転生令嬢は旦那様に遊ばれる

 『その程度なら簡単に用意できる』というアーシャの言葉は本当だったらしい。二日後、私の元にいくつかの鉱物と、お湯に膠を溶かした膠液、そして乳鉢やその他画材が届いた。

 

 まず、宝石類を細かく砕く。

 目標は手触りが小麦粉に近くなるまで。

 言葉で説明するのは大変だが、この作業がとにかく大変。

 途中で、アーシャに助けを求めたところ、今まで全く細かくならなかった鉱石類が一気に粉砕されたのは、ここだけの話である。


「この鉱石をどうなさるおつもりですか?」


 砕かれた鉱石を種類ごとに、瓶分けしているとアーシャが尋ねてきた。


「膠液と混ぜて、絵の具として使うつもりだよ」


「お嬢様は凄いですね……こうやって色んな物を作り出して……もし、お嬢様が殿方だったら、立派な発明家になっていたと思います」


「どうかなー。私はどちらかというと探偵になりたいかな」


「探偵ですか。確かに立派なお仕事ですが、収入は安定いたしませんし、世間的に尊敬されるような存在でも……」


「地位とか名声は、どうでもいいの。そんな物より大切なことが私にはあるから」


「お嬢様……」


 アーシャは何かを言おうと口をパクパクさせたが、その前に部屋の扉をノックする音が響いた。


「どうそ」


 こちらが返答すると、扉が開き執事らしき男が手紙を持って入ってくる。


「旦那様からです」

「ありがとう」

「それでは、私は失礼いたします」


 執事は深々と一礼してから部屋を去っ

 確かに手紙はよこすとは言ったが、いくら何でも早すぎる。

 手紙をペーパーナイフで開封しようとすると、アーシャがそれを制止した。


「待って下さい。私が開けます」


 そして、素早い手つきで手紙を開封する。

 

(日頃から、ルイスの手紙を開封しているのかな)


 そんなことを考えながら待っていると、一つ違和感を覚える。

 アーシャのまとったエプロン。その下に着た黒いワンピースの袖が左右で長さが違う。右手の袖が不自然に伸ばされていた。

 まるで、袖の下に何かを隠しているように。


「アーシャ。もしかして手首を怪我したの?」


 ペーパーナイフが止まる。


「いいえ、お気になさらず」


 アーシャは慌てた様子で返答すると、再びペーパーナイフを動かし始めた。


 開封された手紙をアーシャに渡される。

 そこには二枚の紙が入っていた。


 一枚目には、仕事の話や、こちらの身を案じる内容が書かれてい

 筆跡は美しく文章も丁寧だが、相変わらず内容は、世間一般の夫が出張中に妻へと送る手紙のようであった。

 良くも悪くも内容が平均的なのである。

 強いて言うなら、なぜか最後に「屋敷の探索は自由にしてくれて構わないけど、地下室だけは入ってはいけないよ。虫が多いからね」と忠告文が書かれていた。


(返信するときは『美辞麗句は要らないから本音を書いて欲しい』と書こうかな)


 二枚目を開くと、そこには新聞記事の切り抜きが貼り付けられていた。

 そして端には「こういう物が好きでしょう?」と書かれていた。

 写真を見る限り温泉地で起こった事件の記事らしい。

 そういえば、今度は一緒に温泉へ行こうなどと言っていたな。


「返信を書きますか?」

「書くけど……少し時間が欲しいかな」

「内容を決める為ですか?」

「違うよ。この二枚目の紙に書いてあるφという記号……それに切り抜かれた記事。これは何かの暗号でしょう?」

「あぁ……旦那様らしいですね」


 もしかすると、ここに書かれた「こういう物」とは温泉ではなく暗号のことかもしれない。


(やっぱり私――また遊ばれているよね?)

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