第漆話 「友情、努力、勝利、オカルト」
「せんぱい……き、今日は、その……ごめんなさい」
「気にするな六尺。あれはお前の姉による急な無茶ぶりだったし、俺も内容を聞かずに了承したのが悪かった」
朝の挨拶活動をした放課後。
オカルト研究部に入ってきた六尺は俺の顔を見るやいなや頭を下げた。
朝の失敗からこうなるのが読めていた俺は予め用意していた言葉で励ましてやる。
六尺は人見知りの癖して責任感だけは人一倍強いんだ。
あと、身体も大きい。
「でも私、お姉ちゃんだけじゃなくて、せんぱいにも迷惑かけちゃって……」
「迷惑だなんて思ってないぞ? まあ多少叫びすぎて喉は痛いが、良い鬱憤晴らしにはなった。あ、そうだ。のど飴舐めるか?」
「いただきますぅ……」
数少ない俺の友人とも呼べる存在から貰ったのど飴を六尺に手渡すと、その大きな口に放り込んでバリバリと噛み砕いた。
あれ? のど飴って言ったよな、俺……。
「おいしい……」
「そ、それは良かった……ま、また今度貰ってきてやるからな?」
「あ、ありがとうございます……」
驚くことはあったが、少しだけ気持ちが前向きになってくれて良かった。
やっぱり女子は甘いものが好きなのだろうか。
いや、のど飴は甘くないのか……?
「せんぱいは、凄いですよね……」
「ん?」
「そ、その……私と違って、いつも堂々としてて……部活紹介の時も、えっと、か、カッコよかったですし。えへ、えへへへ……」
「うぐぅ……っ!」
きっと褒めてくれているんだろう。
だけどあの部活紹介は日々が過ぎる度に俺にとってトラウマになりつつあった。
今日もあれを覚えている生徒から変な目で見られたぐらいだし。まあ、そいつらには特別大きな声で呪詛のように挨拶をしてやったけど。
「ろ、六尺だって挨拶……ちゃんとして返してもらってたじゃないか」
「でも私……同級生なのに、せんぱいって間違えられて……」
しまった、地雷だった!
俺は慌てて話題を変える。
「ろ、六尺! オーラというものを知っているか!?」
「……オーラ、ですか?」
「ああ! 人からは目に見えないオーラというものが出ているんだ。ほら、漫画とかでもあるだろう!? 人は見えなくても無意識に相手のオーラを感じ取るものなんだよ。だからあの時の野球部男子もきっと、六尺の強大なオーラに自然と負けを認めていたんだ!」
根拠はない。
だけど皆、なんとなく感じていることだろう。
あの人はオーラがあるとかよく言うし。
それで六尺が元気になるのなら、迷信だって利用してやる。
だって俺はオカルト研究部の部長で、六尺のせんぱいなのだから。
俺が八尺様に心を奪われたように、オカルトは誰かの心を救えるんだ。
「た、確かに……あの人も私のこと……デカいって……え? そ、それって身長じゃなくてオーラのことだったんですか……!?」
「その通りだ! 理解が早いな! 六尺がどんどんオカルト研究部員らしくなって、俺も誇らしいぞ! もちろん、その大きな身体も魅力的だがな!」
「えへ、えへへへ……そ、そうですかぁ……?」
本当にチョロいなこいつ。
やっぱり心配になるチョロさだ。
長い前髪で顔半分が隠れているせいか、口元だけがにやけているのが良く見える。
何度も言うけど、六尺は大人しくて根暗な人見知りだが喜怒哀楽だけはハッキリしているんだ。
感情豊かな女子というのは素晴らしいと思う。
い、いや……らしくない事を考えるな俺。
「そ、それじゃ部活を始める前に一つだけ良いか?」
「えへへ……な、何ですかぁ?」
まだニヤけている六尺。
「お前の姉から、香林先輩から……明日もお願いって昼休みに頼まれたんだ」
「……………………え?」
その笑顔が、一瞬で曇った。
ていうか返事までがめちゃくちゃ長かったな、今……。
「なんかな、生徒会で風邪が流行ってるらしい……」
「……わ、私のクラスでも、流行って……ます」
「まあ季節の変わり目というか、衣替えしたばかりだしな……」
「で、ですね……」
「つまり、そういうことだ」
「ひいぃん……!」
泣いた。
もとい、鳴いた。
それだけ嫌なのだろう。
「無理そうなら俺から香林先輩に直接断っておくぞ? 香林先輩も今日の様子を見てもうお前には無理をさせたくなかったみたいだしな」
「……うぅ」
六尺は苦虫を嚙み潰したような顔をする。
俺はこの顔を、昼休みにも見ていた。
やっぱり姉妹だと思う。
「……や、やりますぅ」
嫌なことも全部引き受けて、限界ギリギリまで背負ってしまう所とかが特に。
『ごめん蒼介くん! 二人には本当に申し訳ないけど……人が、足りないんだ……』
俺は昼休みの出来事を思い出した。
二人揃ってこんな顔されたんじゃ、俺も断れない。
「良いのか?」
「こ、これ以上……私のせいで迷惑、かけたく、ないです……!」
「……そうか、六尺」
「は、はい……!」
「俺はお前の、その目に惚れている」
「へえぇっ!?」
まあ元から、断る気なんて無かった。
六尺の長い前髪の奥に隠れた弱気な瞳は、決意を固めた時にだけ光るものがある。
俺が初めて六尺に出会った時も、そういう目をしていたんだ。
まあ最初はめちゃくちゃ叫ばれたし、その時思った事は恥ずかしいから本人にはまだ言わないけど……。
「やるぞ特訓! そして明日! あの香林先輩を俺たちで驚かせてやろう! オカルト研究部再始動だ!!」
「えっ、あっ、いや、せ、せんぱい!? い、いい今、ほほほ惚れてるってぇ!?」
友情、努力、勝利。
そんな古き良き少年漫画の王道三原則も、最後は気持ちの勝負なのでつまりは精神やメンタルが奇跡を起こす……一種のオカルトなのである。
こうして慌てふためく六尺と共に、俺たちは挨拶の特訓を始めるのだった。
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