ってなかったし、あたしはこの道に進む気はなかったから……」
確かに菜月に投稿しようと言ったのは私だ。そして、本人は最初からあまり乗り気じゃなかった。実際本を作るとなれば普通の生活からは遠くなっていくだろうし、そういうのを嫌がる人がいるのは理解している。
「けど、それならなっちゃんはなんで書こうって思ったの……?」
でも菜月は私が誘う前から書いていた。私の姿を見て興味が出たとも。
「なあ愛莉。愛莉はさ、小説書いてて楽しいか?」
「そんなのッ!!そんなの楽しいに決まって──」
なんでかわかんないけど、そこで私は返答に詰まってしまった。
まるで心の奥に小骨が刺さったかのように、うまく気持ちが言葉にできない。
質問の答えは決まっている。物語を紡ぐのは楽しい。
アイデアを書き殴ったノートを開いて、菜月に相談して、もらった感想を額縁に飾り付けて、それで……。それで?
私が言葉を捜している間に、菜月は語り始める。
「あたしさ、小説書くのは楽しいことだと思ってたんだよ。自分の中にある物語を他人に知ってもらえるのって、きっとすげえ喜ばしいことなんだって。愛莉が必死にやってるのもそのためだって」
「でもさ、最近の愛莉は全然楽しそうじゃないんだよ。審査員がどうとか、書くのがつらいとか。前の愛莉はそんなこと言ってなかった。それを見てあたしは思ったんだ。何が愛莉を苦しめてるんだろうって」
「だから愛莉がやってるみたいにあたしも小説を書くことにした。自分で書いたことはなかったけど大丈夫。今まで愛莉の作品はいっぱい見てきたから、やり方は分かってたし」
「……やってみて分かったよ。愛莉が普段どんだけ頑張ってるのか」
「それじゃあさぁッ!!」
抑えきれなかった。
「それならなんで辞退なんてするの!?なんで!?それは私が……この賞に応募した全員が焦がれて、でも手に入らなかったものなんだよ!?」
「愛莉には悪いと思ってる。けどあたしは知りたかったんだ。小説書くってのがどうことなのか。愛莉がどういう想いでいつも向き合ってるのか」
菜月がまっすぐに私を見据えてくる。その瞳に射止められて、全身が強張る。
「最後に一つ聞かせてくれ。愛莉はさ、なんで小説書いてるんだ?」
◆◆◆
部屋に戻ってくる。公園で言われた菜月の言葉が蘇る。
『愛莉はなんで小説を書いてるんだ?』
なんでだったか。
最初から辛かったわけじゃない。初めは確かに楽しかったはずなんだ。
「私って、なんで小説書いてんだっけ。」
そんなことを考えながら机に向き合う。
目の前には向き合うことを避けていた進路希望調査があった。
「……書かなきゃ」
夏休みの終わりは近付いている。
学期初めにまだ書いてないとなったら先生に怒られてしまうから。いい加減進路は決めなければならない。これまではジンクスを気にしていたけれど、もう関係がなくなったわけだし。
「あ」
そうして席に着いた時、はみ出ていた進路希望調査の紙が袖に触れてしまう。そのまま落下した用紙は吸い込まれるようにベッドの下に入ってしまった。
「な、なんという……」
嫌な偶然。
気分が下がっていると普段なんとも無いことにも苛立ちを感じる。ため息をつきながらベッドの下を覗くと、そこには片づけ忘れた様々なものが散乱していた。内訳はペットの首輪から最近見ないと思っていた思ってたぬいぐるみまで様々。用紙はその最上段にのっかっていたけど……目についたのはその隣に置かれた──。
「輝けるステラ……」
横に置かれていた一冊のノベル。
少女が描かれた表紙にうっすらと埃が積もっている。長い間放置していたのだろう。湿気のせいか表紙は曲がっていて、何度も何度も読み直したからか中のページもところどころ折れ曲がっている。何かを感じて、私は少し掃ってからそのページをめくる。
主人公である少女が夢をかなえるため仲間を集めていく青春物語。
途中挫折を経験した主人公は一度は夢を諦めるけど、仲間たちに背中を押され再び夢を追いかけ始める。そんな青い春を想起させるような──。
「……やっぱりそうだよ」
そういう
人を感動させられる物語が好きだった。
人を笑わせる物語が好きだった。
人に寄り添える物語が好きだった。
物語の中のキャラクターはいつも輝いている。
そして彼らは現実の私たちに様々なことを……感動を伝えてくれる。その心地よさを教えてもらったから……だから私も人を感動させられるような物語を書きたいと思ったんだ。
「────」
席に着く。
机の上にはクシャクシャの進路希望調査がある。私はそれに近場の大学の名前を書いた後、静かにパソコンの電源を入れた。
◆◆◆
「それで?今回の自信のほどは?」
「いつも通り!自信作だよ!」
学校の近所にあるカフェテリアにて、私は親友と一緒にお茶をしていた。
今日は恒例の相談会……という体で菜月と歓談していた。本日選考結果が出るというわけで今日は二人でそれを見る予定なのだ。
「最近はどうなんだ?」
「そうだね~。高校の頃よりよっぽど時間あるよ。おかげでいっぱいインプット出来てる。なっちゃんは?」
「研究しんどすぎてマジ勘弁って感じ」
ただがむしゃらに書いていた高校時代に比べて、今のほうが圧倒的に打率が高くなった。だからこそこうして最終選考に残ることも出来ている。あ、最終選考といえば……。
「そういえば高校の時さ、なっちゃんも投稿したじゃん?」
「ああ、愛莉に言われてな」
「最初投稿するの嫌がってたでしょ?私と違うからって。あの時なにか言いかけてたけど、あれなんだったの?」
「よく覚えてるなそんな細かいこと……」
「えへへ。何気に気になってたんだよね」
菜月がこほん、と咳払いをする。
「あたしは自信ないから投稿するの怖かったけど……愛莉はいつも自信作って言ってるだろ?あたしは愛莉のそういうとこ見て投稿決めたんだよ。そうやって自分に自信持ってるとこがすごいなって」
「ちょ、恥ずかしい……」
「まあとにかく、あたしにはそうやって頑張る愛莉が輝いて見えたんだよ」
……もしかして菜月のあの小説って。
と、スマホに通知が届く。
小説投稿サイトから通知。つまりは選考の結果のはず。
結局好きなものはやめられない。理由は人それぞれだけど、私のそれははっきりしている。
──何かに魅せられたら、自分も創りたくなってしまうのだ。
輝けるステラ けるべろん @keruberon
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