転生令嬢は妬かれる

 セシル家の貸し切り状態となった車両へ戻ると、複数人の使用人が私とルイスを迎えた。

 そして、コンパートメントに戻ると、まるで何事もなかったかのように、穏やかな時間が流れ始めた。


 ルイスとフィンリーが対峙した際に、流れていた白熱とした空気感は、すっかり失せてしまった。


「そういえばミスター・パーソンは何処に?」


 向かい側に座るルイスに、何気なく質問を投げかけると、サファイア色の瞳が窓の方へ視線を移す。

 まるで拗ねた子供のように。


「ほう。私の妻は、夫に礼を述べるより先に、通りすがりの男の行方を問うのですか?」


「違います。断じて違います。ルイスには勿論感謝していますよ。だって、もしあの時ルイスが来てくれなかったら、どうなっていた事か……」


 今度こそ殴られる事になったかもしれない――。

 私が魔女だと騒ぎ立てられることになったかもしれない――。

 そして、一番最悪なのは、アーシャが貴族に口答えした罪により逮捕されることだった。


 罪悪感と不安に駆られ、手を胸に当て、目を伏せる。すると、ルイスの両手が私の手をとらえる。


「ほら、そうやって落ち込む必要はありませんよ」


 顔を上げると、穏やかな笑みを浮かべたルイスが、こちらを見つめていた。 


「僕はただ……妻が通りすがりの探偵君に夢中だったことに対して、少し妬いているだけですよ。ですから、シータが謝ることは何もありません。強いて言うならば……」


 ルイスの手に込められた力が、さらに強くなる。


「もう勝手に僕から離れないで下さい。危ないですから――ね?」



𑁍 𑁍 𑁍



 次の駅に到着する。

 空を眺めてみれば、南中していたはずの太陽は、すっかり傾き夕暮れに近づいていた。ルイスいわく、目的地には、まもなく到着するらしい。


 ガラス張りとなったオシャレな駅のホームを眺めていると、見覚えのある鎧を纏った集団が列車へと乗り込む。


 王都警備隊だ。

 数は三十人程。

 列車の車両を調べるには、多すぎる数。


「ルイス……何かあったのかな……?」

「そうかもしれないね。例えば貴族が負傷する事件が起こったとか……ね?」


 貴族の身に大事が起こる。

 確かに、それならば、これだけの王都警備隊が集まったことにも納得がいく。

 何故ならば、貴族を蔑ろにするという行為は死に直結するからだ。


 状況が飲み込めず口をパクパクさせていると、コンパートメントの中に、シワシワのシャツを纏った男が入ってくる。


「よォ、ルイス」


 フィンリーだ。

 廊下に控えていた使用人を、強行突破してきたらしく、彼の背後では「おい、下がれ下賎!」「旦那様と奥様の身に何かあれば、ただじゃおきませんからね!」などと、罵倒の嵐が起こっている。


「これは名探偵さん。どうかされました?」

「ちっと、これから仕事が入っちまってな。お前の知恵を借りさせてくれ」


 探偵……仕事……まさか……。


「ミスター・パーソン。まさか、仕事って……殺人事件の解決ですか?」


 反射的に立ち上がった私を見て、フィンリーが苦笑いする。


「ご婦人。残念だが、死んではいねぇよ。今回は殺人未遂だ」

「詳しくお聞かせ下さい!」


 フィンリーの元へ駆け寄ろうとしたが、ルイスに片腕を掴まれ、止められてしまった。


「本来ならば、あまり乗り気ではありませんが……仕方ありませんね。その事件について僕にも、お聞かせ願えますか?」


「おや、乗り気じゃないのか?」


「えぇ、僕は貴族として慈善活動はしますが、正義の味方ではないので……。しかし、このような事件に妻との旅行を邪魔されたくありませんし……」


 ルイスは駅のホームへ視線を移す。

 そこには、何人かの王都警備隊が車内へ出入りしていた。このままでは、列車が再出発することができない。


「なにより……貴方ばかりがシータに尊敬されていては、僕の面子が丸潰れですよ」


 ルイスの言葉を聞いたフィンリーは高笑いをした。


「いいじゃねぇか。最高だ。お前の望み通りさっさと終わらせようぜ。俺も今回はバカンスに来ていたんだ。このままだと、せっかくの休みが台無しだな」


「では利害の一致ということで」


 そして、名探偵と未来の黒幕は握手を交わしたのであった。


(主人公と悪役が協力……ファンとして最高の展開じゃん!)


「それで、今回の容疑者と被害者は?」


 握手を終え、ルイスが投げかけた問に対し、フィンリーは意外な言葉を返す。


「容疑者はクレアス伯爵夫人。そして、被害者はクレアス伯爵だよ」


 

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