転生令嬢は探偵(本物)と対面する

 アーシャの手を借り、馬車から降りる。

 降りた先で待っていたのは、予想外の場所であった。

 レンガ造りの巨大な建物。その前に、中流階級だと思わしき人々から、労働者階級である新聞売りや、飴売りまで、様々な人々が、集まっている。


 賑やかな様子は市場に似ていたが、明らかな違いが一つ。建物の内側から、汽笛や車掌の声が聞こえてくることだ。

 すなわち、ここは駅である。


「ルイス。もしかして、これから汽車に乗るの?」


「そうだよ。僕としては、どちらでも構わないけど、君は長時間馬車に乗るより、汽車で外の眺めを堪能する方が好きでしょう?」


 そうだ。その通り。

 私は大人しく座っているより、無意識の内に新しい『何か』を求めてしまう性格だ。


(この人。恐ろしいほどに私の趣向を理解している……)



𑁍 𑁍 𑁍



 汽車――いわゆる蒸気機関車自体は、日本の観光地で乗った事がある。しかし、私が過去に乗った汽車は電力で動いており、本物の蒸気機関を利用した汽車へ乗車するのは、今回が初めてだ。


 駅の構内へ入ると車掌が現れ、私とルイスを汽車の一等車へ案内してくれた。アーシャを含めた使用人は、隣のコンパートメントに案内される。


 構内を歩く最中、貴族だと思われる女性がこちらを睨んできた。ウェーブがかった茶髪。そして、昼間だとは思えないほど宝石だらけである服装に、思わず目を疑う。

 恐怖のあまり身を縮めると、小さな声で「あれはクレアス伯爵夫人ですね。元々短気な性格で有名な方です。気にしなくてもよろしいかと」とルイスが呟く声が聞こえた。


 アーシャが他使用人と同じコンパートメントに乗った事で、不快な思いをしてしまわないか心配であったが、幸い彼女と同じコンパートメントに入ったのは、家令の老人と心優しそうな庭師の少年だった。

 恐らく、ルイスが配慮をしてくれたのであろう。


(とはいえ、上司と同じ個室に居て、くつろげるとは思えないけどね……)


 そのような事を考えながら、外を眺めていると、列車がゆっくりと走り始める。

 これが現代日本の電車ならば、あっという間に加速して時速五十キロ前後にまで達するが、残念ながらこの世界の技術は、まだそこまで達していないらしく、電車――否、汽車が走る速度は非常にゆっくりであった。


 しかし、これはこれで趣がある。


 過ぎゆく田舎風景や、灰色の煙がモクモクと立ち上る工場、済んだ水が流れる河原。異世界ならではである幻想的な風景を眺めていると、知らず知らずのうちに言葉を失う。


 そこで、ふと気づく。

 列車が走り出してから、何一つルイスと言葉を交わしていないことを。


(そうだ。ルイスと会話をしなくては!)


 せっかく『ルイスを闇落ちルートから救う』という目標が定まったのに――世間話すらまともに出来ない現状では達成など困難であろう。


(なにより、この上なく気まずい空気になってしまった……)


 まずは、何か話題を探さなくては――。

 向かい側の席で、無表情で外を眺めているルイスに話しかけてみる。


「あの……ルイス」

「どうかしましたか?」


 こちらの声に反応したルイスがいつも通り、ニッコリと微笑む。

 相変わらず彼の笑顔は、ダイヤモンドや白百合よりも美しいかった。

 

 さて何について話そう……?


 ルイスの闇落ちを防ぐために、やるべきこと――それは彼について知ることだ。


 とはいえ、知ると言っても、まずは何について聞けば良いのだろう。


 ストレートに「義賊に興味があるか?」などと聞く訳にもいかないし……だからといって、趣味の話をしたところで私には理解できない可能性が……。


「えーと、馬車と比べて、汽車の窓は大きいですから外の景色がよく見えますね」


「えぇ、そうですね。それに、車両の揺れも小さいので落ち着いて乗れますし……」


「そっ、そうですね……」


(まずい。非常にまずい。これ以上会話を広げる方法が見つからない……)


 世間話をしようと試みた所まではいいものの、会話が中々盛り上がらない……。とはいえ、彼から話題を振られた場合、また私が遊ばれる結果になりそうだし……。 


 パニック状態で思考を巡らせていると、コンパートメントの外――廊下から男性二人の話し声が聞こえてくる。


「お客様。ここは一等車ですよ」


「そんなことは知ってるよ。俺はセシル卿に用があるだけだ」


「正気ですか? あの方は貴族でいらっしゃいますよ。さすがの貴方でも、それは失礼……」


 聞こえてきたのは、車掌と三十代辺りだと思われる男性の声。


 廊下の様子が気になり、コンパートメントの扉を開け外を見ると、そこには年配の車掌と揉める一人の男性が居た。


「あぁ、侯爵夫人。失礼いたしました。今このお客様を下がらせますので、少々お待ち下さい」


 クルリとこちらを振り向いた車掌が、焦り気味に答える。


 そして、車掌と向かい合っていたのは――くせっ毛の茶髪。着崩したスーツに、くたびれたシャツ。

 その姿は、どこからどう見ても、この推理ゲームにて本来の主人公であるフィンリーこと、フィンリー・オリバー・パーソンであった。


「貴方はもしかして、探偵のミスター・パーソンですか?」


 こちらが口を開くとフィンリーは、車掌を無理やり押しのけ、こちらへと歩み寄ってきた。


「その通りです、ミセス。貴方のような高貴な方に名前を覚えていただけているとは、大変光栄です」


「こちらこそ。私も名探偵である貴方に会えて光栄です」


 こちらが返答すると、フィンリーはハンカチを取り出し、手汗を拭いてから、こちらに握手を求めてくる。

 私がその手を取ろうとした、その時だった――。こちらがフィンリーの手を取る前に白磁色の手が、フィンリーの手を握る。


「初めまして、ミスター・パーソン。どうやら、謙遜なさっているようですが、現在ヴィシュトリアで貴方の名を知らぬ者はいませんよ」


 代わりにフィンリーと握手をしたのは、知らぬ間にコンパートメントから、私の隣に立っていたルイスである。


 彼の口から放たれる社交辞令とは対照的に、いつもよりルイスの表情が硬かった。

 もしや、少し不機嫌なのだろうか?


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