第3話「襲撃#2」

 突然神無街に表れた圧倒的な暴力の気配。険しくなる千鶴の表情。ついていけず戸惑う朔。


「大分撒いてきたと思っていたけれど。さすが新星ノヴァの刺客というだけはあるか。」


 小声で何やら呟く千鶴に朔が声をかけようとした矢先、彼女がこちらに真剣な表情を向ける。


「貴方はここにいてください。何があってもここから出ないように。」

「‼︎…千鶴さんは大丈夫なんスか?」


 不安げな朔に千鶴は相変わらず淡々とした表情で語りかける。


「ご安心を。あの程度のものに負けるほど軟弱ではございません。」


 しかし、その声音は、表情とは裏腹に幾分か優しいものと感じられた。



 ______ ______ ______ ______ _____ ___


 千鶴が荒屋を出ると案の定、空き家の中を物色したり住民を脅しt__聞き込みをしている刺客の姿が彼女の瞳に映った。


「ハッ。やっぱりいるんじゃねェか。」

「まさか自分から出てくるなんて。よほど自信があるのかしら?それとも何か企んでいる?」


 刺客はこちらの様子に気づくと一方は満足気に、もう一方は訝しげに千鶴の姿を捉えた。


「神無街の住民の皆さん。ご迷惑をおかけしますが、死にたくなければ絶対に外へ出ないでください。」


 千鶴が小柄な体とは裏腹に大きな声で住民に警告する。


「正義の味方気取りか?まァいい。はなから一般人に手ェ出すつもりはねェからなァ。おい桃李とうり。援護しろ。」

「ふふっ。言われなくても。御霊ミタマ。」


 御霊が不敵に、桃李が怪しく笑う。

 千鶴が上着と同じく抱えていた刀に手をかける。

 周囲がしんと静まり返る。


 バンッ!


 瞬間、空気が爆ぜた。御霊が千鶴めがけて地を蹴り特攻を仕掛ける。

 己の背丈ほどある鉄鋏てつばさみの刃を両の手に収め、見た目に反して軽やかに、くるくると舞っている。

 ついで、数発の銃弾が千鶴の髪を掠めた。地面に食い込んだ銃弾は更に爆ぜ、根をはやし、葉を茂らせた。

 御霊は再び空中を舞う。桃李はそれを援護すべく、正確に生命の弾丸を打ち込み、足場を茂らせている。

 千鶴の表情に変化はない。それはまるでこの戦場の様子を冷静に見据えているようにも見える。何かを探すように思考しながら、千鶴は刺客の攻撃を危なげなく捌いている。


「オラァッ!どうしたァ?反撃しねェのかよ?つまんねェなァ‼︎」


 その様子に御霊は不満があるようだ。

 戦況は2対1。千鶴の方は腹部に傷を負うというハンデがついているにも関わらず、これらの戦況は均衡を崩さない。

 鉄鋏が千鶴に噛みつきかかるも、彼女は眉の一つも動かさずに跳ねて避ける。その残影に桃李の生命の雨が降り注ぐ。

 御霊が桃李の銃弾により生えた足場をつたい、千鶴に飛び掛かるも彼女の鉄バサミが捉えるのは千鶴の残影のみである。

 そうした状況がしばらく続くと、遂に御霊の命を賭けた遊戯ゲームを楽しみたい欲が爆発した。


「逃げてばっかりじゃねェでッ、少しは楽しませろよォッ‼︎」


 気性が荒く、短気な彼女はスピードをあげ、先ほどとは比べ物にならないほどの膂力で鉄鋏を振り回している。


「⁉︎ちょっと⁉︎狙いは鼠だけよ⁉︎そんな風に動いたら____」


 桃李の静止さえ振りきり、暴走の意を示す鉄鋏。周囲の建物は撫でられるだけでヒビが入り、中には今にも崩れそうなものもある。それに合わせて住民の悲鳴がそこらじゅうに溢れる。

 暴れ馬のような攻撃は確実に千鶴獲物を追い込んでいく。その様子を待っていたとでもいうかのように千鶴は滑らかに鉄鋏の間合いに入る。抜き放った刀身を水平に滑らせ、御霊刺客の首を捕える。

 刺客は突然の攻撃に体を仰け反らせ後方に飛び、対応するも、喉仏のあたりを薄く切り裂かれた。


先刻さっきのお返しです。」


 追撃。先ほどから腹の傷からこぼれ始めていた千鶴の血が自我を持ったかのように御霊の腹を貫いた。


「ッ⁉︎ガフッ」

「御霊‼︎」


 突然の反撃により喉と腹から鮮血を撒き散らかす相棒に驚きを隠せない桃李。


「その状態でもなお、戦い続けますか?」


 終始変わらぬ様子で千鶴が言い放つ。その声は凛と、周囲の空気を震わせた。


「早く処置した方が良いと思いますけど。」


 彼女は待っていた。刺客による襲撃のその瞬間から、彼女らの性質を観察し、自分が負傷した中で無理なく攻撃を与えられる好機チャンスを。その攻撃は確実に刺客の内臓を抉っていた。

 しかし、重傷を負わされた御霊は現状に愉しみを感じ、光悦とした表情である。


「キヒッ上等だァ。ちったァやるようじゃねェかァ。」

「御霊ッ‼︎」


 ギャリギャリギャリッ


 御霊は鋏を引きずり、煙幕を作りながらも更に素早く動く。

 刀を再び鞘に納め、抜刀の機会を伺う。

 鮮血が舞う。体を捻り、大きく円を描くように鉄鋏を操る。

 鉄鋏が刀の間合いに入りその刃がぶつかる次の瞬間_____________。


 パァンッ!


 巨大な生命が2人の接触点に根を生やし、脈打ちながら葉を繁らし、二者を弾いた。


「⁉︎」

「ぐッ⁉︎…何しやがるッ桃李ィッ!ゴホッ」


 戦いを邪魔されたのがよほど嫌だったのか、御霊は味方であるはずの桃李にさえ威嚇をするかのように低く唸っている。しかし、受け身を取り損なった身体は突然の衝撃に耐えられず、御霊は再び喀血した。

 一方の千鶴は衝撃の瞬間素早く刀を鞘に仕舞い込み、四肢を使い猫のように後方に着地しため、涼しげな表情をしている。


「そこまで。御霊、このままだと肺に血が入るわ。それに、ここでの私たちのの目的は創造つくる異能を持つ子供を探すことでしょ?その邪魔をした鼠は二の次。いくつかの情報も手に入ったんだから、一旦引きましょう。」

「‼︎」


 その一言で、これまで荒屋の影からこっそりと外の様子を伺っていた少年が息を呑んだことを誰も知らない。


「月酔華の鼠さん。この借りは必ず返すわ。」


 振り向きざまに睨みながらそう言い放ち、桃李は数発の弾丸を大地に放つ。

 生命による盾に隠れ、血を吐き続けて咳き込む己の相棒御霊を抱える。


 逃げゆく刺客の背中を眺めながら千鶴の金色の瞳が怪しく光る。


 追撃のつもりはない。先ほどの反撃で再び傷が開いたためである。

 長期戦になれば千鶴が不利になっただろう。たまたま避けられる前提で放った刀身が刺客の首をとらえたことが大きかった。


 荒屋に隠れた刺客の獲物は青い顔をして必死に声を抑えている。



 今、物語は大きな動きを見せ始めた。

 少年少女の出会いが吉と出るか凶と出るか、はたまた誰にも想像できないような大きな何かに繋がっていくのか___それは誰にもわからない。


〈序章-終-〉



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