転生令嬢は許さない


「ノックス夫妻がご到着いたしました」


 翌日。いつも通り、身支度を整えてから朝食を取り、ルイスと図書室で読書をしていると、ノックス家の紋章が刻まれた馬車が、屋敷の前に止まった。

 屋敷の使用人が両親を迎えにむかい、図書館には、アーシャが両親が到着したことを伝えに来た。


「そうか、報告感謝する。アーシャ」

「滅相もございません」


 ルイスは立ち上がると、こちらに手を差し出す。そして、ルイスに手を引かれた私は、スカートの裾を踏まないように、ゆっくりと立ち上がった。


(私と顔を合わせた両親は何と言うだろう……わきっと、妻としての役割を果たしているか――それだけを問い詰めるのであろう)


 ルイスの白い手に引かれ、客間へ向かう。

 ノックス家の物より、はるかに広く豪華な客間では、父と母が待っていた。


「お久しぶりです。ノックス卿とご婦人」

「えぇ、お久しぶりです。セシル卿」


 ルイスと握手を交わした父が口を開く。


「娘の様子はどうですか? 何かご迷惑は……?」


「いいえ。それなら気にする必要はありませんよ。シータはとても聡明で、優しい娘ですから」


「それならば良かった」


 父は満足そうに微笑んでから、私の方へ視線を移す。あまりにも、厳しく、傲慢そうな視線に思わず身を縮める。

 しかし、彼の口から出てきた言葉は、こちらの予想とは正反対の物であった。


「シータ、侯爵様と上手くいっているようで良かったよ。さすが、ノックス家の娘だ」


 この人は何を言っているの? 

 今まで私に投げてきた冷たい言葉はどこに行ってしまったの?


 続いて母も口を開く。

 彼女の表情も父と同様である。


「えぇ、シータ。これからも、侯爵夫人の名に恥じないように、しっかり夫人としての勤めを果たすのよ」


 どうして貴方まで、そんなに嬉しそうなの? 

 目障りだった私が、貴方の理想通りに結構して居なくなったから?


 腹の底をえぐるような嫌悪感により、吐き気をもよおしてしまう。無意識の内に涙もこぼれそうになる。

 その時だった――。


「おや、ノックス卿にご婦人。随分とシータに対する態度を変えるのですね。彼女がセシル家の一員になったことで、ノックス家とセシル家との間に関係が出来たことがそこまで喜ばしいですか?」


 目を細めたルイスが口を挟む。

 対し、両親は困惑したように、何度も瞬きをしてから口を開く。


「一体なんの事でしょうか? もしや、我が屋敷の使用人が、そのような事を言っておりましたか?」


「いいえ。これはあくまで僕の推察ですよ。以前、そちらの屋敷を訪問した際、お二人とお話しして、僕にはすぐに分かりましたよ。普段あなた方がシータに対してどのように接しているか……ということぐらい」


 両親の顔から、みるみるうちに血の気が引いてゆく。


「信じられませんか? でしたら、僕の推察をもう一つお話ししましょう。例えばそうですね……ノックス卿。貴方は最近、自身が起こした不祥事を、使用人に濡れ衣を着せることによって解決しようとしましたね?」


 薄ら笑いを浮かべたルイスが、父の隣に立つ。そして、父は肥満により風船のように膨らんだ頬をプルプルと震わせながら呟いた。


「貴方は……いや、お前は何者なんだ?」

「何者……ですか?」


 ルイスが冷たい笑みを浮かべる。

 まるで闇へと誘う悪魔のような――怪しく、妖艶な笑みを。


「黒い噂が立つセシル家の現当主――それだけですよ。僕は建前より効率を重んじる主義です。これからもセシル侯爵の名を以て貴方方とは、親戚として接するつもりです。しかし、シータにはもう近づかないでください。さもないと……」


 最後にルイスは父の耳元でささやく。


「貴方が今まで行ってきた悪事が、全て世間に知れ渡ることになるかもしれませんよ」


 隣で父とルイスのやり取りを眺めていた母は、限界だとでも言わんばかりに、甲高い叫び声を上げる。


「まぁ、やはりセシル卿――いや、この家は悪魔が憑いているのね。そうに違いないわ。もう、こんな所二度と来ないわよ!」


 母はそう言うと、馬車の方へ引き返してしまった。父も、わざと鼻で笑ってから、母の方へ向かう。


「どうぞ、ご勝手に」


 対してルイスは、まるで何も無かったかのように、涼し気な笑みを浮かべていた。


 




 



 






 



 





 

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