転生令嬢は舞踏会へ行きたくない

「お嬢様、ご所望されていたモノをお持ちいたしました」

「ありがとう。テーブルの上に置いて」


 再び寝室に入ってきたメイドが、運び込んできたのは、白色の液体が入った水さしと、金属製のボウルだ。中には鍋で煮詰めた小麦粉が入っている。


「あの……これを何にお使いになる予定で?」

「あら、髪を洗うのよ」

「そうですか髪を小麦粉で……今なんと?」


 もちろん正気だ。

 小麦粉には汚れを吸着してくれる効果がある。なので、こうやって煮詰めてのり状にすればシャンプーとして使えるのだ。


 本当は自分で煮詰めたかったのだが、残念ながら、私がキッチンへ入ろうとすると、コック&メイド陣に阻止されてしまった。


 早速ボウルに小麦粉シャンプーを注ぐ。

 その瞬間、メイドの口から悲鳴が上がった。



𑁍 𑁍 𑁍



「何をやっているのよ、シータ」


「そうだ。お前も年頃なんだから、そんなくだらないことばかりしていないで、いい加減結婚相手を探したらどうだ?」


 日が暮れ、訪れた晩餐の時間。

 テーブルの上には、ロウソクやカトラリー。それから給仕の者が運んできたローストビーフや、海老、アップルプディング、牡蠣の酢漬けから、丸いパンまで豪華な食事が運ばれてくる。


 そして、向かい側で席を共にしているのは、悪徳貴族として名高いシータの両親。隣に座っているのが、兄のアーサーだった。アーサーは、この家で唯一、貴族史上主義を持たず、現在は王都警備隊働いている。


「そんな顔をするな、シータ。お父様とお母様は君の将来を案じているだけだよ。もちろん、俺もだ」


 こちらの会話を聞いていたアーサーが、口を挟む。

 彼の声は穏やかだったが、同時にどこか寂しげだった。

 そんな顔って……。

 もしや、現在の私は、そんなに嫌そうな顔をしているのだろうか。


「全く、帰ってきて早々、年頃の娘が小麦粉で髪を洗っていたという馬鹿げた話を聞かされた僕の身にもなって欲しいよ。美しくあってこそ一人前の令嬢だろ」


 兄には申し訳ないが、こちらとしてはシャンプー無し生活を続ける訳にはいかない。


「ご心配をおかけして申し訳ありません。しかし、美しくあるという点ではご心配なく。小麦粉シャンプーのおかげで髪がサラッサラになりましたので」


「シャンプー?」


 アーサーがポカーンとした表情を浮かべると、次は母が口を開いた。


「ともかく、明後日に我が家で開催する舞踏会には二百人以上の殿方が来るのよ。それまでにコンディションを最高の状態にして頂戴」


「そっ、そんなに来るの?」


「当たり前でしょ。これでも少ない方よ。あーあ、アピールするなら爵位と財力がある方にしなさいね。あぁ、ビジネスで成功しただけの中流階級なんか選んじゃダメよ。あんなの、少し太った蛆虫と変わらないわ」


 ソースで汚れた髭をナフキンで拭いていた父も口を開く。


「そうだ。上流階級の女は、出来るだけ良い家に嫁いで世継ぎを産むのが義務だと、あれだけ言ったではないか」


 この庶民に対する差別ぷり……悪徳貴族と呼ばれるだけある。


「一番狙うべきなのは、あのセシル侯爵ね」


 彼女の口から飛び出した意外な名前に、思わず、口に含んでいた物を吹き出しそうになる。なぜならば、セシル侯爵――すなわち、ルイス・セシルとは、他ならぬ『夜烏』の正体だからだ。

 

(よりによって、転生数日後に黒幕と遭遇することになるとは)


 何とも言えない気持ちで、メイドが運んできた魚のコロッケへ手を伸ばすと、部屋の中に執事らしき男が入ってきた。


「旦那様、奥様、外にご来客が」

「こんな時間になんだね?」


 不機嫌そうに返答したのは、父である。


「物乞いの女性です。パンを分けて欲しいそうで」

「ほう」


 父は、テーブルの上からリンゴの芯だけを摘んで、母と共に玄関へ向かった。

 

(すごく嫌な予感がする)


 私がテーブルからパンをいくつか取ると、状況を察したアーサーもアップル・プディングを摘む。


「シータ、君はいつから物乞いに食べ物を与えるような性格に変わった?」


「さあね」


 そのまま、二人で両親の後を追った。



𑁍 𑁍 𑁍



「何だ、文句があるのか?」

「しかし、これでは……」

「こっちは仕方なく食料を分けてやっているんだぞ。文句があるなら、とっとと失せろ!」


 嫌な予感は見事に的中していた。

 父は玄関前に佇む質素な服を纏った女性にリンゴの芯を投げつけ、挙げ句の果てには唾を吐いて立ち去った。

 それを傍観していた母も、笑いながら立ち去る。


 泣き伏せる女性の元へ歩み寄ると、女性の背後に、やせ細った少年が隠れていた。

 女性の子供だろうか?


「これ、食べてください」


 手に握った丸いパンを、女性に差し出す。


「こっちも、その子と食べて下さい」


 アーサーも続いてアップル・プディングを差し出した。

 晩餐に出てきた料理は二十種類にも及んでいた。

 少しぐらい無くなっても気づかないだろう。

 女性はゆっくりと顔を上げ、パンを受け取る。そして、少年の方は待ちきれなかったのか、アーサーから受け取ったアップル・プディングをそのまま口に放り込んでしまった。


「ありがとうございます。本当にありがとうございます」

「ママ、このお菓子。今まで食べたお菓子の中で一番美味しいよ」


 二人の満足そうな表情を見ると、何だかこっちも暖かい気持ちになる。

 そう、まるで心の奥に小さなマッチの火が灯ったように。








 

 

 


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