転生令嬢は甘い展開をご所望です

 夕食を終え、ダイニングから出ようとすると、母から「シータ、話があるからいらっしゃい」と声をかけられた。

 そのまま、連れてこられたのは、ダイニングの傍にある一室。中に入ると母は、使用人だけを部屋の外に出した。


「お母様。どうかなさいましたか?」


「どうかなさいましたか……じゃないわ。アンタはいつになったら、他所に嫁いでくれるの?」


「それは、一体どういうことですか?」


 母の表情が鬼の形相へと変わる。


「あなたね……ねぇ、シータ。私が貴方を産んだ時、お父様は何とおっしゃったと思う?」


「お母様のご様子を見る限り、良い言葉では無かったのでしょうね」


「えぇ、そうよ。その通りよ。あの人はこう言ったわ。『この役たたず』てね」


 その言葉を聞いた途端、全身を不快感が襲う。どうして、あの男が、そのような事を言ったのか――その答えは何となく検討がついた。


「もしかして、私が女の子だから……?」


「そうよ。あの人は、アーサーの身に何かあった際に代わりに跡継ぎとなる次男スペアが欲しかったのよ。それに、貴方の出産以降私は子供の産めない体になってしまった……この国では法律で離婚出来ないから、いつか、あの人に殺されるんじゃないかって……いつもヒヤヒヤしているのよ」


「そんなの……酷すぎます……」


 こちらが顔を伏せた、その時。

 頬の付近に『何か』が迫ってきた。

 そして、その『何か』は、こちらの頬付近まで迫ってからピタリと停止する。


 恐る恐る、視線を頬の方へ動かすと、そこには母の手のひらがあった。私をビンタしようとしていたらしい。


「なら、さっさと評判の良い殿方の元に嫁いで、子供でも産みなさいよ。ほら、特にセシル家は黒魔術で役人を操っているとか、生贄の儀式をやっているとか……悪い噂が絶えないじゃない。変わり者の貴方にはピッタリの嫁ぎ先じゃないかしら?」


 母は恨めしそうに呟きながら、部屋から出ようとする。そして、去り際にくるりと、こちらを振り向く。



「アンタを愛したことなんて、一度もないわよ……」



𑁍 𑁍 𑁍



 この世界に転生した翌日。

 父とアーサーが家を離れている間、母は舞踏会の準備で忙しそうだった。聞いた話は、会場の飾り付けや、シェフと当日お客様に出すメニューについて話し合っているらしい。

 もちろん、私の心もどよめいている。


 理由は舞踏会あれこれではなく、将来、自分を殺すかもしれない男と対面しなければ、ならないからだが……。


(どうせなら、このまま彼の正体が夜烏だって証明できれば良いのに)


 本当に、この作戦が成功してしまって場合、ゲームのシナリオが丸つぶれになるが、背に代えられない。

 しかし、この私に、その様なことが可能なのか?

 ゲーム本編はノベルゲームな上に、ヒント機能もついていたので、簡単にクリアすることが出来た。

 これがゲーム本編で起こった事件に巻き込まれるだけなら、あらかじめ答えは分かっているので、そのまま証拠を並べればいいが、確か夜烏の正体が分かるのは、ゲームの終盤だ。

 つまり、現在の状況ではセシル侯爵の正体が、夜烏だとは証明できない。

 見事に八方塞がりである。

 メイドにさりげなく聞いたところ、現在、私の年齢は十七歳だと思われる。シータが殺害されるのは半月後である十八歳の誕生日だ。

 つまり、少なくとも半月は猶予がある。


(私も、かの名探偵シャーロック・ホームズみたいに、握手しただけで相手の職業を当てる程の観察眼があればなぁ)


 途方に暮れて空を仰ぐと、隣から可憐な女性の声が響く。


「やっぱり、狙うなら玉の輿よねぇー」


 そう、独り言を呟いたのはシータの友人らしい少女、フレイヤである。

 『らしい』と表現した理由は単純、今日初めて彼女の存在を知ったからである。


 「そうだねぇ……」


 テーブルに乗ったスコーンを割り、クリームを塗って口に放り込む。すると、スコーンとクリームの甘さが、舌の上で溶け込んだ。


 現在私を取り囲んでいるのは、庭師によって整備された我が家の庭と、使用人、そして、友人のフレイヤである。いわゆるアフタヌーンティーの時間だ。


 ブルーのドレスに身を包んだフレイヤは、パッチリとした瞳と小顔が可愛らしい女の子だ。その雰囲気はまるで、お人形だった。


「しかも、明日舞踏会には高貴な方々が、多くいらっしゃるそうじゃない。コネクションは作れる時に作っておけとお父様が言っていたわ。特にあのセシル侯爵は美男子らしいじゃない。セシル家自体は怖い噂が絶えないけど……そんなものは関係ないわ!」


 どうやらフレイヤの両親も、我が家の両親とあまり変わらないらしい。


「ねぇ、シータはどんな殿方と結ばれたい?」


「お母様は、爵位とか財産とか言っていたけど……どうなんだろう」


「もぅ、そうやってボーとしていたら婚期を逃しちゃうよぉ。仕方ないわね。私が美人になれる方法を教えて、あ・げ・る」


 満面の笑みを浮かべたフレイヤは、そのまま私の全身を覆うようにハグをしてきた。


「待って、フレイヤ。くるしいよぉー」


 フレイヤの体格は華奢だ。

 しかし、シータとしての、この体は更に小柄であり、まるで巨大な人形に抱きしめられているようだ。

 抗議すべく口を開こうとした、その刹那。



「きゃー」



 フレイヤの悲鳴と共に全身が解放される。

 開けた視界に広がったのは、テーブルの上で倒れたティーカップと、フレイヤのスカートに滴る紅茶。


 どうやら、私を抱きしめた拍子にテーブルの上に置かれたティーカップが倒れたらしい。


「お嬢様、火傷はございませんか?」


 周囲のメイド陣が、フレイヤの元へ集まる。


「フレイヤ、大丈夫?」


 メイドにスカートを拭いてもらったフレイヤは、ニッコリ微笑む。



「大丈夫よ。心配しないで。このドレスは貰い物だから汚れても構わないわ」


(いや、ドレスの心配をしている訳じゃないけど……)

 


「そう……貰い物なのね。ご親戚から?」


「いいぇ、誰からもらったのか覚えていないわ。多分、中流階級の方とかのドブネズミからじゃない?」


 フレイヤから放たれた衝撃的な発言に思わす苦笑いを浮かべられずにはいられなかった。




𑁍 𑁍 𑁍



「はい、動作がぎこちないですよ。もっと優雅に踊らないと」


 フレイヤとのティーパーティーを終え、私を待って居たのは、私の専属メイドによる地獄のダンスレッスンであった。

 これは、夕方になってからやっと気づいたことだが、私は舞踏会以前にダンスの踊り方など全く知らない。幸いシータ本人も社交界からは縁遠い生活を送っていたらしく、踊り方は一から教えてもらえたが、問題は難易度である。


 ヒールを履いて踊るという行為がとにかく難しい。

 うっかり、足首をひねってしまったら一大事だ。

 しかも、舞踏会当日はクリノリンによってスカートが広げられた――言換えるならば、お椀を逆さにしたような形のドレスを纏うので、さらに難易度が、はね上がる。


「申し訳ありません、マダム・アドラー。つい、つまいてしまわないか心配してしまって、上手く踊れないのです」


 マダム・アドラーとはシータの専属メイド――つまり、私の目の前にいる女性だ。

 まとっているピンク色の服は優美な作りをしているか、本人の表情はいつも硬かった。

  


「そんな事、気にする必要はありませんよ。万が一転んでも、殿方が受け止めて下さりますから」


 

 

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