第伍話 「オカルトより怖いもの」

「し、死ぬかと思った……」


 学園一の長身姉妹に全身を挟まれて圧迫死。

 そんなダーウィン賞もびっくりな死因で危うくこの白凪高校に伝説を残し、俺自身がオカルトの一部になるところだった。


「ごめん……」

「ご、ごめんなさい……!」


 落ち着きを取り戻した六坂姉妹が二人並んでシュンとしている。

 この二人は身体が大きいことを除けば見た目がかなり違うけれど、こういうところは姉妹そっくりだなと思った。


「ま、まあ、悪くはなかったから……別に」

「え?」

「はい?」

「な、何でもないぞ! ああ、何でもないっ!」


 つい漏れてしまった心の声を慌てて誤魔化した。

 俺だって男だ、そういう感情は当然持ち合わせている。

 ただ厄介なのはそれが八尺様に関連しているということだろう。

 文明が発展した現代日本において、当時幼かった俺でも親のスマホを借りればネットという広大な情報の海へ簡単に潜れたのだ。


 大きな女の人、不思議、ぽぽぽ、幽霊、子供。


 適当な単語を入れるだけで俺が出会った怪異が八尺様だと知ることが出来る。

 しかし悲しいかな……八尺様という存在はミーム的に広がってしまっていた。

 子供を襲う怪異の噂がネットの海を一人歩きしまくった結果、めちゃくちゃデカいショタコンのお姉さんな怪異として一部の層から絶大な人気を誇っているのである。


 そんな情報を多感な少年が浴びるとどうなるか?

 俺は、自分より身体が大きな女性じゃないと……興奮出来なくなってしまった。


「蒼介くん顔赤いよ? ボク、飲み物買ってこよっか?」

「も、もしかしてせんぱい風邪ひいたんじゃ……っ!?」

「だ、大丈夫だから! 二人ともストップ! ストップ!!」


 無防備な香林先輩が俺を覗きこむように、慌てた六尺が俺に飛び込むようにして、長身女子二人が迫ってくる。

 こんな夢のようなシチュエーションでドキドキしない方が嘘だから、俺は大慌てで言葉を続けた。

 

「お、俺はともかく! 香林先輩は忙しいのに、まだここにいて良いんですか?」

「あ、あぁ……! そ、そうだよお姉ちゃん。生徒会は大丈夫なの……?」


 そう。

 白凪高校三年生、六坂香林は生徒会長である。

 背が高いモデル体型をした美人かつボーイッシュな明るい性格で全校生徒から憧れる生徒会長とかいう完璧超人、それが香林先輩なのだ。

 ひょっとすると、この人がこの学園で一番のオカルトなのかもしれない。


「ああそうだ! ボク今日、お願いに来たんだった!」

「お、お願い……?」

「お、お姉ちゃんが……?」


 香林先輩は思い出したようにポンと手のひらに拳を置く古風な漫画的仕草をした。

 わざとらしくも見えるけど、この人は何を考えているか本当に読めないのでこれも素の可能性がある。

 オカルト研究部改め、香林先輩研究部とかにしたら新入部員が大量に入ってくるかもしれない。

 まあ俺は香林先輩じゃなくて八尺様のことが知りたいので、そんな俗物的なミーハーはこっちから願い下げだが。


「そうそう、二人にしか頼めないんだよ。お願い、聞いてくれる?」

「…………」

「せ、せんぱい……お姉ちゃんが、私たちにお願いって……!」


 これまた。

 香林先輩は手を合わせてウインクというあざとさの塊みたいなお願いをしてきた。

 それを見た俺たちの反応は対照的である。

 六尺は憧れの姉から頼られてやる気が上がっているが、香林先輩のお願いにあまり良い思い出が無い俺は正直かなり疑っている。


 まあその無茶ぶりを聞いたおかげで今のオカルト研究部が存在しているようなものなので、その一点だけは頭が上がらないんだけどさ。


「……内容によりますね。俺たちも日々、オカルト研究と六尺の育成に忙しいんで」

「わ、私の育成ってなんです……!?」


 しかし、それとこれとは話が別である。

 一応部活として成り立っている以上、他のことで時間を取られたくないのが部長としての俺の立ち位置でありスタンスだった。

 それは生徒会長である香林先輩も承知の上だろう。 

 だからこの条件を満たさない限り、俺は将来有望な可愛い可愛い大きな後輩である六尺の育成を優先させるつもりだ。


「そうだね……このお願いは君たちにとってオカルトより怖いかもしれないからね」

「やりましょう」

「せんぱいっ!?」


 俺は即答した。

 そんな俺に六尺がすごい勢いで驚く。


「六尺! オカルト研究部の俺たちがオカルトより怖いと言われて引き下がってられなくないか、なあっ!?」

「せ、せんぱいの目が子供みたいに、キラキラしてます……」

「蒼介くん、斜に構えてるように見えて結構チョロいんだよねぇ。小森も、蒼介くんを振り向かせたいならこうすると良いよ?」

「お、おおお姉ちゃん!? そ、そういうのじゃないから……!」


 学園一の長身姉妹が身を寄せて何かを話している。

 それはとても魅力的な光景だ。

 さっきまでそんな二人に挟まれていた俺が言うんだから、間違いない。


 だけど俺は既に、生徒会長がオカルト研究部に直々に持ち込んできたオカルトより怖いものの正体が何なのか……そっちの方が気になって仕方がなかったんだ。

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