転生令嬢は求婚される

「どうして貴方がここに?」


 翌日、ノックス家を尋ねてきたのは、意外な男だった。


 月の光を落とし込んだような銀髪に、宝石のごときブルーの瞳。そして、昨日ほどではないが、上品なフロックコートは上質な生地で作られている。


 そう、私を理不尽な巻き込んだ張本人、ルイスだった。しかも、まるで以前から両親と親しかったように、堂々と訪問してくるものだから「どの面下げてウチに来たのよ!」と叫びたくなってしまった。

 むろん、両親はゲームのことなど知らないので、この叫びは心の底に封印しておく。

 

 何となく察していたのだが、彼の目的は他ならぬ私だったらしく、我が家に訪れて早々、彼が居る客室へ呼ばれてしまった。

 あの両親のことだ。相手がたとえ出会って一日の男でも、財力の身分さえよければ簡単に屋敷へ入れてしまうことは想像に難くない。


「親しくなった女性の屋敷に、男が訪ねることのどこが不自然で?」


「貴方と親しくなった覚えはありませんが?」


 ルイスは客間の棚に並べられた本を何冊か眺めてから、客人用椅子に座り込んだ。


「おや、どれも高価な本ばかりですね。しかし、貴方のご両親は、読書には興味がないと見える。数学の本から地理学まで、ジャンルが全くそろっていない上に、背表紙は豪華なものばかりだ」


 チラリと客間の本棚を確認すると、本当に見た目だけは豪華な本が多かった。残念ながら文字は、異世界独自のものらしく、私には判別できなかったが。

 恐らく、ここにある本は全て飾りなのだろう。

 現にこの世界において本は、一般庶民には手が届かない高級品だ。


「そうですね。まるで、うわべばかり装っているようです。昨日さくじつから常々思っていたのですが、その観察眼を生かして探偵でもなさればいいのに」


「ご冗談を。我々貴族が尽くす理由は金ではなく、公共全体の福祉ですよ」


 本棚から視線を戻すと、ルイスが小さなカゴをこちらに渡してきた。

 中には花束と果物が入っている。


「あぁ、これは手土産です」

「ご丁寧にどうも」


 中身はどれも日持ちしない物ばかり。

 確かに花や果物なら安価で受け取りやすい上に、日持ちしないので受け取りを拒否しにくい。

 手土産選びの際に考えることは、どの世界でも同じだな。


 「さて、前置きはここまでにして、ご多忙なはずのセシル侯爵が、どうして我が家まで?」


 ルイスの口角が上がる。


「結論から申し上げますと、僕は貴方に婚約を申し込みにきました」


「こっこん……婚約?」


「分からないなら、言い換えましょうか? 君には僕の妻になって欲しいと……」


「わざわざ言い換えなくて良いです!」


 彼の口から放たれた衝撃的な言葉に、思わず立ち上がりそうになる。


「えぇ、貴方もこの家から解放されたいように見えましたし、悪い話ではないでしょう?」


「それでも出会って一日の殿方と結ばれるなど……」


「そんなにご心配なさらずとも、これはあくまで『形式上の婚約』です」


「形だけの婚約ということですか?」


「えぇ、貴方は最低限、僕の妻としての務めを果たしてくれれば、後は好きにすごしてかまいませんよ。競馬でも、オペラ鑑賞でも、もちろん、きてれつな発明でもなんでもね」


「いや、きてれつな発明って……」


「確か……小麦粉で洗髪をなさっていたとか……」


「どうして、それを知っているのですか?」


「実を言うと……ここへ来る前に、買い出しをしているこの屋敷のメイドを見かけましてね。彼女から色々聞いたのです」


(下調べ済みかよ!)


 こんなイケメンに色々聞かれたら、思わずなんでもかんでも答えてしまう気持ちは分かるが、これは笑い話ではない。

 もしここで得た情報で、ルイス――いや、夜烏がノックス家を初めてのターゲットに選んだとしたならば……。


「ね、悪い話ではないでしょう? あぁ、ちゃんとご両親の許可も取りましたよ。兄上のアーサー様だけは心底不快そうな顔をしていましたが」


(外堀も埋め立て済みか!)


 しかも、これが現代日本ならば、いくら外堀を埋められたところでこちらが断ってしまえば万事解決だが、この世界では、そうはいかない。

 何故ならば、結婚には膨大な持参金がかかるので、親の許可なしでは婚約を申し込むことも出来なかった。


 うぅ、どうしたものか。

 普通に考えれば、将来自身を殺すかもしれない男の屋敷に住むなどまっぴらごめんだが、発想を変えれば、ここでルイスに私と兄は殺す必要が無い、真っ当な貴族だとアピールできるのでは?


 つまり――死亡ルートを回避できるかもしれない!


「最後に一つお聞きします。この提案が私にとってどれだけ魅力的なものかは理解しました。しかし、貴方にとってメリットは無いのでは?」


「いいえ、ありますよ。最近は家の者がいい加減、身を固めろとうるさくてね、それに――貴方が家族になれば楽しそうですし」


「楽しそうって……」


 まるでペットのような扱いだな。

 というより、妹か。


 どちらにしろ、私の覚悟は――答えは、とうに決まっている。


「分かりました。この婚約謹んでお受けいたします」


「そうですか。ならば、三日後に迎えの馬車をよこすので、それまでに支度を整えてください。そうだ、そば付きの使用人は全てこちらで揃えますので、貴方一人で構いませんよ」


 目尻を緩ませたルイスは、こちらの右手を掴んでから、そっと手の甲に口付けした。

 あまりにも突然の出来事に、心臓の鼓動が早くなる。


「まぁ、まるで屋敷の中に外部へ漏らしたくない秘密があるようですね」


「ご冗談を」


 素早く立ち上がり、スカートのすそを掴む。そして、できるだけ可愛らしく、首をかしげながらお辞儀する。


「これからよろしくお願いいたしますね。

「あっ、あぁ、よろしく頼むよ」


 こちらの反応が以外だったのか、ルイスの表情が焦ったような表情になる。真っ白な頬も、心なしか紅色に染まっていた。


(相変わらず、計算外の事態が起こると慌てるみたいね)



 




 


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