灯里ちゃんを、救う人



「そういえば灯里……嘉瀬さんがいたよ」

と、山本さんが自分の合格の報告の後に告げた。

「へぇ?」

「懐かしいよね。あの頃は仲本、坂本と4人でよく行動してたもんなぁ。久世は……あんまり絡みなかったんだっけ?」

「そうだな」

「きっと仲本も坂本も悔しがるだろうなぁ。なんで同じ高校受験しなかったんだって。ふふ、やった。灯里のこと、私が独り占めだ」

と、嬉しそうな山本さんは俺への報告もそこそこに、二人に自慢するためにスマホをいじり始めた。

俺と山本さんは受験結果の張り出しを見に受験した高校まで来たのだけどそこで彼女は偶然嘉瀬さんを見掛けたらしい。

「同じクラスになれたらいいね、山本さん」

「ホントだよ。見かけたとき、ホントビックリしたよ。小学の時も可愛かったけど、益々可愛くなっていたなぁ」

「へぇ」

なら益々俺が絡むことはなさそうだ。

「じゃあ、俺そろそろ帰るわ」

「うん。まあ、久世もあんま気を落とすなよ。次頑張ればいいさ」

そう言って山本さんはスマホを見たまま空いた手をヒラヒラ振った。

「ん?なんで?」

「え、だってまだ受かってないんでしょ?」

「いや、名前あったよ」

「は?」




「代表、嘉瀬 灯里」

「はい」

名前を呼ばれると、颯爽と壇上に上がっていった。

その姿を見て、周囲から息を飲む声が聞こえてきた。……ああ、俺は今人が恋に落ちる瞬間に立ち会ってるのか。

当人にとっては大事件なんだろうなと思いつつ、その相手が知り合いかと思うと妙に現実味を覚えて……なんだか妙に気分が冷めた。

高校でも嘉瀬さんが人気者になるのは間違いなさそうだ。


随分距離ができたものだなと、つくづく思う。ま、そのうちそうなるだろうと割と早いうちから分かってたけどね。



「やったー、灯里!同じクラスだ!」

「おお、山本さん、同じクラスだ!よかったー、これから一年よろしくね!」

「こちらこそ!」

山本さんと嘉瀬さんは無事同じクラスになれた。お互い既知の仲なので安堵しているようだった。二人とも嬉しそうだ。

「あ。あと覚えてるかな?同じクラスだった久世もこの学校で、同じクラスなんだ」

といって、山本さんは俺の方を指差す。そう、俺もおんなじクラスになった。

「……久世、くん?」

そう呟いて山本さんの指差す俺の方を振り返ると、すとんと表情が抜け落ちていた。

そしてゆっくりとした動作で席に座っている俺に向かってきた。

俺の机に静かに手を置くと、彼女は挨拶をした。

「久しぶりだね、久世君?覚えてるかな?昔同じ小学校にいた嘉瀬だよ?」

「いやぁ、久しぶりだね嘉瀬さん。もちろん覚えてるよ。嘉瀬さんこそ、よく俺の事を覚えていたね?」

「そうだね。ほとんどクラスで話したことなかったもんね。でも覚えてるよ、ク・ゼ・ク・ン?」

「そっか、嬉しいな。でもなんか怒ってない?嘉瀬さん?」

「まさか。5年ぶりなんだよ?それにクラスで殆ど話したことないじゃない?怒ってるわけ、ないじゃない?」

「それもそうだね」

という俺の言葉にイラっとしたのか、少し片眉が上がった。

「ま。昔の事はいざ知らず。これから、仲良くしようね、久世君?」

「そうだね、話す機会があればよろしくね、嘉瀬さん」

机の上の手を一瞬ギュっと握りしめると、そうして嘉瀬さんは自分の席に戻ってまた山本さん達と仲良く談笑をし始めた。

仲良く、ねぇ?そう言ったけど、お前、住む世界違うじゃん?

到底できるとは思えないなぁ。それはともかく。この嘉瀬さんとの会話は少しだけ俺の学校生活に影響を及ぼした。

「な、なぁ。お前、嘉瀬さんと知り合いなのかよ?」

「……昔クラスメイトだった事があるんだよ」

嘉瀬さんに興味のある一部の男子と仲良くなるのに一役買うことになった。



「なあ、久世よ?」

「なんよ、塚本?」

休み時間にクラスの男子から話しかけられた。

「お前、嘉瀬さんと昔クラスメイトだったって言ってたじゃんか?」

「一応な?ほとんどクラスで話した事ないけど」

「いや、それ嘘だろ?」

「同じ学校の山本さんは嘉瀬さんと仲良くしてるじゃんか。俺もホントに同じクラスだったんだよ」

「別に山本さんまで疑ってねーよ?でもお前はさ……」

「久世くーん」

振り返ると嘉瀬さんが立っていた。

「何?」

「明後日提出の歴史のレポートなんだけど。ちょっと迷っているところがあって。

出来てるところまででいいから、よかったら少し見せて貰ってもいいかな?」

「あ、ごめん。俺もう提出してる。それより塚本」

「え、俺?」

「こいつ、歴史得意だからきっと参考になると思う。塚本、いいよな?」

「え、もちろんいいけど。見る、嘉瀬さん?」

「あ、うん。ありがとう。それじゃ見させてもらうね?」

そんな二人を隣の席から見届けて、次の授業が始まる前にトイレに向かった。


「久世くん、一緒にご飯食べない?」

「いや、ごめん。もう食べた」

俺の机の上にはクシャっと潰れたウィダ・イン・ゼリー。

「え!?はえーな、おぃ!?」

「いや、ほんとゴメンなー?」

そう言って俺は手をヒラヒラと振る。

「ほら、食べちゃってたなら、しょうがないじゃない?予定通り、皆で食べよ?」

と、山本さんが言った。他の連中もうんうんと頷いている。

「お弁当、自慢したかったのにな……」

と、嘉瀬さんはまだ名残惜しそうにしていた。

「ふーん、……お弁当って手作り?それとも、お母さんとか?」

「お母さんが作ってくれたんだ」

「そっか。……それは美味そうだな?」

その俺の返事に周りは不快そうにしてたけど、当の本人は

「うん!」

と、元気に満面の笑みを浮かべた。

「じゃ、俺寝るからランチ楽しんできて」

「えー……」



トイレから教室に戻る途中で、廊下で談笑している嘉瀬さんを見かけた。

こちらに気がつくと、声を掛けてきた。

「ね、ね、久世君。聞いた?次のゆりっちの授業、小テストあるんだって。どう?予習してきた?教えてあげようか?」

「ああ、今回予習してきたから大丈夫」

「なんだと!?あー……じゃあ、私が逆に聞いてもいい?」

「自信あったんじゃないのか?あー、英語なら後澤さんに聞いた方がいいぞ?」

「あー、もういいよ」

そんな会話をしていたら、他のクラスメイトが嘉瀬さんに話しかけてきた。

「あ、嘉瀬さん!次、小テストなんだって!ごめん、結構ピンチなんで教えてくれない?」

「あー、うん。分かった。私で良ければ」

と、まだ名残惜しそうにコチラに目線を送っていたけど、クラスメイトに背中を押されて先に教室に戻って行った。



「なあ、久世よ?」

「なんよ、塚本?」

休み時間にクラスの男子から話しかけられた。

「お前、絶対ただのクラスメイトじゃないだろ!」

「同じ教室にいたんだから、クラスメイトでいいだろ?ほぼ話した事ないけど」

「その割にめっちゃくちゃ話しかけてくるじゃんか?」

「久しぶりに会ったから気にかけてくれたんだろ?ま、元々仲の良かった山本さんは同じグループで、そうでもなかった俺は最近話しかけられなくなったけどな」

一学期も終わろうとしてる昨今、ようやくクラスの中で互いがどんな人間か分かってきて付き合う人間の整理がついてきたのだ。

幸い、隣りの席の塚本のお眼鏡に俺は適ったらしく、今でもよく話しかけてくれる。

山本さんは、嘉瀬さんと同じグループに。そして、嘉瀬さんと同じグループには頭がキレたり、社交性が高かったり、運動神経が高い人間が集まっていた。

まあ、予想通りなんだけど。優れた人間の回りには優れた人間が集まるもんだ。

で、これも案の定予想通りなんだが嘉瀬さんのグループの人に釘を刺された。

たまたま声を掛けて貰っただけで調子乗っちゃダメだよって。

もちろんと答えておいた。まあ、実際その通りだと思うし。

それから、嘉瀬さんの周囲はなるべく俺から距離を取ろうとしたし、俺もそれを汲んで接点を減らすように動いた。

そうして徐々に嘉瀬さんが俺に話しかける機会は減っていった。それでもたまにチラっと目線を送ってきて、目が合えば小さく手を振ってくるのだった。

「あんな、可愛い子に頼りにされたら普通、頑張っちゃわないか?」

「なんで?あいつの回り、俺より頭良かったり特技が合ったり有能な奴らばっかじゃん。俺より上手く結果をだしてくれるよ」

すると塚本は頬杖をつきながら片眉をあげる。

「へぇー、アイツ、ね?やっぱお前さ、自分の事嘉瀬さんの特別だと思ってるだろ?」

その言葉に内心ドキリとする。

「それ前提でお前の言う事聞いてると、拗ねてるようにしか聞こえないんだけど?」

俺は塚本からも目を逸らす。

「だからって、結果は変わらんのよ」

身の丈を知れ。住む世界が違うのだから。


この日も嘉瀬さんは教室でいつものグループに囲まれていた。

と、そんな中、嘉瀬さんのスマホが震える音がした。彼女はポケットからスマホを取り出し、電話に出る。

「あ、はい。はい。……わかりました。はい。お願いします」

そして電話を切る。山本さんが訪ねた。

「どうしたの?」

「あ、ううん。何でもな……」

ふと、彼女と俺の目が合った。

そして、ぽろっと目から涙が零れた。

「え、ちょ!?大丈夫!?」

「あ、うん。ホント大丈夫だから、その」

と言いつつ、手で顔を覆う。

途端に彼女の周囲が騒がしくなる。

これはヤバいなと思って、咄嗟にカバンから使ってないスポーツタオルを取り出すとカツカツと彼女に近づき、頭に被せた。

「嘉瀬さん……病院から?」

タオルが被さった頭が縦に揺れる。

はぁ……と思わずため息が出た。これは、俺じゃなきゃダメそうだった。

「おい、急に出てきてなんだよ!出しゃばるなよな!」


あと今の彼女を他の誰かに任せるのは正直凄くイヤだった。


「嘉瀬さん、俺が助けるぞ?いいな?」


「うん……うん、お願い、久世君」




私を助けて




俺は彼女の手を引くと、まだ騒がしい教室を後にした。


道中で彼女から詳細を聞くと、また彼女の母親が病院に運ばれたらしい。

まず職員室に行き、担任に早退する旨を伝える。

「それで?久世はなんで早退するの?理由、ないよね?」

「サボリです」

「へー?ふーん?えらく堂々と私の前で言ってくれたね?まあいいや。ちゃんと付き添えよ?」

なんか許された。

そうして二人、連絡のあった病院に着くと病室に通された。


「まったく。大げさなのよ」

「でも、だってお母さん」

ベッドで体を起こしている嘉瀬さんの母親は、顔は青白かったもののハキハキと受け答えしており気は確かなようだった。

「で、誰?この男の子?」

「あ、どうも。久世といいます。嘉瀬さんのクラスメイトです」

すると途端に嘉瀬さんの母親の表情が和らいだ。

「ああ、あなたが?そう。初対面だけどそんな気しないわね」

「俺の事知ってるんですか?」

「逆にあなたの事しか知らないわ。この子、大丈夫?ちゃんと他に友達いる?」

俺と彼女の母親は、同時に嘉瀬さんの方を見る。

「そ、そんな事ないし」

と、彼女は大変ムスッとしていた。


容態も良さそうだったので、俺はこのまま帰ることにした。

嘉瀬さんが病院の外まで見送りにきた。

「今日はありがとね。でもね、もっと私の事助けていいんだよ?」

「いや、それを本人が言うのはどうなんだろ?」

「私が言わないで誰が言うのさ!結局約束して5年経つけど、権利使ったの今日が初めてじゃん!」

「いや、だってさ。お前の回り、お前の助けになりたいやつばっかじゃん?優秀だしさ。アイツらに任せた方が絶対いい結果になるって」

「結果なんてどうだっていいんだよ。大事なのは久世君が、久世君と、って事なんだから。久世君も、もっと私のこと頼ってよ?これでも結構優秀なんだよ?」

「それは知ってる。……うん、これからは少しは助けて貰おうかな」

「うん、そうして?」

可愛い子に頼られたら……か。しょうがないか、ガラじゃないけど張り切っちゃおうか。

だって嘉瀬さんが俺に助けて欲しいと言われたら、良い結果出すために頑張らない訳にもいかないのだから。


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ライトセイバー dede @dede2

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