第拾陸話 「悪友襲来」

「ねえ、あの人……今朝、女の子に担がれてたっていう……」

「ああ……呪いの米俵せんぱい……私たちも担がされちゃう前に早く行こ」


 昼休み。

 トイレへ行った帰りに廊下ですれ違った見知らぬ女子からヒソヒソ話をされた。

 その内容は十中八九、俺が六尺に抱きかかえられながら衆人環視のもとに登校してしまったあの事件の事だろう。

 ていうか、呪いの米俵せんぱいって何だ……?

 妙な噂を流されるのは慣れているが、どうせならもっとカッコいいものが良いな。


「次の授業は……」


 トイレに行ってせっかくスッキリしたのに変なモヤモヤが発生してしまった。

 気持ちを切り替えて学業に専念するために、好きでもない授業のことを考えながら教室の扉を開ける。


「オッ! やっと来たなアオスケェ!」


 ――ガシャン!

 俺は教室の扉を閉める。

 窓側最後尾という最高の配置な俺の机の上に、不良生徒が座り込んでいた。


「はぁ……」


 閉めた扉の前で溜息を一回。

 しかし見てしまったものは仕方がない。

 こちらが不良を覗いた時、不良もこちらを覗いているのだ。

 仕方なく俺はもう一度、教室の扉を開く。


「な! ん! で! し! め! た?」


 瞬歩のごとく。

 不良生徒が扉の前へと移動して俺を見上げてメンチを切っていた。

 一字一音に力を込めているせいで、最後の『た?』だけ疑問形なのが逆に怖い。


「あぁ……入ってくる教室を間違えたと思った」

「あァ? オレのツラ見てからしめたよなァ?」


 駄目だ、逃げられない。

 蛇に睨まれたカエルのごとく、俺はカラーコンタクトで碧眼になっているピアスバチバチの不良生徒に頭を下げた。


「すまんなマコト。ハリウッド女優が俺の机の上にいたのかと思って驚いたんだ」

「んだよテメェ、アオスケェ~! 分かってんじゃん! なァ!」


 ――バシバシ!

 俺の背中を容赦なく叩くこの不良生徒の名は、時海 真(ときうみ まこと)。

 幼稚園からの腐れ縁でハリウッド女優に憧れている神社の一人娘で、俺の悪友だ。

 ちなみに背が低くて足も短い。

 身長は俺より低い一五十センチ前半で、四捨五入すれば一五五センチらしい。

 つまりは、四捨五入のルールを勘違いしているような奴だった。


「学校来たらアオスケいねぇからよォ、マジビビったぜ」

「俺もまさか自分の机が占拠されてるとは思わなかったな」


 マコトは俺の周りをウロチョロと回る。

 鬱陶しいので少し観察してみよう。


 まずは髪。丁寧にブリーチで色が抜かれた金色の短髪は地毛が黒であることを一切気づかせないぐらい徹底的に染められている。

 つり目な瞳は碧色のカラーコンタクトが入れられていて、眉毛も髪色同様に染められていた。

 そして一番特筆すべきは両耳のピアスの数だろう。窓から差し込む日の光を反射してギラギラに輝く無数のピアスが彼女のトレードマークだった。

 制服も改造されていてワイシャツはヘソを出すように切り裂かれ、スカートもかなり短い。

 これも本人曰く、女優は自分の身体の美を隠さないものだとかなんとか。

 傍から見たらちんちくりんだとは言ってはいけない。禁句である。


 こんな奴だが、さっきも少し言った時海神社(ときうみじんじゃ)という白凪町に根付いている神社の巫女で、大地主の一人娘だからだ。

 小さいが、怒らせるととても怖い。


「しかしマコト、今日も遅い登校だったな」

「一限目から歴史とか、だるくネ?」


 歴史をおざなりにする巫女だった。

 そして白凪高校でも珍しい不良生徒である。

 巫女で金髪で不良でハリウッドと、忙しいやつだ。

 それでも成績は上位を維持していて、授業をサボるのと校則で定められた身だしなみを守れていない点を除けば基本的には無害な女子生徒である。


 ……まあ、その見た目と男勝りな言動から友達はいないのだが。


「それが神社の跡取りの発言か……? 親父さん泣くぞ?」

「まあまあ気にすんなって! ほれ、今日もアオスケに飴ちゃんやんよ!」


 それと、俺に飴をくれる友人というのも彼女だった。

 飴が好きなマコトはワイシャツの胸ポケットがパンパンになるぐらいに大量の飴を詰め込んでいる。

 キャラ的に棒付きのキャンディにした方が良いんじゃないかと提案した事があるのだが、棒がかさばって沢山持てないという至極合理的な理由で却下された。遠目から見ると貧相な胸が巨乳に見えるぐらい馬鹿みたいに飴を胸ポケットに詰め込んでいるのにである。


 世の中は理不尽だ。

 

「そんなに舐めると、将来糖尿病になるぞ?」

「じゃあアオスケがもっと舐めてくれよ」

「舐めないという選択肢は無いんだな」

「ねーよ、ばーか」


 俺の机の上にまた座って、マコトはべーっと生意気に舌を出す。

 耳にはこれでもかとピアスを開けているのに、舌は傷一つない綺麗な舌だった。

 これもまた本人曰く、舌にピアスなんて開けたら飴ちゃんを楽しめないとのこと。

 コイツの頭の中は大量の飴ちゃんに支配されているのかもしれない。


「にしても聞いたぜェ? アオスケまた伝説作ったんだってな!」

「伝説じゃない、噂だ。それも信憑性がまるでない……いや、あるか……?」

「やっぱか! 昔から伝説作んの好きだもんなテメェ!」

「勝手に付きまとってくるだけなんだが……」


 実は、俺の悪評は今に始まった事じゃなかった。

 それこそ、部活動紹介でやらかすよりもずっと前からである。

 オカルトに傾倒し始めたころから、根も葉もない噂が流れ始めたんだ。


 俺と関わると呪われるとか、幽霊に魅入られた奴だから関わっては駄目だとか。

 オカルト好きな俺からすると嬉しい部類の噂なのだが、世間的にはこれを良しとしないらしく、学級会議が過去に何度か開かれたりもした。


「良いじゃんか! カッケーから!」

「まあ、そうだがな」


 それも全て、今俺の前でカラッと笑っているマコトによってだ。

 権力者の一人娘の恐ろしさを、俺は子供の時から思い知らされている。

 そんなこんなで、マコトは昔から俺の腐れ縁というか、悪友なのだった。


「あ、そだ。今日さ、アオスケんとこの部活に顔出すワ」

「……は?」


 神社の巫女で、オカルトには一度も興味を示したことがないマコトが、急に変なことを言ってきた。

 それと同時に、昼休み終了のチャイムが鳴り響いて。


「んじゃ、また放課後なー」


 有無を言わさずマコトは俺の机から飛び降り、最前列にある自分の机へと向かっていく。

 そんな午後から学校に来て律儀に授業を受ける不良生徒の小さな背中を眺めながら、俺は彼女に怯えるであろう大きくて可愛い後輩の姿を想像するのだった。

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