第1話「出会い」

 目を覚ますと変わらない天井。畳の心地よい匂いが鼻をつく。部屋を出れば大切な仲間たち。思わず頬が緩む。しかし、時々我にかえる。私はこのまま、この平穏を過ごして良いのだろうか。他にしなければならないことがあるのではないだろうか。

 私は、私を育ててくれた師匠を、

 その焦りと罪悪感が私を突き動かしている。私の心を蝕み、呪っている。延々と竹刀を振り続けさせている。古傷の痛みを、自分の無力感を思い出しながら。

 今でも思い出す。あの日を。私はあの時、あの人が死ぬ瞬間何を思ったのか。何を感じていたのか。もしかしたら、あの炎の中には、身を刺すような恐怖と、怒りと、静かな悲しみの他に“悦び”が隠れてはいなかったのか。


 ……………私は、“誰”だ?



______________________________________


 此処は倭大国の陰、神無街かんながい。その一角である路地裏には独りの少年が住んでいた。


 少年が目を覚ますと相変わらず、雨漏りがひどい低い天井が視界を覆う。湿気が多くじめついた空気に包まれながら体を起こす。

 少年は物心つく前からここ、神無街にいた。親の顔は知らない。自分が誰なのかわからない。わからない中でもなぜか知っていること。覚えていること。それが彼の名前、「さく」。やけに発音が良いこの名前をどこで覚えたのか。自分はなぜ此処にいるのか。

 まあ、彼がそんなことを知ったとして、この劣悪な環境から這い上がれるわけでもないのだが。

 そのような考えても仕方がないことを深く考え始めると、彼の結論は必ず一つに収まる。


 まあいいや。生きてるだけで奇跡的で知性的で偉い!うん!


 …少年、朔はポジティブ単純である。


 これから仕事か……あの仕事、めちゃくちゃ重労働させる割には賃金少ないんだよな…やっと雇えてもらった働き口だから文句は言えないけど…


 心の中で少し毒吐きながら、朔は荒屋である自らの住処から這い出た。外の眩しい光に少しの間目をしばたかせながら、瞼を開いた。瞬間、彼はその双眸を大きく見開くことになる。


 なんてことのない、寂れた住宅街である。そこに、1人の小柄な少女がうつ伏せに倒れていた。

 ………血塗れで。

 全身を黒い外套に包み、地面を赫く染めている。腰には刀を1振携えていた。


 死んでいるのか…?


初めて見る人族の血に朔は少し吐き気を覚えつつも少女の死体(?)に近づく。


 胸が浅く上下に動いている。どうやら、まだ生きてはいるようだ。

朔は取り敢えず安心し、胸を撫で下ろした。

 しかし、これからどうするか。少女を自らの住処であるあのボロい荒屋に連れて看病しても構わないが、彼はこのままだと確実に仕事に遅れる。


 神無街の住民だはなかなか仕事に雇ってもらえない。そのため、数少ない職を自ら辞めるということは余程の理由がない限り絶対にしないことが普通である。


 再び死にかけの少女に目をやる。少女から流れ出た生命の証が血溜まりを作っている。徐々に小さくなっていく彼女の呼吸を見ていると朔はいてもたってもいられなくなった。


 取り敢えず、彼女の体を抱えて荒屋の中に運び、横たわらせ、上着を脱がせ、中に来ていたトレーナーのような倭服(?)を傷がよく見えるように捲り上げ、なるべく胸部を見ないようにして怪我の状態を診る。


 大量出血の原因は腹から鳩尾をかけて貫通した2、3発の銃弾によるものらしい。


 銃弾の軌道は奇跡的に内臓をズレているようだった。

 そのため、朔は飲み水で手を洗った後、いつも置いている酒(数年前まで隣に住んでいたお爺さんに無理やり渡されたもの)を少女の傷にかけながら、溢れ出る血をできる限り綺麗な布に吸わせ、包帯を巻いた。


 おおかた処置が終わると、少女の体に、朔が毛布として使っている布をかけ、飲み水に浸して絞った綺麗な手ぬぐいを彼女の額に乗せた。(これも数年前まで隣に住んでいたお爺さんに教わったものである。)


 一息つきながら、彼女の傍に座りこむ。きちんと止血をした為か、少女の呼吸は安定しはじめていた。


 __よかッた。あの爺さんに感謝だ。あの人は確か、良い働き口に雇ってもらえたとか言っていたな。住み込みで。元気にしてるかな……。…………羨ましいなァ。


 少し、これからの自分の生活について憂鬱を覚えながらも朔は改めて少女を見て、冷静に考える。

 すると、幾つかの疑問が朔の思考を覆った。

 そもそも、神無街の住民は喧嘩こそすれ、殺したり、重傷を負わせたりはしない。基本的に。大体の住民は国営警備隊が怖いためである。そうなると、この少女はどうも奇妙に思えてくる。

 出血の中心は殴り合いなどで生じる頭部ではなく、腹部である。しかも、銃弾が彼女の腹を食い破っていた。

 では一体、この少女は何者なのか。もしかすると、何かヤバい組織の一員なのではないか。

 そういえば近頃、この辺りでも異能を使う人攫いが現れるという噂が流れ始めている。この少女もそれに関わっているのではないか…。

 冷や汗が、朔の背筋をつうと垂れる。



少年、朔は勘が鋭い。


しばらく頭を捻っていると少女がいきなり、バチっと目を見開いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る