これが転生令嬢による本気の推理です
「侯爵様、何を仰るのですか。私にはアリバイが……」
シルヴィは、声を荒らげ反論しようとしたが、途中で言葉を詰まらせたらしく、それ以上は何も言わなかった。
「アリバイ……えぇ、ありますね。しかし、それは現場がこの列車であれば……という条件付きでしょう?」
そして、ルイスはそのまま私の方へ視線を移した。
「そうですよね、シータ?」
(待って。どうして私に話題を振るの?)
このままルイスが推理ショーを披露する流れだと思っていたのに。どうやら、ここからは私の出番らしい。
少し恥ずかしくはあるが、この流れでは私が探偵――すなわち主役になれるのだ。
(ここからは、名探偵シータ様の出番よ!)
「そっ、そうですよ。ルイ……旦那様の言う通り、この現場は偽造された可能性が高い。つまり、隣の車両に居たという貴方のアリバイはもう意味をなさない。だって、もし仮に、隣の車両でクレアス伯爵が刺され、この車両へ遺体が運ばれた場合、むしろ貴方達の方が容疑者に……」
そう言いかけた時だった。
ホームの向かい側。
隣の車両が――汽笛を鳴らし、発車しようとしていた。
「車掌さん!」
慌てて、現場の端で我々の様子を眺めていた車掌に呼びかける。
「何でございましょう?」
「今すぐ、向かいの電車を止めて頂戴」
「それは……」
「良いから早く!」
「かしこまりました」
フィンリーとルイスが、血飛沫の違和感に気づかなかったならば、このまま向かい側の列車が発射することに、何も問題は無かった。
あちらの列車にも、乗客は多くいることに代わりはない。しかし、もし向かいの列車で犯行現場であり、証拠品もあちらにあったとすれば――。
「そして、王都警備隊にあちらの車内と、乗客を調べさせて」
こちらの指示を聞いた車掌、駅員、王都警備隊が一斉に動き出す。取り残されたクレアス家のメイド数人が口を開いた。
「お待ち下さい。私からも一言申し上げさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「いいよ。何が言いたいの?」
「あちらの車両では、シルヴィを含めた使用人全員が集まっておりました。ですから誰も旦那様を、殺害しようとすることなど……」
「あら、先ほどから誰も『伯爵を殺害しようとした』とは言っていないよ。これはあくまで傷害事件であって、殺人でも、殺人未遂でもない。それに、貴方達が隣の車両に集まっていたという情報は、クレアス家の執事から提供された物であって、裏付けになるような事実は無い」
「つまり貴方は、執事を含めた使用人全員が共犯者だと考えているのですか?」
「そこまでは確信していないけど……いずれ分かる事ね」
不安そうに顔を伏せていたメイドが、私を睨みつける。
「貴方達、貴族はいつもそうだ。いかなる時も、爵位持ちが正義で、そうでは無い者は全て悪。可哀想だと言って、庶民に情けをかけた所で、結局は私達を『汚らわしい何か』だと思っているだけで、同じ人間として扱ってくれないのよ!」
「そんなことは……」
今にも泣き出しそうな彼女をなだめようとしたが、他のメイドが彼女を取り押さえ、列車の外へ連れ出してしまった。
ふと、背後を見る。
するとそこには、珍しく暗い表情をしたルイスが、連れていかれたメイドを目で追っていた。
𑁍 𑁍 𑁍
まず結論から言おう。
今回の傷害――否、殺人未遂事件。
犯人はシルヴィを含めた使用人全員だった。
出発する直前であった隣の車両を調査したところ、持ち主の居ない不審な荷物が見つかった。
荷物の中には、執事の物だと思われる真っ黒なコートが入っており、袖には酸化した血液が付着していた。酸化により、血液はコートと保護色になっていたらしい。
もし車両の調査が行われなかったとしたら――きっと、隣の車両が出発した後に、証拠品となる鞄は処分され、事件は迷宮入りしてしまったであろう。
事件の概要をまとめると、こうだ。
まずシルヴィが隣の車両にて、伯爵をクレアス家の家紋が刻まれたナイフで、刺殺しようとする。しかし、華奢なシルヴィの力では、刺すことはできたが、致命傷となるような傷を負わせることはできなかった。
しかし、混乱していたシルヴィは、その事に気づかず、ナイフの血液をコートで拭き、コートは鞄にしまい、隣の車両に放置。
ナイフの方は、カトラリーの中へ混ぜた。
そして、同時刻他の使用人は、クレアス伯爵夫人がいる車両に、偽物の現場を偽造し、クレアス伯爵夫人に、罪を着せようとしたのである。
(つまり皮肉なことに、自身の使用人に罪を着せられたことに対して憤慨していたクレアス伯爵夫人は、他ならぬ自身の使用人に冤罪を着せられそうになっていた訳ね)
𑁍 𑁍 𑁍
全ての事件が解決し、日が暮れてしまった駅の構内。その中央にて集まる王都警備隊の隊員達と、私と使用人を含めたセシル家のメンバー、クレアス家、そして、フィンリー。
「本日は本当にありがとうございました。お二人のおかげで、無事に犯人を逮捕することができました。何とお礼を申し上げれば良いか……」
ルイスとフィンリーに深々と礼をする王都警備隊の隊長に対し、二人が放った一言は以外な物だった。
「いえ、僕とミスター・パーソンだけの手柄ではありませんよ。妻のシータも協力してくれましたから……」
「そうだぞ。ご婦人が列車を止めていなかったら、事件の解決はもっと困難になっていたかもしれないぜ。そうだ、侯爵夫人様よ、探偵の相棒とか興味があったりしない?」
フィンリーは私の方を向くと、親指を立てながらウインクした。
推理ゲームオタクとして、探偵の相棒というポディションは、喉から手が出るほど欲しいものだが、ルイスが許してくれるはずもなく――。
「『僕のシータ』が魅力的なことは、否定しませんが、それはご遠慮頂きたい」
(やっぱり、こうなるよね……)
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