おばあちゃんのお話
「あらあら、よう来てくださって。ありがとうねぇ」
コンコンコンと3度のノック。扉を開いて出迎えたのは、腰の曲がったおばあちゃん。不確かな足取りで、見てる分には危なかっしい
だが、その身なりは冒険者の目利きからすると一般人には少し手が出しにくいであろう高級な絹。つい先日まではそんなことは無かったはずだけど、どうしたのだろうか
「おひさ」
「ああそうだ、お菓子あげるわ。好きだったでしょ?」
「ん?うん。好き」
脈略は?だけど、好きなのはその通りなので手を器にして飴をいただく。どうやらぶどう味のようだ
丸っこく、ツヤツヤで、紫色のそれはとても気品があるように感じられる。
口の中でコロコロと転がすと、微かな薬味とぶどうの香り高さが口内に広がる
「お腹すいているだろう。もっとおたべ」
「うん」
頬の中に2つの丸が収まる。少々食べづらいものの、同じ味なので美味しさは変わらない
「いい食べっぷりだ。もっとおたべ」
「いや。いらない」
「若いのに遠慮しない」
「むぐっ」
みっつめ。美味しいには変わりなし。最初から香り高いので、いまや濃厚。飴に触れた唾液が、ジュースのようになってしまう
これ以上はまずい。いいや、美味しいけど、まずい。これほど美味しい飴を噛み砕かなければ無くなる
「美味しそうに食べてくれるねぇ。もういっこおたべ」
「ら、らめ⋯むぐっ」
イヤイヤと顔を横に振る。だが、年齢相当に歴戦の猛者。これまで幾人ものお菓子好きに飴を与え続けたプロフェッショナル。
「どれ、もういっこ」
「やら…むぐっ」
抵抗も虚しく、口の中は濃厚なグレープ味だ。美味しいにしても限度があるだろう
おばあちゃんを非難の目で見る
「なんだいもうないよ。」
欲しいとは言ってない。首をふるふると振って、呆れたポーズ。
まだ、依頼の話ができていない。そのことを伝えると、そうだねと一言。彼女は家の中に入っていく
その後についていき、椅子を用意してくれた好意に甘えて腰を下ろす。
「お腹すいただろう。ご飯、食べていきなさい」
「いらない」
「若いのに遠慮しない。ほらっ、食べなさい!」
「いたいいたい」
コンコンコンとおたまで叩かれる。手でそれをさえぎるが、ずっと叩かれ続ける。根負けして、食事をいただくことにした
その返答を経てようやくのこと攻撃の雨がやむ。分かればいいと言わんばかりの逞しい背中を見送りながら、待つこと数分。作り置きしていたのか料理がもうテーブルの上に披露される
お肉だ、お肉が入ってる。それも、おっきいやつが、いくつも
「いいの?」
「おたべ」
いただきます。スプーンを手に取って、シチューを食む。ミルクの濃厚さと、肉の柔らかさ、野菜の甘みが口に広がり、おいしい
「よい食べっぷりだね」
……!ここにきて、パン。それも、硬いものじゃなく、やわらかいやつだ。常食するには値段が張るというのに、どうして
いいや、そんなことは、いい。美味しい料理を前にして、雑念は不要
……気づけば、目の前から料理の尽くが消え失せた
大きな鍋ひとつあったはずなのに、その中身は、空。
「どう、して……」
空になった鍋の中。底には掬いきれないシチューの残りすらない。舐めたのかと言いたくなるほど、綺麗な鍋だ。
いっそ、新しい鍋と言われた方が納得できるほど。
「……この世にあるものは、いずれなくなる。」
「…おばあちゃん」
「あんたの食べっぷり、気持ちよかったよ。またおいで」
「……うん。必ず」
おばあちゃんはふっ、と笑い背中越しに手をヒラヒラさせた。心は通じあっていた。その姿を振り返らずに、この家を後にする。
おなかいっぱいになると、心まで満たされるようだ。太陽が体に祝福を施し、草木が歌い、風が笑う。そんな気がした
「ありがとう、おばあちゃん」
扉を閉める間際、そう言って、手を振った。もう、振り返ることは無かった
当然、以来には失敗した。違約金がおばあちゃんの家にがっぽりと入ったらしい。
冒険者クロウの日記 かなり屋 @NOW-IKRM
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