ライトセイバー

dede

助ける権利、あげます




「ほら」


「あ」


彼女はクルクルと落ちる帽子を空中でキャッチした。

案外、運動神経は悪くないのかもしれない。

でも、ワンピースの、しかも白となれば木登りを躊躇うのも仕方ないか。


「ありがと。助かったわ」


帽子で口元を隠しながら、樹上の俺に礼を言う。


俺はスルスルと木から降りて、スタッと着地した。


「ここいらで見ないけど、他所の町の子?」


「うん」

と、彼女は山の麓を指差す。


「あそこ、私のおばあちゃんち」

「ああ。嘉瀬のおばあちゃんトコの?」

「うん」

へぇ、子供も孫もいたんだ。そんな話聞いた事なかったから独り身だと思ってた。

「何年生?」

「4年」

「なんだ、同い年か」

彼女は目を丸くする。

「そうなの?じゃあ、同じクラスになれるかな?」

「え?」

今度は俺の番だった。同じクラス?

「私、引っ越してきたんだ。2学期からたぶん、同じ小学校。よろしく」

そう言って、手を差し出してきた。

と、まあ、戸惑いつつもこちらも手を差し出す。

「うんと、まあ、よろしく」

「うん」

差し出した手をがっつり握られるとブンブンと振り回されて、パッと放された。


「ほんと、ありがとね。じゃ」

「ああ」

彼女はブンブンと手を振ると俺に背を向けて家に帰って行った。




「何してんの?」


「用水路眺めてるの」


「楽しい?」


「これが結構」


「暇なの?」


「うん、暇なの」


そこでようやく用水路を覗き込んでいた彼女が顔を上げた。

「小魚泳いでるけど、これってメダカ?」

「なんか違うらしいよ。他の魚の稚魚らしい」

まだ午前中なのに家にいるのに退屈していた俺はフラフラと散歩に出かけたら、また彼女に出くわした。

「暑いだろ?家で動画でも見てりゃいいじゃん?」

「おばあちゃんち、まだネットひいてないの」

「夏休みの宿題でもやってろよ」

「ないわよ、今年の私には」

「ナニソレ羨ましいんだけどこの転校生」

「悔しかったらあなたも転校したら?」

フフっと楽し気に笑った後、急に寂しそうに声のトーンを落とす。

「遊びに行くにも友達いないしね」

その表情を見て、俺は溜息をつく。

「そもそもどこに何があるか、知ってんの?」

「知る訳ないでしょ?一昨日初めてココに連れて来られたのよ?」

「まあ、何もないんだけどな」

「何もないの?」

「田舎舐めんなよ?田んぼと木しかねーよ」

彼女は怪訝そうな表情を浮かべる。

「じゃあみんな、どこで遊んでるの?」

「んー、なら、この後暇?案内しよっか?」

「だから暇だって……え、いいの?」

「俺も、暇だから」


「わー、キレイ!見て、魚泳いでる!」

靴を脱いで足をつけると、更に感嘆の声をあげた。

「やだ!冷たい!気持ちいい!!」

「いいだろー?ここ、ちょうど流れが緩やかで遊ぶのにちょうどいいんだ」

「水着、持ってくれば良かった!」

「それはまた今度来た時にしてくれ」

それから俺たちはお昼ご飯まで沢遊びをした。

「ね、午後は?」

「え、午後?」

そう聞かれたので、近所の駄菓子屋と遊び場になってる公園を案内した。

雲一つない、カンカン照りだった。だからだろう。誰にも会わなかった。

うん、俺だってこんな日の昼下がり、出かけたくなかった。

「あっついねー」

「そうなー?」

言葉とは裏腹に彼女は楽しそうだった。

「ね?明日は?」


あっという間に夏休みは過ぎ去った。

「嘉瀬 灯里といいます。これからよろしくお願いします」

嘉瀬さんは、言った通り俺たちのクラスに転入してきた。


転入生という物珍しさから、休み時間嘉瀬さんはすぐにクラスメイトに囲まれた。

質問攻めにあっている嘉瀬さんはそれににこやかに応対していたけど、若干困っているようだった。

嘉瀬さんがこちらをチラリと見た。そして何度か瞬きと眉の形と顎の動きで救援を要請してくる。

それを俺は首を横に振って断る。

非難めいた視線を感じたが敢えて無視した。


家で素麺を食べていたら、嘉瀬さんがうちに来た。

「こんにちわ!」

「あら、灯里ちゃん。いらっしゃい、あがっていいわよ」

「ありがとう、おばさん!」

そうしてずかずかとウチにあがると、素麺を啜っている俺の前でテーブルをバンと叩いた。

「ちょっと!何で助けてくれなかったのよ!」

「変に俺が間に入ったらクラスでの立ち位置おかしくなるって。普通に転校生デビューしろよ?」

「でも私困ってたじゃん。助けてくれても良かったじゃん?」

嘉瀬さんはブー垂れていた。

「通過儀礼だって。新しいクラスに入るんだ。多少は大変なんじゃないの?」

「でもさ」

嘉瀬さんはブー垂れていた。

「灯里ちゃん、お昼食べてく?」

と、うちのオカンがランチに誘った。

「ありがとう、おばさん。でもおばあちゃんが用意してくれてると思うから」

「そう。じゃあ、また今度ね」

と、振られてオカンは若干残念そうだった。……すっかり篭絡されてるなぁ。と。

「あ、そうだ」

「え、なになに?」

俺は嘉瀬さんに伝え忘れていた事を思いだした。

「いや、分かってそうだけど一応な?今日一番話しかけてたショートの女子、山本さん。アレがうちの女子のリーダー格だから。面倒見いいから、女子間でトラブったら相談したらいいと思うよ。

で、メガネをやたらクイクイしながら前の学校の授業の進み具合とか聞いてたのが坂本。今のところ、クラスで一番頭がいい。勉強に困ったらコイツに聞け。

そして一番のキーマンが、仲本。今日ずっとお前と一緒にいたあのイケメンな?あれがうちのクラスのリーダー格だから仲良くしとけ。きっとアレコレ助けてくれるから。まあ、あの感じだとお前の事気に入ったっポイけどな」

彼女は怪訝そうに眉を顰める。

「ふーん」

「あれ?今一番知りたい情報じゃなかった?」

すると彼女はテーブルの素麵のツユに視線を落とす。

「そうだけど。助かるけど。でもさ。なんっていうか……」

彼女は顔を上げた。

「君は?」

「ん?」

「君は?助けてくれないの?私の事」

「いやいや、その三人で解決できない事は俺にも無理だって」

「そう……」

また彼女は顔を伏せた。

「でも夏休み、帽子が飛ばされて困ってる私を助けてくれたじゃん」

「たまたま通りかかったからな。他のヤツだって助けたって」

「かもだけどさ。でも実際に私を助けてくれたのは君じゃんか……あ」

「なに?」

「そういえばあの時のお礼、まだだよね。あのね、お礼にね」

と、そこで溜めた彼女は満面の笑みを浮かべて

「君には私を優先的に助ける事ができる権利をあげます!」

「は?」

「さ、だから他の誰がいようと関係なく、今後は好きなだけ私を助けてくれていいんだよ」

と、褒めて褒めてと言いたげに俺の事を見つめてくる。

「いや、待て?なんで助けたお礼が助ける権利なんだ?それ、嬉しいのか?」

「嬉しくないの?」

「なんで嬉しいと思った?嬉しくないよ」

「そっか。いいアイディアだと思ったのに」

シュンと項垂れて彼女は帰って行った。

「灯里ちゃん、帰っちゃったの?」

と、素麺の入っていた食器を片づけながらオカンが聞いた。

「うん」

「いい子だね。優しいし、元気で。ついでに可愛いしね」

「そうかな」

オカンはクスクス笑う。

「いじめちゃダメだからね?」

「いじめちゃないよ」

「困ってたら助けないと、ね?」

「ま、他にいなかったらな」

とは言ってみたところ、やはり俺が彼女にしてあげられる事なんてない。

別に俺は優秀じゃなくて、むしろ平凡だ。ホントに、たまたま他の連中より早く彼女に出会ったってだけ。それ以外は何もなかった。

周りの連中なら、きっと俺より上手く問題を解決してたはずなんだ。

そしてオカンの言う通り。いい子だからきっと周りが彼女を放っておかないだろう。

だから俺の役目はここまでだ。そう思って傷つく前に手を引いた。


案の定、彼女はすぐにクラスに溶け込み中心になっていった。

放っておいても周りが彼女を助けたし、そもそもあまり助けを必要とせず、むしろ皆を助ける立場だった。

結局俺は権利を一回も行使することもなく、彼女は1年後また転校していった。

母親の体調がよくなり、また家族が一緒に暮らせるようになったらしい。

俺は良かった良かったと思う事にした。

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