転生令嬢は死亡ルートを回避したい
舞踏会、当日。
昼下がりになると、ぞろぞろと我が家の前に馬車が止まりはじめた。
馬車から降りてくるのは、高級そうなドレスと燕尾服を纏った紳士と貴婦人ばかりである。
彼らの財力が高いことは、人目で察することが出来た。
母と舞踏室の入り口で待っていると、一組ずつお客様が私へ挨拶し、会場の中へ入って行った。挨拶の順番は身分の高い方が先だ。
なお、その順番はホストである母の独断で決められている。
数人と挨拶を交わすと、すぐにセシル侯爵の番が来る。
「会えて光栄です。シータ嬢。ルイス・ルーカス・セシルです」
ゆっくりとお辞儀をするのは、眩いばかりのイケメンであった。サファイア色の瞳に、透き通ったような色の銀髪を持つ、顔立ちから、体格まで、何もかもパーフェクトな男である。
もはや、芸術品として美術館に飾りたいぐらいである。
それは周囲の人々にとっても同じらしく、他の貴婦人も彼の容姿について、ヒソヒソと話し合っていた。
確か夜烏による殺人事件で最初に犠牲となったのが、シータだったので、まだ彼は犯罪者ではない。
(しかし、こんなイケメンが将来の犯罪者とは……人は見かけによらない物だ)
𑁍 𑁍 𑁍
「次は、あの方と踊りなさいませ。できるだけ愛想良くして下さいね?」
母がパーティの開始を告げてから、この二時間。私は客人と踊っては、マダム・アドラーの元へ連れていかれ、次躍るべき方を支持される――この工程をエンドレスに繰り返された。
己の体力はとっくに底尽きたが、血も涙も無いマダム・アドラーは、まだ踊れと言う。 限界に達したのは体力だけでは無い。
腰回りをしめつけるコルセットに、高いヒール、ボリューム満載のスカートにより踊る気力なども、とっくに消え失せた。
特にヒールは背丈を割り増しするために高い物を履いていたので、常に転びそうな状態だった。
本来なら、もう既に帰りたいところだが、不幸なことに私は主催者の娘である。途中で抜けだす訳にはいくまい。
ホールの中心付近を見ると、鮮やかな紅蓮のドレスを纏ったフレイヤが年若い男性と踊っていた。
男性は何やらフレイヤに話しかけているようであるが、対するフレイヤ本人は無視をしている。
はて、マダム・アドラーによれば初めて会う男女がダンス中に話す事は御法度であるらしいが、二人は面識があるのだろうか?
「あら、フレイヤちゃんが一緒に踊っているあの方は駄目ね。あのベンジャミン様は身分は申し分無いけど次男だもの。フレイヤちゃんも、まだお子ちゃまね」
どうやら、マダム・アドラーは友達のダンスパートナーまで意見を出すつもりらしい。
「そろそろ休みたい」と言おうか迷っていると、見覚えのある男性に話しかけられる。
「お嬢さん。一曲よろしいですか?」
男性の姿を見て思わず絶句する。
ダンスに誘ってきた男の正体こそが、他ならぬルイスであったのだから。
(まずい。舞踏会の最中は、ずっとこの人と関わらないつもりだったのに向こうから話しかけられてしまった)
長い舞踏会の中で、集中力が散漫になってしまった為だ。
我ながら迂闊だった。
「えぇ、喜んで」
断る訳にもいかないので、やむを得ず彼の手を取る。
すると、間髪いれずワルツが流れ始める。
この世界にレコードなど存在しないので、もちろん生演奏だ。
踊り始めて一番驚いたことは、彼のエスコートが予想以上に、うまいことであった。体が自然にステップを踏み始めている。
こんなことは初めてだ。
今までパートナーとなってきた紳士の中には、妙に手汗が多かったり、踊り方の癖が強すぎるなど、一緒に踊るには、あまり気乗りしない方が何人か居たが、彼はまるで違う。
しかも、彼の燕尾服からはラベンダーの香りが漂ってきた。
恐らく香水だろう。
一曲踊り終え、私が礼を述べて母の元へ帰ろうとしたが、ルイスは手を離してはくれなかった。
それどころか「離さない」と言わんばかりに強く握ってくる。
「どうせですし、このまま喫茶室に行きませんか?」
「え?」
「貴方も退屈そうに見えますから」
「貴方も……?」
そう言ってルイスはニッコリと微笑む。
彼の笑顔は、どこまでも妖艶で、美しく、とってもミステリアスであった。
𑁍 𑁍 𑁍
「そんなに私が退屈そうに見えましたか?」
舞踏室の隣にある喫茶室。
そこには我が家のシェフが作った茶菓子が並べられていた。
足がついた銀の器の上にはパウンドケーキやビスケットが山盛りになっている。財力を見せつける為に、わざと山盛りにしているのだろう。
小さなパウンドケーキをつまみながら、私が尋ねるとセシルはすぐに返答する。
こちらとしては疲れていることを悟られない為に、常に愛想を撒いていたつもりだったが……。
「えぇ、だって貴方、どの方に対しても態度が変わらず、ダンスのステップも機械的で、楽しんでいるようには見えませんでしたから」
そこまで見ていたのか。これまた迂闊だった。
テーブルの向かい側へ視線を向けると、マダム数人がこちらを見ながらヒソヒソと話し込んでいる。内容は恐らくセシルの美貌や噂についてだろう。
他にも彼とあれこれ話したが、振られた話は大抵「肌が白くて綺麗」「オペラ鑑賞は好きか?」など、無難に貴族の令嬢が喜びそうな話題ばかりだった。まるで、あらかじめ決めていた台本を読んでいるような……。
「セシル侯爵こそ。先ほどから、あらかじめ決めていたような台詞ばかり話しておられますが、私との会話を作業だと思っていません?」
「いえ、そっそんなことは……」
あれ? 慌て始めた?
もしや、図星を突いてしまった?
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