第2話「襲撃」

 朔が少女の謎についてしばらく頭を捻っていると、それまで眠っていた少女が突然目を見開き、バッと飛び起きた。

 そんな風に起きたらまた傷が開くんじゃないかと思いつつも、朔は黙ってその様子を眺めていた。

 少女は自分の傷の様子を見てパチクリと目を瞬いている。


「ええっと、俺の家の前で君が血を流して倒れていたから、取り敢えず止血をしようと思って…。あ、あの血溜まりは一応一通りの処置を終えた後に水を流して薄めといたけど…。あッほらッあのォ、ご近所さんにも不信がられるかなァと思ッて…。あ、あはは(?)」


 嘘である。本当はもしもこの少女が何かヤバい組織と関わりがある場合、庇っておいて損はないと彼の直感が訴えていたからである。


 少女の黄金色の双眸は何を考えているのかわからない。その不思議で妖しい煌めきに朔は内心焦りつつも必死で引き攣った笑顔を作っている。


 朔から敵意はないと感じ取ったのか、少女が口を開いた。


「成る程。わざわざご丁寧にありがとうございます。ご迷惑をおかけしました。」

「いえ!とンでもなイッ(?)」


 慣れない丁寧語を使ったため、朔の声が裏返る。少女の声は見た目に反して低く、しっかりしていた。


「この包帯も貴方が?」

「あ、はい。一応綺麗な布を使ってるンで、大丈夫だと思うンスけど…」


 そこまで話して朔は重要な事実に気がついた。自然と少女の胸元から必死に目を逸らし、必死に思考を巡らせ、言い訳を紡ぎ出す。


「やッ、あのッ!見てないっス!いや、あのッ止血する時に、ちょっとだけ…アッ!いえ、違くてッそのっスねッ⁉︎」


 顔を真っ赤にしてあたふたと説明する朔の様子にキョトンとした目線を向けつつも少女の表情は相変わらず一ミリも動いていない。


「何の弁明をしているのかは図り兼ねますが、大丈夫ですよ(?)。命の恩人に感謝こそすれ、恨むような真似はいたしませぬのでご安心を。」

「エッ。ホントっすかァ…?いやァあの、うゥッでもォッ…。……ごめんなさい。」


 終始真っ赤な顔でしょんぼりする様子の朔に疑問をもった視線を送りつつも再び少女が口を開いた。


「自己紹介がまだでしたね。私の名前は飯塚千鶴いいづかちづる。改めまして、命を救っていただいたこと、このようにご丁寧な処置をしてくださったことに感謝申し上げます。」


 少女…千鶴は起こした上半身を朔の方へ向けて頭を下げた。

 その余裕を持った丁寧な所作に朔が感服していると、千鶴は上半身をもとに戻し、


「このご恩は必ずお返しいたしますので。では。」


 と短く言い放ち、淡々と帰り支度を始めた。


「エッ⁉︎大丈夫っスか?傷…。」


 心配そうな表情と声音の朔に千鶴は一礼して血塗れの上着を脇に抱え、荒屋を出ようとして、そいえば、と、何かを思い出したかのように振り向いた。


「貴方にいくつか質問したいことが_____________________」



 ズドォンッ!!


 突然走った大きな音は千鶴の言葉を遮り、押し寄せるとてつもない圧を含んだ振動が周囲を揺らした。


「おう!おう!近頃新星うちを嗅ぎ回っていた鼠は此処かァ!?おいッ出てこいッ月酔華げっすいかの女ァ!てめェの面は知れてンだよォッ!」

「もうッそんなに怒鳴らないでよ。住人の皆さんが驚いちゃうでしょ。それにそんな乱暴な喋り方だと彼の人の顔に泥を塗っているようなものよ?」


 でかい声でがなる女と優しく上品な声音で話す女の声。険しくなる千鶴の表情。

 どうやら朔は何やら危険なことに巻き込まれているらしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る