第2章 七不思議ボーダーライン

第拾肆話 「揺れ動く胸中」

 六尺は……幽霊が見える。

 その隠されていた真実を知った俺たちオカルト研究部は、活動の拠点を広げて新天地へと向かって――。


「ぜぇ……はぁ……ひゅぃ……こふぅ……」

「頑張れ六尺! 顔が落ちてきてるぞ! 苦しいかもしれないがしっかりと前を見て呼吸を意識するんだ! そうすれば今より楽になるぞ!」

「は、ひゃぁ……!」


 ――朝の街中を、走っていた。

 運動部で言う所の、朝練である。


「良いぞ! 良いペースだ! もうちょっとで休憩だから頑張れ!」

「こ、これぇ……オカ、オカルト……関係ぇ、あるんですかぁ……!?」

「もちろんだ! 健康な肉体を維持していれば、いつ超常的存在と遭遇しても全力で対応できるからな! ターボばあちゃんを目撃したって追いつけなかったら本末転倒だろ!?」

「ふ、普通は……追いつけませんよぉ……!」


 六尺の悲鳴にも似た叫びが響き渡る。

 確かに一説によればターボばあちゃんは音速を超えるという噂もあるので、あながち六尺の主張は間違っていなかった。


「ふむ……ならそろそろ休憩にするか。だけど急に止まるんじゃないぞ? こういうのはゆっくりペースを落として、呼吸を整えるのが大事だからな」

「は、いぃ……ひぃぃ……」


 ランニングから徒歩に切り替えた六尺は歩きがフラフラしている。

 学校からここまで大した距離を走っていないのだが、やっぱりキツいようだ。

 その恵まれた身体はパワーこそ優れているが、持久力は無いらしい。

 今後の課題だな。


「せ、せんぱいは……どうしてそんなに……げ、元気……なんですか……?」

「昔から続けているからな」


 子供の時に八尺様と出会ってから俺の意識は変わった。

 オカルトに傾倒していった俺に立ちはだかった一つの問題が、背の低さである。


 八尺様と再会するのなら少しでも大きな男になりたい。

 そう願った俺だが現実は無情で、高校二年生になった今でも俺の身長は平均よりも十センチ近く低いのが現状である。


 だから背が低い分は他でカバーしなければならない。

 体重や筋肉量は生まれつきの骨格が重要だからそこまで伸びしろが無かった。

 なので俺はその逆に小柄で軽い身体を活かして持久力を付けることにしたんだ。


「自慢じゃないが去年の持久走は学年二位だったぞ。まあ、自慢じゃないがな」

「す、すごいです……せんぱい!」

「はっはっは、もっと褒めてくれ」


 六尺は本当に素直で良い後輩だ。

 文化部の末端も末端にいる俺が陸上部を差し置いて好成績を叩き出すと空気が微妙になることが多いので、褒めてもらえるのはとても嬉しい。

 俺もちゃんと六尺に褒め返してあげよう。


「わ、私も……せ、せんぱいみたいになれるでしょうか……?」

「もちろんだ。六尺は身体が大きいし、それを活かした走り方をすれば人よりも疲れにくく走ることが出来ると思うぞ」

「ほ、本当ですか……? わ、私でも……が、頑張ります!」

「おう。その意気だ!」


 六尺がやる気を燃やし、両手を握りしめた。

 日が上りきっていない静かな朝に走って爽やかな汗を流す。

 うん……オカルト研究部の活動って言っても誰も信じないなこれ。


「ところでだ、六尺。一つ聞きたいことがあるんだが」

「は、はい。どうしたんですか、せんぱい……?」

「その恰好、暑くないのか?」

「へっ……?」


 キョトンとする六尺。

 その恰好は、学校指定のジャージだった。

 それだけならおかしいところは何もないのだが、今は暑くなり始めた六月の朝。

 対して六尺が着ているのは、冬用の長袖長ズボンの赤色ジャージだった。

 おまけにチャックを一番上まで閉めていて、見ているだけで暑くなりそうである。


「あ、暑いです……」


 やっぱり暑いようだ。

 さて、何処からツッコめば良いのだろうか。


「暑いなら……我慢せずに脱いで良いんだぞ?」


 まあここが妥当だと思う。

 そもそも半袖のポロシャツとハーフパンツにすれば済む話なのだが。


「あ、いえ……その……わ、私……汗っかきなので、その……」

「その?」


 六尺はキョロキョロと周囲を警戒するように見渡す。

 俺たちは白凪高校がある市街地から街外れへと走っているので人通りはほとんど無いのだが、何を心配しているのだろうか。


「こ、こう……なっちゃうんです……」

「う、うおっ……」


 そう言って、六尺がゆっくりとジャージのチャックを下げた。

 すると、なんということだろうか……ジャージの下に着ていたポロシャツは大量の汗が染みて、土砂降りの雨に降られたんじゃないかってぐらいにずぶ濡れである。

 しかもそれがモロにポロシャツの中にある下着を透けさせていて、白いポロシャツの中に、大きな違う系統の白色がハッキリと見えてしまった。


「す、すみません……へ、変なものをお見せしちゃって……」

「い、いや……俺こそ悪かった……」


 このやり取り、ついこの前もやった気がする。

 六尺は申し訳なさそうにまたチャックを一番上まで閉めたのだが、俺は直前の光景を思い出してしまい直視できなかった。


「そ、それに……ジャージで抑えてないと、ゆ、揺れて痛いんですよね……」

「そ、そうか……」


 六尺は聞いてもいない事を暴露する。

 俺はどう返事をすれば良いのだろうか……?


「よ、よし! そ、そろそろ息も整っただろうし……さ、再開としようか!」

「は、はい……!」


 これ以上、六尺の身体について触れるのは危険と判断した俺は走る準備を始める。

 まあそれは建前で、危険な会話を終わらせたいのが本音だった。


「もうちょっとで目的地だから頑張ろうな。……まあ、とは言っても学校に戻るから正確には折り返し地点になるがな」

「あ、飴と鞭が同時に……!? ……あれ? そ、そう言えば私たちって何処を目指して走ってるんですか……?」


 一度大きく驚いた後、六尺は首を傾げる。

 それも大げさに傾けたので、長い前髪がファサッと揺れて隠れている瞳が少し見えるぐらいには大きく首を傾げた。

 その動きに負けないぐらい身体も大きいけど、仕草的にはマスコットみたいなんだよな……六尺って。


 いや今はそんな事よりも、六尺の疑問に答えるのが先である。


「ああ。俺が昔、八尺様に出会った祠に向かってるぞ?」

「ほおうあぇっ!?」


 比喩表現なしに。

 六尺はその場で飛び跳ね、大きな声を出して全身を使って驚いた。

 マスコットっぽいとは言ったけど、そこまで全力で驚く事だろうか……。



―――――――――――――――――――


※作者コメント

 初手ラストステージ。

 第2章、スタートです。

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