第1章 大声UFOロマンス

第壱話 「オカルト研究部」

 出会いの春は終わりをつげ、六月になった。

 初夏は既に始まっていて、梅雨入りを待つ爽やかな時期である。

 我が白凪高校も制服の衣替えとなり、男女ともにブレザーを脱いで涼し気な半袖ワイシャツへと変わった。


 そんな新たなシーズンを迎えた今。

 オカルト研究部創立者にして初代部長ことこの俺、風見蒼介はというと――。


「む、むぐぐぅっー!?」

「ご、ごめんなさいぃ……っ!!」


 ――後輩女子の巨体に、押しつぶされていた。


 彼女の名前は六坂小森。

 我がオカルト研究部の記念すべき部員第一号にして、身長一八六センチを誇る素晴らしい肉体の持ち主である。

 俺の全身に襲い掛かるその圧倒的な体格差から繰り出される比類なき重量に、まるで天にも昇りそうな気分だった。


 風通しが悪く埃っぽいオカルト研究部の部室の空気を吸う前に、俺の顔に押し当てられた彼女の胸元の匂いを吸わなければ窒息してしまうというこの危機的状況。

 女子特有の甘い匂いに混じった甘酸っぱい汗の香りが、俺の鼻孔をくすぐった。


「よ、良かったぞ六尺……ま、まるでかの有名な大妖怪、ぬりかべに取り込まれていくかのようだった……」

「そ、それ褒めてます……? あ、あと六坂です……」


 解放された俺はまず、この大きいけど小心者な後輩を褒める。

 この数ヶ月で定着したお決まりのやり取りによって、彼女の精神を向上させるのはとても重要なことなのだ。


「何を言うか、その恵まれた天性の身体はお前だけのものなんだぞ!」

「そ、そうですかね……えへへ……」


 長い前髪の奥で丸く大きなたれ目が細められた。

 自分に自信が無い彼女は、褒められることに慣れていないのである。

 なので少し……いやかなりチョロい面があるが、俺としてはこのまま褒めたたえて彼女の自己肯定感を高めてやりたいのだ。


「そうなるとまずは、その猫背からだな」

「……へ、へう?」


 俺が目の前にいる六尺の身体を頭から爪先まで吟味しながら呟くと、彼女は変な声で首を傾げた。

 自身の無さの表れなのか、この後輩女子はすごい猫背だ。しかも猫背のまま肩をすぼめているので余計に小さく見えてしまう。

 それでもデカいことには変わりないのだが、これでは彼女の良さが全てかき消されてしまっているのだ。


「こういうのは習慣というからな、とりあえず試しに背筋を伸ばしてみるというのはどうだ?」

「え、えっと……こう、ですかぁ……?」

「うおっ……」


 思わず俺は声を出してしまった。

 おっかなびっくりに、六尺は背筋を伸ばして胸を張る。それだけで彼女の巨体が再顕現し、俺の前に立ちはだかった。

 特筆すべきはそこだけじゃない。六尺は全てが大きいんだ。

 そう、背も、尻も、胸も……。


 張り出された暴力的な胸が、ワイシャツという檻から飛び出そうとギチギチに詰まっている。言い換えれば、ワイシャツがいじめられていると言って良いだろう。

 身体が大きいせいで代謝が良いのか、六尺は人よりも汗をかく。

 そのせいで張り出されたワイシャツの内側にある、大きな胸を覆う女性用下着が汗で透けていたのである。


 恥ずかしくなった俺は咄嗟に顔を横に逸らした。


「あ、あれ……? せ、せんぱい? どうしたんです、か……ひうぅっ!?」


 俺が視線を逸らしたことでようやく六尺は自分の現状に気づき、可愛い悲鳴をあげて胸元を手で隠す。

 伸ばされていた背筋は元通り丸まり小さくなってしまったが、そのおかげで俺の心臓はドキドキが収まり平穏を取り戻した。


「お、お見苦しいものを……お見せしました……」

「い、いや……俺こそ、ごめん……」


 気まずい雰囲気が流れる。

 多分お互いに顔が真っ赤だ。

 どうして埃っぽいオカルト研究部の部室に、こんな甘酸っぱい青春のような空気が満ちているんだろうか。


「そ、そうだオカルトだ! 六尺、部活をしよう!」

「そ、そうですね……! しましょう、部活……!」


 俺たちはどちらもこの空気から抜け出すことに必死だった。

 六尺は言わずもがな、この俺もこういった雰囲気はとても苦手なのである。


「で、ですけど何をやるんですか……? ま、またぬりかべ……や、やります?」

「い、いや。アレは封印しよう……」


 色々な意味で危険すぎる。

 確かに魅力的な提案ではあるけど、また六尺の肉体に包まれるように押しつぶされるのは俺の心が持ちそうになかった。


「そ、そうですか……? う、うーん……わ、私は、怖くないものなら……」


 六尺は申し訳なさそうに提案する。

 彼女は臆病なので、怖いものも大の苦手なのだ。

 それなのにこのオカルト研究部に入ってくれたのは、本当に感謝しかない。


「なら……ここは初心に返るか」

「と、言いますと……?」

「……六尺。ちょっと、ぽぽぽって言ってくれないか?」

「……ぽぇ?」


 ぽとぇが混ざって、変な声になっていた。

 だけど俺が求めているのは純粋な、ぽである。


「この数ヶ月で六尺がオカルトに馴染んでくれるようにメジャーな幽霊や妖怪を紹介してきたが、ここで六尺の成長を確かめるべく原点の八尺様に戻るのはどうだろう」

「はぁ……」


 六尺はあまりピンと来てない様子だ。

 俺も自分で言って何言ってるんだと思わなくもないが、ここはパッションで押させていただく。


「頼む六尺! お前しか頼める人がいないんだ! 成長したお前なら、きっと八尺様になれる!!」

「わ、私しか……ですか……?」

「ああ、もちろんだ!」

「え、えへへ……じ、じゃあ……やってみます……!」


 本当に大丈夫だろうか、この子。

 チョロすぎて悪い大人に騙されないかとても心配だ。


「や、やりますよ……?」


 六尺は一回の動作に一回の確認が必要らしい。

 俺が無言で頷くと、彼女は心を落ち着かせる為に大きな深呼吸をする。

 そのせいでまた大きな胸が膨らんだが、俺の期待は既に胸よりもその言葉に向いていた。


「ぽ、ぽぽっ……ふへへ……!」


 六尺は頑張ったが、恥ずかしさに負けてはにかんだ。

 こんな大げさなやり取りをしているが、実はこの八尺様のくだりを毎日のように繰り返している。

 それがオカルト研究部の日常だった。


「ご、ごめんなさい……今日も、駄目でした……」

「……いや良いんだ。俺こそすまない。いつも俺のわがままに振り回せて」

「い、いえ……せ、せんぱいはこんな私にも良くしてくださるので……私も、力になりたいと、言うかぁ……」


 本当によくできた、良い後輩だと思う。

 どうして彼女はこんな俺しかいない部活に入ってくれたんだろうか?

 入部してくれたことが嬉しすぎたせいで聞くタイミングを逃し、今更聞けない状態だった。


「そ、そういえば……せんぱい?」

「ん?」

「せんぱいはその……ど、どうしてそこまで八尺様が好きなんですか……?」


 その質問に、今度は俺が目を丸くさせる。


「……それは」


 そう言えば俺も詳しくは言ってないな。

 俺がどうして、八尺様を追い求めているのかを。

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