探偵と黒幕様の名推理

 フィンリーに案内され、最奥にあるコンパートメントへ向かう。

 現場となった車両の出入り口には、茶色に変化してしまった血の跡が残っていた。


(血液は通常、数十分で酸化して茶色へと変化する。つまり、事件が起こってからそれなりに時間が経ったということだ)


 私がクレアス伯爵婦人と別れてから、まだあまり時間は経っていない。つまり、本当にクレアス伯爵夫人が犯人だとすれば、事件が起こった時刻は、私がお手洗いに向かう前であろうか?


 更に観察する為に私が血の跡へ近づくと、フィンリーが静止する。


「セシル婦人は、血痕を見ることに対し抵抗はないのか?」


「ありませんよ。私だって怪我ぐらいしますし」


「そういう問題じゃ……まぁ、いいか」


 フィンリーは呆れ気味に返答する。

 そして、事件の概要を話始めた。


「まず今回の容疑者と被疑者は先ほど述べた通りだ。容疑者はクレアス伯爵夫人。そして被害者は夫であるクレアス伯爵。事件が起こったのは、推定一時間前、何者かが隣の車両へ乗り換えるクレアス伯爵の背中を、背後から短剣で刺した。不幸なことに丁度、その時全ての使用人が次の車両へ荷物を運ぶ為に、その場から離れていた為、誰も犯人の姿を見ていないそうだ。それと……伯爵の命に別状は無いが、本人がショックのあまり記憶が錯乱しているらしい。だから、本人から情報を得ることは、不可能だと思った方がいいぜ」


「目撃者は居ない……では、何故クレアス伯爵夫人が容疑者に?」


「それは、使用された短剣にクレアス家の紋章が刻まれていたからだ。つまり犯人は、クレアス家の身内だ。そして、使用人を含めたクレアス家の関係者は、夫人を除いて使用人全員次の車両へ移っていたらしい」


「『らしい』ということは、確かな情報ではありませんよね?」


「あぁ、これは事件が起こる少し前、クレアス家の執事が、人数を確認したところ全員揃っていたという情報による物だ。第三者による情報ではない」


(第三者からしてみれば、クレアス家に何人使用人がいるか知るはずがないから、全員いるかどうかなんて分からないよねぇ……)


 つまり、犯人はクレアス家の関係者であり――その中でアリバイが無いのはクレアス伯爵夫人だけか。


「それでクレアス伯爵夫人が容疑者となった訳ですね……」


 隣でフィンリーの報告を、聞いていたルイスが口を開く。


「ミスター・パーソン。一つ気になることがあります。犯人が返り血を浴びた可能性は?」


 言われてみれば確かにこれは重要な質問だ。なにせ、返り血を浴びていれば、証拠を隠滅する必要がある。

 そして、なにより、今回の事件は殺人事件では無いので、現場に死体が残っていない。

 つまり、フィンリーに聞かなくては被害者の状態は確認できない。


「良い所に目をつけるじゃねぇか、侯爵様。実を言うと、これまで俺が話した事は、あくまで王都警備隊の調査結果だ。俺自身は、この調査結果は間違いだと思っているよ。例えばそうだな――刺し方や、角度、位置、からして返り血を浴びた可能性は低い。恐らく手や袖に血がつくことはあるだろうが、全身に付着することは無いだろう。なにより、血液の散り方が明らかに不自然だ。この現場何者かによって、偽造フェイクとして作られた可能性が高い」


 周囲を見回してみる。

 被害者の血液は、文字通り四方八方に散っていた。もし刺された位置が動脈であった場合、ここまで派手に血が飛ぶ可能性があるが――代わりにヴィシュトリアの医療技術では、治療不可能である傷を負うことになる。


(犯行現場を偽ってアリバイを作る……推理小説だと定番のパターンね)


 本当に、この現場が偽造フェイクならば、駅のホームも調べないと。


「つまり、本当の現場はここでは無い上に、真犯人は他にいるということですね。名探偵君?」


「あぁ、俺はそう思うぜ」


 ルイスとフィンリーが視線を交わすと、傍に控えていたメイドの一人が口を開いた。

 華奢な体に、お団子型に結われた茶髪シルヴィだ。


「僭越ながら、一つよろしいでしょうか?」

「おう。何か気になることがあれば好きに言ってくれ」


 恐る恐る口を開くシルヴィに対し、フィンリーは笑顔で返答する。いつも優美な笑顔を浮かべているルイスに対し、フィンリーは、誰に対しても明るい笑みを浮かべている。


(ルイスが百合だとすれば、フィンリーは向日葵ね)


「確かに現場自体は偽造された物かもしれません……しかし、それだけでは奥様が犯人である可能性は捨てきれません。それに、奥様には旦那様を殺そうとする動機があります。最近、奥様は旦那様と使用人に対する扱いについて口論をしていました。旦那様いわく『我々は貴族なのだから使用人に対して身分相応の対応をするべきだ』と……奥様が使用人全員を気にかけている事に対して反対しておりました」


 震える声で話すシルヴィに対し、ルイスが薄ら笑いを浮かべる。


「おやまぁ、気にかけられている割には、主人の味方はしないのですね」


「えぇ、気にかけて下さることは嬉しかったですが、奥様は、あまりにも過干渉でしたから。休日の予定や、挙句の果てには恋人についてまで、あの方は使用人のプライベートについて、何から何まで気になるようで……」


 なるほど。

 親切も限度を超えれば、ただの害でしかない。なにより彼等の関係は主人と使用人だ。

 主人から問われれば、使用人は答えるしかない。それがどのぐらいプライベートな情報でも。


(まるで毒親と逆らえない息子のような関係だな)


『人間に対する愛し方というより、ペットに近いですが……』


 ルイスが呟いていた、この言葉、今なら理解出来る気がする。大切に思うあまり、何から何まで管理しようとするのは、人間ではなくペットに対する接し方だ。


「それは、お労しいことで。まぁ、……ですが」




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