転生令嬢の推理はまだ甘い
冷たい石の壁。天井付近に付けられた窓は、脱走者が出ないように非常に小さな作りになっている。そして、家具は木製の質素な物ばかり並んでいた。
それもそのはず、何しろここは牢獄の中なのだから。
まさか、転生生活を始めてから三日目で牢屋行きになるとは思わなかった。
ほとんど人なら、絶望するような展開だが、私の心は非常に冷静な状態だった。この三日間、メイドや両親など、常に誰かと一緒に過ごしていたのだ。
久しぶりに、訪れた一人きりの時間は至福だった。それに、これはあくまで『ゲーム』である。
あのルイス――夜烏様だって、あくまで義賊だ。
今のところ何も罪を犯していない私を無実の罪で捕まえるなど……。
いや、もしかすると、転生前のシータの素行が悪かったり、両親の評判から私まで『悪人』扱いされていたら……。
様々な『嫌な予感』が交差する。
しかし、待て、待つんだ。今は慌てる時ではない。
それに――もし私が夜烏のターゲットになっていた場合、とっくに殺されているはず。今こうして思考を巡らせることができるという事実こそが、これがあくまで『ゲーム』であることの証明だ。
落ち着いて。頭を冷やすんだ。
そう、絶対零度まで。
まずフレイヤの言動で何かおかしな点が無かったか思い出してみる。
「仕方ないわね。私が美人になれる方法を教えて、あ・げ・る」
彼女は、こんな事を言っていたが『美人になれる方法』とは結局、何だったのか?
真っ先に思いつくのは、おしろいだ。
昔のおしろいには鉛が入っていて、使用すると鉛中毒になる恐れがあった。
他にはヒ素が入った緑色のドレスも考えられる。しかし、フレイヤがまとっているドレスは大抵紅色だ。この可能性は考慮しなくてもいいだろう。
いや、それ以前に異世界で、おしろい自体は存在するのであろうか?
この方面から考えるのは辞めよう。
無限に可能性が浮上してしまう。
では、フレイヤと踊っていた男性はどうだろう?
彼はフレイヤに一方的に話しかけていた。
あの男が礼儀知らずだと言えばそれまでだが――もし、フレイヤが彼のことを覚えていなかったとしたら?
私の両親と近い思想を持つフレイヤの性格上次男である彼に興味を持つとは到底思えない。つまり男性の方からフレイヤに片思いを寄せていたことになる。
最後にフレイヤが悪魔に取り憑かれていたように、私の名前を呟いていたこと。この理由は用意に想像がつく。恐らく私が『憧れのセシル侯爵』に右頬をつかまれたからであろう。
あの時、周囲の人々が噂をしていたので、フレイヤの耳に届いていても不思議ではない。
ならば、これはフレイヤの自作自演?
嫉妬のあまり私を陥れた?
いや、違う。それならば、黒魔術にかかったように「悪魔がぁー」などと叫んでいるはずだ。
うぅ。このルートで攻めるのもやめよう。らちが明かない。
引っかかるのは悪魔に取り憑かれていたように呟いていたことだ。まるで、興奮気味になっているよう。
(そうか。そういうことか。今思えば昨日も彼女は興奮気味だった。これが偶然ではなく必然だとしたら?)
全ての糸が繋がる、全ての謎が解ける。
「ベラドンナ……」
そう、小さく呟くと牢屋の入り口から男性の声が響いた。
「答えが見つかりましたか?」
警備担当だと思われる警官は腕組みをしながら鉄格子を背に立っていた。顔は見えないが、体格や声からしてルイスではない。
「貴方は、このゲームのスタッフかしら?」
男は質問には答えず、そのまま話つづける。
「シータ嬢。貴方の考えを教えて下さい」
「えぇ、私の考察で良ければ喜んで」
「まず、フレイヤ嬢が倒れた原因と犯人についてお聞かせ願いますか?」
「そうね、まずフレイヤが倒れた原因はベラドンナだと思う」
ベラドンナ。それはイタリア語で『美しい女性』を意味する植物。
名前の由来は、薬として使用すると瞳孔が開いて目が大きく見える。
ただし毒性もあり、服用すると吐き気や、興奮作用、最悪死に至る。
彼女のことだ。美しくなるための薬としてベラドンナを使用していてもおかしくない。
「そしてフレイヤは自らベラドンナを服用したから犯人なんて居ないでしょ」
男性はしばらく考え込んでから答える。
「四十点程の回答ですね。まぁ、きっと『あの方』もお喜びになりますから良いでしょう」
そう言って男は立ち去った。
こちらとしては、出してくれればルイスの機嫌など、どうでも良いが……。
𑁍 𑁍 𑁍
しばらくすると看守が牢屋の扉を開け、私を解放してくれた。そのまま、迎えに来た兄と共に、屋敷へ帰る。
「災難だったな、シータ」
「えぇ、お兄様こそ。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「俺のことは良いよ。それよりも、シータが黒魔術など使うはずがないと、上に何度も伝えたが取り合ってくれなかったのに……急に釈放するなんて」
やはりルイスがアレコレ裏で手を回していたらしい。ゲーム本編開始前にも関わらず警察にまで、内通者がいるとは……。
「お兄様、一つお聞きしたいのですが、結局フレイヤに毒を盛ったのはどなたですか?」
「どうして、お前が毒について知っているんだ?」
「いえ、それは……」
(やってしまった。一応まだ私は真相について何も知らないという
うぅ、まずい。
このままでは私が、あらぬ疑いをかけられてしまう。
「私の名推理により、フレイヤが倒れた理由は毒だという結論が出たのよ。お兄様」
「ほう。なら、その名推理とやらを聞かせてもらおうか」
てっきり、呆れられると思ったが、アーサーは最後まで、こちらの推理を真剣に聞いてくれた。
「中々素晴らしい推理じゃないか。ただし、一つ間違った点がある。それは、犯人がフレイヤ嬢と踊っていたベンジャミンだ。一方的に彼女へ想いを寄せていた、あの男はベラドンナが毒だと知りながら彼女へ送ったようだよ」
「その男は私も怪しいと思っていましたよ」
「怪しむだけでは、推理と呼べないだろう。根拠を揃えないと」
「その通りです……」
そもそも、普通探偵は現場を調べたり、事情聴取をする物でしょう?
牢屋に入っていた私にできることなんか……。
あれこれ言い訳したくなったが、己の観察眼と推察力が低いことに変わりはない。
なんとも言えないモヤモヤが、心に溜まっていく中、窓から差し込むガス灯の光と、馬のひづめが土を蹴る音だけが、身を包んだ。
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