転生令嬢は板挟みにあう
「セシル卿。少し気になることがあってね。少し尋ねても良いかな?」
「僕が答えられる範囲でしたら喜んで」
上質な生地で作られたブルーの座席に、クッションが置かれた一等車のコンパートメント。その中でくつろぐ三人。
一人目に、夫のルイス。
二人目に、名探偵であるフィンリー。
そして、三人は、本来のゲームシナリオならば、ただのモブにしかなり得ない貴族令嬢であるはずの私――。
なんという私にとって場違いな空間だ。
ちょうど、汽車は次の駅に到着しようとしているし、このまま下車してしまいたい。
いや、よくよく考えてみれば、この空間でくつろいでいる者など一人も居ないであろう。
今すぐ、この場を離れてしまいたい私は
どうやらルイスとフィンリーも、なにやら腹の探り合いをしているようであった。
「セシル卿。もしかして貴方は、心理学に詳しかったりするかい?」
「詳しいというほどではありませんが――少しばかりであれば、知識がありますよ」
隣にて腕を組みながら笑うルイス。
そして、向かい側には、ルイスと同じく窓際の席で腕を組むフィンリー。
元々プレイヤーである、こちらの身としては、是非とも主人公であるフィンリーの隣に座りたかったのだが、そのような事をルイスが許してくれるはずもなく――無理やりフィンリーから見て対角線上の席に押し込まれてしまった。
「そうだと思った。貴方は今、俺に近いポーズを取っているが、これは相手と同じ仕草をすることで親近感を抱かせる為だろう――そうだよな?」
それならば私も聞いた事がある。
いわゆる『ミラー効果』と呼ばれる物だ。
「はい。よくご存知で」
「やっぱりな。セシル侯爵の正体が悪魔だという噂は嘘だったらしい」
「おや、そのような噂があるのですね?」
「あぁ、よく耳にする噂だ。理由は貴方と交渉をしていると、いつの間にか物事が貴方の都合よく進んでしまうからだとさ。どうやら、実際は単にセシル卿様は、心理学や交渉術を駆使して人を自身の都合良く動かす事が得意なだけだったようだがな」
(いつの間にか物事がルイスの都合よく進んでしまう――思い返してみれば心当たりが多いなぁ)
ここまで来ると、私の食事から行動までルイスの台本通りに動いているのではないか――そんな疑いを抱いてしまう。
「凄い……」
思わず、フィンリーに対し賞賛の言葉を呟くと、張り付いた笑みを浮かべたルイスが、こちらを一瞥した。
「名探偵さんこそ。噂によれば、貴方はギャンブルに金をつぎ込んでいるせいで、新しい服すら買えない一文無しだと言われているそうですが、実際はそうではありませんね?」
「どうして、そう思う?」
「だって貴方が着ていらっしゃる服には、王都でも有名な仕立て屋のロゴが入っています。そして、服のサイズは貴方が着る物としては少し大きい。更に服装からして貴方は身だしなみには無頓着に見える――つまり貴方は新しい服を買うことが、できない訳ではなく、新しく購入することが面倒で、誰かから古着を頂いて使用しているのでしょう?」
ルイスがニヤリと笑うと、フィンリーも愉快そうな表情を浮かべて、鼻で笑った。
(天才同士の会話だ……)
凡人の私には到底理解不能な世界である。
途方に暮れ、コンパートメントから出ると、隣のコンパートメントから誰かが出てきた。
「奥様。どちらに向かわれますか?」
アーシャだ。どうやら私が廊下へ出た事に気づいたらしい。
「気分転換も兼ねて御手洗にでも行こうかなと……」
「左様ですか……でしたら私もお供します」
「えぇ……御手洗ぐらい一人で行けるよ」
「もし奥様の身に何かあれば、私達の首が飛びますよ」
「そう……分かった。付いてきて頂戴」
「承知いたしました」
ルイスのことだ。さすがに首までは飛ばさないと思うが、もし私が致命傷を負うような事態が起こった日には、どうなることか……。
アーシャをつれ、御手洗がある隣の車両へと移る。こちらも一等車であり、内装は先ほどの車両とほとんど変わらなかった。しかし、先ほどまで居た車両は、ほとんどルイスと私――そしてセシル家使用人に貸し切られていたのに対し、こちらは他の貴族や、裕福な中流階級が集まっていた。
花柄のカーペットが敷かれた廊下を進んでゆくと、御手洗の手前――そして、廊下の中央に駅で見かけた女性が窓の外を眺めながら立っていた。
クレアス伯爵夫人である。
「ごきげんよう。セシル侯爵夫人。お会いできて光栄ですわ」
「えぇ、こちらこそ。申し訳ありませんが、少し道を開けて頂けませんか?」
こちらへ視線を移したクレアス伯爵夫人は、両目を三日月型に変え、扇子で口元を覆い隠す。
「まぁ、せっかくですし少しお話しいたしましょう。悪魔と婚約なさった、魔女様?」
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