【一章完】転生令嬢は侯爵夫人となる

 陶器製のバスタブに入るとお湯が零れ、タイルがしきつめられた床に落ちる。バスタブの下を見れば、金属製のジョウロらしき物があったが、これは沸かしたお湯をバスタブまで運ぶ為の物だ。

 この世界には全自動湯沸かし器など存在しないので、風呂の準備をするとなれば、キッチンで沸かした湯を風呂まで運ぶしかない。


(もし私が発明家だったら、この屋敷にもお風呂と繋がった湯沸かし器を作るのになぁ)


 そうすれば、メイドの負担も減るだろう。


 お湯につかりながら、何も考えず天井を眺めていると。浴室の外からマダム・アドラーの声が聞こえてきた。恐らく主人が風呂から出た後に着る寝間着の準備でもしているのだろう。


「まさかお嬢様が、こんなにも早く嫁入りなさるとは、思いませんでしたよ」


「私も同感よ」


「本当に良かったです。お嬢様自身も立派なレディになられて……物乞いの女性にパンを施しているところを見ましたよ。あんなワガママだったお嬢様が思いやりの精神を持つなんて……」


 私が憑依する前のシータは、相当性格が悪かったらしい。どおりで夜烏が最初のターゲットに選ぶわけだ。


「あぁ、それと私としては、是非ともお嬢様の結婚相手は長男であって欲しいと思っていましたが、セシル卿は爵位持ちですから問題ありませんね」


「お母様も同じようなことを言っていたわね」


「当然でしょう。爵位は長男しか継げない。次男以降は土地を持っていたとしても、貴族とは呼ばない。法律にて、そう定められております」


「面倒な法律だこと」


(そうか。そういえば、ヴィシュトリア王国の法律も、少し調べておかないと……今後事件に巻き込まれることがあった際に必要だ)



 𑁍 𑁍 𑁍



 ついに訪れた嫁入りの日。

 朝方に数台の馬車が、屋敷の前に止まる。

 そのうち一番豪華な馬車へ私が案内され、他の馬車には荷物が積まれた。馬車を乗り込む前に、後ろ側を一瞥すると、母、父、兄、そして使用人全員が私を見送るために屋敷の前に集まっていた。執事から、メイド、庭師から、シェフまで全員である。


 よくよく見れば、両親は満足そうな顔をしているが、アーサーは少し不安そうな表情を浮かべていた。

 現に、昨夜、家族全員に挨拶をして回った際、父は「息子は二人産むのだぞ。君のお母様は次男スペアを産まなかったからな」などと各々おのおのの本音を述べていたが、アーサーだけは「何かあったら俺に手紙をよこせよ。すぐに駆けつけるからな」と私の身を案じる言葉を述べていた。


(相変わらず両親は、私を政略結婚の道具としか思っていないのね)


 それならば、いっそ悪評が絶えないセシル家に嫁いで、自由気ままに生きてやろう。


 座席につき、馬車の扉が閉まる。

 そして、私が乗り込んだ馬車の先に座った騎手が号令を出すと、一斉に全ての馬車が動き出す。


 ここからは長い旅になりそうだ。

 ルイスの屋敷に住み始めたら何をしようか今から考えておこうかな。

 うーん、次は石鹸を自作してもいいし、絵を描いても良いな。



𑁍 𑁍 𑁍



「到着いたしました」


 馬車が止まると、扉が開き、何人かの使用人が私を迎えに来た。

 しかし、奇妙なことに現れた使用人は、ほぼ全員男性だった。

 メイドは私と同世代の女の子一人である。


 長い、長い、旅路の終点。 

 到着したのは、セシル家が所有するカントリーハウス地方の邸宅だった。まず驚かされたのは、その大きさ。

 大きい。とにかく大きい。

 ヴェルサイユ宮殿の一部を切り取ったようなデザインの屋敷は、小さな城ほどの大きさがあった。これが侯爵家の財力なのか……。

 なにより驚いたのは、屋敷の門を潜ってから屋敷につくまでの時間だった。体感二十分ほどかかったが、ここまで門から離れた場所に屋敷を作る必要性はあったのか?


 あっけに取られていると、メイドらしき少女がお辞儀をする。


「本日からお世話になります。奥様の専属メイドとして、お仕えさせていただきますアーシャ・カトリと申し上げます」


 アーシャと名乗った少女の髪は黒く、肌も小麦色だった。

 もしかすると、アーシャはヴィクトリア人では無いのかもしれない。


(うわぁ、その『奥様』という呼ばれ方、なんだか気恥ずかしいな)



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