第弐話 「八尺様」
俺が八尺様を好きな理由。
それは……。
「なんだろうな……」
「え、えぇっ!?」
俺は噛みしめるように自分の中の想いを引き出そうとして、首を傾げる。
期待していた答えと違いすぎたのか、六尺はとても大きな声を出した。
その恵まれた肉体から発せられた大声は、狭い部室でよく響いた。
「いや、違うぞ? 理由はある、理由はあるんだが……言語化が難しいんだ」
内心その大声に驚いてドキドキしているが、それを隠しながら言葉を続ける。
「……俺が部活動紹介でした話を覚えてるか?」
「あ、はい……その、と、とっても……凄かったです!」
「……ははは、ありがとな」
顔の前で両手を握りしめてお世辞にも褒めてくれるこの後輩は本当に良い後輩で、俺なんかには勿体ないぐらいだ。
「あの話な、作り話じゃなくて……俺の昔話なんだ」
「…………ひぇっ!?」
かなり間を空けてから六尺は驚いた。
良いリアクションもしてくれるし、何て良い子なんだろうか。
「え、あの、そ、それって……せせせ、せんぱいは、その、む、昔……!」
「ああ、会ったんだよ。本物の八尺様に」
「……ぴぇぇ」
六尺はワナワナとその大きな身体を震わせて変な声を出している。
多分自分の中のキャパシティをオーバーしてしまったんだろう。
まだまだ心は弱いけど、裏を返せば伸びしろが大量にあるのでこれからに期待だ。
「ど、どうだったんですか……?」
「どうって?」
「そ、その……怖くは、なかったんです……?」
震えながらも俺に聞いてくる。
良いぞ六尺、それでこそオカルト研究部の一員だ。
不思議なものや怖いもの、神秘的なものを探求するのが俺たちの活動なんだ。
最初は部室に入るのが精一杯で顔を合わせて喋ることも出来なかったのに、成長したなぁ……。
「怖くは……なかったな。体育館で話したように幼かった俺にとって幽霊とか不思議な存在は身近にあったし、むしろその時はまるで八尺様に魅了でもされたかのような感覚だったというか……」
「じゃ、じゃあ本当にせっ、せんぱいも! ゆ、幽霊が見えるんですか……っ!?」
「正確に言えば見えていた、だな。八尺様に出会ってからな……そういった類の存在が見えなくなってしまったんだ。もちろん、八尺様を含めてな」
「そ、そうなん……ですか……」
何故か六尺はガッカリしている。
感情を表に出すことに慣れていない分、メリハリが大きかった。
「それでな。その後、俺は何度も八尺様を探したさ。だけど見つからなかった。だから俺はこうしてオカルトの道に進んでいるんだ」
「は、八尺様に……会うため、ですか……?」
「……そうなるな」
とはいえその目標は達成できていないどころか何も進んでいないのが現状である。
知識だけ無駄に得ても成果は得られていない。
焦っている訳ではないけれど、八尺様のことを考えれば考えるほど謎の焦燥感みたいなものが胸の中に現れるのだ。
「あ、あの……! わ、私がネットで調べただけですけど、は、八尺様って」
「子供をさらって殺す怪異、だろう?」
「な、何で分かるんですか!?」
「それぐらい分かるって」
「あうぅ……」
六尺は引っ込み思案ではあるけれど顔には出やすかった。
喜怒哀楽がハッキリしているとも言える。
今も自分が言おうとしたことを直前に言い当てられて、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。
「あ、危なく……ないんですかね……?」
「ふむ……実際何故か助かってはいるが、一般論で言えば危ないだろうな」
「あ、危ないのは駄目ですよ!? あ、危ないんですから……!」
危ないのは危ないから駄目と。
とても分かりやすい感想である。
きっと六尺は俺を心配してくれているのだろう。
「ありがとな六尺」
「ふ、ふええっ!?」
「けどこれだけは譲れないんだ。俺はいつかもう一度、八尺様に会うよ」
俺は八尺様に会ったあの日からずっと、それを夢に生きてきたんだ。
「そ、そうですか……」
六尺はシュンとして縮こまってしまう。
も、もうちょっと優しい言葉を選ぶべきだっただろうか……?
俺はとても焦った。
「い、いやでもアレだぞ!? 今は可愛い可愛い後輩である六尺! お前が入部してくれたんだからまずはお前の育成が第一だからな!? 八尺様はいつだって逃げないし待ってくれているさ!」
「ろ、六坂ですぅ……あっ」
「ん?」
落ち込んだ後輩に慌ててフォローを入れる。
そのおかげか、いつものやり取りが出来るぐらいには回復してくれたようだ。
だが様子がおかしい。
六尺は何かに気づいたように顔を上げると、珍しく視線を逸らさずに俺の目をジッと見つめてきた。
「せんぱいが私を六尺って呼んでくれるのって、八尺様になぞらえて、ですよね?」
「あ、ああ……そうだが?」
ゆらりと。
六尺が一歩前に動いた。
六尺とは、六坂という苗字と言葉が似ているのと、その恵まれた高身長から俺が経緯をこめて呼び出した名前である。
俺の数少ない友人からは、女子の身体を弄るような名前の呼び方は止めろと怒られたが、本人は割と気に入っているようなので今日までずっとそう呼んでいたのだ。
「ひょっとして……嫌だったか?」
「い、いえ……そうではなくて、ですね……」
また一歩。
六尺が前に進む。
その先にいるのは、俺だ。
反射的に俺も一歩、後ろへ下がってしまう。
「せ、せんぱいは、その……」
そしてまたお互いが一歩歩いたところで。
俺の背中が。
狭い部室の壁にぶつかった。
ここにはもう、逃げ場が無くて。
「わ、私が……八尺様だったら、どう……しますか?」
――ドンッ!
気弱な後輩女子がしたのは、まさかの壁ドンである。
だが身長差があり、六尺の手は俺の顔の横ではなく頭上へと壁ドンをした。
しかも両手で。
まるで俺に覆い被さろうとする巨大生物のように、六尺が俺を見下ろしている。
俺は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。
「ろ、六尺……?」
見上げると、すぐ真上に六尺の顔があった。
長い黒髪はカーテンのように垂れ下がり、前髪に隠れていた瞳は何も遮るものが無く真っ直ぐ俺を見つめている。
生物として完全に上下関係の立場を分からされたかのような構図に、俺は情けなく彼女の名前を呼ぶことしか出来なかった。
「……ふぇっ?」
だけど。
それが効果絶大だった。
俺の呼びかけに六尺は、まるで自我を取り戻したかのように至近距離で目を丸くさせる。
そのまま素っ頓狂な声を出した後、まるでギアを上げていくエンジンのように口がアワアワと震えだした。
「ごっ!? ごごごごごっごごごぉっ!? ごめんなさあいいぃぃぃぃぃぃっ!!」
――ガラッ! ガシャンッ!!
今日一番顔を真っ赤にさせた六尺は、大声で謝りながら机の上にあった自分のスクールバッグを胸に抱えて部室を飛び出してしまう。
その圧倒的フィジカルに古びた扉はいつもの軋む音を出さずに勢いよく開閉し、余波で窓枠が割れそうなぐらいに揺れていた。
「な、なんだったんだ……」
壁に追い込まれた俺は、一人残された部室で呟く。
まさか自分が壁ドンをされてこんなに胸がドキドキするとは思っていなかった。
だけどこのドキドキは何か違う気がする。
「ご、じゃなくて……ぽ、だったらなぁ……」
勝手に鼓動をかき鳴らす胸を落ち着かせるために、ため息と共に言葉を吐き出す。
本当に六尺が八尺様だったら、俺はどうしていたのだろう……?
そう考えても答えは出ない。
俺は最終下校のチャイムが鳴るまで、一人残された部室で悩み続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます