転生令嬢は宝を見つけたい

「トレジャーは……宝だよね。えーと、ベイスメントは……なんだっけ?」


 ひとまず完成した絵の具を戸棚に閉まい、手紙に同封されていた記事と睨めっこすること三十分。

 新聞の文字を観察している内に、この世界での文字が、転生前の世界でのアルファベットと形状が似ていることに気づく。よって、新聞の文字をアルファベットとして見なした場合、英文として解読可能であった。


 脳内の記録を掘り起こしながら、新聞を解読していると、そのうち、新聞の内容がなんとなく分かるようになってきた。端的に言うと『温泉街の美術館。その地下にあるお宝が盗まれた』という物だ。

 そして、新聞記事の端には、落書きがされた壁の写真が載っていた。


「地下室……?」


 そういえば、ルイスの手紙にもわざわざ「地下室に行くな」という忠告が書かれていた。つまり――。


「そうか、地下室に行けば良いのよ」


 世の中には「やるな」と言われると余計にやりたくなってしまう、カリギュラ効果なるものがあるらしいが、今回の私も余計に地下室へ行きたくなってしまった。

 恐らく、ここまでルイスの予想通りであろうが、そんなことは私には関係ない。


(地下室のお宝とやらを見つけてやるわよー!)



𑁍 𑁍 𑁍



 早速、地下室を探検するべく、動きやすいドレスに着替える。そして、部屋の外へ出ると、洗濯物だと思わしき衣類を抱えた男性使用人が歩いていた


「そこの貴方、アーシャを呼んで頂戴」

「かしこまりました。奥様」


(やっぱり、奥様という呼び方をされると、少し気恥しいな)


 しばらくすると、「失礼します」という声と共に、黒髪の少女が部屋に入る。

 こちらの予想に反して、アーシャは部屋に入るや否や、小さな悲鳴をあげた。


「奥様。おめしかえでしたら、私をお呼びになって下さい」

「きっ、着替えぐらい一人で出来るから大丈夫だよ」

「なりません。侯爵夫人であろう方が一人で着替えなど」


 むしろ着替えをする度に、使用人を呼び出す方が、よっぽど面倒臭いが――とはいえ、アーシャの態度を見る限り『侯爵夫人』であろう方が、一人で着替えをすることは、何がなんでも許してくれなさそうである。

 こうなれば、諦めるしかあるまい。

 

「分かったよ。次からは必ずアーシャを呼ぶね」

「感謝いたします」


 黒髪のメイドは上品に一礼した。


「ところで、奥様。随分と動きやすそうな服装ですね。お散歩でしたら、日傘をご用意いたします」


 私が屋敷の探索用に選んだ服装は、スカートがたくし上げられた、緋色のドレスだ。背には、レースのリボンがちょこんと着いている。


「散歩というか……探検かな?」


「まさか……森にでも入るおつもりですか?」


「違うよ。ただ屋敷の地下室を見に行きたいだけ」


「地下にはワイン蔵や、使用人のスペースしかありませんよ。それに、ネズミも多いですし……」


「でも、旦那様から頂いた手紙を見る限り、地下室に謎解きのヒントがありそうだよ」

 

「ですが……」


 アーシャは眉間にシワをよせたが、数秒後には、いつも通りの笑顔に戻った。


「仕方ありませんね。ワイン蔵や倉庫に入るには明かりが必要ですので、今から準備してきますね」


 早足でアーシャが、部屋から立ち去ると、部屋の中に再び静寂が戻る。

 しかし、よく耳をすましてみれば、廊下でアーシャと男性使用人の話し声が聞こえてきた。


「良かったな。アーシャ、お前にも仕事が出来て。ずっと奥様の世話係でもしていればいいさ」


(あれは嫌味? アーシャは他の使用人から疎まれているのかな……?)

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