転生令嬢は白百合を染める

 地下へと続く階段は、一階の端、廊下の隅にひっそりと設置されていた。地下方面へと続く、その細い階段の先には、小さな木製の扉が、地下と地上を隔てている。


 基本的に、この屋敷を移動する際は、エントランスから続く大階段を使うので、ここに階段が設置されていること自体、初めて知った。


「ずいぶんと小さな扉ね」

「使用人がくぐることを前提にしていますからね」


 階段を降り、地下室に入ると、地上と比べて薄暗い廊下が続いていた。天井に設置された小さな窓からしか、陽光が入ってこないからであろう。


(普段ここで生活しているアーシャ達に対して、申し訳なくなってきたなぁ……)


 廊下を進む度にアーシャが「あれは洗い場です」「そこは食器保管室ですが、武器庫に繋がっているので入らない方がいいですよ」「あそこは女性使用人用の浴室です。とはいえ、女性使用人自体、私しかいませんので、実質私専用の浴室ですが」などと補足説明を入れてくれる。

 

「アーシャは、普段食事は他の子達と食べているの?」


「いいえ。これでも一応ハウスキーパーですので、食事は一人で取ります。ですが、私の食事が配られる順番は、かなり後です」


「食事を配る順番も決まっているのね」


「はい。奥様と旦那様が残された食事を、使用人のリーダーである家令いえれいから順番に配っていきます」


(この世界に来てから、普段の食事で食べきれないような量の食事が出きていたけど、使用人が余り物を食べなければいけないからだったのか)


 心なしかアーシャの表情が曇る。

 これ以上は追求しないでおこう。



𑁍 𑁍 𑁍



 しばらく廊下を進んでいると、奇妙な絵が書かれた扉にたどり着く。


 木製の扉には、個のひし形が円を描くように並んだ絵が書かれている。まるで花のようだ。


「ここは何の部屋?」

「ワイン蔵です」

「この絵は何?」

「分かりかねます。申し訳ありません」


 アーシャでも知らないのか。

 でも、という数字どこかで馴染みが…六枚……花……そうか!


「百合……」

「奥様?」

「これきっと百合よ。だって百合には六枚の花弁があるもの」

「なるほど。つまり、ひし形は百合の花弁を表している……ということですね?」


 アーシャは満面の笑みを浮かべながら何度も頷く。


「さすがです。奥様」

「よーし、中に入るわよ。お宝、お宝ー!」



𑁍 𑁍 𑁍



 扉を開ると、中には真っ暗な空間が広がっていた。アーシャがランタンに火をつけると、周囲がオレンジ色の光に包まれる。


(アーシャの身長が高くて良かった。私の背丈だと、天井へ近い壁まで光が届かないもん)


 じめじめとした空間を進んでゆくと、壁に一枚の絵が飾られていることに気づく。

 

 油絵具で書かれた百合の絵だ。

 銀色に輝く白百合の絵。

 一本だけではない。

 何本も、何本も重なって、花束となっている。そして絵の題名は――。


『君の色に染めて』


「まさか……これが答えじゃないよね?」


 そういえば、ルイスは私に、一枚、絵を描いて欲しいと依頼していた。まさか、ルイスが描いて欲しかった絵は――『私の色に染めた百合』ではなかろうか?


(もう少し豪華なお宝だと思っていたから、拍子抜けしちゃったな)


 それともルイスにとってあの絵は『お宝』と呼ぶべき物なのかな?


「アーシャ、部屋に戻って旦那様に手紙を書かせて」

「かしこまりました。すぐに準備いたします……くちゅん!」


 一礼しようとしたアーシャは、小さなくしゃみをしてから「失礼致しました」と謝罪した。よくよくアーシャの目元を見ると、少し涙ぐんでいる。


 くしゃみ……不自然な袖……他使用人からのいじめ……食事……まさか――。


「アーシャ、腕を見せて頂戴」

「えーと、それは……」

「いいから」


 アーシャはしばらく困惑した表情でこちらを見つめていたが、やがて覚悟を決めたように頷いた。


「お見苦しい物をお見せしますが……」


 彼女が袖をまくると現れたのは――大量の蕁麻疹じんましん


(やっぱりアレルギー反応だ)


「もしかして、アーシャは他の使用人から食べられない物を食事として与えられていない?」


 アーシャは小さく頷く。


「はい。最近、急に魚介類全般が食べられなくなりました」


「この実態を家令や旦那様は知っているの?」


「いいえ、しかし……仕事に差支えはありませんし」


「そういう問題じゃなくて……このままだと最悪死ぬ可能性があることをアーシャは知っているの?」


「そうなのですか?」


 どうやら本人はアレルギー反応について、全く知識が無いらしい。


「ともかく、アーシャの食事については、私から家令に配慮するよう伝えるわ」


「待って下さい、奥様。お気持ちは嬉しいですが、私だけが特別扱いを受ける訳にはいきません。それに、私へ嫌がらせを行っている使用人の性格からして、私が奥様に魚介類が食せないことについて伝えたことを知られれば、嫌がらせはエスカレートするでしょう」


(そんな……アレルゲンを与えられている時点でもはや『いじめ』の範疇はんちゅうを超えているじゃない)



「貴方の言いたいことは分かった。それなら、私がこっそりアーシャの為に、夕食の一部をくすねておくね。だからアーシャは、もし魚介類を与えられたら全て捨てしまって。代わりに私がくすねてきた物を食べなさい」


 そう言いながら微笑むと、今まで無表情だったアーシャの目尻ががゆっくりと緩んだ。

 


 

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