第拾弐話 「君にベントラー!」

「べ、ベントラー……!」

「良いぞ六尺その調子だ! ベントラー! ベントラー!」


 ベントラー。

 宇宙語で宇宙船を意味する単語らしい。

 これを連呼すれば宇宙にいる宇宙船が気づいてくれて宇宙人と交信出来るのだ。


 無人島で遭難した人間が、海に見えた船に『おーい!』と叫ぶのと同じである。


「べ、ベントリャー! あ、あう……」

「失敗を気にするな六尺! 大事なのは気持ち! そう、ハートだ! ハートベントラー!!」


 ハートベントラーって、何だ?

 自分でも言ってて意味不明だが、スピリチュアルな話なのでオカルト的にはオッケーだと信じたい。


「ベントラー! ベントリャー!」

「そうだ最高のベントラーだ! ベントラー!!」


 六尺が大声を出すことに慣れてきたようで少しずつ噛まなくなってきている。

 その変化が、成長が……俺は嬉しかった。


「ベントラー! ベントラァー!?」

「声が裏返ったって大丈夫だ! 俺なんてこうだぞ! ベントゥオラァー! ヴェントルァー!!」


 大声は次第に活力を与え、自然と身体が動き出す。

 夜空に浮かべているだけだった両手は、気づけば大きく左右に振られていた。


「せ、せんぱい……! そ、それ大丈夫なんですかベントラー!」

「おお六尺! 当たり前だぞベントラー!」


 宇宙と交信しながら目の前でも交信が始まる。

 想いを伝えることに、距離とか、人間か宇宙人かどうかなんて関係ないのだ。


「べ、ベントラーせんぱい!」

「ベントラー! どうしたベントラー六尺!」

「な、なんだか……楽しいですねベントラー!!」


 六尺が、笑う。


「……ああっ!!」


 そう、楽しかったんだ。

 六尺に自信を持ってもらうことに夢中だったけど、これがとても楽しかった。

 俺の好きオカルトを可愛い後輩に受け入れてもらって、こうして一緒に馬鹿みたいに叫ぶことがとんでもなく楽しくて……嬉しい。


 ――それを俺は、六尺の笑顔から教えてもらったんだ。


「楽しいなぁ、ベントラァー!!」

「べ、ベントラ―って誰かの名前なんですかベントラー!?」

「宇宙語で宇宙船って意味だぞベントラー!」

「う、宇宙語なんてあるんですねベントラー!」


 楽しい。

 今この瞬間が、とても楽しくて幸せだ。

 先輩として六尺の手本になろうとしたのに、六尺から貰ったものがとても大きい。


「なあ六尺! ベントラー!」

「な、何ですかせんぱいベントラー!?」

「……ありがとう!!」

「ふえ?」

「声が止まってるぞベントラー!」

「は、はいベントラー!!」


 どさくさに紛れてお礼を言う。

 恥ずかしくなって、ベントラーで誤魔化した。


「せ、せんぱいベントラー!」

「どうしたベントラー!?」

「い、今の、お礼って……ベントラー言わなくて良かったんですかベントラー!」

「…………ベントラー!!」


 だけど誤魔化せなかったらしい。

 でもお礼の意味は聞いてこなかったので、気を使ってくれたのかもしれない。

 本当に六尺は、俺にはもったいないぐらい良くできた後輩だ。


 どうして俺なんかに……俺のいるオカルト研究部に来てくれたんだろうか……?


「六尺も! 何か言いたいことがあれば叫んでいいぞベントラー!!」

「ベントラー!?」


 けれど今は、そんな暗い話より楽しむ方が優先である。

 すっかりベントラーに馴染んだ六尺は、返事もベントラーになっていた。


「六尺はいつも大人しくて静かで良い子だからな! 言いたいけど言えないことだってあるだろうベントラー!」

「え、で、でも……べ、ベントラー!」

「ここは夜の屋上! 誰かが聞いていてもそれは宇宙人ぐらいだ! 六尺の代わりに俺が全力で交信を続ける! だから叫べベントラー!!」


 広がる空よりも広大な宇宙には、きっと俺たちの大声なんて点にも満たないぐらいに小さいだろう。

 だけどここには俺がいて、六尺がいる。

 いつもは大人しい彼女が、ベントラーで声を出すことに抵抗が無くなった後輩が、大声で何を叫ぶかが気になったんだ。


「ベントラー! べー! ンー! トー! ラー!」


 だから、俺は。

 そんな六尺が勇気を出せるように思いっきり宇宙と交信する。

 朝の挨拶運動で痛んだ喉がまた少し気になり始め、挨拶運動は明日もあるけどそんなのは関係ない。


 大事な時に全力を出せない奴が、神秘的事象オカルトが発生する奇跡的なその瞬間に、立ち会える訳が無いのだから。


「せ、せんぱい……!!」

「ベントラー! ベントラー!!」


 六尺が何かを言おうとしている。

 だけど俺はそれに答えず、全力で宇宙との交信を続けた。

 何故なら俺を呼ぶ六尺の声は、困った時に出す声じゃなくて想いが込められた決意の声だったからだ。


「わ、私……私は……!!」

「ベントラー! ベントラー!! ベントラー!!」


 六尺は大きく息を吸った。

 俺は大きな息を吐いて、UFOを呼び続ける。

 意識が彼女に吸い寄せられないように、声高らかに叫び続けて。



「――――!!」


 想いが込められたその言葉は。

 まるで頭にノイズが走ったように、何故か聞き取れなかったんだ。



「ベントラー! ベントラー!! ベントラー!!」


 でも俺は聞き返さず、叫び続けた。

 それは彼女の勇気を出した叫びの意味を無くしてしまうからだ。

 

「ベントラー! ベントラー! もう、良いのか?」

「は、はい……! 良いんです……ベントラー!」


 それに。

 言い切った六尺は、とても満足そうに笑っている。

 今はそれだけで満足だった。


「じゃあ続けるぞ! まだ時間はある! 最後まで粘れベントラー!」

「わ、分かりましたベントラー!」


 六尺が言った言葉は何だったのだろうか。

 それはきっと、宇宙人が聞いていたら教えてくれるかもしれない。


「ベントラー! ベントラー!!」

「ベントラー! ベントラー!!」


 だから俺たちは、夜空へ向かって叫び続ける。

 突然俺の頭に走ったノイズオカルトが気にならなくなるぐらい、二人全力で楽しみながら。

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