第陸話 「元気なあいさつ」

 オカルトよりも怖いお願い。

 そう俺たちオカルト研究部に依頼してきたのは生徒会長、六坂香林こと六尺の実の姉……香林先輩である。

 そんなある種の挑戦状に部長の俺は胸を躍らせたが、怖がりな六尺は大きな胸というか全身を震わせていた。


 そして、次の日。

 時刻は七時三〇分。

 早朝の学校に着いた俺たちは――。


「お! は! よ! う! ご! ざ! い! ま! す!」

「ぉ、ぉはよぉ……ござぁいまぅ……」


 ――校門の前で、思いっきり叫んでいた。

 俺はやり場の無い怒りを込めて、六尺は人前に出る恥ずかしさを込めている。

 お互いに生徒会補佐と書かれた腕章を腕に付けながら、全力で校門をくぐる生徒に当たり屋のように挨拶をしまくっていた。


「いやあ助かるよ二人とも! 生徒会の持ち回りで朝の挨拶運動をしてたんだけどさぁ、今日の当番がどっちも風邪で休んじゃってるんだったんだよねぇ」

「丁寧な説明……あ! り! が! と! う! ご! ざ! い! ま! す!」


 俺たちの隣で悪びれも無く爽やかな笑顔を見せるのは、この怒りの元凶である香林先輩である。

 俺たちはまんまと香林先輩の術中にはまり、オカルト研究部らしくない朝の爽やかな挨拶運動を強要されていたんだ。


「……ぉぁっ、ぉぁっすぅ……!」

「良いよ小森! いつもより声が出てるじゃないか!」

「スパルタとシスコンって共存出来るのか……」


 香林先輩は、緊張しすぎで運動部の掛け声の弱体版みたいな細い声しか出せない六尺をべた褒めしている。

 俺が怒るに怒れない理由はここにあった。


 こんな状況でも六尺は頑張っているし、元凶である香林先輩もこうして当番じゃないのに隣で六尺を励ましているからだ。

 いやそもそも、もっと他に頼む人いなかったのかと思うのだけれども。


「実はボクさ、こう見えて友達少ないんだよねぇ。高嶺の花ってやつ? いやあ、まいっちゃうよねぇ……」

「人の心を読みながらサラッと自慢してくるの、情報量多すぎるんで止めてもらっていいですかね?」


 香林先輩は人が言いたいことをシレっと読んで先回りしてくる。

 やっぱりこの人がオカルトなんじゃないだろうか。


「ぉぁぅ、ぉぅっ……ぉぅっ!」

「落ち着け六尺! 緊張しすぎてオットセイ、いやトドみたいになってるぞ!」

「わざわざ言い直して比喩対象を大きくするの、蒼介くんらしいよねぇ」

「いいでしょうトド! 大きくて可愛いし! ジュゴンの方が好きだけど!!」


 一説によればジュゴンは人魚のモデルとも言われている。

 それにトドだってあの巨体で愛嬌のある顔つきとか、最強じゃないか。

 もし俺がペットを家族として迎えるのなら、絶対に大きな動物と決めている。

 大型犬とか、大蛇とか、ビッグフッドとかが良いな。


「だってさ小森? 蒼介くんは小森みたいな大きな子が好きなんだって」

「ぉぅっ!?」

「ち、ちが……くは、ないが」

「せ、せんぱい……」

「あ、おはよう! キミ、今日も朝早いね!」

「せ、生徒会長っ!? お、覚えててくれたんすか!? お、おはようございます……!」


 妙な雰囲気になる俺たちをよそに通り過ぎた男子生徒に挨拶をする香林先輩。

 この切り替えの早さは何なんだろうか?


「ほら小森、緊張は解けた?」

「え? あ、うん……」


 それでいて、妹のフォローも万全だった。

 さっきからずっと香林先輩のペースに振り回されているが、それも含めてこの状況全てが六尺の人見知りを改善するための策だとしたら見事な手腕である。

 俺の考えすぎかもしれないが、そう考えるとわざわざ俺たちに頼んできたのも辻褄が合うのだ。


「あ、小森! 次の生徒が来たよ! 頑張って!」

「ぉ、ぉぁうっす!……」

「で、デカッ!? う、うっす先輩! おはざっす!!」

「え……あ、あの……ど、同級生……」


 それはそうと、六尺のこの人見知りは筋金入りだった。

 ネクタイの色から一年生と推定する運動部男子くんに先輩と間違われた六尺は、後ろに用意していた机の下に潜り込んでしまった。

 身体が大きいので、少し……いやかなりはみ出している。


「今のは小森の隣のクラスにいる野球部の子だね……後で野球部の予算を見直しておこうかな……」

「この活動で一番怖いの、香林先輩じゃないですかね?」

「……ぉぅ、ぉぅ」


 結局、一番怖いのは人である。

 そんな夢も希望も無い挨拶運動は、へこんでしまった六尺の代わりに俺が全力で挨拶をしまくることで事なきを得たのだった。

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